第79話 『 3大商会結集 』
大陸平原同盟首脳陣との会談翌日、今度はケーダさんが自宅へ姿を現した。
「神聖法国の迎撃要請を受諾したことはボクも聞いたよ。
その件で大切な話が有るからラーセン商会に来て欲しい。
但し、支店じゃなく本店にだけどね」
「本店ということは、ラーセン商会の会長とお話を?」
「スティーン会長だけじゃないさ。
他にも大切な方々が見えているから来て欲しい」
神聖法国との戦いに関わる重要な案件らしい。
「…待って下さい。私も同行して宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」
本来ならレスリーさんが同席すべきだが、アヤ姉が代わりに来てくれることになった。
家の前に駐めてあった馬車に乗り、僕達はラーセン商会本店へと向かった。
当然というか、支店よりも本店の方が店舗は大きかった。
ボーエン王国城塞都市の中央区域、多くの商業施設の密集地帯に建っていた。
数多くの部門が一つの建物に集中しており、まさしく商会の本店として機能していた。
通されたのは本店の大会議室。
広々とした室内には、既に多くの人々が待ち構えていた。
「え…!」
テーブルの中央に着いていた3人の身分が高そうな人達。
一人がラーセン商会の会長なのは僕でも推測できたが…アヤ姉の驚きはそれ以上だった。
「お招きにあずかりまして光栄です。
僕が兵団長のアキヒトですが…皆様のお名前を伺って宜しいでしょうか?」
3人は互いに目を合わせると、右端の人物から名を告げた。
「私は、このラーセン商会の会長を務めるスティーン・ラーセンだ。
今日は突然呼び出して済まない…」
次に中央の、スティーン以上に厳しく険しい表情の壮年期の男性が口を開いた。
「カルーフ商会第12代会長…グラン・カルーフである…」
最後に左端の恰幅の良い人物が自己紹介してくれた。
「私はリアンツ商会で会長を任せられているフルト・リアンツだ。
此方こそお目にかかれて光栄だよ、兵団長アキヒト殿」
この大陸平原同盟を…いや、大陸の商業を一手に握っている方々が集まるとは思わなかった。
アヤ姉が驚くのも無理は無いだろう。
「…それだけ、今回は大事ってことなのさ」
僕の考えを見透かしたかのように、ケーダさんが耳打ちした。
最初に咳払いして話を始めたのはラーセン商会のスティーン会長だった。
「昨日の会談内容については知らされている。
大陸平原同盟首脳陣が魔導王朝に援軍を要請したと…。
君の兵団が援軍到着までパスタル平原で神聖法国軍を足止めをすると聞いた。
それは本当だったかな?」
「はい、その通りですが」
「そうか…可能ならば君の兵団独力で神聖法国軍を殲滅して欲しい。
魔導王朝の援軍が到着するまでに全てを決して欲しいのだ…」
「え…!なぜ殲滅する必要が有るのです!?
そのようなことをせずとも、神聖法国軍と魔導王朝軍が睨み合いを続ければ…。
3ヶ月も経てば法国側は大軍を維持できず撤退すると聞きましたが…」
「魔導王朝がこの好機を逃すと思うかね?」
3人の商会長のみならず、集まった全ての関係者が頷いていた。
「君と魔導王朝の戦いについては聞いている。
犠牲者を一人も出さないように細心の注意を払い、現実に死者は一人も出なかった。
おそらく今回の神聖法国とも同様に戦うと思うがそれは間違いなのだ。
なぜなら、君がパスタル平原で犠牲者を出さないよう足止めしたとしても…。
魔導王朝の援軍が到着すれば神聖法国軍と必然的に全面衝突する」
「あ…」
「両軍合わせて100万以上の大軍だ…それが一度戦いを始めてしまったら…。
この場合、おそらくは魔導王朝の勝利で間違い無いであろう。
元々、神聖法国は短期決戦しか道は無いのだ。
魔導王朝軍は間違いなく長期戦に持ち込み、法国軍の運用限界を待つだけで勝てるのだから。
こうして法国軍が撤退を始めれば王朝軍は迷うこと無く追撃を選ぶ。
今度こそ"法国の盾"の要塞を落とすべく、全ての力が注がれるであろう…。
簡単に落ちはせぬ。
だが落ちた場合、神聖法国は間違い無く滅ぶ。
今回の開戦は、魔導王朝が神聖法国を討つ絶好の機会なのだ」
「それが何か問題なのかよ。
魔導王朝が神聖法国を滅ぼして、なんでお前らが困るんだ?」
説明を聞いていたシロが疑問を口にした。
「…均衡が崩れる。
平原同盟の政治家達は自国を守るのに精一杯で、そこまで考えが回らんようだ。
今回の戦いで魔導王朝が完全勝利して、神聖法国を占領下に置いた後を考えて欲しい。
これまでは神族と魔族の両方が存在したからこそ、互いを意識して動けずにいた。
しかし魔族1強の時代が訪れた場合、完全にソレが無くなる。
平原同盟は…魔導王朝から搾取されるだけの存在になる可能性が高い。
分り易く言えば、我々人間は魔族の奴隷になるということだ…」
「仰っしゃりたいことは分かりました。
つまりはパスタル平原で法国軍を殲滅し、アコン山脈の要塞へ押し戻せと…?」
「それからなんだけどね」
次に口を開いたのは左端のフルト会長だった。
「今回、君を呼び出した本題なんだが、パラス神聖法国の攻略を要請したいんだ」
「ど、どういうことですか!」
「アコン山脈の"法国の盾"を突破して神聖法国内へ攻め込むんだ。
最終的には聖都パラパレスを攻め落として欲しい。
それまでの侵攻経路及び現地での協力者は我々が用意しよう。
この3大商会の情報力を結集すれば、必ず君達を迷わずに導くことができる。
また、金銭及び物資の援助に関しては全てに応じよう…」
「すみません、なぜそこまでするんですか?
パステル平原から押し返せば…神聖法国軍を無力化するだけじゃ駄目なんですか?」
「…トーク枢機卿一派をお救いしたいのだよ」
フルト会長が指示すると、パネルに貼り付けられた巨大な神聖法国の地図が出された。
アコン山脈から遠く離れた神聖法国中心の都…パラパレスと書かれていた。
「この時期に療養発表など監禁を宣言したも同じだ。
国家の大事を前に、あれ程の人物が動かぬ訳があるまい。
おそらくは開戦に反対し、疎まれて聖都パラパレスの何処かに監禁されているのだろう。
だから君には聖都守備軍を撃退して欲しいのだ。
その後でトーク枢機卿をお救いし、神聖法国の舵を取り直して頂きたいのだ。
あの御方は法国内でも人望が厚く視野も広い。
我々の商会に神聖法国への進出を促したのも、あの御方なんだ。
神聖法国の…いや、この大陸全ての未来を見据えておられる。
そのような人物を救うため君に依頼したいのだよ」
「商会の利益のためにも…ですね?」
「ハハ、それも否定しないね。
トーク枢機卿は以前からアコン山脈の開放を目指していた。
もしも"法国の盾"が無くなれば、神聖法国との本格的な交易が始まる。
そうなれば商会としても利益にはなるね…少しだけれど。
残念ながら魔導王朝相手の商いほど見込めない…。
だから商会の利益よりは政情の安定化目的の方が、今回は大きいかな」
「それは…"法国の盾"が開放されたとしても、市場としての魅力は無いということですか…」
「アコン山脈の回廊は本当に難所でね…。
荷馬車の輸送には、どうしても余計に費用も時間も必要になってくる。
だからとても交易が難しいんだよ。
それでもトーク枢機卿は何とかしようと奮闘されていたんだがね…」
大体の事情は飲み込めてきた。
今回の戦いでの僕の立ち位置と為すべきことが。
「要するに…トーク枢機卿には新しい神聖法国を作って頂きたいのだ…」
最後に中央のカルーフ商会のグラン会長が話を始めた。
「あの御方ならば大陸を平穏にし、我等商会を含め多くの人々の益になってくれよう…。
ここまでは理解できたか…?」
「は、はい」
「では肝心なことを確認するが、君の兵団にソレができるか…?
現在の戦力状況については私も聞いている。
それで"法国の盾"を突破し、聖都パラパレスを落とせるのか…?」
問われれば難しかった。
「…シロ、今の稼働状況は?」
「ケート山岳に駐留してる兵種で出せるのはクダニ級13基とインガム級1基…。
計14基だな」
「そう…それだけなんだ…」
魔導王朝との戦いの傷は容易に癒えなかった。
神聖法国軍は70万以上、先陣の第一波でも十万以上という。
「しかし戦力を別に隠し持っているとも聞いている…。
ならば殲滅も容易いと思うが…?」
「平原同盟の首脳陣の方々からも同じ質問をされました。
いざとなれば、大勢の人を救うために覚悟を決めて使うつもりです。
ですが、ギリギリまで使いたくないんです…」
「ならば約束しよう…。
君が殺めたとしても、法国軍将兵の遺族の生活は我等商会が必ず保障する…」
「いえ、それだけでなく…僕は…」
「君の気持ちは分かる…。
だが、大陸全ての民を救うためには仕方無いのだ…」
決して無慈悲な人物では無いのだろう。
終始気難しそうな表情だけど、神聖法国の人達の身を案じていた。
こうして会談は全て終わった。
3商会からの新たな要請を受け、僕は神聖法国との戦いへ臨むことになった。
「出来すぎておるな…」
会議の終わり際、グラン会長が更に気難しい顔になっていた。
隣のフルト会長が不思議そうに聞いていた。
「何がですか?」
「神聖法国の動きだ…余りにも上手く出来すぎておる…。
我等に都合が良すぎるのだ…」
「それはどういった意味で?
今の我等にとって開戦など非常に迷惑なのですが…」
「考えてもみよ…。
我等は以前よりアコン山脈開放を働きかけていた…。
それに伴う神聖法国内の市場開拓もな…。
この戦いに勝てば、それが全て叶うでは無いか…?」
「確かにそのような結果になるかもしれません。
それの何に疑問が?」
「今回の事態の原因だ…なぜ開戦に至ったのだ…?」
グラン会長が左右の2商会の会長を睨みつけていた。
「魔導王朝との開戦を訴える者達は、昔から神聖法国上層に存在した…。
だが、それが現実化したことは無い…。
それ以上に多くの上層が反対し、慎重だったからだ…。
神聖法国とて開戦に踏み切る危うさを知らぬ訳でもあるまい…。
しかし、このような事態に陥ってしまった…。
これは私の勘だが、外部からの働きかけの結果に思える…。
もしや…開戦の原因はお主達では無かろうな…?」
その発言に、他2商会のフルト会長とスティーン会長が言葉を失った。
「ば、馬鹿な…!冗談にも程が有ります!」
「そこまで利益を求める程、落ちぶれておりませんぞ!」
2人の反応を見て、僅かに安堵したグラン会長が頭を下げた。
「すまぬ…今のは失言だ、忘れて欲しい…」
「うーん…」
商会からの帰り道、アヤ姉が何かを考えて悩んだ顔をしていた。
「何か気になることあった?」
「うん、私も変だとは思ってたのよね…。
なぜ神聖法国が今になって開戦なんかするのかって」
僕がこの世界に来てから、アヤ姉に限らず多くの人達が大陸の情勢を説明してくれた。
魔導王朝、平原同盟、神聖法国の均衡。
破ろうと最初に動いた勢力が敗北するという図式。
この場合は神聖法国がソレに当たり、予測通り魔導王朝と平原同盟を敵に回す結果となった。
「分かり切っているのに、なぜ…」
グラン会長の疑問も無理は無いとアヤ姉が話してくれた。
今回の開戦に何かしらの違和感を持っていたのは一人だけでは無かった。
しかし今の僕はそれどころでもなかった。
十数基の戦力で大軍を足止めという難題に取り組まなければならないのだから。
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