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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
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第73話 『 歓喜の魔王 』


ヴリタラ魔導王朝北部ディヤーナ地区。

王朝民の生活圏から100㎞も離れれば、そこには岩ばかりの荒野が広がっていた。

極北海流により夏でも気温が低く、冬ともなれば極寒の地となる。

12月現在、この地に大規模な寒波が押し寄せていた。

積雪で荒野は一面が白く染め上げられる。


ドォォン…


耐寒装備で身を固めた宗主直属親衛隊達は、遥か遠くに響く轟音を聞いた。


ドォン…ドォォン…


轟音が鳴り響くたびに大地が震えた。

降雪が続いて視界は悪く、彼等からは音源を視認できない。

この轟音が鳴り始めてから約半日間、不安な面持ちで眺め続けていた。


…衝突音が止んだ。


白い荒野には静寂が戻ったが、親衛隊達の不安の色は濃くなる。


「まさか…!」


「いや、我々は此処で待つようにとの仰せだ!

 もう少し…もう暫くだけ待て!」


すると一人が北の方角に黒い人影を視認した。

親衛隊の方へ歩いてくるのが分かると、全員が近くに駆け寄った。


「宗主様!」


ヴリタラは全身が引き裂かれて傷だらけであった。

纏っていた黒い外套も宮廷御用達の職人に造らせた衣服も無惨に引き裂かれていた。

足元の白い積雪は滴り落ちる流血で赤く染まっていく。


「治癒魔導士は用意を!早く本陣にお連れするのだ!」


足取りも覚束ないヴリタラに親衛隊2人が肩を貸した。


「もう暫くの御辛抱です!陣に戻れば直ぐに治療が…!」


「ククッ…」


肩を貸していた2人は主君の様子に気付いた。

満身創痍だというのに…口元には笑いが浮かんでいた。


「早う…早う治療をさせよ…」


「ハ…ハッ!御苦しいかと存じますが、あと少しで御座います!

 お休みになる準備も整っておりますので!」


「戻らねばならん…」


2人は耳を疑った。


「奴が待っておる…!早う…早う戻らねば…!ククッ…!」


背筋に走る冷たい感触は北の大地の寒さだけではない。

感情の変化さえ滅多に見せない主君が、さも愉しそうに笑っている。

500年前の宗主ヴリタラの戦いを覚えている者は、大公殿下を除いて僅かである。

彼は常に圧倒的な力でもって蹂躙してきた。

前に立つ者は何者であろうと容赦せず、打ち倒してきた。


宗主様が感情を表に出さなくなってから、どれだけの時が経ったであろう。

気付いた時には表情に変化が無くなったと大公達は語る。

神族達に勝利してインダラへ帰還した時、イナト筆頭大公は確かに聞いた。


『つまらぬ…』


戦いから高揚感が失われて久しかった。

神族ならば強者もと期待していたが、戦ってみれば明らかに落胆していた。


魔導王朝本陣の巨大なテント内に運び込まれると、早速魔導士達が治癒を始めた。

また執事達が引き裂かれ流血で染まった衣服を変えていく。


「失礼します、イナト筆頭大公殿下よりご連絡が…」


親衛隊の一人が憂慮して、朝都インダラへ魔導通信で連絡を取っていた。

満身創痍の主君の身を気遣い、腹心であるイナト筆頭大公へ諌めて頂くよう進言していた。


「宗主様、御身体は大丈夫でしょうか?

 かなり御負傷されたと聞き及んでおりますが…」


「お主も愉しんでおるか…?」


「何がで御座いましょう」


「大いなる獣だ…!余は大いに満足であるぞ…!」


通信越しだが、ヴリタラは声を上げて大きく笑っていた。


「この余が…!

 魔王と恐れられた余が、まるで手も足も出ぬ…!

 まさに愉快…このような愉快、いつ以来であろうな…!?」


「そ…宗主様…」


「お主も愉しむが良い…!

 何もせず遊ばせておくのは損であるぞ…!」


周囲の気遣いは全く無駄に終わった。

治癒魔導士達の懸命の働きによって翌日には完治したが、直ぐに北の荒野へと戻って行った。


再び鳴り始める轟音。

魔導王朝の北の大地で静かな暴君相手の戦いが続いた。



同時期、朝都インダラの練兵場で奇妙な光景が見られた。


「ぐっ…!」


キシーナ大公の端正な顔が苦痛で歪んでいた。

広々とした練兵場で対峙しているのは、宙に浮かんだ巨大な鉤爪が一つ。

大きさは7~8メートル程であろうか。

以前、シャール平原で戦ったアパルト級に装備されていた鉤爪と酷似している。


「…っ!」


しかし、あの時の鉤爪とは全く違っていた。

威力も早さも比較にならない。

あの時のアパルト級は4本の鉤爪の腕で戦っていた。

けれども、この1本の鉤爪はソレに優っていた。

強く、早く…そして狡猾に巧妙に、キシーナ大公へ斬撃が加えられた。


「また…!」


明らかに手加減されているのが分かる。

本気になれば一瞬で八つ裂きになり、自分は絶命するであろう。

あの少年の傍には恐るべき何かが控えていると、主君は公の場で話していた。

自分も含めて大半は半信半疑であったが、今になって確信する。


シャール平原で見逃されたのは我等魔導王朝であったと。

あの時、この目に見えぬ魔獣を1基戦場に出しただけで勝敗は決していた。


今、目の前の鉤爪は全体の極一部に過ぎぬのであろう。

おそらく4本の鉤爪を揃えているのであろう。

これで完全に姿を見せた場合、どれだけの強さを誇るのか?

主君の宗主ヴリタラでさえ危ういのが分かる。


隣で同じく1本の鉤爪と戦っていたヤミザ大公が肩で息をしていた。


「ぜぇ…どうだ、お前の方は?」


「どうにもならんよ…」


「俺もだ…。

 腕が鈍り切っておるのもあるが…何なのだ、コイツらの強さは…!」


ヤミザ大公が巨大な光のハンマーを振り回して叩きつけるが、真正面から弾かれる。

アパルト級の巨体でさえ震わせた必殺の一撃が全く通用しない。

しかも腹立たしいことに、対峙する鉤爪から余裕が伺える。

余りの実力差に退屈であると…適当に鉤爪を振り回して遊ぶ仕草から、そう感じた。


一方、同じ練兵場でも2人の大公が楽しそうに戦っていた。


「最高だ…!最高だぜ!」


「…ニッ」


グーニ大公が叫びながら巨大な光の槍で鉤爪と何十合と打ち合っていた。

その隣でもショウ大公がにやつきながら、光の棒で鉤爪と鍔迫り合いしていた。

当初は同じく、両大公も鉤爪との実力差は明らかであった。

だがグーニ大公は平時であっても鍛錬を怠らなかったためか、徐々に鉤爪を圧倒していた。


『…やるじゃねぇか』


何処からともなく、練兵場の上空から声がした。


「お前…もしかしてシロとかいう精霊か?」


『あぁ、譲渡した兵種を介して話をしている』


「感謝するぜ、鈍った身体を鍛え直すのに丁度良い!」


『喜んでくれて俺も嬉しいぜ。

 確かグーニとか言ったな…お前にはもう一つ前に進んで貰う』


バチッ…


何か火花が散るような音が鳴った。

するとグーニ大公の眼前に何かが浮かび上がり…別の鉤爪が姿を現した。


『これから2本な』


「へぇ…丁度物足りなくなってきたところだ。嬉しいじゃねぇか」


『まだまだ先は有る、期待してくれて良いぜ』


「ははは!」


1本が2本になっても、強さは倍程度で済まなかった。

2本の鉤爪は決して力任せでなく、常にグーニ大公の死角を巧みに狙っていた。

この鉤爪の主は巨体で有りながら戦術にも精通していた。


『そうだ、お前らに良いこと教えてやるよ。

 主君のヴリタラの方だが、かなり良い具合に仕上がってるぞ』


「なに…分かるのか?」


『あぁ、あちらの状況も把握している。

 だからお前達も、もっと気合い入れた方が良いぞ。

 何の成果も出てないなんて知ったら、アイツ直々に特訓しかねないから…』


「これ以上、余計なことを言うな!」


精霊に悪気は全く無いのだから質が悪い…全て好意で動いているのだから。

結局、キシーナ大公もヤミザ大公も鍛錬に励むしかなかった。



同様の光景はボーエン王国城塞都市でも見られた。

練兵場で騎士団員達に見守られながら、ガーベラが鉤爪相手に奮闘している。


「フンッ…!」


同じ鉤爪を相手に、自前の剣一振りだけで戦っていた。

力も強く動きも早かったが、彼女は優れた身体能力と反射神経、そして剣技で渡り合っていた。

他の騎士達では目で追うことすら困難である。


「流石はガーベラ様…」


パキッ…!


感嘆の声を洩らすと同時に、ガーベラの剣が音を立てて折れた


「代わりを持てっ!」


「ハッ!」


折れた剣を投げ捨てると、団員が近寄って代わりを渡す。

鉤爪もそれを承知して空中で静止し、丸腰のガーベラには攻撃を仕掛けない。


『…お前も調子良さそうじゃないか』


「シロか?」


『あぁ、コイツ越しなら話ができるんだよ。

 それよりお前、こんなに強かったんだな…驚いたよ』


「フッ…当然だ。魔導王朝の騎士たる者、この程度の剣術など嗜みに過ぎぬ」


『んじゃ、もっと増やすか』


「…え?」


目の前の鉤爪が3本に増えた。


『あのグーニ大公でさえ2本になったばかりなのにな…。

 お前のこと、みくびっていたよ』


「ま、待て!」


ガーベラが抗議するよりも早く、3本の鉤爪が一斉に襲い掛かった。

3方向から縦横無尽の攻撃が加えられる。


『配下のお前がこれだけ特訓進んでるんだ。

 他の大公達にも良い発奮材料になるだろうよ』


「い、いや…!こ、これは!?」


全方位から襲い掛かる鉤爪の対処で返答さえもままならない。

しかし絶妙な加減がされており、ガーベラの力量の限界を見越した攻めが続けられた。


『今、ヴリタラに話をしておいたぜ』


「ぐ…っ!あ…!」


剣戟の応酬でロクに話もできぬが、とてつもなく嫌な予感が脳裏をかすめた。


『他の大公達よりも特訓が進んでいると話したら、とても嬉しそうに笑ってた。

 なんかさ、回りの部下達が驚くくらい笑ってたぜ』


「や…め…!」


『余も負けられぬ…だってさ』


「お…おま…えっ…!」


その壮絶な訓練の光景を見て、更に騎士団員達は感心せざるを得ない。

だが、当のガーベラは蒼ざめて泣きそうな顔をしていた。


階位だけを見れば、ガーベラの王朝内での躍進は前例が無い。

ラーキ大公の配下序列7位でしか無かった彼女が、今では大公に次ぐ地位に就いている。

途中、極刑を命じられたことも考慮すれば、極めて異例であろう。


けれども今の王朝内から嫉妬絡みの視線が向けられることは稀であった。

新しく盟友になったシロとかいう精霊が、主君ヴリタラに皆の前で広言している。


『特訓したい奴がいたら遠慮なく言ってくれ。

 俺が相手を用意してやるよ』


今、手を挙げれば主君の覚えは非常に良いかもしれない。

その代わりに待ち受けているのは、未知の獣相手の拷問に等しい特訓である。

朝都インダラの練兵場で見られるのは、大公ですら相手にならない不可視の魔獣。

しかもガーベラの場合は、半年後に宗主ヴリタラとの直の特訓が控えている。


結果、王朝高官達からは憐れみの視線が向けられるようになっていた。



一連の動向は多くの情報源を経て、神聖法国上層にも伝わっていた。


"ヴリタラが北の果ての地に赴いているらしい"


"鈍った身体を鍛え直すため修行している"


けれども、途中で伝聞内容に変化が生じていた。


"修行は対外的な偽装である"


"密かに療養に赴いているのだ"


事実、宮廷専属の治癒魔導士達も北の地へ赴いたのが確認されている。

特訓とはいえ、そこまでの人員が必要なのかと疑われた。

更に捻じ曲がった伝聞が法国へと届く。


"実はシャール平原での戦いで、ヴリタラは負傷していた"


"あの時、少年の嘆願を聞き入れたのは、それ以上の戦闘が不可能だった為である"


そして決定的な作為めいた情報が神族達へ知らされる。


"ヴリタラは衰え、嘗ての面影は無い"


大陸全土を恐れさせた魔王も今は衰えたとする情報…いや、願望であろうか。



パラス神聖法国の上層一派が活気付くのには十分であった。



次回 第74話 『 目標は1600ソラ 』

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