第80話 『 パラス神の名の下に 』
開戦も間近のパラス神聖法国の聖都パラパレス。
最高意思決定機関であるサバラス神殿周辺には強い警戒態勢が敷かれていた。
アコン山脈の要害は閉鎖されたものの、敵対勢力の暗殺及び工作活動は十分に想定されていた。
神殿内に居を構える法皇周辺は特に厳重であり、法国の精鋭騎士が警備を任されていた。
「…」
篝火だけが薄く照らされる暗闇の中、影が一つ足音も立てず駆け抜けた。
柱の陰から陰へ…人が瞬きするよりも早く動いていく。
離れた場所で夜通し警戒態勢にあった騎士達にも気配は察知できない。
ソレは神殿の更に奥へと移動していった。
「…ふぅ」
男が辿りついたのは最深部の一室…神聖法皇の居室の前。
周囲に人影は無く、扉の向こうにはパラス神聖法国の最高指導者が就寝している。
黒装束の懐に忍ばせた小刀を握りしめた。
深呼吸して息を整えると、扉に指を伸ばし――
「こんな時間に何用だ?」
驚いて声のした方を振り返ると、若い女が一人立っていた。
暗闇でも目立つ純白のローブに身を包み、篝火で光り輝く銀のティアラ。
髪が短く切り揃えられた美しい女性は、不審な人影にも微笑みかけていた。
「チッ…」
「服の趣味が悪くなったじゃないか…イスター坊や」
黒い頭巾を乱暴に脱ぎ去り、イスターは自分の顔を晒した。
「夜更かしは美容の大敵って知らないのか?
さっさと寝床に入ってろよ」
「そうしたいのだが、旧知の訪問なら応対せねばなるまい。
私の美容を気遣ってくれるなら、坊やも夜遊びは程ほどにしてくれ」
「俺も一時は騎士団長候補にまでなったんだ。
いい加減、坊や呼ばわりは止してくれねぇか…ノーカ様よぉ…」
大使徒ノーカ
この聖都パラパレスを守護する使徒の1人にして、8人の長を務める人物。
最も古く神託と力を授かった使徒として知られる。
元々は騎士の家の産まれで、類稀な武の才能を有していた。
今から760年前より使徒の命を受け、代々神聖法国の法皇を守護してきた。
大陸最強は魔導王朝宗主ヴリタラと囁かれるだが、それに次ぐ存在といえば彼女であろう。
「血は争えんな、トーク坊やも同じ文句を言っていたぞ」
「…叔父貴は今何処に?」
「この神殿の更に奥で丁重に扱われているよ」
「そうか…」
「それで…お前は何をしに来たのだ?」
イスター・アンデルは法国の中では最も剣に秀でた騎士の一人である。
だが、使徒を前にしては手も足も出なかった。
小刀とはいえ武装しているイスターに対して若い女は丸腰というのに。
「俺からの一生に一度の頼みだ…。
今から3分…いや、1分で良い…目を閉じて耳を塞いでいてくれ」
「なぜだ?」
「…分かるだろ!法皇の奴を殺るんだよ!」
「それを私が許すと思っているのか?」
「この国を救うためなんだ、今だけ見逃してくれよ…!」
彼女達、使徒に与えられた使命は神の代行である法皇の守護である。
万が一にもその使命を覆せるとは思えなかったが、懇願せずにいられなかった。
「このまま開戦すれば多くの血が流れる!
それだけじゃない、大陸全てを敵に回せば法国なんて間違いなく滅ぶ!
だから今しか無いんだ!
今、あの法皇を殺ればまだ間に合う!
だから頼む!
後で俺を八つ裂きにしても良いから、今は…!」
「…許さん」
「畜生…!」
憤って、懐の小刀を床に叩きつけた。
「なんでだよ…!
この国が滅んじまう瀬戸際なのに!」
「今のお前は手を汚すべきではない。
私からのお願いだ…今夜はこのまま立ち去れ」
「アンタ達は法国の守護者じゃないのか!?
このままじゃ国が滅ぶってのに、それで良いのか!」
「…それも仕方ないさ」
大使徒と崇められる人物が自嘲していた。
「国が滅ぼうと滅ぶまいと関係あるまい。
最期の最期まで守って戦うのが我々の使命だ…」
「守るのが使命なら、あの法皇を何とかするべきだろ!
他の枢機卿連中も同じだ!
全員片付ければ何もかも解決するだろ!」
「…それは無理だ」
「なんでだよ…なんで、アイツ等をブチ殺さねぇんだよ!」
「あの法皇も他の者も…お前もトーク坊やも――全ては可愛い法国の子達だからだ」
武神の化身として全法国騎士から崇められていた人物。
その彼女が今はとても優しい…慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「不出来な子だからといって、殺めるなどできる筈も無い。
我々はあの子達を見守り、最期まで運命を共にするだけだ…」
「じゃ…じゃあ、アンタ等は…!」
「我々はただ、法国の子等を守るために戦うだけだ。
この世界の終わりが訪れるまで…永遠にな…」
「なんでだよ…!
なんでアンタ等が付き合わなくちゃいけないんだよ!
あんな欲に目がくらんだ連中に!」
「それが我々の使命だ…」
「だから…!
だから俺はこの国が大嫌いなんだよ!
何がパラスの神だ!
何が信仰だ!
やってることと言えば、薄汚ぇ権力闘争と金儲けじゃねぇか!
アンタ達が…!
アンタ達が自分の全てを犠牲にしてるっていうのに!」
初めてサバラス神殿に上がった日を今でもハッキリと覚えている。
まだ騎士見習いに過ぎなかった少年の目に8人の使徒は輝いて映っていた。
神聖法皇の傍に控える8人の白装束の娘達。
誰もが神々しく、凛々しく…そして美しかった。
このパラス教こそが神の代理人であると…この世の正義であると信じて疑わなかった。
だが、騎士見習いから騎士に昇格すれば今まで見えなかった物が見えてくる。
法国上層は権力争いに明け暮れ、信徒から目の届かない場所では酒と女に溺れていた。
パラスの神の威光を盾に非合法活動も進められていた。
一皮剥けばケート山賊を裏で手を引くくらいは普通だった。
敵対する魔導王朝だって、そのくらいはやっていた。
つまりはどちらも腐っていた。
自分が信じていたパラス神聖法国は虚像に過ぎなかった。
けれども、そんな実像を知りつつも使徒達は献身的に法国に仕えていた。
どんなに醜悪でも、どんなに腐敗していても、彼女達は神聖法国を裏切りはしない。
法国上層が腐ってから何百年経つのか。
その間、彼女達は辛抱強く代々の法皇を守ってきた。
しかし法皇達は、彼女達の意に気付く事なく欲望の限りを尽くしてきた。
そんな使徒達が不憫で仕方なかった。
使徒達がとても強いのは子供の頃から感付いていた。
自分では一生敵わない存在だと。
だが、そんな彼女達がとても哀れに思えた。
神託という呪縛に囚われ、永遠に使徒の運命から抜け出せないでいたのだから。
"いつかアンタ達を自由にしてやるよ!"
だから少年の頃のイスターは誓った。
彼女達の人生と幸福を犠牲にしてまで法国に守る価値が有るとは思えなかった。
更に考えれば、彼女達の存在が無ければ存在できない法国に価値など無いと思えた。
「私も覚えているよ…イスター坊やはそんなことを口走っていたな。
しかし、その願いは到底叶わぬよ。
この聖都パラパレスが墜ちれば、我々の魂も解き放たれるであろうが…。
それは難しいであろう」
「…いや、落としてみせる」
「魔導王朝のヴリタラでさえ、我等8名を相手では容易に勝てぬであろう。
この世界で他に誰が居ると言うのだ…」
「いるさ、時代は変わってるんだ!
ヴリタラより遥かに強い奴が大陸平原同盟に召喚された!
アイツに頼めば、アンタ等を倒せるはずだ!」
「そうか…世界は変わっているのだな。
もし、それが本当ならお前に頼みがある。
我々が亡き後…聖都パラパレス陥落後のパラス教を託したいのだ」
「俺に…か?」
「この聖都パラパレスは焼け落ち、お前の言う通り神聖法国は滅ぶかもしれん。
だが、トーク坊やとお前でパラス教の信仰を守って欲しいのだ。
そして新たな時代を創ってくれ…」
「止めてくれよ、俺なんかに…!」
「私も含めて8人全員、イスター坊やには期待しているよ。
いつかは神聖法国を…パラス教を良き方向に導いてくれるだろうと皆、楽しみにしている」
「だから止めろ!
俺はそんな大層な人間じゃねぇ!」
大声で叫ぶとイスターは頭巾を被り直し、目元を隠した。
「だが、ガキの時の約束は必ず守ってやるよ。
俺のダチならアンタ等を倒せる筈だ。
そうすれば晴れて自由の身だろ?
その後のパラス教がどうなろうと俺の知ったことじゃねぇ…!」
「イスター坊や…哀しいことを言わないでおくれ…」
「坊やじゃねぇ!」
大使徒の嘆きを振り切るようにイスターは駆け出していた。
「クッ…!」
涙を拭いもせず暗闇の中を走り抜けていた。
本心ではパラス神聖法国に滅んで欲しくなかった。
8人には倒されて欲しくなかった。
誰よりも憧れ、誰よりも大好きだった。
神の代理人たる神聖法皇に仕える8人の神々しい守護者。
将来は彼女達と一緒にパラス神聖法国を守る一人の騎士になりたかった。
この世の正義と信じて疑わなかったパラス教の為に。
パラス神の名の下に…8人の使徒と肩を並べて自慢の母国を守りたかった。
遠い日のイスター坊やはそう願っていた。
大陸歴997年1月25日
厳重な警戒網を潜り抜け、大陸平原同盟に神聖法国側の大規模な軍事行動が知らされる。
ボーエン王国城塞都市近郊に稼働可能な兵種14基が集結していた。
平原同盟の要請により、アコン山脈の回廊出口となるカール大公国へ出立することになった。
魔導王朝攻略時に比べて余りにも戦力が足りない。
この出立前にアキヒトは知り合いの皆から見送られていた。
「我々のことは心配しなくて良いから身体には気をつけるんだよ」
「はい!」
先頭のレスリーからは慰労の言葉を掛けられていた。
次にドナが前に出て、アキヒトの首に白いマフラーを巻き付け始めた。
「はい…大丈夫だと思うけど、無茶するんじゃないわよ?」
「はい、気をつけます!」
巻き付けられたマフラーを手に取り…その布地を眺めた。
◯ ◯
「帰ってきたら3つ目の丸を刺繍してあげるから」
「えっと…はは…お願いしますね」
「何よ、何か文句あるの?」
「ドナ先生…刺繍できないんじゃ…」
「練習しとくわよ!
さっさと行って法国軍を蹴散らしてきなさい!」
煩くがなり立てられていると、ティアが前に出てきた。
「アキヒトさん…そういえば魔導王朝へ攻め込む時の約束を忘れていませんか?」
「え、何でしたっけ」
「このティアを妾にして頂けるのでは…」
「こ、こんな時に冗談は止めて下さい!」
「私は本気ですよ?
アキヒトさんの勝利の凱旋…楽しみにしてますね」
冗談なのか本気なのか分からないティアの微笑みに、アキヒトは疲れた様子を見せた。
そして最後にアヤが前に出て向かい合った。
「…言いたいこと分かる?」
「な…何かな」
「もう私、謝りに行くの嫌だから!
アンタ達が戦うたびに頭下げに行くのがどれだけ大変なのか分かってんの!?
兵団の苦情が全部私に集まってくるのよ!?
外交の仕事ってね、頭を下げるだけじゃないのよ!?
もっとこうね、高度な交渉や折衝が…!
とにかく私が求めてる外交の仕事は、そういうのなの!」
「は…はは…ゴメンなさい…」
「けどね…アンタ達が生きて還ってこないよりは遥かにマシだから…」
「え…」
「また一緒に謝ってあげるから…気にせず行ってきなさい!」
「あ…有難う、アヤ姉!」
兵団窓口の少女に感謝し、大きく頭を下げた。
顔を上げると兵団の方へ駆け出し、アキヒトは専用兵種ダニーへ搭乗した。
「これよりパラス神聖法国攻略を開始する!
最終攻撃目標は聖都パラパレス!」
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第3戦
『 パラス神聖法国攻略 』
敵戦力構成
神聖法皇 ドリーゴ
大使徒 ノーカ
使徒 リート
以下6名
法都守備 3軍団
5騎士団
遠征軍 24軍団
34騎士団
総兵力 92万余名
難易度
☆☆
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白いマフラーを首に深く巻きながら、兵団長アキヒトが号令をかけた。
「敗残兵団、発進!」
次回よりパラス神聖法国攻略開始
第81話 『 フォレスの影 』




