第74話 『 目標は1600ソラ(前編) 』
12月も既に半分が過ぎていた。
日々を戦術特訓と並行して学業に費やすと時間が凄い早さで過ぎていく気がする。
その日も夕飯と片付けを終え、何気なくカレンダーを見た時だった。
「あ…」
「アキヒトさん、どうかされました?」
「え…っと、この国では年末に何か祭日は有りました?」
「いえ、特に御座いませんが…」
「そうですか…有難うございます」
この日は12月17日…クリスマスが1週間後に迫っていた。
当然ながら、この世界にはそんな行事は無い。
けれども3人にはプレゼントを渡す機会に丁度良いかもしれない。
日頃からお世話になっており、何かしらの形でお礼をしたいと思っていた。
だが、先立つものが無い…。
司教様から渡されたお小遣いを少しづつ貯めて、現在の全財産500ソラ。
日本円に換算して1万円くらいかな。
3人分のプレゼント軍資金としては少し不足気味な感じがする。
「シロ、明日から暫く戦術特訓は休止にしてくれない?」
「何だよ、サボる気か」
「そんなつもりは無いんだけど…アヤ姉達に何か贈り物したいんだ。
だから少しお金を稼ごうと思ってさ」
「そういや、前にそんな約束もしてたな。
それなら仕方ないが、どうやって稼ぐんだよ」
「それが問題なんだね…」
翌日の午後、まずは贈り物を何にするか検討する為に城塞都市の市場へ足を運んだ。
ボーエン王国のみならず大陸平原同盟各国は、自由取引市場の形成に力を注いでいる。
嘗ての経済的な利権は幾つかの商業組織に独占されていたが、平原同盟はその体制を廃した。
この政策によって新興の商工業者も参入が容易となり、更に減税対象となっていた。
その為、魔導王朝や南方からも多くの者達が訪れ、非常に活気付いていた
結果、各国の都市には様々な物が流通する市場が開かれた。
このボーエン王国城塞都市にも中央市場が開かれており、卸売も小売も行われている。
大陸の中央にも立地から魔導王朝と南方諸国の品も多く並んでいる。
食料、衣類、雑貨、そして武器や防具といった必要な物の大半は此処で手に入るという。
以前から興味が有って時々見て回っていたけれども、お金が無い。
だから冷やかしで買い物らしい買い物は全くできなかった。
しかし今回は明確な目的が有り、雑貨店が多く並んでいる区域へやってきた。
幾つかの店先を眺めていると、若い女の子向けらしいお店を見つけた。
身に付ける綺麗な装飾のアクセサリーが並んでいる。
「アヤ姉には何が良いかな…」
「なんでこんな所で選ぶんだよ」
「え…だって女の子らしくて似合うかと思って」
「あの女に一番似合ってんのは鈍器だよ。
ほら、あっちの武器屋にデカいハンマーや斧が並んでるじゃねぇか!」
「渡した瞬間、シロは撲殺されるよ…」
気を取り直して眺めていると、店員のおばさんから声を掛けられた。
「おや…恋人に贈り物かい?」
「いえ、そうじゃないんですが…知り合いの女の子に何か贈り物しようかと」
「その子、髪の色は?」
「赤色ですが」
「じゃあ、これなんかどうだい?」
棚の上から取り出した箱…開けると、綺麗な羽の形をした髪飾りが入っていた。
「これなんか赤髪の女の子に似合うんじゃないかな」
「はい、良いですけど…値段はどれくらいです?」
「600…いや、550ソラに負けておくよ」
値段的にも許容内だし、羽がモチーフな点がいかにもアヤ姉に似合ってる気がした。
とりあえずキープしておこう。
「次はドナ先生の贈り物を…」
「アイツに何か用意しても喜ぶと思えねぇぞ。
いつも不機嫌そうな顔してよ…」
「そんなことないよ、きっと喜んでくれるから」
「そうか…?
まぁ、あっちの食器店に並んでるお椀2つなら喜びそうだが」
「成る程、レスリーさんとお揃いだね」
「いや、あの女は胸が無いから代わりに詰めときゃ…」
「ストップ!
今の話、絶対ドナ先生の前で話しちゃ駄目だよ!?
いや、誰の前であろうと禁止!
今後、何が有ってもその話題は禁止!」
「え…何でだよ」
「シロが口にした瞬間、敗残兵団が壊滅するからだよ!
お願いだから少しは考えて!
ドナ先生に詰め物の話をされるくらいなら、
ヴリタラ陛下に素手で立ち向かう方が遥かにマシだよ!」
「なに言ってんだよ、お前…大袈裟だな」
「大袈裟じゃなく本当にそうなんだよ!
お願いだよ、シロ!ダチ公の一生のお願い!
今!この場で!今後絶対に永久にその話題は出さないと誓ってよ!」
「ま、まぁ、お前がそこまで言うんなら…」
危うく何もかも破滅する処だった。
「…苦労しているみたいだね」
「はい…まぁ…」
「他にも贈り物する女の子がいるなら、それも仕方ないか。
気になる子が多いのは良いことさ」
「いえ、別に…そういう訳じゃ…」
「そうだ、他にも必要ならコレはどうだい?」
店のおばさんが次に見せてくれた箱には、幾つもの綺麗なブローチが入っていた。
その全てに女性の顔が装飾で彫り込んである。
「これはパラスの女神様達をモチーフにしたブローチだよ。
女の子なら美の女神・ロディータ様なんかお勧めかもしれないね」
どうやら色々な意味の女神様が彫り込んであるらしい。
「…そうだ、頭の良い女神様は有りませんか?学問の女神様みたいな…」
「学問ねぇ…叡智の女神といえば、このメティス様だけど」
銀色のブローチの中央に女神様の顔。
デザイン的にも良さそうだし、叡智の女神ならドナ先生にぴったりかもしれない。
「これも600…だから550ソラに負けておくね」
これもキープしておこう。
「次にティアの贈り物か?それならぴったりの物があるぞ」
「シロは黙っていて」
「な、なんだよ、それは!」
「シロに任せたら僕の生活も兵団も全部終わりそうなんだよ」
「俺はただ、手袋なんか良いんじゃないかと…」
「え…手袋?」
「ティアってさ、買い物なんかでよく外出するだろ?
その時、少し手が寒そうなのを見たんだよ」
そういえば…今はもう冬だというのに、ティアさんは夏の時と服装が変わってない。
外出時にはコートを羽織るくらいで後は何も変わらない。
手袋も着けてなかったし、確かに寒そうだ。
「シロにしては良いことを言うね」
「その言い方は何だよ、少しは俺を信用しろって」
「さっきのアヤ姉やドナ先生の選び方は酷かったじゃないか」
「あれは冗談だ」
「冗談でもやめてよ!」
雑貨店を後にして、衣服の店舗区域へと足を運んだ。
その中の一つ、手袋や靴下を主に扱っている店先を眺めてみた。
「すみません、若い女性向けの手袋ってどれになります?」
「それなら、こちらの羊の皮製なんか人気ですよ。
北方のリトア王国産で品質は確かです」
店員さんが勧めてくれたのは黒いレザーの手袋。
少し大人向けのシンプルなデザインで、フィット感も非常に優れているという。
僕にはティアさんや女性の趣味なんか全く分からない。
結局は店員さんの勧められたモノになってしまうが…悪くは無いだろう、多分。
「こちらは500ソラになります」
値段的にも悪くないし、キープしておこう。
これで3人のクリスマスプレゼントは決まった。
必要金額は合計1600ソラ。
現在の所持金は500ソラだから不足分の1100ソラをどうやって稼ぐか…。
何のアテも無い訳でも無かった。
市場を後にすると、僕とシロは城塞都市の中心街にある様々な仕事の斡旋所に来ていた。
前にケート山賊の依頼票が貼り出してあったボードを眺めてみる。
あの時と同じくたくさんの依頼が並んでいた。
「ちくしょう…山賊討伐の依頼が一つも無ぇ…」
「いや、今日の目的はソレじゃ無いから。
あくまで普通に働いてお金を稼ぎたいんだから」
しかし…矢張りというか、山賊関係の討伐依頼は一つも無かった。
もし依頼が有れば手っ取り早くレスリーさんのお屋敷を取り戻せたのだが…。
無いモノは無いで仕方がない。
それより今はクリスマスプレゼントの軍資金稼ぎが優先だ。
僕は依頼内容を一つ一つ、目で追っていった。
「なぁ、なんで兵団の力抜きで稼がないと駄目なんだ?」
「それは…僕の力で稼いだお金じゃないと意味が無いっていうか…。
心が籠もってないって言うのかな」
「金は金だろ」
「そういう考えは駄目だよ。
金額の問題じゃなくてさ、心が籠もってないと喜ばれないと思うんだ」
「心か…分からんでも無いけどよ…」
元の世界でもこの世界でも中学生にできる仕事なんて限られる。
薬草採集…荷運び…馬車の護衛…どれも今の僕には無理な内容ばかりだった。
「薬草集めなら俺にもできそうだな」
「それはそうだけど…シロに頼り切りなのも情けないからね。
僕は自力で稼ぎたいんだ」
元の世界で遊んだゲームなら、モンスターの狩りでもすれば手っ取り早くお金を稼げるだろう。
以前、ドナ先生にその話をしたら呆れられた。
『なぜ怪物の狩りをしたらお金になるの?』
『怪物の死骸が何かの素材になって売れるんじゃないかな…』
『もし、それが現実になったら直ぐに狩り尽くされないかしら?』
『それなりに強い怪物だと難しいからとか…』
『この中央平原にも昔は魔獣の被害が有ったらしいわよ。
けどね、どんな獰猛な魔獣でも人間の生活圏の拡大には勝てなかったわ。
アキヒトの世界でも同じじゃない?
危険な動物が生息していたとしても多くの人間が住み着けばいずれ駆逐されるわ』
人間は貪欲だとドナ先生は力説する。
どんなに強い怪物であろうと、お金になるなら狩り尽くされるのに時間は掛からないだろう。
その為に知恵を発揮するのが人間という生き物なのだから。
知恵は、どんな爪や牙にも勝る武器だとも話してくれた。
『例外は有るわよ、龍とか…神獣の類ね。
確かに世の中、絶対に手を出しちゃいけない危険な存在って有るわよ。
けどアキヒトの言う怪物って、もっと遥かに弱いんじゃない?
それでお金になるのなら、みんな転職しちゃうわよ。
そうなったら生態系が変わるまで狩りが止まらないんじゃないかしら。
素材だって摂り過ぎれば暴落してお金にならないでしょうし…』
結論:お金儲けは難しい
まぁ、あくまでゲームの話だからね。
現実はそんなに甘くは無いのは分かっている…なんだけど、それではロマンが無いし。
気を取り直して再び探し始める…14歳の僕でもできそうな仕事…。
それでいて、あと1週間で1100ソラ稼げそうな依頼は…。
" パン屋のミーダベーカリー手伝い 時給45ソラ 経験及び年齢不問 急募 "
「これだ!」
依頼票をボードから剥がすと、受付のお姉さんの所へ持って行った。
「あ…君はあの時の…」
「はは…先日は御世話になりました」
以前、ケート山賊の依頼票を受け付けてくれた人と同じだった。
「現在、討伐の類の依頼は何も貼り出されていませんが?」
「いえ、これを受けたいので手続きお願いします」
「パン屋さんのお手伝いですか…山賊討伐の次にコレとは幅広いですね…」
お姉さんは少し変な顔をしていたが、無事依頼を受けることができた。
パン屋さんの住所を教えてもらい、早速行ってみることにした
「アキヒト!これも運んどけ!」
「は、はい!」
お店に入って5分後には帽子とエプロンを着けて働かされていた。
依頼のパン屋さんは城塞都市中央の王城を挟んで、僕の自宅から反対側に位置していた。
特に大きくも無い老舗のお店だけど、出入りするお客さんは多かった。
城塞都市も広いし、これなら知り合いに会うことも無いだろう。
その代わり、仕事内容はそれなりに大変だった。
パンの材料の砂糖や小麦粉、バターを倉庫からひっきりなしに運ぶのは決して楽じゃない。
僕に指示を出しているのはミーダベーカリーの店主、アズ・ミーダさん。
40手前の元気な男の人だった。
「ほら、焼きあがったぞ!カウンターに並べとけ!
同じモノが並んでる所だ!」
「はい!」
業務用の大きなトレイに乗せられたパンからは焼き立ての匂いがした。
元の世界もこちらでも良い匂いなのは変わらない。
「アキヒト!それ、似てるけど違うから!」
「え…こ、これですか!?」
「そうよ、切り込みの形が違うでしょ?食感が違うのよ」
カウンターを仕切っているのはアズさんの娘、アニーさん。
僕と同い年くらいだと思うのだけれど、この年で父親以上に仕事していた。
「お父さん!また大きさがバラついてる!」
「こ、細かいこと言うなよ!」
「駄目よ!一つ一つ正確に分量を測らないと!」
かなり几帳面な人らしい。
お客さんとお金のやり取りをしながら、同時にパンの出来までチェックしていた。
「アキヒト、並べ方をもっと美しく!
ほら、ここズレてるわよ!?」
「わ、分かりました!」
息を付く暇も無く働かされた、
今は丁度年末でお店も人手が足りないらしい。
だから面接も何も無し、名乗ったら直ぐにエプロンと帽子を渡された。
「いらっしゃいませぇ~」
ふと、新しく入ってきたお客の姿を見て、反射的に僕は姿を隠した。
白装束の騎士団員…明らかに神聖法国の関係者だった。
「どうしたんだ?」
「い、いえ!小麦、持ってきます!」
裏の倉庫へ回って身を隠した。
それにしても、こんな所にまで神聖法国の人が来るとは意外だった。
「アキヒトは知らねぇのか?
法国の騎士様達は大のパン好きなんだぜ」
砂糖の分量を測りながら、アズの親方は話してくれた。
「なにしろ本国じゃロクなパンを食えねぇからな」
「そういえば…小麦粉が高いと聞いたことあります」
「神聖法国でも小麦は採れるが量も少なくて高価だし、美味くもねぇんだ。
だから本国へのお土産で小麦を大量に買い込むらしいな」
若い頃にアズさんも神聖法国へ仕事で足を運んだことがあった。
その時、口にしたパンの不味さと値段には驚かされたという。
「俺達はこの小麦粉のパンに慣れちまったからな。
今更、あんなの食えやしねぇよ」
アズさんの話はパンだけに留まらない。
神聖法国の街は活気が無く、人々の表情も暗いらしい。
前にも同じような話を聞いたことがある。
アヤ姉も神聖法国に訪れた時、平原同盟との違いに驚かされたと教えてくれた。
あのアコン山脈の要害が平原同盟と神聖法国の流通を阻害している、と。
それからも働き詰めだった。
昼過ぎから始まった仕事は夕方になっても休まることは無く、お客は途切れない。
ティアさんが食事の用意をしてるから、その時間までには帰らせて貰う約束をしている。
僕の仕事終了時間30分前くらいだろうか。
お店の棚に焼き上がったパンを並べていると、今まで黙っていたシロが突然口を開いた。
「…アキヒト!おい、アキヒト!」
「え…今、忙しいから後で…仕事中だから黙っていて…」
「何をしているのだ、貴様は」
背後から物々しく咎められるような声。
振り返ると、そこには黒のスーツで重厚な外套に身を包んだ中年の男性。
店内は仕事帰りの労働者や買い物中の婦人で溢れており、その中では異彩を放っていた。
「ど…どうして此処に…」
大陸平原同盟首脳陣の一人。
マーク同盟の頂点に立つ第45代盟主のマーダさんが立っていた。
(後編に続く)
次回 第74話 『 目標は1600ソラ(後編) 』




