第5話 『 魔族の生真面目な騎士 』
剣の訓練は依然続いたが、その日は違っていた。
「君らは大聖堂の方へ集まってくれ」
僕以外の先輩達、100人は神官の人に呼ばれて練兵場から立ち去った。
1人残った僕は隅でいつもと変わらぬ素振りを続けた。
そういえば、今日は魔族から指導される順番だ。
イスターさんの話では、神族と魔族が交互にローテーションを組むらしい。
そして両種族が先輩達を品定めし、自勢力へ勧誘を試みると。
「はは…僕には関係無いけどね」
余りにものけ者扱い過ぎて、乾いた笑いしか出ない。
イスターさんが居れば良いのだが、流石に1人では寂しい。
空は青く、練兵場を吹き抜ける風は汗ばんだ身体に心地良い。
僕以外に誰も居ない練兵場で、黙々と素振り。
いや、正確には肩に精霊も居るのだが。
素振りの木剣を止めて、僕は右肩に止まった精霊に指で触れてみた。
あれ以来、僕の身体から生命力は供給されているらしい。
実際、消えかかった光は再び明るく灯ってはいた。
しかし、今ひとつ元気が無いように感じる。
今度、休みの日に専門の人に聞いてみよう。
アヤさんに聞けば、何かしら心当たりがあるかもしれない。
精霊の専門医は流石に居ないと思うけど、他に手助けしてくれそうな…。
すると、息を切らして神官の人がやってきた。
「君…!君も大聖堂へ来てくれ!」
何か事情が変わったらしい…急がされ、呼び出された僕は大聖堂の方へ向かった。
――僕が呼び出される十数分前。
大聖堂で先輩達と顔を合わせたのは魔族の騎士達だった。
「はじめまして、我々は魔導王朝から派遣された教導騎士団だ。
私は責任者であり、当騎士団長を務める『トリア・ヴァージ』だ…。
勇者候補の諸君、宜しく頼む」
50名程の騎士のリーダー格は、体格に秀でた歴戦の騎士だった。
身長2メートル越えの巨体。
法国騎士が白装束に対して漆黒と朱に染まった騎士装束。
ただ、そこに立っているだけで周囲を威圧していた。
「ふむ…そこの5名、なかなかの力の持ち主だな」
龍の加護を受けた5人の勇者候補達の力量を正確に見抜いていた。
「…分かりますか?」
「当然だ、その程度の技量が無ければ教える資格も無かろう」
「教わりたくも無いのですがね…」
警戒心を強くした先輩達は、魔族の騎士達に闘気を向け始めた。
神族の騎士に対し、魔族の騎士達は余りにも挑発気味であった。
歴戦の勇士達からすれば、技量は下かもしれない。
だが、それでも神獣の加護を受けた身である。
自尊心を傷つけられれば、反発せざるを得なかった。
「ハハ…若いな。
だが、勘違いしないで欲しい。
我々の任務は、あくまで諸君らの指導だ…戦いではない」
「だから僕達は教わるつもりも…!」
「強がりは強くなってから言うのだな…。
諸君らなら、我々の実力くらい戦わずとも分かるだろう?」
まだ神獣の加護を受け、訓練を始めたばかりである。
だが先輩達も魔族の騎士達との実力差を明らかに感じ取っていた。
「失礼ですが、団長殿…一つ宜しいですか?」
その時、騎士団の中から1人の若い女性騎士が進み出た。
長い黒髪を後ろで束ねた、鋭く冷たい視線の美人。
鍛え込まれた肉体と大人の色香を併せ持つ人物だった。
「どうかしたか?」
「はい、先程から気になっていたのですが…。
司教殿、1名足りぬようだがどういうことか?」
「神獣から加護を受けた方々は全て揃っておりますが…」
「この場には100名しか居らぬ。
報告では101名と聞き及んでいるが…?」
神官達は顔を見合わせ、溜息をついて肩を落とした。
「…あぁ、そのことですか。
もう1名は対象外により、此処には呼んでおりません」
「対象外だと?
その者も神獣召喚の儀に立ち会ったのではないか?」
「は…はぁ、確かに仰る通りなのですが…」
「司教殿は盟約を破るおつもりか…?
つまり、それは我ら魔導王朝に対する叛意と受け取るが…!?」
「…分かりました、直ちに連れてきます」
説明は不可能と判断し、神官に命じて呼びに行かせた…といった事情だ。
「僕に何か御用でしょうか…?」
大聖堂に集っていた黒と朱装束の騎士団。
僕を目にして、先頭の女性を含め全員に困惑の表情が見て取れた。
「司教殿、ご冗談ならお止めなされ!
これ以上の無礼は我ら魔導王朝に対する侮辱と…!」
「彼で間違い有りません」
司教様が溜息をついて女性騎士に返答した。
「下手な嘘は止めてもらおうか!
今回、召喚したのは知勇に秀でた者達であると…!」
「僕、手違いで呼ばれたんです」
呆気に取られた女性騎士に向かって簡単に説明を始めた。
「あそこにいる先輩達と偶然、同じ場所に居合わせたので…」
100人の先輩達は確かに知勇に秀でた人材だった。
その先輩達が表彰される式典に、僕はお手伝い役として参加していた。
それで式典の段取りを説明していた時に、僕も召喚された。
「ですから僕…事情が違うんです」
「い…いや、それでも変だ!
お前からは神獣の加護が何も感じられん…!」
「僕の場合、神獣の召喚で呼び出したのが、この子なんです…」
右肩の光を…精霊を目配せして見せた。
「この子、召喚された時に弱っていたんです。
それで契約を結んで、助けてあげたんですよ。
けれども、この子はなかなか元気になってくれなくて…」
精霊の光に指で触れ、撫でてあやしても反応は乏しい。
困惑し、女性騎士が神官様達の方を睨みつけた。
「少年の申すことに、間違いは有りません…」
回りの状況から、誰も嘘や隠し事をしている訳では無いのを悟った。
「そうか…災難だったな」
「はい…ですが、皆さん優しい人達ばかりですから…」
すると女性騎士は僕に近寄り、右肩の精霊へ指を伸ばした。
「え、あの…」
「動くな。お前と精霊を行き来する経路が少し捻れている。
契約を結ぶ時、余程慌てていたと見えるな」
白く細い指先が光に触れ――線を引いて、僕の額に触れた。
「…これで良し。
今までよりも具合が良くなるだろう」
それは僕にも実感できた。
今まで詰まっていた何かが流れ始め、精霊との繋がりが強まったのを。
そして目に見えて、精霊の光が先程よりも明るくなっていた。
「す、凄い…!お姉さん、有難う御座います!」
とても嬉しくて、僕は深々と頭を下げ、声に出してお礼を言った。
しかし『お姉さん』の呼び方に不意を突かれたらしい。
背後の魔族の騎士達が数人、口元を抑えて笑い出すのを堪えていた。
「いや、私こそ礼を言わねばならぬな。
我々の世界の生命を助けてくれて感謝する…」
ほんの少し表情が柔らかくなっていた。
「司教殿、この少年の生活の保証は?」
「その点に関しては抜かりなく」
「そうか…次の儀式まで責任持って面倒を見てやってくれ」
そして再び僕と向かい合った。
「私は『ガーベラ・イーバー』だ。お前の名は?」
「僕は城原秋人、回りからは『アキヒト』と呼ばれています!」
「アキヒトか…。
何か困ったことが有れば、私の元へ訪ねてくるが良い」
「はい!ガーベラさん、有難う御座います!」
やはりほんの僅かだけ表情を和らげ、微笑んでくれた。
先輩達からは決して歓迎されてはいないようだった。
魔族という響きは決して良くなかった。
だが、僕としては法国の騎士達と余り変わらない気がした。
その日以降、魔族の騎士達も練兵場で先輩達の指導を始めた。
「…お前も訓練しているのだな」
普段通り練兵場の端で素振りをしていると、ガーベラさんに話しかけられた。
「はい!これが僕の練習日課ですから…!」
向こうでは、魔族騎士達と先輩達の合同訓練の只中だった。
半ば、実戦的な打ち合いが始まっており、並々ならぬ緊張感に包まれていた。
「ガーベラさんも…あちらで指導しないのですか…?」
「他の騎士達で十分だ。
それより、なぜお前まで訓練に参加しているのだ?
無関係なら加わる必要も無いだろう…」
イスターさんからと同じ質問をされた。
「それは…この5年を無駄にしない為ですよ。
案内役のアヤさんに言われたんです」
確かに、自分は手違いで召喚されたのかもしれない。
他の先輩達とは違い、誰からも期待されてないかもしれない。
だが、だからと言って時間を無駄にしてはならない。
元の世界へ戻るまでの5年の間に、勉強して身体を鍛えなさいと。
やはりイスターさんの時と同じように答えた。
「…良い案内役に恵まれたな」
「時々、とても怖いですけどね」
僕の冗談に、一瞬だけ笑みを見せてくれた。
「けど…ガーベラさんは指導の他にも…有るんじゃないですか?」
「何の話だ」
「僕は論外ですけど…。
あそこにいる先輩達の実力の見極めは違うのですか…?」
「…誰からそんなことを聞いた?」
「法国の騎士の人です。
自分達も魔族の人達も目的は同じだって…」
ガーベラさんは神妙な面持ちとなり、暫く口を閉ざしてしまった。
「…その者の申す通りだな。
我々もまた、どの程度の力か見に来たのだ」
「では、僕なんかを指導するよりも…」
「品定めは済んだよ。
人間としては突出しているが、我ら魔族からすればそれなりという評価だ」
「それなり…ですか?」
「大騒ぎする程の傑物では無いな」
異世界からの召喚ともなれば、その実力は未知数である。
場合によっては、この世界の勢力バランスを崩す可能性も有り得た。
「あの者達の伸び代は大きいが、それを含めてもな…。
頑張れば上級魔族くらいにはなるかもしれん。
だがその程度の実力者、我らの本国では数え切れぬほど…」
「戦力としては頼りにならないと…?
じゃあ、仮に凄い力を持っていたら戦争が起きたかも…ですか?」
「ふむ…」
僕の問い掛けに、ガーベラさんは口を閉ざした。
「では、結果的に良かったかもですね。
戦争なんて起きない方が…」
「それは少し違うな。
いつまでも先送りにできる問題でも無い」
「問題…何がですか?」
「今の状況だ、お前も少しは聞いているのではないか?」
戦いが終結して約500年。
表面上は平和な時代が続いているが、実際は薄氷の上の平穏に過ぎない。
神と魔と人。
3つの勢力関係が危ういバランスの上に成り立っている。
決してお互いが共存共栄を望んでいる訳でもない。
神族と魔族は休戦条約を結んでおらず、厳密には今も交戦状態である。
但し、中立である人間達の勢力圏内では不戦が厳命されている。
「この天秤の釣り合いが崩れた時、再び大乱となろうな」
「そ、そんなに深刻な状況だったんですか…?」
「そう、そうなのだが…この天秤が簡単には崩れんのだ」
逆に勢力バランスが崩れる事態が起こり得ないと。
現在、人類を中心にして3勢力は経済的に密接に結びついている。
例えば5王国が有する中央平原の穀倉地帯は、非常に重要である。
仮に戦火に晒されれば、多くの民衆が飢えることになろう。
それは多くの穀物を輸入している魔導王朝も同様である。
仮に魔族が独断で戦端を開いた場合、内外からの反発は必至だ。
下手をすれば王朝の存続にも関わるであろう。
そして、それは神族も全く同じである。
同じく神族が独断で戦端を開けば、全ての勢力を敵に回すことになろう。
それを十分に理解しているからこそ、動けないのだと。
「だからこそ、我々も『答え』を探しているのだ。
どうすれば恒久的な平和が訪れるかと。
代々、先送りしてきた課題をどうすれば解決できるか…」
ガーベラさんの苦悩が僕にも伝わっていた。
この美しい人も心の底では、世界の行く末を憂いていた。
再び大乱となり、多くの人々が犠牲となる時代の到来。
その事態を回避するため、今、何ができるかを。
「だが、安心すると良い。
お前が元の世界に戻るまでの5年程度なら平和が続くであろう」
「僕は…自分さえ助かれば良いという考えは…」
「アキヒトは優しいのだな」
この時、初めて僕の名前を呼んでくれた。
「その心遣いの礼だ。
せめて元の世界に帰るまで、私が剣の指導をしてやろう」
「え、良いんですか?
だって、ガーベラさんは騎士団の中でも偉い人なんじゃ…」
「これが表向きの目的だ、構わん。
それより私の指導は厳しいぞ、覚悟しておくのだな」
「は…はは、お願いします…」
口調は厳しかったが、丁寧に指導してくれた。
普通の人間の僕に、剣の持ち方や振り方を分かり易く教えてくれた。
神族のイスターさんとは性格が正反対な気がした。
だが、2人とも僕には親身になってくれる優しい人達だ。
そしてふと思う。
将来、社会情勢が変われば2人が敵対するのかと。
生命を賭けて戦う日が、もしかしたら到来するのかと…。
僕は無力を噛み締めていた。
今まで無力である自分をなんとも思わなかった。
だが、産まれて初めて力が欲しいと思えた。
そんな哀しい時代の到来を防ぐだけの力を。