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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦後から第3戦 までの日常及び経緯
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第70話 『 魔導王朝晩餐会 』


式典の後、別の宮殿で国賓である僕達をもてなすための晩餐会が催された。

千平方メートルという広間に魔導王朝の高官の方々が出席していた。


「友好と繁栄を…」


「皆様、宜しくお願い致します」


宗主陛下が最初に挨拶をなされた後、僕がそれに続いた。

上座には宗主陛下と国賓である僕達が席を連ねた。


魔導王朝主催の晩餐会だけあり、並べられた料理は普段決して見られない物ばかりだった。

旬の野菜のサラダ、海亀のコンソメスープ、鶏の詰め物、羊の腿肉のロースト…。

インダラ一帯は中央平原よりも暖かく、季節の違いを味覚で楽しむことができる。


盟約も成って喜ばしいことなのだが…とても喜ばしいことなんだけど。


「今日は有意義な一日だったぜ!」


「うむ…」


上座で宗主陛下とシロがとても上機嫌に…意気投合して話し込んでいた。


「シロ、大事な席なんだから行儀よく…」


「良い…今宵は無礼講だ…」


「お、お気遣い有難うございます…」


僕は今まで2,3回しか顔を合わせてない。

それでも宗主陛下がとても楽しそうにされているのが分かる。


「ぐぅ…」


対して、少し離れた席に着いている大公の方々の表情は重かった。

正確には6人の大公の方々が。


「なんだよ、お前ら…少しは嬉しそうにしたらどうだ」


「…フフ」


グーニ大公とショウ大公という方々もなぜか楽しそうだった。

シロから譲渡される特訓相手の大型機動兵器がそんなに嬉しいなのだろうか。


「我等はお前達と違って、政務に関わっておるのだ。

 おいそれと離れる訳にはいかぬ…。

 これが終わり次第、引き継ぎと体制を変更せねば…頭が痛いわ…」


イナト筆頭大公が真剣に悩んでおられた。

今まで国の要職に就いていた人物が簡単に辞められる訳無い。


「そういえば思い出したよ。

 宗主様は昔から何より戦いを好まれる御方だった…」


ヤミザ大公と呼ばれる人物がぼやき、他の方々も頷いていた。


「それにしても今宵は御機嫌が良すぎる…」


「あぁ、今まで式典に御出席されても決してお笑いなどなさらなかった…。

 宗主様としての義務を果たされるだけで…」


大公達は普段とは異なる上座の主君の笑顔を見て、唖然としてしまった。


「シャール平原で戦ってた時から思ってたんだが、お前って強いよな」


「フッ…余を誰と心得る…」


「だってよ、本当はお前ら全員皆殺しにするつもりだったんだぜ?

 なのにまだ生きてるなんて凄ぇよ!」


「ククッ…!」


宗主様がお笑いになるポイントが全く分からない。


「アキヒトも覚えておけ!

 このヴリタラの凄い所はな、隠蔽状態の機動兵器まで存在を察知してるんだよ!

 早期警戒用機動兵器でも引っ掛からない筈なのにな!」


もう呼び捨てまでして…僕はそっちの方が気が気でならない。


「これってよ、昔から強者の持つ特徴の一つなんだぜ?

 光波、音波、振動といった反応が全く無いのに、なぜか分かっちまうんだ。

 お前達、魔導王朝は良い主君を持ったな。

 ヴリタラじゃなかったら、この国は滅んでいたぞ?」


無礼講というのは無制限に何を言っても良い場では無いと思う…。

魔導王朝の大公や高官の方々も、少々表情が引きつってる気がする。


「いや…まだまだだ…」


「謙遜か?素直に誇って良いと思うぜ」


「違う…気付くのが遅かった…。

 余も鈍っておる…ククッ…」


「へぇ…それじゃ、完全に力を取り戻した時が楽しみじゃねぇか。

 こっちもアキヒトも気合い入れて鍛えておかないとな…」


「…失望させるな」


「お前こそ失望させんなよ?

 あの封印兵種は無茶苦茶強いから、仮に倒すとしても数年は掛かるだろうよ。

 だが、万が一にも半年以内に倒しちまったら、もっと強いのを用意してやるよ!」


「アッハッハッ…!」


駄目だ、2人が何を喋って何を笑っているのか全く理解できない。

僕が想定していた晩餐会の談笑は、もっと平和的で社交的な会話の筈なのに。

宗主陛下が大口を開けて笑うのを見て、魔導王朝の高官の人達も唖然としていた。

日頃から仏頂面の御人なのだろう。


「そ…宗主様も…御機嫌麗しく何よりだね…」


こういう席には慣れているレスリーさんでさえ会話に付いて行けない。


すると、同じく高官の席に着いているガーベラさんから目配せされて指示を受けた。


「申し訳有りません、陛下…これから高官の方々へ挨拶に参って宜しいでしょうか?」


「お主達は国賓であるぞ…?」


「お気遣いは嬉しいのですが、僕は若輩も若輩です。

 先達である皆様には、僕の方から挨拶に伺うのが筋かと存じます…」


本来なら国賓の方が挨拶を受ける立場かもしれない。

だが、やはり僕はまだ14歳の子供だ。

遥か年上の人達の方々には、僕の方から挨拶に赴くのが良いだろう。


「うむ…」


「有難う御座います、それでは…」


「俺はここに居て良いか?」


レスリーさんもアヤ姉も僕と一緒に挨拶に立ったが、シロは残ると言い出した。


「しばらくヴリタラと一緒にいるよ」


「い、いや…しかし…シロ…」


「余は構わぬ…」


確かに宗主様一人残して僕が席を外すのもおかしいし…誰かが相手しないと…。


「すみません、それでは…シロ、失礼の無いようにね」


「分かってるって!」


シロの威勢の良すぎる返事がとても不安だが、仕方ない。


僕とレスリーさんとアヤ姉は、大公殿下の方々の席から挨拶に伺った。


「あの精霊…やってくれたな…」


「申し訳有りません…」


「本人に全く悪気が無いのがな…自分の好意に絶対の自信を持っておる…」


今後を考えると憂鬱なのか、イナト筆頭大公が目頭を抑えていた。


「いや、お主等…あの精霊を恨むのは筋違いかもしれぬぞ?」


大公の方々の中で顔立ちの整った…キシーナ大公と呼ばれる御方が周囲に言い聞かせた。


「シャール平原での戦いを思い出すが良い。

 宗主様も仰せの通り、確かに我等の力は500年前に比べて遥かに鈍っておる。

 それにもう一つ、"黒い月"のことを忘れておらぬか?

 これは500年の泰平の世で鈍り切った我等が鍛え直す良い機会と思えるが?

 あの精霊には感謝せねばならぬかもしれぬぞ…」


500年の泰平の世が永遠に続くならば話は違った。

だが"黒い月"の出現を思い出せば、大公の方々も考えを変えざるを得ない。


「そう…だな…"黒い月"の予言まで残り3年。

 それまでは割り切って鍛え直すしか無かろう…」


「なんだ、煮え切らん態度だな」


「俺達はお前らと違って政務で忙しいのだ!

 抱えておる仕事の量も知らぬくせに!」


ラーキ大公がグーニ大公に怒ってた。

どうやら大公の方々の中にも色々と複雑な事情が有るらしい。


「カーリュ大公、同行者がとんだことを…申し訳有りません」


「いや、良いのだ。

 まさかこんなことになろうとは誰も予想できぬよ…」


レスリーさんが親交の厚いカーリュ大公へ頭を下げていた。

シロが原因でまた謝罪させて本当に申し訳有りません…。


「ですが本日の返礼の意味も込めまして、王朝の学術振興には一層尽力させて頂きます…」


「そう申してくれるのが一番嬉しい。

 だが、レスリー子爵も今後何か有れば直ぐに私や王朝に頼って欲しいのだ。

 もう少し御身を大切にするよう心掛けてくれ…」


「勿体なき御言葉…」



すると会場の端に…扉の影に意外な人影が見えた。


「すみません、あちらに知人が見えましたので…少し良いですか?」


「あぁ、しかし国賓だから早めに戻ってきなさい」


「はい!」


「待ちなさい、私も…!」


レスリーさんを一人残して、僕とアヤ姉は会場の端…入場扉の方へ向かった。


「…やっぱり!どうしたんですか、こんな所で!?」


「やぁ、会えて嬉しいよ」


なぜか晩餐会の会場にケーダさんが…そしてもう一人。


「また会えたね♪」


ケーダさんの護衛にシーベルさんも同伴していた。

いつもと同じく愛くるしいというか愛想が良いというか…誰かさん達も見習って欲しい。


「今日はね、用事が有って王朝のお偉いさんとお話していたのさ。

 それで君達の話を聞いてね…少し様子を見に来たんだ」


「商談ですか?」


「はは…そうだね、とても大きな商談…かな?」


謙遜しているけど自信に満ちた表情で応えていた。


「そのお偉いさんの伝手が有ってね、こうして入って来られた訳さ。

 でなきゃボクみたいな一介の商人にはとてもとても」


「いえ、ケーダさんならそれくらい簡単にできそうですが…」


「それはボクのことを高く評価してくれると…そう、素直に受け止めておこうか」


「は、はい…」


「それで、わざわざ此処に来たのはなぜかというとね…。

 アキヒトに宿題を出しておきたかったのさ」


「宿題…ですか?」


「今の晩餐会場、もう一度よく見直して欲しい」


ケーダさんの視線を追うと、会場に居並んだ多くの高官の人達に向けられている。


「エルミートのお嬢様なら、大抵の御方はご存知ですよね?」


「はい…全ての方までは把握していませんが」


「アキヒトは一緒に魔導王朝の高官の方々と一人一人話をして欲しい。

 その時、単に挨拶をして世間話をするだけで終わってはいけないよ?

 どのような人物か、よく観察して欲しい。

 自分の目で見て、口と耳で会話して、頭で考えるんだ。

 これは滅多に無い機会だからね、十分に活用して欲しい。

 そして王国に帰ったら、僕に感想を教えてくれないかな?」


「感想と言いましても…」


「自分なりに考えて結論を出して欲しいんだ。

 帰りの馬車、エルミートのお嬢様も一緒だよね?

 話し合う時間は十分にある筈だ」


何となくだけど、ケーダさんの言いたいことが分かる気がしてきた。


「有難うございます、ケーダさん。

 盟約を結ぶだけで頭が一杯で、貴重な機会を見落とすところでした」


「はは、大したことないさ。

 それからもう一つ…今回の君の行動、少し軽率かと思って驚いていたんだ」


「え…盟約の件ですか?」


「そうさ…こんな魔導王朝の中枢で話すことでもないんだけどね。

 君が同盟関係になることで、神聖法国の方に余計な刺激を与えかねないと思うんだけど?」


「それなら大丈夫だと思います。

 今回の盟約はイスターさんも薦めてくれたんですよ。

 後で釣り合いを取るから大丈夫と言われまして…」


「釣り合い…一体何を?」


「そこまでは教えてくれませんでしたが、何か考えはあるみたいです」


「そうか…イスター様が…」


腕を組み、ケーダさんは様々な考えを張り巡らしているようだ。


「…有難う、良いことを聞いたよ」


「それより僕はケーダさんの商談の方が気になりますけどね。

 何か凄い取引でも有ったのかと」


「それはいずれ君にも話すよ」


「え…僕も何か関係が?」


「そう、君も必要な人材の1人だからね。

 近いうちに会わせたい人達がいるから帰ったらボーエン王国で招待するよ」


「何かとんでも無い人達と会わされそうな気が…」


「はは、どうだろうね」


間違い無く普通の人達では無いのが今の僕には分かる。

しかしお金を借りてる手前、何か頼まれたら断りづらい人でもあった。


あと、もう一つ約束が有ったのを思い出した。


「そういえば、シーベルさんをお借りしても良いですか?」


「おや、どうしてだい」


「魔導王朝へ攻め込んでお世話になった時に約束したんですよ。

 攻略が終わったら、お土産を一緒に買いに行こうって…」


「あは、覚えててくれたんだね」


ケーダさんの傍で嬉しげに微笑んでくれる。


「護衛で手が離せないのなら仕方ないですが…」


「良いよ、約束なら行っておいで。

 しかし今の君は手持ちが少ないんだろ?お金は大丈夫かい」


「はい、残念ながら大した物は買えないですけど…。

 シーベルさんには御世話になりましたから、気持ち程度くらいの物は」


そういえば身の程が分かっていないというか。

ケーダさんのようなお金持ちの妹に粗末な物しか贈れやしないのに…。


「…良いさ、その気持ちが大切だとボクは思うよ。

 じゃあ、晩餐会が終わったら君達の宿泊先を尋ねさせるから」


「そうそう、気持ちが大事。楽しみにしてるね」


本当に僕に会いに来ただけらしい。

用件が済むとケーダさんとシーベルさんは晩餐会場を後にした。


「ふぅん…約束してたんだ」


一連の会話を眺めていたアヤ姉が何とも言えない顔をしていた。


「魔導王朝に攻め込んだ時、シーベルさんにはたくさんお世話になったんだよ。

 だからお礼の一つもしなくちゃいけないと思って…」


「…良いんじゃないの?」


「安心してよ、アヤ姉達にも何か贈り物するから…」


「別に催促なんかしてないわよ」


あからさまに不機嫌な顔をされると非常に困る。

シーベルさんにはラーセン商会の協力者として助けて貰っただけなのに…。



その後で会場に戻り、改めて大公の方々を始めとする高官の方々へ挨拶に回った。

王朝の要職たる省庁官達や将軍、騎士団長…。

驚くべきはアヤ姉の知識量だろう。

何だかんだで、全ての人達の情報が頭に入っていて会話できるのだから。


「成る程、エルミート家の令嬢であったか。道理でよくご存知だ」


「いえ、恐れ入ります…」


魔導王朝の方々も驚いていた。

結果、アヤ姉のお陰で僕は多くの方々と知己を得ることができた。

今更だけど、僕は本当に恵まれていると思う。


「僕には勿体無いよね…」


「何が?」


「アヤ姉にドナ先生にティアさん…。

 改めて僕には勿体無い人達だなって思えたんだよ」


「ど、どうしたのよ、こんな時にお世辞なんて…」


「いや、お世辞なんかじゃなく本当にそう思うんだ。

 今のアヤ姉と同じことができる案内人なんて他に居ると思えない。

 ドナ先生だって…ティアさんだってね…」


「…それが本心からの言葉なら良いのよ」


さっきまでの不機嫌が治っていた。


こうして振り返ってみると、何か3人にはお礼をしなければならないと痛感する。

しかし今の僕には先立つモノが何も無い…。

ボーエン王国に帰り次第、何か金策して稼がないと。



そうして高官の方々への挨拶を終え、再び僕達は上座へと戻ってきた。


…が、少し様子が変わっていた。


「なんだ、これ…ムチャクチャ美味いじゃねぇか!」


「うむ…」


シロと宗主陛下が酒盛りをしていた。


「え…!シロ、お酒が飲めるの!?」


「飲み食いできないなんて言ったか?」


「だ、だって口も無いのに…!」


「お前達の味覚、触覚、嗅覚くらい簡単に再現できるぜ。

 俺の場合、もっと効率の良いやり方で栄養補給できるからな。

 今まで必要無かったからやらなかっただけだ」


「じゃあ今は…」


「ヴリタラから一献勧められたんだよ。

 断ったら失礼だろ」


シロの手前には宙に浮いたグラス。

そこへ魔導王朝の執事の人がお酒を注いでいた。


「タミルナ産の葡萄酒、970年物で御座います…」


「おぉ、有難うよ」


グラスがシロの方へ近づき、光の中へお酒が消えた。


「美味ぇ…!何だよコレ!」


「そうであろう…」


執事から注がれ、宗主陛下も同じく飲み干していた。

どうやら魔導王朝でも自慢の一品らしい。


「ちくしょう…これは困ったな…」


「何がだ…?」


「こんな美味い酒を御馳走になったんじゃ、返礼しないと気が済まねぇ…!

 なぁ、他に特訓相手が必要な奴はいないか!?

 もう1基、大型機動兵器を譲渡してやってもいいぜ!」


「ククッ…そうだな…」


宗主陛下の視線が、魔導王朝の武官の方々が並んだ席へ向けられる。

会話を耳にしていた将軍や騎士団長達が途端に青ざめていた。


「い、いえ…!盟友殿は十分に礼を尽くしてくれました!」


「これ以上何かして頂くのは非常に心苦しく存じます!」


高官の皆様が全力で拒否していた。


「今日は気分が良いんだ…遠慮することないんだぜ?」


「その心遣いだけで結構であります!」


特訓というか拷問だというのは直感的に誰にでも分かるらしい。

誰もが実戦経験も有る歴戦の強者の筈なのに…。


「…よし、決めたぜ。

 これだけ美味い酒を飲ませてくれたんだ…譲渡する10基は強化しておく」


大公殿下達が顔を引きつらせた。


「とっておきの兵装を追加しておくぜ。

 特にヴリタラとガーベラの2基は強化しておく…期待してくれて良いぜ?」


「お…おい、待て!」


席に就いていたガーベラさんが思わず立ち上がった。


「わ、私などよりもな…大公の方々を優先すべきでは無いか?

 同列に加えられるだけでも心苦しいのに、これ以上は…!」


「何言ってんだよ、今までアキヒトの面倒を見てくれていたんだ。

 お前を優遇せずにどうするんだよ」


「い、いや、お前の心遣いはとても嬉しいのだがな…!

 私は魔導王朝の中では若輩も若輩、大公の方々を差し置いてなど…!」


「…受けよ」


グラスから口を離した宗主陛下から重々しい言葉が。


「し、しかし…宗主…様……」


「盟友からの好意…有り難く受け取るが良い…」


「あ…有り難く…頂戴致します…」


他に選択肢は無かった。

ガーベラさんの泣きそうな顔なんてこの先二度と見ることが有るのだろうか。


「それからよ、大事なことを忘れてた」


「…なんだ?」


「アキヒトを鍛えてくれるのは嬉しいんだけどよ。

 魔導王朝の連中を差し置いて、特訓して貰うのは流石に申し訳無いっていうか…。

 不公平にならないよう、配下の誰かも鍛えてやったらどうだ?」


「うむ…それもそうか…」


宗主陛下が納得された様子を見せると、再び高官達に戦慄が奔った。


 "なんだ、あの精霊は…!"


 "被害者続出では無いか!"


当然、誰も進んで挙手する人なんて居ない。

自ら宗主陛下に特訓して貰おうなんて命知らず…普通は居ないよね。


「…ガーベラ殿が宜しいかと存じます」


将軍の一人が恐る恐る名前を挙げた。


「そ、そうだ…!有望なガーベラ殿こそ、宗主様の御相手に相応しい!」


「うむ、良い経験となろうぞ!」


酷い光景だった。

誰も彼も自分が助かりたいばかりにガーベラさんを生贄に差し出そうとしている。


「い、いや…私ばかりにこれ以上の厚遇は…!」


「ヤールには…本当に世話になった…」


何とか拒否しようとしていたが、宗主様からお言葉が出れば何も言えない。


「王朝に対する多大な功績…。

 しかし十分に報いることができず…余も心苦しく思っていた…」


「い、いえ…宗主様…お気になさらずとも…」


「アキヒトと共に鍛えてやろう…」


ガーベラさんが何か言葉にしようと口を動かしていたが、何も出ない。


「まぁ、待てよ…ガーベラの考えが分からねぇのか?

 お前の特訓なんて遠慮したくて当然だろ」


「…っ!そ…そうだ、シロ!よく言ってくれた!」


「今の鈍ったヴリタラじゃ不満なんだよ。

 本調子を取り戻した全盛期のお前じゃないと特訓相手には役不足だってさ」


「ほぉ…」


宗主陛下がとても嬉しそうに…愉しそうに口元に笑いを浮かべていた…。

反対にガーベラさんの顔がみるみる青ざめていく。


「半年待つが良い…。

 ヤールの娘よ…愉しみにしておれ…」


金魚のように口をパクパク動かしていた。


飛び火を恐れてか、大公の方々も将軍も騎士団長も誰一人として口出ししようとしない。

直接の主だったラーキ大公でさえ、全力で視線を逸らしていた。


ケーダさんから出された宿題。


この晩餐会で魔導王朝高官の人達の本質が少しだけ分かった気がした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


備考


大陸歴996年11月

敗残兵団よりヴリタラ魔導王朝へ以下の兵種が譲渡された。


封印兵種タイラン・ガースト 1基

ガースト級大型機動兵器   9基


尚、譲渡の際、大公に譲渡されるガースト級8基には第三種決戦兵装

ガーベラ・イーバーに譲渡されるガースト級1基には第二種決戦兵装


宗主ヴリタラへ譲渡されるタイラン・ガーストには第一種決戦兵装が密かに付加された


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次回 第71話 『 イスター遁走す 』

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