表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦 ヴリタラ魔導王朝攻略
54/134

第52話 『 大公出陣 』


10月8日夜。

朝都インダラ中央部に所在する王朝外務省庁舎。

同敷地内に設けられた別館は大公を交えた会談や会議活動に利用されていた。

また公には知られていないが、この別館には高官用の宿泊施設が存在した。

その奥まった一室。

普段は誰一人近寄りさえしない区域の部屋に明りが灯っていた。


部屋の中にはベッドと書斎机。

装飾品は皆無で窓すら設けられていない。

割と広めの間取りだが、それが余計に閑散とした感を増していた。


ガーベラはただ一人、机に向かって自領の者達へ手紙を宛てていた。

刑の執行まで残り4日

それまでに並行して領地経営の引き継ぎに関する書類も作成していた。


コン…コン…


扉をノックする音が僅かに響いた。

ガーベラには瞬時に2つの疑問が湧いた。

1つは時間帯。

食事や着替え等の世話役が訪れる時刻は定められていた。

それ以外で、しかも夜半に誰かが来訪するなど通常では有り得ない。

2つはノックの音。

非常に小さく無音の室内でガーベラがようやく聞き取れる程度の加減。

明らかに周囲を警戒しての行為であった。


「入れ」


返事をすると、扉を開けて姿を見せたのは全身が黒装束の男。

頭部を覆っていた布を剥がすと、見知った男が顔を見せた。


「貴様は…!」


「よう、できれば囚われのお姫様を助けに来たかったな」


黒装束のイスターが不敵な笑みを浮かべていた。


「こ…こんな所になぜ!?」


「一度、インダラの店に遊びに来たかったんでな。

 以前から魔導王朝の綺麗どころが揃っていると聞いていた。

 噂通りで目移りしたぜ、遠くまで来た甲斐が有ったってもんよ!

 …で、機嫌が良いのでついでだ。

 国に裏切られた哀れな女騎士を助けに来てやったんだよ。

 俺の機嫌を良くしてくれた店の女達に感謝するんだな」


「冗談を申している場合か!

 ここは魔導王朝の中枢部なのだぞ!?

 お前なぞ、見つかったら只では済まぬ!」


「その通りだ、見つかる前にずらかるぞ。

 今なら警備も緩いからな」


「…待て。本当に私を助けに来たのか?」


「当たり前だ!でなけりゃこんな所まで来るかよ!」


「駄目だ…私は行けない」


「忘れ物でもしたのか?

 何なのか知らんが今は時間が惜しい、あきらめろ」


「違う、私は誇り高きヴリタラ魔導王朝の騎士だ。

 ならば騎士として…王朝の一員として法の裁きを受けねばならぬ」


「…ハァ?」


「何が有ろうと、私は王朝を裏切れはしないのだ。

 最期の最期までこの国の為に生き、この国の為に死ぬのが…」


「馬鹿野郎!いい加減目を覚まさねぇか!!」


周囲の警戒も完全に忘れてイスターが激昂していた。


「どんなに忠誠を尽くそうがな、国なんてモノは決して応えてくれねぇよ!

 何が誇り高き魔導王朝だ!

 そんなモノ、犬だって食わねぇぞ!」


「き、貴様のような神族風情に何が分かる!

 我等魔導王朝を侮辱すると、それこそ只では済まさぬぞ!」


「分かるから言ってんだよ!

 中身が腐ってんのはパラス神聖法国もヴリタラ魔導王朝も同じだ!」


イスターは忌々しげに舌打ちをした。


「俺はな、可愛げの無い女は嫌いなんだよ…!

 女なんてのは、家で綺麗に着飾って美味い飯作って男を待ってるのが一番だ!

 なのに女だてらに戦場に出てくるお前なんぞ見てると反吐が出る!

 だがな、お前の一番ムカつくのはそこじゃ無ぇ…!

 自分の国を純粋に信じ、美化し過ぎている所だ!」


果たして同一人物なのであろうか。

ボーエン王国城塞都市で時折顔を合わせた軽薄な神族騎士とは思えない。


「アキヒトがな、前に俺とお前が似ていると言ってた。

 ムカつくんで肯定しなかったが、俺にも心当たりがあったよ。

 お前はな、俺のガキの頃と同じなんだ!

 誰よりも国を愛し、忠誠を捧げるのが最大の美徳だと思っている所がな!」


「貴様は…」


「そうさ、俺だって昔はパラス神聖法国が大好きだった!

 神聖法国に産まれた自分が何よりも誇らしく、幸せだと思ってた!

 この世界で最も大切な、命を捨てても守らなければいけない存在だと思っていた!

 だがな、大人になれば見たくないモノまで見えてくる!

 パラスの神々の信仰を盾にして、やってることと言えば醜い内輪揉めや金儲けだ!

 何が神の代理人だ!

 あんな国こそ神罰が落ちて何もかも滅びろってんだ!」


溜まっていた鬱憤を吐き出したのか、少しだけ治まっていた。


「この前、アキヒトが討伐したケート山賊…。

 あれだって裏で糸を引いていたのはパラス神聖法国だ。

 目的は大陸平原同盟とヴリタラ魔導王朝の間の通商破壊だ、分かり易いぜ。

 どんな綺麗に建前を飾っても中身はそんなモンさ。

 そして中身が腐ってんのは魔導王朝だって同じだ。

 その証拠に、誰よりも愛国心に溢れるお前がこんな所に幽閉されてんだからな。

 国なんて何処も同じだ…そう、何処も変わりはしねぇよ…」


この時、ガーベラにもイスターという人間がようやく理解できた。

彼もまた自分と同じく国を愛していた騎士だったと。


「…能書きはこれくらいにしておくか。

 さぁ、時間が惜しいし行くぞ」


「貴様の気持ちは嬉しいが、やはり私には行けん。

 ここで逃亡すれば後に残される領地や家臣達に迷惑がかかる…」


「勘違いすんな、お前の命なんて俺にはどうでも良いんだよ。

 アキヒトの命を救うにはこれしか無いってだけだ」


「…今、なんと申した?

 なぜアキヒトの命を救うのに私が必要なのだ」


「お前…もしかして知らなかったのか?

 アキヒトが今もここに向かって、兵団を進めて王朝軍と戦っているぞ」


「な…なんだと!?

 そんなこと聞いておらぬぞ!

 今、アキヒトは何処まで進んでおるのだ!?」


「今日の夕方、バングーを突破したと知らせが入った。

 随分進んだが今ならまだ引き返せる」


「馬鹿者!お前が付いていながら、なぜ止めなかったのだ!

 私のことはどうでもいい!

 今すぐに行ってアキヒトを止めるのだ!」


「俺にとってはどうでも良いが、アキヒトにとってはお前は重要なんだよ。

 間違っても見殺しなんてアイツができるわけねぇだろ。

 だから引き返させる手段は一つしか無ぇんだ。

 それがここから連れ出す理由だな。

 ムカつくがお前を救い出せば、アキヒトも兵団を反転させて撤退するだろう。

 アイツの目的は魔導王朝を攻め滅ぼすことじゃないからな。

 お前さえ無事と分かれば戦う必要なんて何処にも無いってことだ」


「し、しかし…私は…」


「早く決めろ。

 1日、1時間遅れるだけでマズいことになる。

 この俺がな…1番恐れてるのがお前達の宗主サマだよ」


今、このインダラの宮殿奥深くに棲んでいる"魔王"と呼称される人物。


「これは俺の考え過ぎかもしれねぇんだけどよ…。

 このままアキヒトが進んだら、魔導王朝の宗主サマとも戦う可能性も有る。

 アイツのことだ、お前の為に勢いで直談判もしかねない。

 そうなると交渉決裂で衝突する場合も有るだろ。

 だからそうなる前に引き返さないと本当にマズい。

 万が一にでも戦い始まったらお終いだ。

 いくらアイツの兵団が強くたって、"魔王"には絶対に勝てねぇよ。

 そして一度戦ったら降伏は決して認めねぇ…。

 俺はそう聞いているぜ?」


「馬鹿な…!アキヒトが宗主様と戦うなど!」


「だから早く逃げ出すんだよ!

 お前だってどうなるかくらい想像つくだろ!?」


カチャ…


その時、部屋の扉のノブが回された。

イスター自身、周囲の警戒を怠っていた訳では無い。

全く何の足音も気配も無く、何者かが部屋の前にまで接近していた。


「…話は聞かせて貰ったよ」


姿を現したのはガーベラの主、ラーキ大公であった。


「もしかして俺の侵入に気付いてたのか…?」


「いや、全く気付かなかった」


「なるほど…この部屋、何か魔導探知器が設置されて…」


「神族の騎士よ…。

 こんな真夜中に騒げば誰でも気付くと思わないか?」


呆れた物言いのラーキ大公に敵意も殺意も無い。


「貴様…噂に名高いパラス神聖法国のイスター・アンデルだな?

 インダラ中枢にまで侵入する度胸だけは褒めてやろう」


「大公殿下にまで知られ渡っているとは光栄だな…」


「私のことを知っていたのか?」


「大体察しはつくさ、この女の主人だろ。

 それで、どうするんだ?

 俺を捕えるか…それともこの場で誅殺するか…?」


イスターが腰を下げ、重心を低くして身構えた。

だが、ラーキ大公は目もくれずガーベラの方へ関心が向いていた。


「ガーベラよ…この者と一緒に逃げるが良い」


「そ…そんな!?」


「済まぬが、私の力ではお前を減刑してやれぬ。

 宗主様は一度お決めになったことは決して撤回せぬ御方だ」


「しかし私が居なくなれば皆に迷惑が…」


「処刑は非公開だ、何とでも誤魔化しは利く。

 残される家臣や領地の者達にも決して悪くはしないと約束しよう。

 それより私もお前には生きていて欲しいのだ。

 王朝の功臣の娘をむざむざ死なせる訳にはいかん。

 お前の父には、本当に数多くの場面で助けて貰った。

 不甲斐ない私にできる精一杯の報いだ。

 もう二度と会うことは無いだろう…何処か人知れぬ遠い土地へ行くと良い。

 王朝のことは忘れて一人の女として生きるのだ。

 大公では無い…私個人としてお前の幸せを願っているよ」


「殿下…勿体ないお言葉…しかし……それでも私は…」


ラーキ大公に促されてもガーベラは決意が定まらずにいた。


「神族の騎士よ…執行前にもう一度ここへ来て欲しい。

 それまでに私からガーベラを説得しておこう。

 彼女も突然で気持ちの整理がつくまい…。

 誰だろうと簡単に国など捨てられないモノだ。

 君もそうだったのではないか?」


問いには答えず、イスターは背を向けた。

そして扉から出ていく直前に、短く言葉を残した。


「また来る、それまでに準備しとけよ」


黒装束の神族騎士は暗闇の中に消えた。



「殿下、申し訳ありませぬ…」


「お前は今までよく働いてくれたのだ、この程度構わぬ」


「それから今、神族騎士が申しておりましたが少年の兵団が王朝領内に?」


幽閉中のガーベラは意図的に外界との接触を禁じられていた。

特にアキヒトの侵攻に関しては箝口令が敷かれていた。


「本日、バングーを突破したと…本当なのですか?」


「あぁ…守備軍が撃退された。

 幸い我が王朝に犠牲者は出なかったが…。」


「殿下…このガーベラ、最期のお願いで御座います。

 どうか少年を…アキヒトを止めてくださいませ。

 このまま進んでは、それこそ取り返しの付かないことに…。

 今なら…今ならまだ引き返せます!」


「うむ…」


「既に私は刑を受ける覚悟は出来ております!

 今更、この身がどうなろうと、命など惜しくはありません!

 ですが少年を道連れにだけは絶対にできません!

 お願いです、殿下…!

 このガーベラの…最期の願いをお聞き届け下さいませ…」


これだけ魔導王朝に忠誠を捧げた騎士である。

大公が許したところで、先程の神族騎士に連れられて逃げるとは思えなかった。

間違いなくガーベラは魔導王朝の法に従い刑を執行されるであろう。

ならば、これが彼女の最期の願いとなるであろう。


「…分かった。

 お前の願いを聞き入れよう。

 今からこの私自らが軍を率いて、少年の兵団を止めてみせる。

 少年の処遇については安心するが良い。

 お前の教え子だ、決して悪いようにはせぬよ」


「有難うございます…」


ガーベラが涙を流しながら主の情けに感謝していた。



この夜、ラーキ大公の名により緊急招集が下された。

朝都インダラに駐留するラーキ大公直属の騎士団と将兵達。

兵団の侵入により先日から警戒態勢に入っており、軍の動きは早かった。

夜を徹してラーキ大公は麾下3000余の兵を率いて、東へと駆け抜けた。

疾風のような進軍速度に脱落者が続出した。


9日早朝、ラーキ大公と300名の部下が城塞都市チャトナへ到着。

敗残兵団が駐留するバングー地方から西隣の要衝である。

そこから西進してインダラへ向かう場合、この周辺を通過しなければならない。


ラーキ大公はそこを本陣と定めると、周辺の侯爵へ参陣を命じた。

既に周辺守備軍は兵団を迎撃すべく出兵の準備は整っており、行動は早かった。

5人の侯爵を傘下に加え、総兵力は5万を越えた。


「良いか!?

 ここから先には一歩も進ませてはならん!」


今までの守備軍とは違っていた。

大公自らの出陣とあれば、誰もが気を引き締めざるを得ない。


そもそも実戦闘で8人の大公達が出撃するのは稀である。

500年前の大戦以来、魔導王朝は全く戦いが無かった訳では無い。

中央平原での神聖法国との小競り合い、南方戦線での虎人族との争い。

しかし大公自らが出ることは無かった。

ただ、古参の者達は知っている。

大公御一人の強さは一軍に匹敵すると。

強大な身体能力を誇る魔族達の頂点に立つ理由は、単純な強さに他ならない。


アキヒト率いる兵団は魔導王朝の伝説の一端に挑もうとしていた。


次回 第53話 『 兵種知覚融合 』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ