第66話 『 兵団窓口担当アヤ 』
アキヒトが今もボーエン王国に滞在できるのは、レスリーとアヤの尽力に依る所が大きい。
レスリー・アグワイヤは大陸屈指の頭脳として知名度が高く、同時に人格者としても知られる。
後見人が彼でなければ平原同盟にアキヒトの居場所は無かったかもしれない。
同時にアヤ・エルミートの存在も大きいであろう。
彼女は兵団が問題を起こすたびにアキヒトを連れて頭を下げて回っている。
また面会が多くなったアキヒトの傍に常に立ち、橋渡し役を担っていた。
「此方の方は以前、トスカー共和国の中央銀行で副頭取をされてたこともあるのよ」
「エルミート家の令嬢様に覚えて頂き光栄です…」
同年代のドナの名声に隠れがちだが、アヤ自身もボーエン王国屈指の才媛である。
一度会った人物の顔、名前、素性を決して忘れない。
いずれは外交の仕事に就くべく、日頃から大陸各国各地の事情に精通していた。
父トリス公爵の力で日々送られてくる情報へ常に目を通している。
アキヒトの魔導王朝攻略時もレスリーと共に奔走していた。
エルミート家の名前を前面に押し立てて面会を求め、事情の説明に当たっていた。
兵団は決して王朝と敵対している訳ではないと。
15歳とは思えない行動力で兵団に対する偏見と警戒心を解いていった。
父親のトリス公爵にとっては自慢の1人娘である。
…表向きは。
非常に対人交渉能力が高く、胆力も高い。
家名も合わさって、王国内では年齢に見合わぬ信用を得ていた。
「しかし、あの子も昔はね…」
カール大公国のカターニ元首が公国議員時代にボーエン王国城塞都市へ訪れた時である。
所用が有り、下町の一画に馬車を停めていた。
中で当時の議事録に目を通していると、子供達の遊び声が聞こえた。
文字を読み通しで目が疲れており、気晴らしで窓から眺めてみた。
広場で子供達が服が汚れるのも気にせず、泥だらけになって遊んでいるのが見えた。
「あはは!」
特に先頭を走る赤い髪の女の子は元気の塊だった。
一緒にいた男の子達が霞むほど、大声で笑っては走り回っていた。
その時、広場の横へ下町には不釣り合いの豪華な馬車が停まった。
見覚えのあるエルミート公爵家の紋章が刻まれていた。
カターニ議院が訝しげに見ていると、馬車から燕尾服に身を包んだ執事と女中が飛び出した。
「お嬢様!またこんな所に!」
「あ…!」
子供は元気の塊というが、赤い髪の女の子はまさしくソレだった。
執事と女中が2人がかりで追いかけるが全く捕まらない。
「くっ…ぜぇ…!」
「お、お嬢様…お待ちを…!」
走り疲れた執事と女中の2人はそれ以上動けなかった。
しかし女の子には全く息が上がった様子が無い。
「やれやれ…少し待っていてくれ」
御者にそう告げると、カターニ議員は馬車から降りた。
同じ広場には屋台があり、そこには焼きたてのお菓子のスコーンが並んでいた。
「8個貰うよ」
人数分プラス一つを買うと、子供達の方へ近づいた。
「君達もどうだい?」
「え…けど…」
「さっき間違って買い過ぎちゃってね…。
捨てるのも勿体無いから一緒に食べてくれると助かるんだが」
一瞬警戒していたが、事情を話せば手を伸ばすのは早かった。
けれども赤い髪の女の子だけは近寄ろうとするがスコーンを取ろうとしない。
「口に合わなかったかい?」
「もしかしてトスカー共和国の議員さん…」
「え…そうだけど…なぜ分かったんだい?」
「前にお父さんと一緒に見たことあるから…」
数か月前に父のトリス公爵と晩餐会へ出席したらしい。
ボーエン王国とトスカー共和国の会合で、そこへカターニ議員も姿を見せていた。
女の子はその時の出席者の顔を全員覚えていた。
よく言えば活発、悪く言えばお転婆だった。
しかも非常に頭の回転が早く、知恵も回っていた。
ある時、トリス公爵の命で屋敷へ半ば監禁状態にされた。
自室から一歩も出ることを許されず、扉には頑丈な鍵がかけられた。
すると2階だったにもかかわらず窓から外へ。
高価なカーテンをロープ状にして、屋敷から脱出していた。
景観を損ねるが窓に鉄格子を埋め込むと、今度は天井裏を通って抜け出た。
天井を全て頑丈に打ち付けると、今度は鍵穴に針金を通して外した。
「少しは淑女としての嗜みをだな…」
頭は良いのだが使いどころが間違っていた。
黙っていれば可愛らしいお嬢様なのだが3秒たりともじっとしていられない。
静かなのは何かを食べているか寝ているかの時だけ。
それでも大人になれば変わるだろうと、トリス公爵は微かに期待を抱いていた。
…しかし期待は微かにも叶わなかった。
王族との婚約をトリス公爵は望んでいたが、外交の仕事に就きたいと言い出した。
確かに頭は良いし、美しく成長している。
将来性の高い少女であるが、トリス公爵の求める像とはかけ離れていた。
「アヤ様、少々お尋ねしたいのですが…」
最近、多くの人々から質問されることが多くなった。
「申し訳ありません。
それは兵団の機密に関わることでして、私の口からは…」
決まってソレはアキヒトの兵団絡みだった。
魔導王朝宗主ヴリタラは、兵団に恐怖したと朝議で語っている。
果たして、そこまで強力な兵種が本当に控えているのか?
ヴリタラの証言以外には何も存在を示すモノは無い。
本人達へ聞きに行けば良いのだが、声をかけやすいアヤの方へ集まってきていた。
多くの貴族や富裕層は表面上、アキヒトへ友好的に接している。
だが、本心では兵団の実力を測りかねていた。
ヴリタラとの戦いで大半の兵種が戦闘不能になり、事実上壊滅した。
ならばアキヒトに利用価値は無いが、他にも兵力を隠し持っている可能性がある。
「なぁ、アヤ……他に戦力があると言ってくれ…。
でなければ私の立場が…」
「知らないわよ!」
トリス公爵も再び微妙になってきた。
一時はアキヒトの魔導王朝攻略を聞いて大きく動揺していた。
それを機に派閥から多くの者達が見限って出て行った。
しかし戦いが終わって王朝との関係が修復されると再び戻ってきた。
余りにも節操のない行動をアヤは内心で憤っていた。
そして今、再び多くの人達が迷っている気配が感じられる。
アキヒトの兵団は本当にヴリタラでさえ恐れる存在なのか?
彼等はトリス公爵の派閥に残留するか他の派閥へ合流するか揺れていた。
「本当にいい加減な人達だけど、父さんも父さんよ!
回りにはあんな連中しか集まってこないんだから…!」
アキヒトの自宅でアヤが愚痴を零していた。
面会中の笑顔からは想像もつかぬ怒り狂った素の部分にアキヒトも引いていた。
「アヤは聞かないのか?」
「何をよ…」
「俺達の兵団が他に戦力を隠し持ってるかだよ。
気にならないのか?」
「関係無いわ。
どちらにしろ、アンタ達が迷惑な存在なのは変わらないから」
「アヤ姉…酷い…」
アヤから尋ねられればシロは答えたかもしれない。
だが、本人は全然興味無さそうだった。
「それともなに?
私が聞いたら、これから絶対に誰にも迷惑をかけないと誓ってくれるの?
一つも苦情が来なくなるの?
何処にも謝りに行く必要が無くなるの?
だとしたら意地でも聞いてあげるわよ…?」
「…すまねぇ」
アヤに凄まれると、シロでさえ縮こまるしかなかった。
大公や平原同盟首脳陣でさえ無礼千万のシロがアヤ個人には恐れていた。
「私が将来、外交関係の仕事に就きたいって前にも話したわね?」
「う、うん…知ってるよ。
だからさ、今の兵団の外交担当でアヤ姉にはぴったりじゃ…」
「謝るばかりが外交の仕事だと思ってた…?」
威圧混じりの笑顔でアキヒトとシロは怖気づいた。
「この際、言っておくけどね…。
アンタ達の苦情が全部、私のところにやってきてんのよ?
「うん…平原同盟や商会や騎士団のことなら…」
「それだけじゃないわよ!
アンタ達の兵団がね、見た目が怖いって文句言われるのよ!
子供が怖がるとか、犬が吠えるとか!」
「ケッ…分かっちゃいねぇな…。
あの形状はな、敵兵に対する心理的効果を考えて作られてんだよ。
戦場では姿を見ただけで恐怖し、身体を萎縮させて戦況を有利に運ぶのを狙ってんだぜ?」
「住民に対する心理的効果も考えなさいよ!
子供が笑って手を振ってくれるような形にできないの!?
悪役顔じゃ肩身が狭いのよ!」
「む、無茶を言うなよ!」
「この前だってそうよ!
アンタ達、魔導王朝の大使館に宣戦布告に行ったでしょ!?
その帰り道に兵団をゾロゾロ行進させてたらしいじゃない!」
宣戦布告の本気の意味を込めて、アキヒトはクダニ級を何基も引き連れて行っていた。
その帰り道、クダニ級の行進は多くの住民の目撃されていた。
「あれ見て泣き出した子供もいるのよ!
回りの気持ちも少しは考えたらどうなの!?」
「そんなことを言われても…」
「…よし、決めたわ。今後、この城塞都市に兵団持ち込むの禁止ね」
「えぇ!」
「なんだと!?」
アキヒトもシロも素っ頓狂な声を上げた。
「当たり前よ!これ以上頭痛の種を増やさないで!」
アヤの気迫に圧されて、2人ともそれ以上反論できなかった。
「良いこと!?
兵団は城塞都市の壁の外までよ!?
できるだけ城門からも離れて、あまり人目につかないところで!」
「そこまで行くのが面倒じゃねぇか!
アイツ等にここまで来てもらった方が早いだろ!」
「それが駄目だって言ってんのよ!
アキヒトもあんなのにばっかり乗らず、自分の足で歩きなさい!」
兵団の最高意思は兵団長でもシロでも無いかもしれない。
この日以降、アキヒトもシロもボーエン王国城塞都市住民に対する気遣いを徹底された。
正確には付近住民だけではなく、全ての人達に対して。
ケート山岳から兵団を動かす時も必ずアヤへ知らせるよう厳命された。
「なんでだよ!」
「届け出が必要なのよ!
それともアンタ達が書類を揃えて出してくれるの!?」
結局、アキヒトもシロも逆らえなかった。
更に普段から兵団長としての言動に気をつけるよう叱られた。
服装や身嗜み、面談は当然として周囲の住民との普段の会話から注意するように。
その小さな一つ一つの積み重ねが兵団の信用に繋がるのだと。
「ねぇ、シロ…兵団って思ったより運営管理が大変だったんだね…」
「俺も始めて知ったよ」
しかし、これは当然かもしれないとアキヒトは思う。
元の世界の軍隊だって動かすにはたくさんの手続きが必要だろう…多分。
日本の自衛隊だって、偉い人達の許可を貰えないと動かせないだろう…おそらく、と。
「けどさ、やっぱりアヤ姉は優しいよ。
怒ると怖いけどさ、絶対僕達を見捨てたりしないもの。
なんとか僕達がこの世界で生活できるように考えていてくれるもの…」
「――その通りよ」
そんな2人の会話を聞いていたドナが顔を上げた。
「誰もが見捨てるような人でも、アヤだけは絶対見捨てたりしないの」
「昔からそうだったの?」
「えぇ、昔から絵に描いたようなお人好しだったわ。
学業の成績は上位なのに、全力で損な役を引き受けてたわね」
「光景が想像できるよ…絵に描いたみたいに」
「けどね、そんなアヤだから今も私は付き合ってるのよ?」
普段からドナの口調は少々辛辣である。
しかし時々だが、優しい笑顔を見せてくれるのをアキヒトもシロも知っていた。
「アンタ達もアヤも相当馬鹿だと思うわ」
「はは…」
「けどね、旗色が悪くなればすぐに寝返る連中とは比べられないわ。
あの子は決してそんなことはしない。
たとえ世界の全てが敵に回ったとしても、アヤはアンタ達の味方でしょうね…」
「それはレスリーさんもドナ先生も同じじゃないですか?」
「さぁ…お父様は兎に角、私はどうかしらね」
アグワイヤ親子が同じくらい信頼できる味方なのを2人は知っていた。
この日以降もアヤは兵団の窓口として大陸中に認知されていく。
ケート山賊討伐から始まる計5回の謝罪行脚。
兵団長アキヒトの傍には常にアヤ・エルミートの姿が在ったと…後にシロは語るのである。
次回 第67話 『 アキヒトの誕生日(1/3) 』




