第7話 『 180年の迷信 』
剣の鍛錬と並行して、勉学にも励まなくてはならない。
先輩達は、この世界の"魔法"を学ぶべく王国の魔導士の講義を受けていた。
しかし僕は神獣の加護を得られず、その講義に意味は無いらしい。
「図書館に行って勉強すると良いわ。
大丈夫よ、あそこには優秀な先生もいるんだから」
アヤさん…ではなく、アヤ姉の指示に従い王立ボーエン図書館へ案内された。
「うわぁ…大きな建物なんだね…」
「蔵書数は5王国の中でも随一よ、戦前の書物も揃ってるんだから」
5階建てで敷地面積は、元の世界の国立競技場並だろうか。
蔵書数30万冊、古今東西の文献が集められていた。
宗教、地理、芸術、建築、歴史、数学、天文…あらゆる分野。
この世界では600年程前に製紙技術が確立されたという。
戦乱の最中にあっても、先人達は後世に知識と記録を残そうと尽力した。
活版印刷が350年程前に発明され、以降は書籍が一般化した。
「誰でも入れる訳じゃないのよ?
アキヒトは特別に許可が出たんだから、思う存分勉強しなさい」
とは言っても、僕には文字が…あ、あれ?
「どうしたの?」
「え…全然知らないのに…文字が読める…」
「それはね、召喚の時に神官達が術を施したのよ。
私達と意志疎通が図れるようにね」
今更ながら気付いて驚いてしまった。
僕達の世界より文明が遅れているかと思ったが、特定の分野では遥かに進んでいる。
「さぁ、先生よ」
通された閲覧室には、召喚の日に一度だけ顔を合わせた少女が座っていた。
「こんにちは、ドナ。
忙しい中に悪いけど、勉強に付き合ってあげてね」
「えぇ、構わないわ。これも義務だしね…」
金髪の小柄な少女は、読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
「ドナさん…いえ、ディオーナさん、お願いします」
「無理しなくてもドナで良いわよ。
これから長い付き合いになりそうだし」
表面上は丁寧だったが、少し警戒されている気配があった。
「この子はね、私より1つ年下なんだけど大学に進んでいるのよ」
彼女のアグワイヤの家系は、代々優秀な学者を輩出してきた。
現当主であり、実父のレスリー伯爵も数々の功績が高く評価されている。
人類の最高知能として神族、魔族にも広く知れ渡っていた。
そして一人娘であるディオーナ…ドナさん自身も、幼少から才覚を見込まれていた。
「確かアキヒトは13歳よね。
本来なら中等部なんだけど、小等部の勉強から始めましょうか…」
ドナさんに先導され、図書館内を歩き回った。
文字よりも挿絵が多めな本を選んでいるのが分かった。
その選ばれた本のラインナップを見て、ふと驚いてしまう。
「こんなことを子供の頃から勉強してるんですか…」
天文、神学、宗教、錬金術…どれも内容的には簡単かもしれない。
だが、元の世界の小学校では馴染みのない分野だ。
「アキヒトの世界とは違うの?」
「僕の世界では国語、数学、科学、社会、外国語が重要でした」
「他は想像つくけど『カガク』って何?」
「僕はまだ余り知らないけど、化学や物理とか…」
「錬金術のことかしら?」
そもそも錬金術のことをよく知らない。
元の世界では昔の西洋の学問だったような…。
「じゃあ、その『カガク』で何ができるの?」
「そうですね…例えば、こんなのとか」
学生服の胸ポケットの中に、携帯機を持っていたのを思い出した。
取り出して、ドナさんに手渡す。
「これなんか科学技術の結晶の一つですね」
「見たことも無いけど…何に使うの?」
「遠く離れた人と話をしたりします。
それから色々な情報を検索したり保存しておいたり…」
「どうやって動かすの?」
「それが動かないんです…こちらの世界に来た衝撃で壊れたのかな…」
やっぱり側面スイッチを押しても反応しなかった。
バッテリー切れにしてもまだ早いし…。
「そもそも、こんな小さな物に情報なんか入るの?
文字や数字が入っていても、小さすぎて読めないわよ」
「電子データだから大丈夫ですよ」
「『デンシ』…それは何なの?」
「えっと、それは…」
先輩達なら上級生だし、もっと上手く説明できるかもしれない。
まだ中学1年の自分はそこまで勉強してないけど…。
「この世界の、全ての物質の最小単位が有って…。
これ以上分解できない、その1番小さいのが原子で…。
プラスの原子核と複数のマイナスの電子で作られていたような…。
……どうしました?」
僕を見るドナさんが、何かとても驚いた顔をしているのに気付いた。
「アヤ!これ持って、先にテーブルへ戻っていて!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
書籍をアヤ姉に押し付けると、ドナさんは図書館奥深くへ消えていった。
「何なのよ、一体…」
「何だろうね…」
置き去りにされた僕とアヤ姉は、先程の閲覧室に戻ることにした。
テーブルに書籍を降ろし、その一冊を手に取ってみる。
それは小等部向けに書かれた歴史本だった。
大陸の主要国家、ヴリタラ魔導王朝、神聖パラス法国、人間の5王国。
千年前の法国成立から各国家の建国と変遷が書かれていた。
「…待たせたわね」
閲覧室入り口から、ドナさんが古い本を片手に戻ってきた。
「何を探していたんですか…」
「アキヒト、この図に見覚えは?」
「あ…これって…」
テーブルの上に置かれた本、その開かれたページを見て僕は驚いた。
中心に大きな丸。
その回りの円軌道に幾つもの小さな丸。
「そ、そうです…これが…さっき説明した原子モデルです!」
「じゃあ、この説って本当だったのね」
「本当…?」
「このモデルが予測されて、提唱されたのは今から180年前。
しかし今では非現実な妄想として迷信扱いよ」
「そ、そんなのおかしいですよ!
迷信扱いだなんて…!」
「仕方ないわ、証明できないんですもの」
ドナさんは大きく息をついて、説明を続けた。
現在、この世界では魔法力をエネルギー源とした社会が成立している。
この500年の間に、魔法力が人々の生活に浸透していった。
だが同時に、魔法力に代わる代替エネルギーの模索も続いていた。
事件が有ったのは320年程前。
錬金術師の1人が、特定の二つの物質の化学反応に未知のエネルギーを観測した。
魔法力と異なるエネルギーの発展に、多くの人々が注目した。
それまで強大な魔法力を持つ神族や魔族の前に、人間は余りにも非力だった。
しかし、このエネルギーによって力関係が覆るかもしれない。
研究と発明が進み、このエネルギーは光や熱に変換可能と確認される。
出力の上昇が試みられ、それに応じた出力機器も発明された。
だがそこまでなら魔法力と同等、もしくはソレ以下である。
そして180年前、1人の研究者がとある説を提唱した。
このエネルギーは一つの流れである。
その流れには最小の物理構成単位が存在すると。
代替エネルギーの課題だけでは無い。
その最小物理構成単位の実用化により、あらゆる分野が大きく発展するだろう。
既存の魔法文明をも大きく覆すであろう、と。
しかし実現には至らなかった。
彼が提唱したモデルは実証されず、死後も研究が進められたが無駄だった。
50年程も研究は続けられたが成果は何も得られなかった。
そうして国家からも人々からも失望され、研究は打ち切られた。
多くの予算と時間が投入されたが、結局は魔法力の代替ともならなかった。
そして今では、当時の研究者達の妄想として語り継がれるのみである。
一時は既存の魔法文明が一変するであろうと期待された提唱。
神族と魔族との均衡をも覆す歴史的な発見。
その研究者は提唱の中で最小物理構成単位に名称を与えた。
「『 粒子 』…とね」
そう、それは僕達の世界でも頻繁に使われている言葉。
僕には、その研究者の説が正しい気がする。
中学生で専門的な知識は無いけど、その説は間違ってないと。
「しかし、どうしても証明できないのよ。
彼の論文は私も目を通していてね、理論的に正しいのは理解できるわ。
理論的には、ね…」
そしてドナさんは、僕の携帯機を手に取っていた。
「…この研究テーマ、面白いかもね」
「研究、ですか?」
「粒子の存在を証明する物が今、私の手に有るんですもの。
幾多の先人達が挑み、挫折せざるを得なかった命題…。
このアグワイヤ家長女ディオーナが解明してみせるわ!」
拳を握りしめ、ドナ先生が決意を固めていた。
最初の印象ではとても静かな人と思ったんだけど、少し違うらしい。
興味を惹かれた研究には、誰よりも熱くなるようだ。
その一方、僕にはドナさんの説明から一つの疑問が湧いていた。
「ということは…この世界、僕達の世界と違うのかな…」
普通に息もできるし、水も飲めるし、食べることもできる。
回りの人も建物も、文化の違い以外は何も変わらない。
しかし何かが決定的に違うようだ。
召喚の衝撃で携帯やPCが故障したかと思ったが、原因は別なのだろうか。
この世界には、僕達の知らない特別な何かが有るのだろうか…?
「…と、横道に逸れて悪かったわね。
それはともかくとして、アキヒトの勉強も始めないと」
「はい!ドナさん、お願いします」
「…それ、止めてくれない?」
「え、何がですか」
「その『さん』付けよ、そのまま『ドナ』でも構わないから」
「そうですか…」
と言ってくれるものの、呼び捨てでは抵抗が有った。
しかし良い呼び方が思い浮かばず…。
「じゃ、先生と呼んで良いですか?
ドナ先生!」
そう呼んだ途端、傍に居たアヤ姉が吹き出していた。
「そ、それ良いわね!
私もこれからは、そう呼ぶことにするわ…!」
「ちょ、ちょっと!止めなさいよ!」
「良いじゃないの、ドナ先生。
親しみやすいわ、ドナ先生。
私は好きだけど、ドナ先生」
「こ、こら!アヤ!」
ドナ先生は顔を真赤にして、アヤ姉に抗議していた。
「…アヤ姉は使っちゃ駄目だよ」
「え、なぜ?」
「僕は勉強を教えてもらうから、ドナ先生って呼ぶんだよ。
アヤ姉は冗談で面白がってるだけだから」
「えー、でも…」
「相手が嫌がること、言っちゃ駄目」
僕がはっきり言うと、それ以上はアヤ姉も口出ししなかった。
「ありがと、アヤは昔から意地が悪いから」
「あはは…昔からですか」
「えぇ、腐れ縁よ」
付き合いは長いらしい。
性格は正反対の2人だが、決して仲は悪くないようだ。
「そうだ、ドナ先生。
もっと性能の良い物があるんです」
「これとは別に?」
「はい、ノートPCと言って…個人専用の計算機になるのかな?
その携帯機より遥かに性能が良い筈ですよ。
今の状態じゃ使えないし、持っていても仕方ないですから…。
今度持ってきますので、しばらく貸しますよ」
「そう…良いの?」
「勉強を教えて貰いますから、そのお返しです」
「ふふ…じゃあ、頑張って指導するわね。
ソレ、楽しみにしてるから」
この時、始めてドナ先生が笑ってくれた。
少しだけ距離が縮まった気がした。
「粒子、見つかると良いですね」
「違うわ。
見つかると良い、じゃなくて絶対に見つけるの」
――その会話を、僕の右肩の光は聞いていた。
リュ…ウ…シ
召喚してから数々の視覚刺激と聴覚刺激が与えられた。
人々や街の建物の光景。
多くの人達との出会いと会話。
膨大な情報が集積された図書館。
そして『 粒子 』の説明。
右肩の光は今までと変わらないかのように思えた。




