第74話 『 目標は1600ソラ(後編) 』
「聞いているのは私なのだがな…まぁ、良いだろう。
お前が働いていると知らせが入ったのでな、わざわざ見に来てやったのだ」
「知らせ…誰からですか?」
「さぁ、誰であろうな」
不敵な笑みを浮かべるばかりで、マーダさんに答える様子は無かった。
「気にするなよ、アキヒト。どうせコイツの手下共も監視してんだろ」
「分かるの?」
「24時間索敵させている。
因みに現在の範囲は半径500メートル、その内の14人がそれっぽいぜ」
そうだね…監視が付いてない訳も無いよね、と納得してしまう。
あんな兵団を率いているんじゃ、危険人物扱いされても不思議じゃないし。
「次は貴様が答える番だ、此処で一体何をしている?」
「見ての通り、パン屋の手伝いですが…」
「それも兵団長の責務か?」
「いえ…僕個人の…個人的な理由でのお金稼ぎです」
「先の会談でも言われなかったか?
金でも物でも何か必要になれば、遠慮なく平原同盟に頼れとな」
「これは兵団とは全く別ですから…」
「貴様の最近の動向は此方でも把握している。
ヴリタラとの対決に向けて、連日自宅で特訓に励んでいるとな」
「べ、別に対決する訳では…」
「どちらにしろ、1分1秒を特訓に費やすべきでは無いか。
それとも貴様の言う個人的な理由とは、世界の命運にも勝る事なのか?」
そう言われれば、僕は何も反論できない。
「シロ…お前は主人に何も意見しなかったのか?
それでアキヒトが兵団長になれると本当に思っているのか?」
「いえ、シロは関係有りません。そもそも僕が言いだしたことですから」
「関係無くは無かろう。
貴様を補佐して兵団長に育てるのがシロの役割だ…違うか?」
「…その通りだ。
だが、たまにはアキヒトにも息抜きが必要だと思っている。
それにだ…この仕事が世界の命運と同じくらい大切かもしれないぜ?」
「では聞こうか…世界の命運と同等の理由とは何だ?」
こうなるともう黙ってる訳にもいかない。
仕事中だし、トレイの上の大量のパンを棚に並べながら僕は口を動かした。
「世話になっている案内人の人達に、お礼の意味を込めて贈り物をしたいんです。
その為のお金を稼いでいるんですよ」
「なぜ貴様自身が稼ぐ必要ある?」
「それは…心を籠めた贈り物をしたいからです。
兵団やシロの力を使えば、もっと簡単に大金を稼げるかもしれません。
ですが、そうして得たお金で贈り物をしても余り喜ばれないと…そう思ったからです」
「心か…」
「お笑いになりたければどうぞ…。
しかし今の僕は、それが大切だと思っています」
「いや、心は大切だ。
心が有ればこそ感情も産まれる。
何をするにせよ、感情は大きな原動力となるからな」
マーダさんの肯定的な返事は、とても意外だった。
「折角の機会だ、もう一つ聞いておこう。
アキヒトよ…貴様の原動力は何だ?」
「え…僕は別に…そういうのを考えたことは…」
「神獣召喚の儀に臨んだ時、貴様は心の中で何を願っていた?
それこそがお前の原動力では無いか…」
パンを並べていた手が止まった。
「貴様は先日、我等に向かって兵団長になると宣言したな。
その理由は何だ?
もしや、この世界を救うためだとでも言うのか?」
「あの時は…特に何も考えてなくて…」
「――当ててやろうか。
貴様は誰かを見返したかったのではないのか?」
「そんなことは…」
「偽るな、私には分かる。
貴様は貴様を蔑ろにした連中を見返したいのであろう…。
…それは誰か?
隣人か、級友か、先輩か、後輩か…それとも教師か…いや、どれも違うな」
僕の鼓動が…早くなっていた。
「そうか……家族か」
何かが急に苦しくなり、僕は胸元を手で押さえた。
「貴様は家族を見返すためにシロと契約したのだな…」
「ち…違います…」
「ほぅ…何が違うと言うのだ?」
「違う…そんなんじゃ…」
「更に当ててやろうか。
私が推測するにだ…貴様には姉がいたのではないか?」
「…だ、だから何だと言うんです!」
背後へ振り返り、僕はマーダさんの睨み付けた。
「そうか…ならば全ての説明が付くな。
貴様は案内人の3人に好意を抱いてはいるが、異性としては見ていないであろう?」
「あ…あの人達は、あくまで僕の案内人です!
そんなことを考える訳が!」
「飾るな、貴様が娘達を気に入っているのは承知している。
だが妃にという願望を抱いてはいない…誰もがそれを不思議に思っていた」
「だから、それは…!」
「…貴様は3人の娘達に姉の面影を求めていたのだろう?」
僕の中で…何か黒いモノが渦巻き始めた。
何かが…何かに繋がっていく…。
「確執した姉を…決して取り戻せない面影を、あの案内人達に求めて――」
ギギイェッェェェェ!!!
ボーエン王国城塞都市一帯に巨獣の咆哮が高らかに響いた。
それまでの喧騒が嘘のように、店内が静まり返る。
大勢の客の誰もが息を呑んでしまい、指一本たりとも動かすこともできない。
「アキヒト…今、お前は…!まさかアイツを…!?」
ガースト級大型機動兵器が完全に僕の支配下に入っていた。
鉤爪1本から末端の触覚に至るまで、全ての知覚が僕と共有されていた。
城塞都市上空で今も待機しているのが分かる。
4本の鉤爪、粒子砲、SAM、重力遮断機能、慣性制御機能、そして特殊鏡面透過装甲…
ガーストの全ての機能が掌握できていた。
"ギギィ…ギッギッギ!"
別の1基が笑っている。
ガースト級ではない、もう1基の凶悪な大型機動兵器。
これまで歯牙にもかけなかった無力な存在の僕を…"決戦兵種"が認め始めていた。
ガチャ…!
僕の手からトレイが床に落ち、パンも一緒に転がった。
「貴方に…!貴方に僕の何が分かると言うんですか!」
「むぅ…」
「そんなに気分が良いですか…!?
国家の頂点にまで昇りつめれば、何をしても許されるとでも!?
僕みたいな凡人の嫌な思い出を掘り起こして嘲笑って…!
どんな想いで過ごしてきたのか知りもしないくせに!」
「…いや、知っている」
「何がですか!」
「昔はな…いや、今も私は家族の面影を追っている」
マーダさんは屈みこむと、僕が落とした床のトレイを拾い上げた。
更に散らばったパンを一つ一つ拾うとトレイに乗せ始める。
そして埃を払うことすらせず…盟主ともあろう要人が、そのパンの一つを齧った。
「…美味いな」
「え…」
「私はな、貴族とは名ばかりの貧乏な家の出身だ。
あの頃の暮らしを考えれば床に落ちた程度…何の問題も無く食える」
決して演技などでは無かった。
平原同盟首脳陣の一人が、床を転がったパンを普通に食べていた。
「貧しいゆえに裕福な貴族の子息達から馬鹿にされ、虐げられてきた。
あの連中を見返したかったからこそ、今の私が在るのだ。
その私を進学させる為に父も母も身を粉にして働いてくれた。
無理が祟って、大学を卒業する頃には2人とも身体を壊して亡くなっていたがな。
あれから随分時間が経つ。
だが、未だに私も父母の面影を追ってしまうのだ…」
「マーダ…さん…」
「それで分かったであろう…それが貴様の原動力だ。
恥じることは無い、認めろ。
そうすれば、貴様はもっと強くなる…!」
更に僕の右肩のシロにも言って聞かせた。
「今のアキヒトはどうであった?
お前の求める兵団長らしい顔をしていなかったか…?」
「…まぁ、少しな」
「コツを掴んだのなら、そこから伸ばしておけ。
お前の手腕一つにアキヒトの成長が掛かっているのだからな」
そしてトレイのパンを全てレジへ持っていこうとしていた。
「…それで良いのですか?」
「さっきも言ったであろう、この程度何の問題も無く食える。
それより、これは盟主でなく私個人としての意見だが…。
あの3人に姉の影を追い過ぎるな」
「ぼ、僕はそんなことは…」
「一度、あの3人の気持ちを真剣に考えてみるが良い。
お前の姉と重ね合わされて、本人達はどう感じているのか…」
決してそんな目で見てない…と言い切れなかった。
「本当に好意を抱いているのなら、異性として見てやれ。
でなければ娘達に失礼だ」
巨獣の咆哮は一度聞こえただけで、それ以上の騒ぎにはならなかった。
マーダさんが支払いを終えてお店から出る頃には、前と変わらない喧騒に戻っていた。
それからも僕のパン屋の手伝いの日々は続いた。
産まれて始めてのアルバイトはアズさんとアニーさんに怒られてばかりだった。
けれども何とか仕事をこなして目標金額へと近づいて行く。
「アキヒト、なぜ稼ぎに来たんだ?」
「贈り物したい人達がいるんですよ、その為のお金です」
「ほぉ…片想いか?」
「はは、どうなんでしょうね」
アズさんからの冷やかしに肯定も否定もできなかった。
僕にとって3人はどんな存在なのか、考えると分からなくなった。
仕事は順調に進み、23日には合計1600ソラを越えていた。
けれどもお店が忙しいのも有り、約束の期日まで僕は働き続けた。
そして25日のクリスマスの夜。
夕飯の席で、僕は3人にプレゼントを渡した。
「へぇ…アキヒトの世界の風習なんだ…」
「うん、日頃の感謝も込めてね」
「良いじゃない、有難うね!」
アヤ姉は羽の髪飾りを素直に喜んでくれた。
僕にはデザインの良し悪しが分からなかったけど、本人は気に入ってくれたようだ。
あの店員してたおばさんの目利きは正しかったと言える。
「悪いわね…有り難く頂くわ」
シロには意外だったが、やっぱりドナ先生も喜んでくれている。
「アキヒトは、何の女神様か知ってたの?」
「お店の人に聞いたんだよ。叡智の女神様ならぴったりじゃないかと思って…」
「安直ね…けど、悪くないわ」
いつもより口調が柔らかな感じがする。
ブローチを襟元に着けたりして、思ったより悪くない感触で何よりだった。
「有難う御座います、アキヒトさん…助かります」
ティアさんはとても喜んでいてくれた。
特にいつもお世話になっているのだから、もっと良い贈り物にしたかったのだが。
「いえ、とても嬉しいですから…」
「次はもっと良いのを用意しますから、期待してくださいね」
とりあえず3人共喜んでくれて良かった。
パン屋の仕事は大変だったけど、それが十分に報われた気がした。
そして、そんな3人を眺めていて…ふとマーダさんの言葉を思い出す。
『 異性として見てやれ 』
今の僕にはまだピンと来なかった。
確かに一般的な女性ならば、男から異性として見られたい気持ちも有るのだろう。
けれども、この3人は…なんて思ってしまう。
これは僕が女心なんてモノを分かってないだけかもしれない。
「何を考えてるのよ?」
「あ…うん、思った以上に喜んでくれて良かったってね…」
「来年のアキヒトの誕生日に纏めて返してあげるわ、期待してなさい」
来年になれば僕も15歳。
少しはアヤ姉達の女心も理解できる時期かもしれない。
まぁ、いつかは自分にも分かる日が来るだろう…おそらくは。
次回 第75話 『 大陸連合構想 』




