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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
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第77話 『 悲劇の再来 』


年も明けたボーエン王国城塞都市区のパラス大教会。

その司祭館で緊急の会合が開かれていた。


「一体、どうなっているのですか!」


最近は騎士団長候補の自覚が芽生えて素行が良いフリをしていたイスターだった。

しかし今はそんなことも忘れ、地区司教達を睨めながら問い詰めていた。


「なぜ今の時期に、法皇猊下が動員令を下されたのですか!

 なぜ本国では開戦の準備をおこなっているのです!?

 しかも私の叔父のトーク枢機卿が療養中とは何のご冗談ですか!」


「待ちたまえ、いきなり質問を並べられてもだな…」


「どれも重要事項ゆえにお聞きしているのです!

 大法議院で何が有ったのですか!」


大陸歴997年1月1日

神聖法皇ドリーゴにより神聖法国全土へ大動員令が発せられた。

法国内全ての将兵の編成と、全土から膨大な物資と人員の徴収が始まっていた。

その行先はアコン山脈の回廊入口付近の平野部。

大法議院から命が下され、着々と神聖法国各地で開戦の準備が成されていた。


「なぜ枢機卿の半数近くが同時に療養を!?

 しかも、その全てがおよそ開戦には賛同しかねる御方ばかりです!

 これで何の疑念も抱かない方が異常でしょう!」


激しく訴えるイスターの言葉を誰も否定できなかった。

地区司教も…この地に在住する神聖法国出身全ての者達が不審に思わざるを得ない。

特にトーク枢機卿は騎士出身であり、その頑健な身体は今も健在である。

その彼を含めた開戦反対派達が同時に療養と知らされれば、誰もが思うことは一つである。


「しかも今月中に軍事行動開始とは、どういった経緯で!?

 新年早々、笑えないご冗談も程ほどにして頂きたい!」


「イスター君…気持ちは分かるが落ち着き給え」


「これが落ち着いていられる事態ですか!

 司教様は一刻も早く上奏を!

 法皇猊下には愚行はお止め頂くよう、謹んで申し上げます!」


動員令が下され、全土へ開戦の報が広まれば各地で混乱が始まった。


神聖法国在住の他国出身者達は帰国を試みたが、アコン山脈の関所は完全に封鎖されていた。

在住する商会からも、平原同盟の本店からも出国要請が成されたが聞き入れられない。

開戦に当たり、神聖法国本国では他国出身者に対する厳しい監視が始まった。

また、各地に潜伏していた魔導王朝工作員達が次々と摘発された。

彼等の王朝本国とを結ぶ魔導通信設備が無力化され、外界との一切の通信手段を奪われる。


同時に、神聖本国内での物価が上昇した。

開戦に必要な軍事物資徴収が進むと、法国民のあらゆる生活物資が不足していく。

人々は窮乏し、元々豊かでなかった生活に追い打ちをかけた。


「司教様、私からも猊下への奏上を願い申し上げます。

 この城塞都市のみならず、大陸平原同盟内全てのパラス教会には信徒達が…」


ボーエン王国に古くから滞在する司祭の一人も訴えていた。

開戦の噂が広まると、彼の教会に大勢の信徒達が詰めかけてきた。

誰もが噂の真偽を確かめようとし、真実と知れば開戦の中止を懇願した。

パラス教の教会は平原同盟の5国全てに設けられており、同様の光景が見られた。


特に歴史を勉強していなくても、500年前の惨状は誰もが知っている。

神族と魔族の戦いが続いて、どれだけ中央平原が荒れ果てたか。

田畑は荒れ果て、住処は破壊され、毎年冬になれば寒波で多くの人々が命を落としたという。

長きに渡る先人達の多大な苦労が有ればこそ、現在の繁栄が実現した。

それが今、再び崩壊しようとしている。

再び中央平原が戦火で荒れ果てた世界に戻ろうとしていた。


「年明けから私も大法議院には何度か上奏している。

 だが、あの方々の返答は一向に要領を得ない。

 今回の出征はパラスの神々の御意志だと…。

 全ての祝福は我々パラス教徒に有れば、何の杞憂も無いと…」


「それは本気…なのですか…?」


地区司教の説明に、司祭の一人が問うが何も答えられない。


「私も含め、多くの方々が大陸平原同盟でパラス教の教えを広めて参りました。

 平原同盟と神聖法国という出身の違いは有りますが、彼等もまたパラス教の信徒です。

 この地の民には、一体どうような祝福が…?」


「うむ…」


「気の早い者達は、逃げ支度を始めております。

 神聖法国が攻め込むなら、魔導王朝も戦火に晒されると誰もが考えます。

 ならば南方へと…パラス教の届かない地への避難が…」


「私も分かってはいるのだが…」


この地の神聖法国在住者を纏める地区司教が、悲痛な表情を見せていた。


「皆も知っての通り、500年前に中央平原は戦火で荒れ果てた。

 人々が生活を取り戻しても、戦火の原因であるパラス教は長年受け入れられなかった。

 それも当然であろう…。

 中央平原の人々を苦しめた元凶の一つなのだから。

 当時、この地でパラス教の教えを広める為にどれだけの苦労が積み重ねられたか…。

 先人の方々は、もう2度とあのような時代を繰り返さぬと人々に誓ったというのに…。

 これで再び戦火に晒されれば、パラス教は完全に信仰を失うであろう…」


イスターも司教達がどのような人物か知っている。

完全に善人では無いが、彼等は彼等なりにこの地の信徒達の平穏を願っている。

パラス教の教えを広めることが、人々の幸福に繋がるとも信じていた。


その時、扉が開くと別の副司祭が駆け込んできた。


「た、大変です!

 たった今、魔導王朝本国にて全軍に臨戦態勢が命じられたと報告が!」


神聖法国の大動員令、その動向を素早く魔導王朝も察知していた。


「イナト筆頭大公から全王朝軍に命令が下されました!

 南方戦線からも兵員が引き揚げられ、トスカー共和国との国境に集結する模様!

 正確な兵数は不明ですが、数十万単位の動員に及ぶかと思われます!

 編成が完了次第、国境を越えて東進する可能性も…」


昨年8月の大動員令とは訳が違う。

あの時はサバラス神殿の神像が血の涙を流し、法皇猊下が緊急事態として命を下した。

しかし今回は本格的な軍事行動である。

通達された神聖法国の動員兵士数、80万以上。

魔導王朝も最終的にはそれに劣らぬ動員規模となろう。


仮に同数として、両軍160万の兵員が中央平原で衝突したとしたら…。


「…もう一度、大法議院に奏上する。

 いや、何度でもだ!

 この地の…いや、全土の窮状を訴えねば…!

 どれだけの民衆の生活が…命が奪われることになるか…!」


地区司教の必死の嘆願も望み薄であろう。

それは誰もが知っていたが、他に手立ては無いのも知っていた。




司祭館での会議を終えると、イスターは部下の団員達へ召集をかけた。


「…おう、揃ったか」


騎士団詰所の一室に、同郷出身で顔馴染みの悪友達が集結した。


「話は聞いているぜ。

 それで新騎士団長候補サマは何をするつもりだ?」


「あぁ…それなんだがな。

 こんな遠くまでお前達を呼び寄せたのに勝手で済まないが、俺は抜けることにする」


「抜けるって何だよ」


「神聖法国に愛想が尽きたんでな、俺は抜ける…出奔するって言えば分かるか?」


「…こんな時に冗談なら止めろ」


「いや、本気だ。

 ついでに言うと、お前達ともこれっきりだ」


「おい…!」


「これは俺からの餞別だ…」


ガチャ…


テーブルの上に、金貨の入った大袋が置かれた。


「全部で1億1000万ソラ入ってる。

 これをお前達で分けろ」


「この金で、どうしろって言うんだ?」


「これから大きな戦いが始まる…コイツを新しい生活の資金にすると良い。

 お前らだって家族や恋人くらいいるだろ?

 戦いが本格的に始まる前に、どこか遠くへ一緒に逃げろ」


「へぇ…それでお前はどうするんだ?」


「当然逃げる。

 お前らみたいな野郎と一緒だと息が詰まるからな。

 綺麗どころの女一人を見つけて、2人きりで恋の逃避行でも洒落込むとする」


軽い口調で応えるイスターを、悪友達は冷ややかな目で見ていた。


「…馬鹿だろ、お前」


「女と逃げるのが、そんなに馬鹿か?」


「そうじゃねぇ…お前、そんな見え透いたデマカセを俺達が信じると思ってんのか?

 どれだけ付き合いが長いと思ってんだ」


「それは買い被りだ、俺は女と一緒に逃げるような奴なのさ」


「…法皇を殺りに行くのか?」


悪友の一人がイスターの思惑を見抜いていた。


「本気か、お前…」


仲間達の驚きに満ちた視線を、イスターは静かに受け止めていた。


神聖法国騎士の使命の一つはパラス教の守護である。

それは信仰の象徴でもある聖都パラパレス、サバラス神殿、そして神聖法皇が含まれている。


「法国騎士が法皇を討つなんて聞いたこと無いぞ!」


「…だから抜けるんだ。それなら文句無いだろ」


「馬鹿野郎!神聖法国全体から一生狙われるぞ!」


「これしか、その神聖法国を救う道が無ぇんだよ…」


イスターは帯刀した腰の剣を軽く叩いた。


「俺が頭の悪い法皇や取り巻き共と刺し違える…そうすれば戦いは起こらないだろ?」


「勝手なことを言うな!

 お前一人で何ができるって言うんだ、それなら俺達も…!」


「駄目だ!」


悪友達が助力を申し出ようとするが、即座にイスターが断ち切った。


「法皇の奴を守護する連中が、どんな奴等なのか忘れたのか!?

 お前らが居ては足手まといだ!」


「何を言ってやがる!時間稼ぎくらいは…!」


「頼む…!大人しく俺一人に行かせてくれ……!」


騎士団員達に…悪友達に項垂れると、珍しくイスターが懇願していた。


「お前達の役目はまだ後に残っている…。

 この騒動が終わったら、枢機卿の叔父貴を助けてやって欲しい。

 叔父貴が中心になれば傾いた神聖法国も立て直せる筈だ。

 これは俺からの…ダチ公からの最期の頼みだ。

 頼む…聞いてくれ…」


「…お前、神聖法国が嫌いじゃなかったのかよ」


「あぁ、今でも嫌いさ…本当の本当に本心から嫌っている。

 だが、それでも母国だ。

 俺が生まれ育った故郷だ。

 どうしても…どうしても見捨てられねぇよ…」


「馬鹿野郎…!」


悪友達が拳を震わせていた。


「きたねぇんだよ、テメェは…!いつも美味しい所ばかり取りやがって…!」


「…悪ぃな」


一人一人から順にイスターは肩を叩かれた。

故郷からずっと仲間だった。

周囲から不良と馬鹿にされながらも、決して縁を切ろうとは思わなかった。


仲間達に見送られ、イスター・アンデルは詰め所を後にした。



この日、ボーエン王国城塞都市の地区司教の元に小荷物が届けられた。

中にはイスター・アンデルが所持していた、神聖法国から支給された装束品の一式。

そして法国騎士の証明たる、神聖法皇から直々に賜った剣一振り。


これら一式の返上により、イスターは法国騎士としての身分を失った。


一時はパラス神聖法国騎士団長に就こうとした男が、今では暗殺者に成り下がろうとしていた。



次回 第78話 『 残された道 』

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