第63話 『 このクソ野郎が…俺にも分かったぜ。テメェがアキヒトに協力した本当の狙いは…!(前編) 』
ガーベラ極刑が朝議で正式に撤回されて数日後。
大陸歴996年10月も終わりに差し掛かろうとした時だった。
「只今、お呼びしますので此処でお待ちくださいませ…」
ボーエン王国ラーセン商会支店…その応接室にイスターは通されていた。
ソファに腰掛けるその顔は絵に描いたような不機嫌だった。
案内した支店員は若く美人だったにもかかわらず、全く興味を示そうとしない。
普段なら、どんなに多忙だろうと名前と予定を聞き出すというのに。
彼を知る者ならば信じられない挙動であろう。
眼の前のテーブルの上には天秤ばかりが一つ。
商談か何かで利用されて片付け忘れられたのだろう。
入室して1分も経たぬうちに再び扉が開いた。
「これはこれはイスター様!またお会いできて嬉しゅう御座います…!」
普段から愛想笑いをしているケーダだが、この日は特に機嫌が良いのが分かる。
対して不機嫌極まりない表情のイスター。
対称的な表情の2人がテーブルを挟み、腰を下ろして向かい合った。
「なんだ…?何か祝い事でも有ったのかよ…」
「はい、仕事の方が上手く行きましてね!」
「フン…!」
「おや、本日のイスター様は大層ご機嫌が悪いようで…。
お越しになった理由と何か関係が?」
「どんな理由だろうと、俺はこんな所に来たくねぇんだよ。
この場所にいるだけで気分が悪くなる。
訪問理由で更に機嫌が悪くなったのも有るがな」
「と、申されますと?」
「例の朝都インダラ侵入の手引きの件、あの費用の請求が未だに俺の所へ来てない。
ここに来た表向きの理由がその確認だ」
「表向きと仰っしゃりますと、ここにいらした本当の理由が他にお有りで?」
「テメェ…今回の一件、一体何を考えていたんだ?」
不機嫌な顔が一層険しくなり、イスターはケーダを睨みつけた。
「何がと申されましても、何のことやら…」
「しらばっくれんじゃねぇよ…。
なぜ俺からのインダラ侵入の手引きの依頼を引き受けたんだ?」
「これは異なことを。
依頼内容を聞いたら絶対引き受けるよう強制されたのはイスター様ですが…」
「テメェがそんなタマかよ!
俺が依頼に来た時点でアキヒトの支援をしていたらしいじゃねぇか!」
「それが何か?」
「辻褄が合わねえんだよ!」
イスターの激昂をケーダは涼風のように受け止めていた。
「俺があの女騎士に会いに行ったのは世間話でもする為と思ったのか!?
連れ出すのを想像できなかったとは言わせねぇぞ!
あの女を王朝から逃がせば、アキヒトは大人しく兵団を引き返す!
直ぐにでも魔導王朝から撤退して戦いは終わる!
その程度、テメェに想像付かねぇ訳が無ぇよな!?」
「はい、確かに仰る通りだと思いますが」
「だからそれがおかしいんだよ!
アキヒトに協力したのは、あの女騎士との繋がりを作るためなんだろ!?
処刑を撤回させ、あの女を救う!
そうすれば、いずれ魔導王朝でも高い地位に就くだろうよ!
お前らラーセン商会の狙いは、魔導王朝の高官となったあの女とのツテなんだろ!?
実際、お前達の協力が無ければアキヒトは朝都に辿り着けなかった!
そうなればあの女だってお前らを無視できねぇ!
これだけ恩を売っておけば、後で商会も甘い汁を吸い放題ってわけだ!
だが、仮に俺が連れ出していたら商会に何が残った!?
神聖法国へ逃げ出してあの女を匿うなんて誰でも予想できるよな!?
たとえ助けても何の地位も力も無い女に恩を売って何になる!
テメェらに何の得が有るってんだ!」
ラーセン商会はアキヒトの魔導王朝攻略に多大な投資をしていた。
朝都インダラまでの経路情報を始め、ここで今更説明するまでも無いだろう。
その攻略前にシロは疑問に思い尋ねている。
なぜアキヒトに協力をするのか?
正確には、なぜそこまでしてガーベラを救おうとするアキヒトに協力するのか?
その問いかけに対し、ケーダはガーベラの将来性を説明していた。
彼女は視野が広く頭も良く大公達からの覚えも良い。
今回の極刑さえ撤回されれば、いずれ王朝内の要職に就くであろう。
そんな人物との繋がりは商会に大きな利をもたらす。
だが、その返答はイスターの依頼と矛盾する。
仮にあの時、イスターがガーベラの連れ出しに成功していたら?
アキヒトにはこれ以上戦う必要が無くなり、兵団は東へと引き返したであろう。
その場合、ガーベラの生命は救われるが魔導王朝での地位を完全に失う。
ラーセン商会はそれまでの投資の損失どころの話では無い。
兵団へ協力した咎を責められる可能性は高く、存続さえ危ぶまれたであろう。
イスターがガーベラ救出に成功した場合、商会は多大な損失の挙句、危機に陥っていた。
「成る程…それは指摘されるまで気付きませんでした」
「ふざけんじゃねぇ!」
イスターは思い切りテーブルを蹴り飛ばした。
「ですがイスター様、本当に私が気付かなかっただけかもしれませんよ?」
「そんな訳ねぇだろ!」
「…では、仮にそうでないとしたら何でしょう?」
今度はケーダが身を乗り出して問いかけた。
「なぜ私が、そのような辻褄の合わない行為をする必要が…?」
「テメェはあの女を助けようとしたんじゃ無ぇ…。
アキヒトを…兵団を大公と戦わせようとしていたとしか思えねぇんだよ」
「なぜそう思われるのです?」
「簡単な話だ、俺が連れ出そうとしてもあの女は絶対王朝から出ようとしなかった。
当然だな、前から最悪の仲なんだから俺だって助けに行く義理も無い。
あの女だって俺なんかに助けられたくないだろうよ。
愛国心だけは有り余ってる女だ、祖国を裏切るマネなんて絶対しないだろうよ。
だが、アキヒトの名前を出せば話は別だ。
あの時の俺は、兵団を引き揚げさせる為に助けに来たと説得するしかなかった。
そう説明しなければ、あの女は首を縦に振らねぇと思ったからな。
祖国を簡単に裏切れはしないが、アキヒトの命を救うためなら可能性は有った。
結局、迷っていただけで連れ出しは無理だったがな…」
「それで?」
「あの女、幽閉中は外界と完全に遮断されていたらしい。
兵団が魔導王朝へ攻め込んできているのも全く知らなかったようだ。
それでだ…。
俺からアキヒトの動きを知らされれば、やることなんて想像付く。
主人の大公に懇願して兵団を止めて貰う…違うか?」
ケーダの口元が少しだけ歪んだ。
「更に言えばだ…。
テメェは、アキヒトを魔王と戦わせようとしてたんじゃねぇのか?」
更に歪んだ。
「大公を倒せば魔導王朝も黙ってはいられねぇよ。
実際にラーキ大公を倒した後、戦場に3人も大公が出てきやがった。
仮にソイツらを倒せば残りの大公連中が、もしくはヴリタラが出るしかなかった。
まぁ、結局は3人の途中でヴリタラが出陣してきたがな…」
「ふむ…そう思われますか…」
「そう考えれば大半の辻褄が合う。
だが、最後にどうしても一つだけ分かんねぇことがある。」
「何で御座いましょう?」
「決まってんだろ!
アキヒトを魔王と戦わせた理由だ!
なぜ、そこまでして兵団をヴリタラと戦わせる必要が有ったんだ!?」
「なるほど…ですが、そのお考えには私にも納得行かぬ点が御座います。
指摘させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「…言ってみろよ」
「イスター様は御存じないと思うのですが、アキヒトには幾つか制約を設けています。
一つは巨大な魔獣の咆哮を使わないこと。
一つは犠牲者を一人たりとも出さないこと。
後で本人に確認して頂ければ分かりますが、確かにアキヒトは私と約束しました。
御存じの通り、アキヒトは咆哮を使用せず犠牲者を一人も出していません。
仮に大公殿下や宗主様と戦わせるのが狙いならば、なぜそのような必要が?
何の制約もなくアキヒトが王朝に攻め込んだ場合をお考えくださいませ。
咆哮も打ち放題で犠牲者が増え続ければ、早々に大公殿下も出てきたでしょう。
それに王朝の危機とあれば宗主様だって黙っていません。
仮にアキヒトを宗主様と戦わせるのが目的なら、なぜ制約をかける必要が有ります?
そんなモノが無ければ確実に早期の戦いが実現したでしょうに…」
「そ…それとこれとは話が別だろ。
魔導王朝全体がお前達、ラーセン商会の大切なお客様だ。
これからの商売を考えれば危害を加える訳には…」
「それも一理有りますね。
確かに魔導王朝は商会にとって大切なお得意様です。
商いに携わる者として身を案じるのは至極当然で御座います。
…ですが、そんな理由でイスター様は納得されるのでしょうか?」
「テメェ…」
「可能性としてはもう一つ御座いますね。
私個人が大公殿下と宗主様の弑逆を企てていたとか…?
それとは何の罪も関係も無い魔導王朝民を憐れみ、危害を加えるのを躊躇ったとか…。
あくまで私の目的は大公殿下と宗主様の御命だったと…。
その為に私がアキヒトを手助けしたと…」
「…いや、それは違うな」
「ほう…なぜ違うと言い切れるのでしょうか?」
「テメェの機嫌が良すぎなんだよ!
仮にお前の狙いが連中の命だったとしたら、まんまと目論見は失敗したことになる!
だったら、そんな顔してられっかよ!
しかし今のテメェはムカつくくらい上機嫌だ!
何かは知らんが、目的を完全に達成しやがった顔だろ!
何もかもが狙い通りに上手く事が運んだってツラしてやがる!」
そう…イスターの指摘通り、普段の愛想笑いだけでは無かった。
「俺の方でも色々と調べさせたぜ…。
アキヒトを朝都インダラに辿り着かせるまで、随分と色々やってたらしいな?
魔導王朝領のラーセン商会支店を全力で動かして、何十億ソラも補償に注ぎ込んで…。
南方諸侯からも牽制目的で何十万と兵を出させたよな…。
そこまでして一体何がしたかったんだ…?」
支店の顔馴染みの者達でさえ滅多に見ない…全ての思惑が叶った笑顔である。
「テメェは一体、何が狙いだったんだ…?」
ケーダ・ラーセンの笑いは止まらない。
今回のアキヒトが起こした一連の魔導王朝攻略戦。
その中では唯一の勝者たる笑みなのだから。
(後編に続く)
次回 第63話 『 このクソ野郎が…俺にも分かったぜ。テメェがアキヒトに協力した本当の狙いは…!(後編) 』
にて第2戦終了




