第56話 『 道が開けた日 』
10月11日早朝
この世界の大陸にも秋が近づいていた。
日中はまだ日差しは強いものの、夜明け前の朝方は冷たい風が吹く。
「アヤ姉に感謝しないとね」
白いマフラーを首に巻いて暖を取り、遠く離れたボーエン王国の少女に感謝の言葉を呟いた。
キヤリの街から少し離れた空き地。
ラーセン商会の者達とシーベルに見送られ、アキヒトとシロは出立しようとしていた。
「指示された通りに持ってきたが…」
「わざわざ有難うございます」
商会の使いがアキヒトに2日分の保存食と仮眠用の毛布を渡した。
「重ねて、今まで有難うございます。
皆さんには御世話になりました」
渡された食料と毛布を手に持ち、深々と頭を下げてお礼を言った。
ガーベラ・イーバーの処刑執行は明日に迫っていた。
朝都インダラはまだ遠く、これまでと同じペースでは決して間に合わない。
だからアキヒトは残りの行程を不眠不休で進むことに決めた。
後はケーダの指示された経路をひたすら進むのみ。
現地の協力者達と顔を合わせるのはこれが最後となる。
その中でラーセン商会の支店を任される人物がアキヒトを止めようとした。
「本当に行くのかね?
私自身、ガーベラ様は大変惜しい方だと思う。
しかし君が行ったところで…もう…」
「はい…お心遣いは嬉しいのですが…」
「君は今まで王朝領内に入ってから、幾度となく戦ってきた。
だが、犠牲者は誰一人出なかった。
王朝に住まう者として君の優しさは本当に嬉しく思う。
最初の約束通り、この魔導王朝の人々を大切に扱ってくれていた。
だから言わせて貰うよ。
今ならまだ間に合う、引き返しなさい。
こんなこと言っては商会の支店長として失格かもしれないがね。
魔導王朝軍も君が大人しく領内から出ていくのなら何もしないだろう。
ケーダ様からは命令を受けているが、君みたいな少年が死ぬのは見たくない。
ガーベラ様を惜しむ気持ちはよく分かるが、だからといって君まで…」
アキヒトとは親子ほども離れた年齢の男性である。
今はラーセン商会の一員ではなく、1人の年長者として口を開いていた。
「有難うございます…。
ですが、それでも僕は行かなくてはならないんです」
「なぜなの?」
2人の会話にシーベルが割って入った。
「もう私はアキヒトを止めない。
止めても無駄だから。
けど、理由を聞かせてくれる?
なぜそこまでしてガーベラ様を救いに行くのか」
「それは…兵団長でない僕を必要と言ってくれたからです」
「兵団長でないアキヒト…?」
「兵団の無い頃の僕なんて何の取り柄も無い普通の人間でした。
ですが、そんな普通の人間の僕を必要としてくれたんです。
兵団長で無ければ、いずれ僕を魔導王朝に誘ったと…。
いずれは仕事を手伝って欲しかったと言ってくれました。
ガーベラさんは…兵団長でない僕に期待してくれていたんです」
「素のアキヒトを見ていたんだね」
「はい、そんな凡人の僕を見捨てずに面倒を見てくれました。
そして期待までしてくれました。
だから助けたいと思うのですが変でしょうか?」
「うぅん、それで良いと思うよ。
ガーベラ様を大切と想うなら助けに行くのは当然。
けど私の約束は?」
「え…何でしたっけ」
「やっぱり忘れてる。
お土産、一緒に買いに行く約束」
「あ…すみません、すっかり…」
「ガーベラ様、助けた後で行こうね」
「それは…その…」
これから死地に向かうアキヒトには何も約束が出来なかった。
戸惑っているとシーベルが顔を近づけ…アキヒトの頬に柔らかな唇が触れた。
「…おまじない」
「こ、これって…」
「これで死なずに済む。
終わったら私にもお土産買ってね」
朝日が差して、明るくなれば人の顔も見えてくる。
シーベルは眩しい笑顔で元気付けてくれていた。
「…はい、必ず!それでは行ってきます!」
ダニーに乗り込み、兵団の駐屯地へと駆けていった。
キヤリの街より南西15km地点。
民家も無い広々とした草原に敗残兵団の機動兵器群が身体を休めていた。
ラーキ大公の軍勢を始めとする魔導王朝軍との戦いで、無傷の兵種は一つも無かった。
各兵種には特殊なナノマシン自己修復機能が稼働していたが快復には間に合わない。
シロは損傷の激しい兵種をダウリ平野に置き去りにした。
現在の兵団戦力を以下に示す。
アパルト級 1基(損傷軽微)
ガリー級 1基
インガム級 3基
クダニ級 27基(5基小破)
まだ朝都までの道のりは遠い。
処刑日を明日に迎え、王朝守備軍は死に物狂いで迎撃してくるだろう。
なのに兵団戦力は大幅に減少している。
「行こうか、シロ」
「あぁ」
兵団が西へ進み始めた。
朝日を背中に浴びながら、32基の兵団が王朝領内を全速で突き進んでいく。
「奴等…本気かよ…」
早期警戒クダニで兵団の周囲200km圏内を索敵した。
範囲内の侯国から守備軍が全て発進していた。
1軍が約1万余。
索敵した範囲内だけで6侯国。
間違い無く範囲外の侯国守備軍も動き出しているのだろう。
だが、アキヒトは引き返そうとしなかった。
「シロ…有難う」
「気にすんな」
王朝守備軍の反応は多数…敗残兵団は強引に、その中心を突き抜けようとしていた。
「……なんだ?」
シロが驚いていた。
「なぜだ…なぜなんだ!?何が起こってるんだ!」
早期警戒用クダニから随時送られてくる索敵情報に、シロが困惑していた。
索敵情報は知覚共有されアキヒトにも確認できた。
「嘘…これって…」
各侯国に配備されていた全ての守備軍が南下を始めていた。
どの軍も敗残兵団の存在を無視するかのように、南へ進路を向けて移動していく。
本来、交戦を想定された王朝領から全ての兵員が姿を消していった。
「反応!1つ、近づいてきたぞ!」
兵団の右前方に王朝守備軍が迫っていた。
だが兵団へ接近したのではなく、その守備軍も南下して丁度進路が重なっただけだった。
「この兵団の責任者に会いたい!」
進路が重なった守備軍から、司令官らしき人物と数人が兵団へと駆け寄ってきた。
「はい、僕です!
兵団長のアキヒト・シロハラと言います!」
「私はバーケ侯国の守備を任され、侯爵位を賜ったケラである!
少年よ!
この先も王朝民を傷つけないと約束できるか!?」
「は…はい!」
「ならば行くが良い!
その言葉、信じよう!」
「な、なぜなんですか!
なぜ僕を見逃してくれるんですか!?」
「貴様を見逃すのではない、緊急事態なのだ!
我々は急ぎ、南へ向かわねばならん!」
「他の守備軍も南に向かいましたが、何が有ったんです!?」
「グーニ大公よりの要請だ!
南方諸侯連合が大軍を繰り出してきた!
我々はその援軍に向かわねばならん!」
昨日の10月10日。
タール平原にて、虎人族陣営に目を疑うような変化が起きていた。
続々と南方諸国からの援軍が集結し、虎人族の陣営が時間と共に膨れ上がっていく。
正確な動員数の算定は不可能。
経験豊かな斥候達や歴戦の将軍達の意見から、最低でも40万以上と見積もられた。
しかも中には竜人族や狼人族といった有力部族まで確認されている。
更に集結した者達は部族でも選りすぐりの猛者と報告される。
先日まで虎人族の陣営周辺は、南方諸侯連合軍で文字通り埋め尽くされていた。
余りにも膨大な兵員数で地の果てが見えない。
広大なタール平原が埋め尽くされたような錯覚に襲われた。
対する南方戦線へ投入された魔導王朝軍は10万足らず。
この日、総司令官グーニ大公の名により、王朝本国の各守備軍へ援軍の命令が下された。
『南方諸侯連合軍は最低でも40万!
対峙する我が魔導王朝軍は10万!
この国難を打破すべく、諸君らの力を借りたい!』
呼応した各侯国の守備軍は一斉に動き出した。
守備の任務よりもグーニ大公の援軍命令を優先して南下を始めた。
『貴公等は責務を放棄するのか!』
朝都インダラの王朝軍務省内に設置された総本部から、軍を率いる侯爵達に詰問がなされた。
『我々は王朝の防衛の任を帯びておる。
今は大公殿下からの御命令により南方戦線の援軍に赴くのだ。
これも立派な王朝防衛の任であろう。
貴公等こそ何を以って責務を放棄と申すのか理解に苦しむ』
侯爵達は口を揃えてグーニ大公の命令を盾にした。
一方、南下しない侯爵達も存在した。
『貴公等は後背から攻めよ!』
『我々は王朝の防衛の任を帯びておる。
ここを離れて、万一神族達から攻められたら如何とする?』
既に兵団が通り過ぎた魔導王朝東部一帯の侯国だった。
軍務省から兵団の背後からの追撃を命じられたが、自国防衛を盾に兵を出さなかった。
「我々も大公殿下の命により、南へ向かわねばならん!」
「はい、ご武運をお祈りします!」
「それから、これは独り言だが…ガーベラ様をよろしく頼む」
ケラ侯爵は僅かにだけ言葉を残し、兵団の前から足早に去っていった。
「…行こう、シロ!」
「あぁ、全速で行くぜ!」
敗残兵団の全速前進が始まった。
途中、他にも守備軍を任された侯爵達から呼び止められた。
そして例外無くガーベラのことを頼まれた。
彼等の一人一人が魔導王朝の未来を憂いていた。
彼女の存在を、侯爵達の誰もが必要不可欠と知っていた。
『少年に任せるのは情けないと承知しているが敢えて頼む』
『帰りに俺の領地に寄れ、御馳走してやる』
『流石はガーベラ様の教え子だな、根性が違う』
南へ進む王朝守備軍が、すれ違い際に兵団へ手を振っていた。
多くの人達がガーベラ助命の希望をアキヒトに託していた。
兵団は迎撃を受けることなく進軍速度を上げた。
「…やるじゃねぇか」
ラーセン商会支店の会議室で、シロはケーダに賞賛の言葉を贈らざるを得なかった。
「今回のは偶然上手く行っただけだよ、不確定要素も多かった。
ボク自身、ここまで良い結果になるとは思ってもみなかった」
「だから白々しい謙遜は止めろよ」
「何はともあれ、期日までに朝都へ辿り着けるという約束は果たせそうだね。
しかし…ここからが本当に大変だよ?」
朝都インダラには温存された戦力が10~20万。
大公6人の在住が確認。
そして――
「何とかするしか無ぇだろ」
シロも困難は承知していた。
兵団は日が暮れても進み続けた。
ケーダからの指示に従い、王朝領を全速で突き進んでいく。
皮肉なことに、兵団の兵力減少が進軍速度の上昇にも繋がっていた。
シロはアキヒトをダニーの中で寝かせた。
本心では何処かの宿のベッドの上で休ませたかったが、今はそうするしか無かった。
揺れるダニーの中でアキヒトは目を閉じた。
暗闇の中、敗残兵団は西へ西へと進む…。
「――アキヒト」
「ん…?」
「起きろよ、アキヒト」
背中の方が…東の空から眩しい朝陽が差し込んでいた。
アキヒトの視界――遠く離れた地平線の彼方に何かが見える。
「あ…あれは!?」
文献では、大陸歴300年代初頭で既に都市が存在したとされる。
この大陸西部一帯の中心部となった都市。
早期から政治、経済、文化の主要人物、主要施設が集合していた。
この中枢を守るべく都市は全長30kmにも及ぶ長大な城壁で囲まれている。
人口200万。
この世界では人口100万を越える都市は稀であり、如何に規模が巨大かが伺える。
魔導王朝宗主ヴリタラは600年前に、この地を都と定めた。
8人の腹心達と共に、此処を拠点と定めてパラス神聖法国との戦いを始めた。
ヴリタラ魔導王朝の中心都市
遂にアキヒトと兵団は朝都インダラへ辿り着こうとしていた
次回 第57話 『 朝都インダラ攻略戦 』




