第69話 『 静かな暴君 』
今回の朝都インダラ行きに最も心を弾ませていたのはアヤ姉だろう。
到着するまで馬車の中、嫌というほど話をしてくれた。
魔導王朝宗主ヴリタラの住まう宮廷タンクーラ。
最高意思決定機関である朝議が開催される場としても有名である。
参列できるのは宗主ヴリタラと大公達、そして王朝の主要な文武高官達。
王朝成立600年以来、政治、経済、軍事と多方面に渡って歴史的な決定が下されてきた。
「そんな所に出席できるなんて、どれだけ幸運か分かってる?
私達、人間が入れるなんて滅多に無いんだから」
「いや、魔族でさえ限られた者しか立ち入りできぬ。
そういう私も当主を継ぐまで認められなかったからな」
アヤ姉とガーベラさんの話から大体想像は付く。
どうやら日本の国会議事堂のようにオープンな場では無いらしい。
中学生や高校生なら修学旅行で見学をさせて貰える…それとは明らかに違っていた。
「歴代の平原同盟首脳陣を招いての式典くらいだな。
他種族が入場を認められた例は私も知らぬ。
レスリー先生もアヤも礼儀作法は問題無いと思うが…
アキヒトは忘れておらぬだろうな?」
「はい、大丈夫です。
念のため式典前に復習もしておくつもりです」
「よし、その時は私も見てやろう」
以前から宮廷作法を学んでいたのが、こんな時に役に立つことになろうとは。
礼服も取り揃えており、専門の人達が身嗜みを整えてくれるらしい。
「それより、シロ…宗主陛下に無礼な発言しちゃダメだよ?」
「そんなヘマしねぇよ」
「シロの言動一つで決裂するかもしれないんだから…。
みんなに迷惑かけることになるんだよ?」
「だから分かってるよ、任せてくれって」
とても不安だった。
なぜか分からないけど、すごいシロが乗り気だから。
けれど、シロの列席も宗主陛下御自身が認めているので大丈夫だろう…多分。
そして出立して5日目、朝都インダラへ到着した。
魔導王朝攻略から当分は来ることないと思っていたのに…。
再び迎賓館に部屋を用意して貰うと、レスリー先生もアヤ姉もやっぱり驚いていた。
「いや…ここまでして頂けるとは…後で大公殿下にお礼を申し上げないとね」
「し、信じられない…私、本当に…」
格式が高いと形容すれば良いのだろうか。
大国たる魔導王朝が客人をもてなす以上、相応の厚遇が求められるであろう。
僕は2度目だから感動も薄れてるけど、やはり凄いの一言に尽きる。
床の絨毯からシャンデリア、数々の調度品、壁の絵画…。
「フン、やるじゃねぇか…」
シロも感心していた。
「奴等はこれだけ厚く遇してくれたんだ。
俺だって負けちゃいられねぇぜ!」
式典前から嫌な予感が止まらない。
朝都インダラに到着してから2日間、僕はガーベラさんから様々な説明を受けた。
式典の礼儀作法や段取り、身嗜みなど。
同席するレスリー先生とアヤ姉に対しても同様である。
そして3日目、僕達は宮廷タンクーラへと案内された。
「わぁ…凄いね……」
「私は子供の頃から何度か見てるけど…やっぱりね」
朝都インダラの中央に位置する広々とした敷地。
色鮮やかな庭園に、数々の湧き出る噴水。
そこには幾つも宮殿が立ち並んでおり、更にその中央には真白な大理石の大きな建物。
この世界独特の、魔導王朝の象徴たる建築物が有った。
宮廷に入ると大広間へと先導された。
扉を開けた瞬間、僕達は魔導王朝の面々の迫力に圧倒される。
8人の勢揃いした大公達を最前列にして、各省庁官、将軍、騎士団長、文武百官。
総勢400名近い、魔導王朝の中枢たる人々だった。
そして玉座に控える初老の人物。
シャール平原で僕達と戦った宗主ヴリタラ陛下が鎮座していた。
礼服に身を包んだ僕は鼓動を抑えながら、玉座の前まで歩いて行き…膝を付いた。
「シャール平原でお目にかかりましたが、アキヒト・シロハラと申します。
陛下のご健勝、お慶び申し上げます…」
「…なぜ、膝を付くのか」
今回の盟約は五分と五分の関係であり、従属関係とは異なる。
宗主陛下から重々しい口調で疑問を投げ掛けられた。
「今回の盟約は対等の関係ですが、陛下と私では余りにも違います。
陛下は御自身の御力で魔導王朝を打ち立て、600年も存続なさっております。
比べて私は14歳になったばかりで、自らの兵団も借り物の力です。
偉大なる先達に対して膝を折るのは当然かと存じ上げます…」
これはスジャーンさんからの助言だった。
他の列席する魔導王朝高官の人達の心情を察すれば、当然だろう。
魔導王朝では誰よりも崇められる陛下が僕のような若輩と対等など、面白くないであろう。
「子供だと思っていたが…」
「ガーベラ殿から指導を受けるだけは有る…」
高官の人達からも悪くは思われていないようだ。
「この場にて、ヴリタラ魔導王朝と不可侵の盟約の儀を結ばせて頂きます…」
「うむ…受けよう」
式典は進み、魔導王朝と兵団は同盟関係となった。
全ての儀礼は済んで終わろうとした時、右肩のシロが口を開いた。
「そろそろ発言して良いか?
今回の盟約に関して俺からも話しておきたいことがある」
「…申してみよ」
玉座の宗主陛下から発言の赦しを貰えた。
「魔導王朝との友好の証としてだ。
盟約を記念して、兵団から大型機動兵器を譲渡したい」
「…なに?」
宗主陛下の表情に初めて変化が見えた。
「言っておくが、シャール平原で戦った兵種とは別だぞ。
お前なら分かるだろ…あの3基だ」
「ちょ、ちょっとシロ!
陛下にお前呼ばわりなんて…!」
「構わぬ…続けよ」
寛大にもシロは無礼も赦して貰えた。
「お前、アイツらが強い1基と弱い2基で構成されてるのは気付いたか?」
「無論だ…」
「正確に言うとだな、その2基を合わせたよりも強く、その1基よりは弱い。
そんな強さの大型機動兵器を魔導王朝に譲渡したい。
お前なら感覚的に分かるだろうが、とてつもない強さだ。
シャール平原で戦ったアパルト級とは比べ物にならないぜ。
但し、一つだけ問題がある」
「何だ…?」
「命令を全く聞かない」
流石の宗主陛下も直ぐに言葉が出なかった。
「ま…待て、なんだそれは…」
思わず、イナト筆頭大公から抗議の声が上がった…当然だけど。
「そ、それは危険では無いのか?」
「そうだな、一旦暴れたら魔導王朝を滅ぼすかも」
「なんだそれは!」
「あぁ、ソイツを使って他国を攻めるのは不可能だろうな。
国を守らせるのも絶対無理だ」
「それでは厄介者では無いか!」
「しかし喧嘩相手には申し分無いと思うぜ?
お前達の主君相手にはな」
シロの言葉が宗主陛下へと向けられた。
「お前、本当は自分の力を存分に奮いたいんじゃないのか?
譲渡する大型機動兵器はかなり強いからな…。
己の全てを何の気兼ねも無くぶつけることだってできるぜ?」
それまで仏頂面だった宗主陛下の口元に笑みが浮かんだ。
「その兵種は少し変わっていてな、何もしなければ一ヶ所で何時までも寝てるんだ。
魔導王朝に何処か人気の無い場所は無いか?
荒野とか誰も通らないような所に寝かせておくと良いぜ。
その誰の迷惑も掛からない場所で派手にやり合えばいいって訳さ!」
「そ…宗主様?」
イナト筆頭大公が不安な表情で問い掛けていた。
不安なのは僕も同じだった。
なんかもう…最初は無表情の宗主陛下がとても嬉しそうに…口元が…。
「…条件は?」
「話が早くて助かるぜ。
要するにその大型機動兵器と戦って今よりも強くなって欲しいんだ。
というかさ、お前って全盛期に比べてかなり鈍ってないか?
今まで平和な時代だったからかもしれんが、俺にはそう見えるぞ」
「…強くなればいいのか」
「その後でアキヒトの特訓相手をしてくれ」
宗主陛下から睨まれて…思わず悲鳴が出かかった。
「前回のシャール平原での戦い、あれでアキヒトは大きく成長した。
やっぱりよ、強い奴と戦うのが一番力も伸びるんだな。
だからまた相手して欲しいってことだ」
「シ、シロ!な…何を言い出して…!?」
「だからよ、アキヒトは一人前の兵団長になるんだろ?
その為には一番の近道じゃねぇか」
「そ、そういう問題じゃ…!」
僕がシロに小声で抗議していると、宗主陛下から再び言葉が。
「…ならば条件がある」
「なんだよ」
「あの3匹の1匹…とてつもなく強い獣の1匹だ…
あの獣と戦わせよ…」
「へぇ…」
表情の無いシロでも笑っているのが分かった。
「分かってるのかよ…アイツ、かなり強いぜ?」
「承知している…」
「そうか…俺はお前みたいな奴、嫌いじゃないぜ?
良いだろう、約束してやる。
但し、まずは譲渡する大型機動兵器を…"封印兵種"を倒してからだな。
アイツくらい倒せないようでは"決戦兵種"の相手なんて無理だぜ?」
「クク…」
もう…凄い上機嫌というか…怖いくらい宗主陛下の表情が笑っていた。
「…アキヒトと申したな?」
「ハ、ハイ!」
「余を相手にするのだ…相応に強くなっておくが良い…」
「え…その…まだ決まった訳じゃ…」
僕が何か言おうとしたが、全く蚊帳の外だった。
「安心しろよ、俺が責任もって強くしておくからよ。
それよりお前こそ失望させんじゃねぇぞ」
「その大言…忘れるな…」
「特訓は半年後でどうだ?
それまでにお互い、強くなっておこうぜ!」
「良かろう…」
シロと宗主陛下の間で謎の意思疎通が成されていた。
「おかしいね…宗主陛下もシロ君も私の知っている言語を使っているのに…。
会話の内容が全く理解できないよ…」
「奇遇ですね…僕もです」
同席していたレスリーさんが頭を抱えていた。
「な…なにこれ…」
アヤ姉も目の前の光景が理解できず、口元をひくつかせていた。
だが、シロの言動はこれで終わらなかった。
「カーリュ大公に一つ聞きたいんだが、良いかな?」
「あ…あぁ、私にか」
「前からレスリーを丁重に扱っているみたいだが、なぜだ?」
「…それは当然であろう。
レスリー氏は大陸一の頭脳であり、王朝の人材育成にも重要な役割を果たされておる。
私に言わせれば平原同盟での扱いこそがおかしいのだ。
氏が我が王朝に居を移してくれるのならば、最高の待遇で招くであろうに…」
そしてカーリュ大公は大広間に集った高官達に告げた。
「良い機会だから、皆に申しておく!
今後、レスリー氏から何かしら助けを請われたら必ず応じよ!
これは大公権限での厳命とする!」
「へぇ…」
その命令にシロがとても感心していた。
「有難うよ…レスリーの身をそこまで案じてくれるとは嬉しいぜ」
「礼を言われるまでも無い」
「だからアンタにも大型機動兵器を用意するよ」
「…な、なんだと?」
これにはカーリュ大公のみでなく他の大公達も目を見張った。
「主君に譲渡する"封印兵種"ほどじゃないが、それでも強い兵種だぜ?
思う存分、特訓相手に使ってくれ」
「え…そ、それは…」
「遠慮せずとも良いぜ?
レスリーが世話になってるんだ、貴重な兵種だが惜しくは無ぇよ」
「いや…こ、心遣いは嬉しいのだが、私も政務に多忙な身だ。
その御気持ちだけ頂いておこう…」
「…異議がある」
シロが強引に大公に譲渡しようとした時、宗主陛下が割って入って来られた。
「そ…そうでしょうとも!
宗主様も申される通りである、盟友殿からのご厚意をこれ以上受ける訳には…!
折角だが、この申し出は…!」
「他の大公達にも譲渡せよ…」
「…え?」
カーリュ大公のみならず、他の7名もやはり驚いていた。
「8名全員に用意せよ…」
「…あぁ、そういうことか。
気付かなくて悪かったな、カーリュ大公だって自分ばかり貰っちゃ気まずいもんな。
他の大公達のことを考えたら躊躇するのは当然か…。
よし、奮発してやるよ!
他の大公達にも譲渡するから、何の遠慮無く貰ってくれ!」
「ま、待てぃ!」
慌ててイナト筆頭大公が宗主陛下に訴えていた。
「宗主様、我々は政務に多忙でしてそのような特訓の時間は…!」
「受けよ」
「し、しかし…!」
「受けよと申しておるのだ…!」
威圧と共に睨まれれば、大公殿下達もそれ以上は何も声を出せなかった。
「先日のシャール平原の戦い…お前達も衰えておる…!
王朝を守る力も無くして何が政務か…!」
その中、グーニ大公とショウ大公は既に畏まっていた。
「仰せの通りで御座います…!」
「…ニッ」
後で聞いたのだが、このお二人は武闘派らしい。
他の大公達から『コイツら…』みたいな視線が向けられてるのは気の所為じゃないだろう。
そもそも政務よりも戦ってる方が好きらしいが…。
結局、宗主陛下からの命令と有れば従うしか無かった。
魔導王朝の中でも最高権力者である大公の人達が、見るからにうんざりした表情になってた。
「そ、そうだ…シロよ。
御主は一つ忘れていることがあるぞ」
大公の中の一人…ガーベラさんの主人のラーキ大公が声を上げた。
「私よりもお主達と親交が長いガーベラのことを忘れておらんか?」
「あ…」
「気持ちは嬉しいのだが、私の分はガーベラへ先に譲渡するのが筋だと思うのだが?
そうであろう…彼女はお前の主の師匠なのだぞ。
まずは其方から優先的に遇するべきでは無いか?」
ガーベラさんの表情が明らかに引きつっていた。
大公達から『コイツ、きったねぇな…』みたいな視線がラーキ大公に向けられてる気がする。
「い、いえ!滅相も御座いません!
私のような若輩者が大公殿下の方々と同じ待遇など、恐れ多く存じます!
ご厚意は大変嬉しいのですが謹んで辞退させて頂きたいかと…!」
「安心しろよ、お前も主人の分も用意しておくから」
ラーキ大公の智謀は犠牲者を増やしただけだった。
「お前の主人の言い分も尤もだったな。
いや、気が付かなくて済まない…俺としたことが…。
アキヒトは世話になりっぱなしなのにな…よし、決めた!
お前にも凄い兵種を用意するよ!」
「い、いや、そうでなくてな…私などには勿体無いということで…」
「…受けよ」
玉座から重々しい言葉が響いた。
「いえ、宗主様…大公殿下の方々と同列とは余りにも恐れ多く…」
「…受けよと申しておるのだ」
宗主陛下から威圧混じりの声…更に大公達からも追撃が加えられた。
「遠慮することは無いぞ」
「貴様も宗主様の直属なのだからな」
「亡きヤールの娘ならばやむを得まい…」
宗主陛下と大公達からも言われたら、ガーベラさんはそれ以上拒めなかった。
というより大公の方々は半ばヤケになってるような気がする。
「あ…有り難く受けさせて頂きます…」
しかし悲劇はこれで終わらなかった。
「…心苦しいな」
「何がだよ」
「我等、魔導王朝に10名分も相手を用意させたのだ…。
なのに余1人が特訓相手になるのみ…。
これでは不公平でないか…」
「それなら気にすること無いぜ。
お前が10人分、気合入れてアキヒトの特訓してくれれば良いんだ」
「…良かろう」
この式典で一番不幸になったのは間違い無く僕だった。
「それによ、前回の戦いで魔導王朝には出費が多かったんだろ?
それを帳消しにして、更に迎賓館みたいな立派な部屋を用意してくれたんだ。
貰いっぱなしじゃ流石に心苦しかったからな。
これくらい当然だぜ!」
「クック…そうか…」
なんで、この2人はこんなに楽しそうなんだろうか。
「おかしいね…アキヒト君…」
レスリーさんが謎の頭痛に襲われていた。
「今回の盟約は不可侵を結ぶ筈なのに…なぜ戦う約束をしているのか…」
「ははは…」
乾いた笑いしか出なかった。
大陸一の頭脳の人物にも理解できないことが僕の頭如きで理解できる訳が無いです。
大公6名の方々は非常に重い表情でいらしていた。
ガーベラさんに至っては極刑を命じられた時以上に憂鬱な表情なのかもしれない。
嫌な予感は必ず当たるものだと改めて思い知らされた。
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封印兵種
格闘戦用大型機動兵器 "タイラン・ガースト"
全高92メートル
強力なガースト級大型機動兵器の中でも特に戦闘力に秀でた個体である。
極端に近接戦闘を好む傾向が有り、全開照射どころか粒子砲機能すら使用したことが無い。
その為、粒子砲及びSAM装備を全てオミットして格闘戦に特化した兵装へと変更された。
結果、近接戦闘では決戦兵種以外に対して不敗の個体となった。
以前は他の兵種と同様に戦線へ投入されていたが、気性が激しく大半の命令を無視していた。
問題の多い個体であったが、それでも一定の戦果を挙げていた為にシロからは許容されていた。
だが、とある拠点で大暴れして施設を半壊した。
駐留していたアパルト級20基以上が一斉に取り押さえようとしたが不可能。
同じく駐留していたガースト級2基さえも相手にならない。
遂にヴァルマー級1基が最短拠点から召集され、ようやく鎮圧されるに至る。
その後、この個体は後方拠点最深部に封印されることとなった。
封印と言っても拘束具は何も無いし密閉されず扉も無い。
拘束具も扉も何の意味も成さぬ強力な個体である。
使用されない辺境の拠点の奥深くに長い間、封印というより放置されていた。
そして今回、ヴリタラ魔導王朝の北部最果ての地に降ろされることになる。
何も刺激が無ければ決して動かず眠り続ける特殊な個体。
普段は静かな大型機動兵器なのである。
※尚、譲渡される際に特殊な兵装が密かに施される。詳細は次回備考にて説明。
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次回 第70話 『 魔導王朝晩餐会 』




