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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦 ヴリタラ魔導王朝攻略
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第55話 『 兵団長疲労 』


10月9日夜半

ラーキ大公との戦いの後、再びアキヒトは意識を失って倒れた。

チャトナから西の城塞都市シプールにてラーセン商会の取り計らいで医師の診断を受けた。


「一体この少年は何をしたんだね?

 脳神経が極度に衰弱しておるようだが…」


治癒魔導にも通じた医師に依れば病の類では無いという。


「何をしたかまで詮索はしないが、余り無理をせぬことだ。

 人の頭というのはな、多少の負荷を掛けるのは良いことなんだ。

 勉強をしたり仕事をしたり、そうした適度は負荷は脳を活性化させてくれる。

 だが、過度の負荷を強引に掛け続けては障害が残りかねん。

 この少年は無意識のうちに自己防衛的に意識を喪失したのだろう。

 それで自らの脳への負荷を遮断したんだ。

 それだけ危険な状態だったと思って欲しい。

 悪くすれば生命の危険に関わっていたかもしれん…」


商会より多額の礼金を受け取っており、深くは尋ねようとしなかった。

命に別状は無いと診断されたが、これ以上の無理は医師として認められないと忠告された。


シプールの宿の一室のベッドにアキヒトは横たえられていた。

ダニーの搭乗席で気を失って6時間以上が経過し、未だに意識は戻らない。


傍らでシーベルが濡れたタオルをアキヒトの額に乗せ換えていた。


「アキヒト、どうしてこんなに…」


「情報量が処理しきれず頭の中がパンクしたんだよ。

 基本的に人間の脳は人間の身体を動かすための容量しかない。

 しかしアキヒトは大型機動兵器の身体の全知覚を自分の脳で処理してしまったんだ…」


「どういうこと?」


「小さな川に大きな川の水をそのまま流し込んで氾濫したというか…。

 1リットル瓶に10リットル分を詰め込んで破裂したというか…。

 2人部屋に100人押し込んで満杯になったというか…。

 それだけ無理をしたってことだよ」


「なぜ、そんなことを…」


「でないと勝てなかったからさ」


シロの評価戦闘値で換算すると大公ラーキはアパルト級の1.5倍。

知覚融合でアパルト級の戦闘力は2倍に増加と予測され、事実アキヒトは勝利した。


「だが、悪いことばかりじゃない。

 これで回復すればアキヒトにも耐性が付いている筈だ。

 強引なやり方だが、大幅に成長している。

 本当は少しづつ慣らしていきたかったんだがな」


「けど、お医者さんもこれ以上の無理は禁止って…」


「それを決めるのはアキヒト自身だ。

 進むのも退くのも決めるのは俺でもお前でも無い」


おそらく朝方までには目が覚めるだろうとシロは推測する。


「また、あの大きな魔獣と頭が繋がるの?」


「必要が有ればな」


「アキヒト、頭が破裂するよ…」


「…かもな。

 俺としたことが後悔ばかりだ。

 もっとペースを早めてアキヒトを鍛えておけば…。

 今更嘆いても何にもならないがな…」


「アキヒトは普通の人間だよ?

 うぅん、どんな人間だろうと、あんな大きな魔獣と頭が繋がったら…」


「そんなこと無いかもしれないぜ」


「何が?」


「世の中には凄い奴がいるかもしれないってことだ。

 どんな大型機動兵器だろうと、易々と知覚融合して自在に動かせるような奴がな。

 しかもそれが全く負担にならない。

 どれだけ膨大な知覚情報でも高速且つ正確に制御処理可能な頭脳の持ち主。

 あの巨大な身体をまるで自分の手足のように扱える人間だ」


「そんなの人間じゃない。

 化け物だよ」


「あぁ、そうかもな…」


更に6時間後。

まだ夜が薄暗い明け方にアキヒトの目が開いた。

最初にぼんやりとした視界に入ったのはシーベルの姿だった。


「シーベルさん…」


「大丈夫?」


「は…はい……少し疲れただけですから」


「嘘…かなり疲れてるでしょ」


ここ数日、傍らで見ていたシーベルも体調の異変には気付いていた。


「すみません…けど、僕は行かなくてはならないんです。

 シロ、予定よりどれくらい遅れてる?」


「2日前のケーダの指示地点から約4時間ってとこだな」


「よし、15分後に出発しよう。

 シャワーだけ浴びてくるから兵団の発進準備を」


「分かったぜ」


ベッドから降りて立ち上がり、大きく背伸びをした。


「シーベルさんこそ少し休んでくださいよ。

 ずっと僕の看病をして疲れたんじゃないですか?」


「私なら大丈夫」


「何を言ってるんですか、目の下に隈が出来てますよ。

 折角の美人が台無しです」


それ以上は疲れも見せず、弱音も吐かなかった。

笑いながらシャワー室に入っていく後姿を見ていてシロは思う。


ほんの少しだけだが、アキヒトの背中が大きくなったと。



10月10日

ガーベラ処刑が2日後に迫ったこの日も、魔導王朝守備軍と交戦した。

少しでも遅れを取り戻すべく早朝から兵団は発進したが、完全に捕捉されていた。

西進してキヤリ地方の手前で守備軍2万と衝突した。

からくも退けたものの、この日は1戦したのみでアキヒトの体力は限界を迎えていた。



「これじゃ、間に合わねえぞ…」


ラーセン商会支店の作戦会議室で、クダニ越しにシロはケーダに零していた。


「仮にだ、当初の日程通りに動けていたとしても無理だぞ。

 まだこの先に王朝守備軍は多数配備されてやがる。

 それを全て撃退して2日後に目的地なんて絶対不可能だ」


「まぁね」


「しかも今日は予定の半分も進んでない。

 アキヒトの体力も限界だ。

 キヤリの宿で休ませているが、明日までは動けそうにないぞ」


「じゃあ、明日まで休んでいれば良いさ」


「お前は何を考えているんだよ…」


言葉通り、シロにはケーダの思考が予測できなかった。

まだ王朝守備軍の壁は厚く立ちはだかっているのに、残された時間は余りにも少ない。


「もう一つ、悪い知らせがある」


「なんだい?」


「この前の大公との戦いで戦力がかなり減った。

 大破もしくは中破した兵種は、ダウリ平原とかいう所に置いておいた。

 現有戦力は以前の3分の2ってところだな。

 目的地の朝都には、どれくらい王朝軍が配備されてるんだ?」


「10万とも20万とも。

 それから現在、大公の方々が6名ほど在住が確認されている」


「…どうしろってんだ?

 他の大公も昨日戦った奴と同じくらい強いんじゃねぇのか?

 只でさえ減った戦力で、そんな連中6人とどう戦えってんだよ」


「それだけじゃないさ、大公より強い宗主が控えている」


「おい!」


「不満なら退くかい?」


何もかも見透かした余裕の表情で、ケーダはクダニ越しのシロを見ていた。


「君がそう言うなら、今からアキヒトを起こして訴えてはどうだい?

 今回の魔導王朝攻略は絶対に無理だと。

 だから今のうちに反転して引き返そうとね」


「言えるわけ無ぇだろ。

 俺はアキヒトに何処までも付き合うだけだ」


「じゃあ、それで良いんじゃないかな」


「だがよ、流石にガーベラが処刑されてからではアキヒトも進まないと思うぜ」


地図上の兵団と朝都インダラの距離は、まだかなり開いていた。


「2日後に処刑は間違い無いんだよな?」


「それは間違いないよ。

 予定通りで早めることも遅れることも無い。

 もし早めて処刑したら、君達が原因で予定を変更したと世間に思われかねないからね。

 兵団の到着を恐れてガーベラ様の刑執行の日程を前倒しした。

 …なんて風聞、魔導王朝側は決して我慢ならない。

 同時に延期することも無いと思うよ。

 ガーベラ様は法に従って法に裁かれるのだから」


「その2日後に間に合うのかよ」


「さて…」


「お前の経路に従えばガーベラの処刑までに辿り着くんじゃなかったのか?

 俺達はそれを信じていたんだぞ」


「まだ結果は出ていないさ。

 とにかく今はアキヒトを休ませておいて欲しい。

 明日になれば状況は変わる…そう、変わる筈なんだ」


どちらにしろ、兵団は他に選択肢が無かった。

ケーダ・ラーセンの指示された経路に従い、前に進むしか無かったのだから。




「……ぅ…」


急遽ラーセン商会にキヤリの宿を手配され、再びアキヒトは寝込んでいた。

強がってはいたが、これまでの疲労は想像以上に蓄積されていた。


「アキヒト…」


ベッドの傍らでシーベルがアキヒトを介抱していた。

うなされて汗ばむ額をタオルで拭き取り、不安な表情で見つめていた。


「兄さんは頭が良すぎて時々心配になる…。

 アキヒトは頭が悪すぎて心配…」


「酷ぇこと言うなよ。その通りで否定できねぇが」


「そう…今まで見た男の中で一番馬鹿…。

 こんな身体になっても諦めないなんて…」


「そう、コイツは大馬鹿だ。

 でなけりゃ、俺がダチ公なんかになるかよ」


シーベルが空いた手をアキヒトの手に重ねると優しく握りしめた。



「今日はもう無理だな…」


既に日程は遅れていたが、これで益々朝都への道のりは遠くなった。

これまでの行程から考えれば、朝都インダラまでの距離は絶望的である。

まだ前方には無傷の守備軍が多数控えており、間違いなく迎え撃ってくるであろう。

更に今のアキヒトは限界に達しており、本日の進軍は不可能。


実質的には明日一日で残りの行程を踏破せねばならない。


「…不可能だ」


全速力で兵団が進軍すれば時間までに朝都インダラへ到達するかもしれない。

無人の野ならば、それで間に合ったのだが。


ガーベラの処刑執行まで残り2日。


だが、朝都インダラまでの道のりは余りにも遠かった。


次回 第56話 『 道が開けた日 』

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