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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
75/134

第72話 『 神聖法国暗雲 』


これまで幾度と述べたが、この世界は大きく4つに分けられる。


神族主導のパラス神聖法国

魔族主導のヴリタラ魔導王朝

人間主導の大陸平原同盟

亜人主導の南方諸侯連合


一見するとこの大勢は戦前と変わらないが、内情では大きく変化していた。

500年前の神族と魔族との戦いは大陸全土を疲弊させた。

しかし長い年月と多くの人々の労苦により、現在は復興し大きな発展を遂げている。

これまで本物語では主に平原同盟と魔導王朝に焦点を当ててきた。

人々は平和を謳歌し、両国共に豊かな時代を迎えている。


対称的に神聖法国はあらゆる分野が停滞していた。

大戦中はアコン山脈の要害に守られ、内地は戦火とは無縁であった。

事実"法国の盾"と呼称される要塞が無ければ、魔導王朝軍の侵入を許したであろう。


だが、この要塞が現在では神聖法国の大きな足枷となっていた。

500年を経て尚続く改修工事は"法国の盾"を増強させたが、法国の人々を疲弊させた。

税の徴収と労役は否応無く人々の生活を圧迫している。

半ば伝説と化した魔王ヴリタラの影に今も神聖法国は恐れていたのである。

結果、唯一の通行路となるアコン山脈の回廊には計5箇所の要塞が設けられた。

そのどれもが関所としても機能しており、それも停滞の一因となった。


大陸歴996年12月

法議院に名を連ねるトーク枢機卿の馬車一行がボーエン王国からの帰途についていた。


馬車の窓からの眺めはトークの表情を険しくする。

僅か200メートル程の幅の回廊に100メートル以上の高さの石の壁。

この回廊は山岳の隆起によって曲がりくねっており、ただでさえ通行を阻害している。

更に途中5箇所の要塞が全ての流れを断ち切っていた。


「これは枢機卿…どうぞ、お通りください」


馬車が枢機卿の一行だと知らされれば、衛兵達は無条件で道を開いた。

その横で数十台の検査待ちの荷馬車が所狭しと並んでいる。


「愚かな…」


その光景をトーク枢機卿は苦々しく見ていた。


500年前、神聖法国を守ってくれたのは誰もが知っている。

だが、そろそろこの要塞主導の概念から脱却すべきという意見も古くから出ていた。

アコン山脈の外部、大陸の情勢に通じていれば誰もが思うであろう。

現在、大陸平原同盟とヴリタラ魔導王朝の間では盛んに交易がおこなわれている。

近年は南方諸侯連合も産業の育成に力を入れ、三角貿易体制は時間の問題と思われている。


この時代の流れの中、パラス神聖法国だけが取り残されていた。

トーク枢機卿を始めとする開放派と呼ばれる者達は、回廊の開放を目指していた。

即座には無理だが段階を経て、いずれは神聖法国と外部の流れを円滑にしたいと願っている。

でなければ、益々他国に遅れを取ることになるであろう。

現在は限られた人々の往来と僅かな交易で利用されるのみである。

最終的には最低限の関所を残して全て撤去し、整備して相応の交易路にと考えていた。


その為には何としても魔導王朝と友好関係を結ばねばならない。

他国の発展に今からでも追随せねばならない。


"法国の盾"無きパラス神聖法国の在り方をトーク枢機卿は構想していたのである。



聖都パラパレスのサバラス神殿。

ボーエン王国から帰国したトークから8名の枢機卿達が報告を受けていた。


「そうか…我等とも盟約を結ぶ意志が有ると」


「少年は必ずしも魔導王朝の味方では無い。

 だから盟約といえど我等法国へ王朝と共に攻め込むことは無いと解釈して構わぬ。

 いや、仮に魔導王朝が単独で攻め込もうとしても、少年が止めに入るだろう」


「それが真実なら我々としても喜ばしいのだが…」


トーク枢機卿がボーエン王国へ赴いた理由の一つがアキヒトの意思確認である。


「また、王朝と国交を結ぶ際には仲立ちをと言及しておいた。

 あの年齢の少年にそこまで背負わせるのは酷だと承知しているが…」


「法国の未来の為とはいえ、我々は何と不甲斐無いことよ…」


今回の大陸平原同盟の視察で一層の危機感を募らせていた。


「訪れるたびに彼の地は豊かになっている…」


ボーエン王国の市場も見て回ったが、店先に並んでいた小麦の質と価格に驚かされる。

神聖法国内では遥かに品質の劣った小麦が数倍の小売価格で取引されている。

市井の人々の口に入ることは滅多に有り得ない。

これは一例であり、小麦に限らず様々な物が豊富に溢れていた。

平原同盟領内のみならず、魔導王朝や南方からも多くの物資が流通している。

市場や人の集まる所では王朝出身者らしき者達をたびたび見かけた。

物資だけでなく人と人の交流も盛んである。

また以前に比べて、亜人の姿も見かけるようになった。


アコン山脈の外界はなんと豊かであろうか。


「商会の方はどうだった?」


「彼等の要求は昔から変わらぬよ。

 その言い分は尤もであるし、私も何とかせねばと思っているが…」


経済交流を深めるべく、トーク枢機卿は三大商会にも訪問していた。

現在、神聖法国領内で支店数が最も多く結びつきが大きいのはカルーフ商会である。

けれどもその商会でさえ、神聖法国相手の取引には消極的であった。


『枢機卿も御存じの通り、今の状態では難しいのです』


会談したカルーフ商会の年配の番頭に悪気は無かった。


アコン山脈の回廊出口に接しているのが、大陸平原同盟のカール大公国。

流通の中心地である大公国内の城塞都市と神聖法国との交易は非常に困難であった。

唯一の交易路である回廊には5ヶ所の要塞が設けられている。

通過するたびに荷の検査をされ、それだけでも余計な時間の損失を招いていた。

更に回廊内は悪路が続き、それが余計に道のりを長くしていた。

時間も手間も多く必要となれば、出費も多くなる。

商いとしては決して利が多くなかった。


『当商会としては、回廊内の荷検査撤廃と道路整備を切に願います』


それはトーク枢機卿もよく分かっていた。

以前からの妥協案として5ヶ所の検査作業は簡略化され、時間は短縮されている。

だが道路整備に関しては反対の声が多い。

回廊内は悪路で有ればこそ、外敵から自国を守る要害足り得る。


いつか経済発展をと期待して、カルーフ商会が法国内へ支店を出して100年が経過する。

他2つの商会も支店を展開しているが規模は比較にならない。


「何とか引き留めねばならないとは思っているが…」


「難しいところだ…」


歴代枢機卿達からの要請を無碍にできず、商会は未だに法国内へ一定数の支店を設けていた。

けれども本音としては撤退、もしくは大幅な支店数削減を望んでいる。

同程度の資産を当てるならば、魔導王朝や南方諸侯の方が遥かに利益が見込めるのだから。

利に敏い商人達は神聖法国に商機の見込みが無いのを知っていた。


「今回、私は平原同盟内の3商会で会談し、市場を初めとして市井の生活を視察した。

 その時に改めて気付かされたのだがな…。

 人間、魔族、亜人の姿は在ったが、その中に神族の姿は1人も無かった。

 商会の中でも魔族らしき者達の姿は見えたのだが」


「そうか…世界は今も発展を遂げているというのに…」


神聖法国のみが時代に取り残されていた。

これは枢機卿のみならず、平原同盟への留学経験者の多くが指摘している。


「やはり"法国の盾"を排せねばならぬか」


「次の議会で関所の一つでも検査の完全撤廃を提案すべきか?

 一度には無理でも、何回かに分けて徐々に回廊の自由通行を認めてだな…」


「平原同盟の道路整備技術を導入して、回廊内の整備も検討せねばならん」


トーク枢機卿を初めとする彼等は、大法議院内で開放派とも呼ばれていた。

アコン山脈の要害を撤廃し、外界との交流を活発にすべきだと。

魔導王朝と平原同盟の発展と繁栄に、これ以上乗り遅れてはならない。


少しでも門戸を広げることが神聖法国の唯一の活路と考えていた。



「それがな…一つ嫌な話を耳にした」


トーク枢機卿の同士であり付き合いも長いガーワ枢機卿が重い口を開いた。


「我等だけでなく誰もが神聖法国の将来を案じておる。

 このままでは人間にも魔族にも大きく遅れを取るばかりなのは目に見えておる。

 だから何かしらの方法を打たねばならぬのだが…。

 それが2つ挙げられている」


「2つだと…?」


「1つが我々の考えているアコン山脈の回廊開放だ。

 遅いかもしれぬが、今からでも風通しを良くせねば神聖法国に未来は無い」


「2つ目は?」


「…外界への侵攻だ」


耳にした他の枢機卿達は大きく目を見開いた。


「これ以上、外界と差が付く前に…余力が有る今こそ撃って出るべきだと…」


「馬鹿な!」


トーク枢機卿がテーブルに拳を激しく叩きつけた。


「例の好戦派の連中の戯言か!

 そもそも外界とは何処へ攻め込む気なのだ!?」


「初手で大陸平原同盟を降し…勢いに乗って魔導王朝へ攻め込むべきと主張している」


「くだらん…誰がそのような世迷言を…」


「それが世迷言でも無いのだ」


ガーワ枢機卿が疲れた口調で話を続けた。


「法皇猊下もまんざらでなくてな…」


「猊下が…?」


「そうだ…今こそアコン山脈を越え、魔導王朝と雌雄を決すべきだと申されておる」


「な…なぜ突然、そのようなことを?容易に信じられぬが…」


「例の兵団の報告を受けたらしい。

 それで魔導王朝のヴリタラから昔日の力は失われていると…。

 今ならば打倒も容易とお考えのようだ」


敗残兵団と魔導王朝の戦いはイスター達以外にも、神聖法国から多くの密偵が放たれていた。

彼等は細かに兵団の戦いを観察し、シャール平原でもヴリタラを見ていた。


「500年前のヴリタラとは比べ物にならぬほど弱体化していると…。

 少年の嘆願を聞き入れていたのが、その証拠だそうだ。

 言い伝えにある魔王ならば、子供と言えど決して降伏など認めはせぬ。

 あの程度の兵団如きを殲滅できぬならば、我等の敵では無いと…」


「だから開戦すると?」


「うむ…。

 外征して勝利し、平原同盟も魔導王朝も降せば、神聖法国は安泰であるとな…」


「そんなことはさせんよ」


他の枢機卿達も口を揃えて否定する。


「法皇猊下には我々からも説明せねばならんな。

 今、この時期に開戦など論外だ」


だが、ガーワ枢機卿のみは単純に賛同できないでいた。


「もしや、お主は開戦派なのか?」


「いや、当然開戦には反対だ…反対なのだが…」


「何か気になることでも有るのか」


「うむ…開戦を唱える連中に、何者かが油を注いでいる気配があるのだ。

 実に巧妙に上手く注いでおる…。

 でなければ開戦論がここまで現実化すまいよ」


「油…油とはなんだ?」


「ヴリタラ弱体化の報だ…これで火が大きくなり始めておる。

 今までは小火に過ぎなかったが、この油の効果が無視できぬのだ。

 一体、何が狙いなのか…」


開戦派の増長に作為的な何かをガーワ枢機卿を感じていた。

その裏工作は巧みであり、法国の機関を以ても足取りが全く掴めない。


「分かった、御主は引き続きそちらの調査を頼む。

 我々は猊下を説き伏せよう。

 これ以上佞言に惑わされぬよう、御考えを正して頂かねば…」


トーク枢機卿と同士達は立ち上がった。

現状が続けば衰退だが、開戦などすれば神聖法国の存亡に関わる。


法皇を諌めるべく、一行はサバラス神殿最深部へと向かう。



「…おや、トーク坊やではないか。

 そのような難しい顔をしてどうしたのだ?」


途中、若く美しい女性に呼び止められた。

純白のローブに銀のティアラ、全身には金銀の装飾が散りばめられていた。


「これはリトー様、お久しゅうございます。

 ですが、私も今は枢機卿に名を連ねる身…今更坊や呼ばわりは…」


「私からすれば今も変わらないよ。

 あの頃のやんちゃな坊やが何を偉ぶっているのか…はは!」


「リトー様には敵いませんな…」


パラス神聖法国を守護神たる使徒の一人、リトー。

伝説では700年前にパラス神の神託を受けた普通の少女であったという。

神託と共に神の力も授かったと伝えられる。

その力は強大だが、聖都パラパレス周辺にのみ限定されていた。

正確には聖地であるサバラス神殿を守護する為に力を授かったとも噂される。

他7名の少女達も同様に神託を受けて力を授かった。


まだアコン山脈内に外勢力が割拠していた時代、神聖法国はたびたび外敵の侵略を受けた。

しかし如何なる大軍でも8人の守りを突き崩すことは出来なかったという。


「最近顔を見ないが、イスター坊やは元気か?」


「アレもそろそろ騎士団長ですので坊や呼ばわりは…」


「お前もあの子も同じだよ、大切な神聖法国の子供達だ」


神の奇跡を具現化した存在であり、強くも慈悲深い彼女達には誰もが崇拝していた。

トーク自身、若い頃から頭の上がらない数少ない人物である。


「申し訳有りませんが、猊下に用件が御座いまして…」


「あぁ、またな」


散歩中だったらしく、リトーはそのまま通り過ぎていった。


「…恐ろしい御方だよ」


「どうした?」


「いや、何でも無い」


他の枢機卿達には気付かないが、トークには分かっていた。

身体は衰えたものの武人としての勘は今も残っている。


対峙すれば分かる、彼女の圧倒的な存在感。

歴戦のトークでさえ、その力の底が見えない。

彼女のような強者が8名揃えば、確かに無敵であろう。

500年前、ヴリタラがアコン山脈を突破していたら神聖法国は滅ぼせたかもしれない

だが、この聖都パラパレスだけは決して落ちなかったであろう。


けれどもと、トークは考える。

敬虔な神聖法国の民を守らず聖地だけを守り抜いて何の守護神なのかと。

歴代法皇の自信の源は"法国の盾"と8名の使徒達。


その2つこそが、神聖法国発展の弊害では無いかと…そう思わずにいられなかった。



次回 第73話 『 歓喜の魔王 』

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