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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
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第76話 『 魔導王朝恐るるに足らず 』


大陸歴996年の終わりは差し掛かっていた。

人々は新年を迎える用意に余念が無く、各国もまた祝賀等の式典準備に追われていた。


例年と同じ様相の12月末だが、パラス神聖法国だけは内情が異なっていた。

先の11月から急激に勢力を伸ばしつつあった開戦派の主張は、留まることを知らない。


「だから何度も申しておるであろう!

 ここで我等が戦端を開いてなんとする!?」


「知れたことよ!

 アコン山脈から撃って出れば、平原同盟など一月も掛からず降せる!

 勢いに乗って魔導王朝へ攻め込めば、半年以内には西方一帯の制圧は可能であろう!」


「馬鹿なことを申すな!

 そもそも平原同盟の多くはパラス教の信徒であるぞ!?

 敬虔な信徒達の街を焼き尽くすというのか!」


「これはパラスの神々の威光を大陸全土へと知らしめる戦いである!

 ならば信徒達が拒む道理など無い!

 むしろ喜び勇んで戦列に加わる者さえ現れるであろう!」


「パラスの神々の名を盾に暴挙に出るのは止めよ!

 我々が戦いを挑めば、平原同盟が魔導王朝と手を結ぶ可能性は非常に高い!

 そうなれば我等神聖法国は全ての大陸国家から孤立するぞ!」


「平原同盟と魔導王朝が手を結んだところで何になる!?

 人間どもの武力など高が知れている!

 しかも魔導王朝には昔日の威光など無い!」


「魔導王朝を過小評価し過ぎだ!

 各侯国の守備軍だけでも大軍であるぞ!

 今も南方戦線は続いており、練度だけなら法国よりも遥かに上だ!」


「いや、南方戦線の長期化により財政が圧迫しているとの情報も入っている!

 しかも我等に同調して、南方諸侯連合も兵を出すともな!

 2方向から攻め込めば魔導王朝などひとたまりもあるまい!」


「何の確証も無い情報に惑わされて何とする!

 国家の大事を軽々しく扱うでない!」


トーク枢機卿を含む開戦反対派が火消しに懸命になっていた。

最高意思決定機関である法議院では2派の熾烈な論戦が先月から続いていた。


「おかしいな…」


「うむ、あやつら何を考えておるのだ」


同胞であるガーワ枢機卿も違和感を覚えていた。

開戦派のロジックは完全に破綻していたが、彼等は勢いのみで押し通そうとしている。

その開戦理由は稚拙であり、その展望は楽観視し過ぎていた。


「全くもって、その通りである…」


サバラス神殿の一室で善後策を練っていると、財務に精通したミヤ枢機卿が姿を現した。


「つい3日前に今年の収支状況が上がってきた。

 今の神聖法国の財政はギリギリだ…この状況で開戦など馬鹿げている。

 "法国の盾"にこれまでと同じ予算を割きながら大軍の運用など絶対に不可能だ」


「ならば奴等は開戦の費用を何処から引っ張る気なのだ…」


「おそらくは増税…いや、強制徴収であろうな…」


「馬鹿な!只でさえ民の生活は貧窮している上に、更なる負担を強いるのか!」


長きに渡って神聖法国に尽くしてくれた敬虔な信徒達である。

彼等はパラス教を守るため、増税にも労役にも辛抱強く耐えてきてくれた。

ならば少しでも肩の荷を減らさねばならぬ時期だと言うのに…。


「法国には平原同盟から在住している者達も多い。

 外交施設も含め、3大商会を始めとして幾つもの商会も進出している。

 最悪の場合、その者達からも徴収するであろうな…」


「何という…!

 彼等を説得して法国内へ誘致するまで、どれだけの苦労をしてきたと…!

 このままでは神聖法国が大陸の孤児となってしまうぞ!」


同様の危惧を抱いている者達は法国上層部にも大勢居た。

一度でも平原同盟を訪れた事が有れば、この開戦が如何に無謀かが分かる。


「昨日も若い司祭候補達から面会を求められたよ。

 何としても法皇猊下をお諌めするようにと彼等から嘆願された…」


ガーワ枢機卿の元に訪れたのは留学歴を持つ者ばかりでは無い。

神聖法国の現状を憂いている者達は多く、誰もが何かしらの対策の必要性を感じている。

だが、外征で諸問題を解決しようなど論外である。


当初は噂程度でしか無かった開戦の話題が、真実味を帯びてくれば反応も異なってくる。

パラス神聖法国の上層が真っ二つに分かれようとしていた。


「これも昨日分かったのだが、連中にかなりの金が流れている…」


「何処からだ?」


「それが分からぬ…今も調査中なのだがどうしても尻尾を掴めん。

 その何者かから煽られて開戦に踏み切ろうとしている、と考えて良かろう」


眼の前の開戦派の枢機卿達は傀儡に過ぎない。

トーク枢機卿は本当の敵が背後で動き回る得体の知れない存在で有るのを悟る。


「…何が狙いなのだ」


調査を進めさせているガーワ枢機卿でさえ答えられない。

法国の機関でさえ足取りが掴めない何者か。

しかし、その工作は神聖法国上層にて着々と進んでいた。



大陸歴996年12月30日

サバラス法王庁、大パラス法議院にて最高法議会が開催される。

出席したのは20名の枢機卿、そしてパラス神聖法国の最高指導者たる神聖法皇である。


第92代神聖法皇ドリーゴ

今年で齢70を数える人物は聡明でも無かったが暗愚でも無かった。

極めて平均的な人物であり、ならばこそ神聖法皇に選任されたと言えよう。

一つだけ突出している処が挙げるとすれば、それはパラスの神々に対する信仰心であった。

誰よりもパラスの神々を愛し、誰よりも信奉していた。


「現在もヴリタラは療養中との情報が入っております。

 9月の戦いの傷は深く、今も人目の付かない場所へ治癒魔導士を伴っております。

 ならばこそ、今という時期を逃さず打って出るべきです!

 しかも現在のヴリタラに昔日の力は無く、大きく衰えております!

 我が神聖法国が大軍を繰り出せば、魔導王朝の殲滅も容易いでしょう!」


「その情報は不確実であり、希望的観測が大きすぎるであろう!

 9月のシャール平原の戦いは法国のみでなく、各国の諜報機関も観測している!

 そのどれもが終始ヴリタラが優勢であったと報告に上がっておる!」


テーブルを挟んで開戦派と反対派が真っ向から対決していた。


最大の論点は魔導王朝の宗主ヴリタラの実力の是非である。

パラス神聖法国の長年の願望である全大陸制覇。

最大の障害である魔王さえ打倒を果たせば、実現は可能であると考えられていた。


「…発言の許可を頂きたいのですが宜しいですか?」


開戦派でも反対派でも無い、極めて中立な立ち位置で在ったミヤ枢機卿。

トーク枢機卿達とも話をしていた財務に携わる人物が発言を求めた。


法皇より許しが得られると、全ての者達に神聖法国の現状を告げた。


「今年8月に法皇猊下より、神聖法国全将兵に大動員令が下されました。

 あの時の実際の支出を参考にして、このたびの開戦の支出に関しても予測ができます。

 仮に開戦に踏み切るとした場合ですが…同様に80万の将兵を動員するとしましょう。

 ならば現在の神聖法国の財政を考慮して、時間の猶予を頂きたいのです」


「猶予とは、どの程度か?」


「最低でも10年は必要かと存じます。

 その間に"法国の盾"を完全に廃し、経済の改革と財政の健全化を図らねばなりません。

 まずは国内の経済を立て直すことが最優先かと存じます。

 十分な資金、十分な兵糧と武器の供給体制、それが無ければ戦争継続など不可能です。

 80万将兵の運用はそれ程の、国家の一大事業と御考え下さい。

 現在の神聖法国では、それだけの大軍の長期間運用する体制が整っておりません…」


「10年は長すぎるであろう…」


「では、これも仮定なのですが…今この場で動員令が下されたとしましょう。

 アコン山脈内の、この神聖法国全ての官民が一体となって開戦に臨むとします。

 更に8月と同様規模の将兵と仮定致しましょう。

 その場合、80万将兵の運用限界は3ヶ月です…。

 この3ヶ月を過ぎれば、パラス神聖法国の財政は完全に破綻致します」


「…ならば問題あるまい」


開戦派の枢機卿の一人が自信に満ちた口調で応えた。


「3ヶ月有れば人間達の…大陸平原同盟を降すことも可能であろう。

 あの者達から徴収すれば大軍の運用も…」


「待たれよ!

 此の度の開戦は魔導王朝との雌雄を決するのが目的では無かったのか!?

 大陸平原同盟を敵に回せば、それこそ南方諸国も黙っておらぬぞ!

 ヴリタラ魔導王朝、大陸平原同盟、南方諸侯連合…大陸の全てを敵に回すつもりか!?

 そうなれば500年前以上の大戦となろうぞ!」


「トーク枢機卿の申す通りだ。

 私も反対だが、それでも万が一にも開戦に至った場合、平原同盟に手出しは厳禁であろう。

 彼等から魔導王朝への侵攻経路を譲渡して貰い、相互不可侵とせねばなるまい。

 敵を多く作りすぎて何とするか…」


けれども開戦派の自信は揺るがない。


「…大陸平原同盟を降せば、自然に魔導王朝も南方諸侯も潰えよう」


「な、何を申しておるのだ」


「いや、トスカー共和国だ。

 あの地さえ攻め落とせば大陸の全ては法国の手で掌握できよう…」


開戦派の枢機卿達全てが頷いていた。

一方、反対派のトーク枢機卿やガーワ枢機卿には、その意図が掴めない。


しかし法国財政の窮状を訴えた、財務担当のミヤ枢機卿だけは肩と声を震わせていた。


「ま、まさか…大陸中央銀行を…!?」


この世界で最も信用価値の高いソラ通貨。

魔族、人間、神族、現在は亜人国家にも広く流通しつつある。

そのソラ通貨を唯一発行し、通貨量を管理掌握する唯一の機関である。


「馬鹿な考えはお止めください!

 あの銀行の機能は、単純な国家の思惑で自由にできる物では有りません!

 経済という巨大な生き物に精通し、完全に理解した人間達だけが制御できるのです!」


「金は金であろう…」


「これはもうパラス神聖法国一国の盛衰の問題では済みませんぞ!?

 これまで先人達が培った大陸経済の体制を破壊なさるお積もりですか!

 貨幣経済が崩壊すれば、この世界の文明は大混乱…いや、千年前の時代に退行しますぞ!」


「御主は大袈裟であるな…!」


必死の訴えだったが、開戦派達には一笑に付された。


「そうか、御主達…最初から狙いはソレだったのか…。

 大陸平原同盟を武力併合し、彼の豊かな地を手にするのが…!」


凄まじい形相で睨みつけながら、トーク枢機卿が静かに立ち上がった。


「ガーワよ、後の事は頼む」


「お主、まさか…!?」


「今より、このトーク・アンデルは乱心する!

 この馬鹿共を力づくでも止めねば神聖法国の未来は無いのだ…!」


若き頃は法国一の騎士と呼ばれた人物である。

身体から発せられる死を覚悟した気迫に、対峙した開戦派が圧されていた。

しかしテーブルを越えて身を乗り出そうとした時、会議室に続く全ての扉が開いた。

完全武装した騎士達が駆け込み、トーク等の反対派を素早く囲む。


「猊下…トーク枢機卿も彼等も少々お疲れの様子…。

 暫くの間、療養させるべきかと存じます…」


「うむ…」


反対派が取り押さえられ、身柄を拘束された。

トーク枢機卿は現役の屈強な騎士達に5人掛かりで封じられていた。


「お主達は…!パラス神聖法国を滅ぼすつもりか!」


それでも尚、トーク枢機卿の訴えは続く。


「お主達は何ということを…!

 妖しげな者達にそそのかされおって…!

 法国千年の歴史を終わらせる行為だと分かっておるのか…!」


「お主こそ何を申しておるのだ。

 我等神聖法国に敵う者など、この大陸には居らぬ…!

 今こそ、パラスの神々の威光を知らしめる時なのだ!」


…酔いしれていた。

根拠の希薄な勝因に国家の命運を賭け、既に莫大な権益を手にしたつもりでいた。


「…お主達、大切なことを忘れておらぬか?」


法皇と開戦派達が、身動きの取れないトーク枢機卿へ耳を傾けた。


「大陸平原同盟でも魔導王朝でもない…!

 全く別の存在をお主達は忘れておらぬか!?」


「ふむ…何であるか」


「敗残兵団だ!

 あの少年は私利私欲の侵略を決して許しはせぬ!

 必ずや彼の兵団がパラス神聖法国の前に立ちはだかるであろう!」


「それこそ馬鹿なことよ…。

 確かに強大な巨獣は存在したが、魔導王朝攻略の戦いで再起不能に陥ったと聞く。

 現在の兵団は名ばかりで10匹程度の小さな魔獣ばかり。

 我等法国軍の前には無力な存在でしかない…」


「あの少年の力を見くびり過ぎだ!

 敵に回してからでは全てが手遅れぞ!」


「…連れて行け」


尚も訴えるトーク枢機卿達は騎士達に連行されていった。



この日より、パラス神聖法国全将兵に再び大動員令が下される。

神聖法皇ドリーゴの名の下、将兵のみならず全ての法国民にも通達された。

アコン山脈内側では軍備が開始され、回廊付近には続々と各地からの兵員が集まり始めた。


大陸歴997年1月1日。

新しき年を迎え、神聖法皇ドリーゴより全てのパラス教信徒へ言葉が発せられる。


『遂にパラスの神々の威光を知らしめる時が来た!

 今こそアコン山脈から外界へ打って出るのだ!

 皆の者、手に剣を取るが良い!

 神々の祝福は、我々敬虔な信徒にのみ与えられるであろう…!』


そして傅いた全ての信徒達に対し、高らかに宣言された。


『魔導王朝、恐るるに足らず…!』


次回 第77話 『 悲劇の再来 』

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