第50話 『 南方諸侯連合動く 』
前述したが、大陸の南部には亜人国家が乱立している。
その中の一つ、虎人族は昔から魔族と勢力圏が接していたために争いが絶えなかった。
人間と外見は変わらない魔族だが、非常に身体能力は高い。
その身体能力の高さこそが、古来より魔族と呼ばれる所以であろう。
対して虎人族は巨躯が体毛で覆われ、頭の上に耳、強力な牙と爪を持っていた。
身体能力は魔族以上に高く、単純な肉弾戦ならば引けを取らない。
だが魔族は強力な武具や魔導士達の魔法支援も有り、両軍の戦いは5分と5分であった。
その均衡が1年半程前に崩れた。
魔導王朝軍の中に突然配属された年若い女騎士。
『魔族どもも人がいないと見える!
まさか、あんな小娘を騎士団長に据えるとはな!』
虎人族の惨敗だった。
全員、体調が悪かった訳でもない。
戦場となった平原で打ち合い、全力で突進し、駆け回り、気付いたら囲まれていた。
流石の虎人族勇者も数の差には勝てず、魔族の虜となった。
囚われの身となった自分達の前に現れたのは若い娘だった。
『戦士に対する礼儀は心得ておる』
娘はそう言うと、虎人族の捕虜達を丁重に扱った。
食事、衣類、寝床まで最大限の便宜を図ってくれた。
『将軍のご高名は伺っております、お会いできて光栄です』
たとえ捕虜でも地位の高い者には目上として接していた。
それが逆に虎人族の誇りを粉々に打ち砕いてしまった。
捕虜交換で自陣に帰ってきた時、同じ虎人族将軍職から思い切り罵られた。
『貴様らソレでも誇り高き虎人族か!
あんな小娘一人に良いようにやられおって!
この俺達の活躍を見ていよ!
あの魔族の小娘を今日の戦の手柄首にしてくれるわ!
楽しみに本陣で待っているが良い!』
次に本陣へ姿を見せたのは捕虜交換式の後だった。
それから一人、また一人と要職の将軍達が小娘に生け捕りにされた。
誰もが一騎打ちでは負け無しの猛者達である。
更に虎人族達の誇りを損じたのは、余りにも不平等な捕虜交換式であった。
魔導王朝側の虎人族捕虜 500名以上
虎人族側の魔導王朝捕虜 98名
如何に数字に不得手な虎人族でも、両者の違いは理解できる。
しかも虎人族捕虜の中には将軍職まで含まれていた。
『捕虜が多すぎると費用もかさんで困る』
『魔導王朝兵士98名と虎人族兵士500名の価値は同等』
敗戦に次ぐ敗戦と戦線後退に屈辱的な捕虜交換。
遂に虎人族の長達がキレた。
『あの小娘を何としても捕えろ!
絶対に殺すな!生かして連れてこい!』
虎人族に戦略や戦術という概念は無かった。
己の肉体のみを以て戦う、それが虎人族の戦の全てであった。
そもそも戦場のタール平原には何の執着も無い。
極端な話、全て魔導王朝に全て奪われても虎人族の生活には何の影響も無かった。
彼らがタール平原に兵を進めているのは魔導王朝軍が展開しているからである。
有り余る体力と溢れんばかりの闘争心を発散する相手としては申し分ない相手であった。
魔導王朝側も殆ど事情は同じである。
大した戦略価値は無いが、平時でも鍛錬は怠らぬというグーニ大公の方針であった。
虎人族は実戦訓練相手として丁度良かった。
仮に魔導王朝軍が退けば、虎人族も留まる理由は無く引き揚げるであろう。
虎人族も同様に退けば、魔導王朝軍も駐留する理由は無く本国へ撤退する。
虎人族の長達の基準は単純である。
魔族との戦線が昨日より進んだのか、退いたのか。
進めば勝ち、退いたら負け。
その程度の戦術眼しか無かったため、作戦も簡単に決まった。
『小娘を捕えろ!』
眼の前に魔導王朝軍が現れれば攻撃する、それだけであった。
手当たり次第に攻撃し、娘の姿を追う。
虎人族の突進も勢いだけは強く、名うての魔族勇者ですら最初の一撃を耐えるのは至難である。
長達の激励も有り、戦線が前に進めば機嫌も良くなる。
士気が高まり見た目は優勢に転じた所で、突然知らせが届いた。
『小娘が本国へと帰還しただと!?』
対外的には大陸平原同盟の新しい任地へ向かう為に引き揚げたとされた。
だが、何処からともなく流れてきた噂に虎人族達の苛立ちが増した。
"戦功を挙げ過ぎて戦線に居辛くなった"
"戦果を友軍から妬まれたので戦場から外された"
流布される噂の真偽を確かめる術も冷静さも無い。
次々と入ってくる無責任な情報が更に怒りを積もらせていった。
"本当は二線級の騎士団長が配属される予定だった"
"手続きを間違えて彼女を戦線に送ってしまった"
そして決定的な挑発めいた噂が虎人族の長達の耳に届いた。
"虎人族と戦わせるのは有能な人材の無駄遣い"
空高く咆哮が上がり、重さ200㎏に及ぶ長机が本陣天幕を突き破った。
『小娘を引きずり出せぃ!
褒美は望むままに取らせる!
金も、財宝も、縄張りも!
見事捕えたならば一兵卒だろうと将軍の座をくれてやろう!
いや!長の一人に加えてやっても良い!』
この日以降、虎人族の猛攻が始まった。
怒り狂った虎人の勇者達が戦場を駆け抜け、魔導王朝軍もしばしば遅れを取った。
王朝軍の捕縛される将兵は増大したが、ガーベラに負けず倣って虎人族も丁重に扱った。
しかし捕虜交換式で解放される前に、例外無くこう告げた。
『帰って伝えよ!
一刻も早く小娘を戦場に出せとな!
貴様ら二線級の格下では相手にもならん!』
当然魔導王朝軍側が要求を飲む訳も無く、むしろ発奮させていた。
ガーベラ以外に人材無しと声高に告げられては将軍達も黙っていられなかった。
こうしてガーベラが戦線から外されて半年、南方戦線は膠着状態に陥った。
猛攻を続ける虎人族と意地を見せる魔導王朝軍。
そして一進一退の戦況が続く中、虎人族の本陣に新た情報が舞い込んだ。
"小娘に処刑命令が下された"
新たな長机に着いていた長達は、即座に言葉の意味が理解できなかった。
『何を申しておるのだ?』
最初は取るに足らぬ戯言として聞き入れすらしなかった。
それでも続々と入ってくる情報に辟易し、魔導王朝軍本陣に戦書を送ってしまった。
『そのような流言に惑わされる我等では無いわ!
さっさと小娘を出せ!』
しかし情報に真実味が帯びてくると、目を背けてばかりも居られなかった。
"魔王の勅命に逆らって極刑を宣告された"
"刑の執行は10日後"
"朝都インダラへの魔導通信が集中して混線"
そして直後の戦いで捕縛した魔導王朝の将官から直接話を聞いた。
"本陣に居られるグーニ大公へ将軍や騎士団長の面会が殺到している"
"ガーベラ様の助命、減刑を宗主様へ嘆願して頂くよう申し出ている"
"王朝本国でも地方有力者が続々と朝都へ集まっている"
"現在、大公の方々の部屋には助命嘆願の列が絶えない"
同様の情報は大陸平原同盟を経て、南方諸国にも伝わってきていた。
竜人族から各亜人種族達へと伝達される。
それは当然、虎人族の長達の耳にも入ることとなった。
『おぉぉぉぉぉぉ!!!!』
前回からの反省を踏まえて用意された頑丈な新しい長机。
行き場の無い怒りを向けられ、一撃で真っ二つに割れてしまった。
10月6日、竜都ドラクータ。
大陸南部最大都市であり南部諸侯国連合の議会が設けられている。
便宜上、進行役は存在するが議長職は無い。
竜人族、虎人族、狼人族、熊人族…各亜人族からの代表が席を連ねていた。
霊山ハールの景観を窓にして、この日は緊急の議会が開催されていた。
「昨日、魔獣の集団が魔導王朝へ攻め込んだと報告が入った」
白い髪の目立つ巨大な竜人が各亜人族長達へと説明を続ける。
「魔獣の集団…正確には敗残兵団と呼称するらしい。
彼等はトスカー共和国の西部に駐留していたが、そこから国境を越えたらしい。
目的は先日処刑が決まったガーベラなる魔族を救うためらしいが…」
一瞬、視線を上げると虎人のルガー族長が、忍耐の限界を越えそうな様子だった。
「問題は、この兵団を率いている少年だ。
彼は今年の初めに別の世界から召喚された勇者候補だ。
周知の通り、レスリー・アグワイヤ氏が後見を務めている。
だから彼の加勢とまでは言わないが、何らかの手助けはしたいと思っている」
ここに集った種族のみならず、亜人種族から多くの若者がレスリーに師事していた。
彼に対する敬愛と恩は誰もが同様に心に持っている。
仮に南方諸国の何処かへ亡命を申し出た場合、快く迎えるつもりである。
魔族や人間達と険悪になろうと、レスリーと近親者を保護しようとしていた。
「まどろっこしいこと止めろ!
攻めりゃ良いだろうが、攻めりゃ!」
虎人のルガー族長がテーブルを力強く叩きつけた。
「レスリーにはウチの若い者達も世話になっておる!
それに喧嘩相手が魔導王朝ってところが俺も気に入った!
弱っちぃ人間のくせにやるじゃねぇか!
さっさと援軍に行かせろ!
お前らが行かねぇんなら、俺達だけで行く!」
「冷静になれ、少年の兵団とどれだけ距離が離れている思っている」
「そんなこと知るか!
同じ大陸だ、北に走ってりゃそのうち会うだろ!」
血気に逸る虎人の長に、他の部族代表達は嘆息を漏らした。
悪い者達では無いのだ。
いざ何か災害が起こっても、虎人達は誰であろうと分け隔てなく助けてくれる。
数年に一度河川が氾濫すると彼らは真っ先に行動する。
鋭敏な嗅覚で逃げ遅れた者達を見つけ出し、安全な場所へ避難させる。
激流であろうと飛び込み、溺れた者達を数え切れない程助けた。
山火事が起きれば真っ先に火の中へ飛び込む。
魔獣が現れれば身を挺して同胞達の盾になる。
しかし、この世界でも"天は二物を与えず"という類の格言が有った。
単純な身体能力だけならば、亜人国家一どころか大陸一かもしれない。
魔導王朝宗主や大公のような例外を除けば最強であろう。
魔族からも一目置かれる竜人達ですら、虎人には一歩譲る感がある。
亜人の子供達からは羨望の眼差しを受ける種族だった。
その代わり思慮が足り無さ過ぎた。
ほんの一部の者達を除き、大半の虎人は己の身体のみを信条としていた。
ガーベラに連敗を重ねた最大の要因は単純な戦術である。
毎回、見え透いた囮に引っ掛かって突進し、孤立した所を包囲捕縛された。
けれども虎人達には敗因が分からない。
現在、虎人族からも若者達が大陸平原同盟へ留学している。
ルガー族長も何か感じた所が有ったのであろう。
将来の為、虎人族にも知識層を産み出そうとしていた。
少しづつ部族も変わろうとしていたが、今はまだ古来の虎人族であった。
「それに魔族の小娘を倒すのは俺達だ!
処刑なんか絶対にさせねぇ!
勝ち逃げも絶対に許せねぇ!
助けて今度こそ倒してやる!」
「まぁ、落ち着け…。
それについてだが、大陸平原同盟のラーセン商会から当議会に書状が送られてきた」
「ラーセン商会…?」
「そう、このドラクーダにも支店を構えていてな。
今朝連絡が有ったらしく、そこを経由してこの議会へ書状が届いた。
アキヒトなるレスリー氏が後見を務める少年とガーベラ・イーバーなる魔族の女騎士。
双方の生命を救いだす方法がこれに書かれていた」
テーブルの上に文字が書き殴られた紙片が置かれた。
「内容は先に確認させて貰った。
我々竜神族はレスリー氏に多大な恩が有り、単独でも実行するつもりである。
これが少年の益になるのなら考える余地は無い。
だが、諸君らがどうするかは各々の判断に任せたい。
このラーセン商会の番頭、ケーダ・ラーセンと名乗る者が申すにはだ…」
進行役の巨大な竜人が、各部族の代表達に書状の内容を説明していった。
聞いていた者達が腕を組み、聞かされた言葉を吟味していく。
「そんなに上手く行くのか?」
「俄に信じられんが…」
半信半疑の反応の者達が多かった。
「いいぜ!残らず兵を掻き集めて送ってやる!
俺達と竜人だけでもやってやれるぜ!」
虎人のルガー族長だけは真っ先に賛同していた。
「この方法の最大の利点は戦う必要が無い事にある。
各方、戦わずとも良い。
可能な限り兵だけでも出して貰えないだろうか?
兵が多ければ多いほど、少年の生命を救える可能性が高くなる」
族長達の誰もが少なからずレスリーに対して恩義を感じていた。
そのレスリーが後見をする少年ならば、黙って見過ごす訳にもいかない。
全ての族長達も頷き賛同していった。
「おい、竜人の」
「なんだ?」
「なぜ戦う必要が無いのだ」
「き、貴様は…!」
数時間後、南方諸国の大半に動員令が下った。
各部族から腕自慢の猛者達が選び出され、瞬く間に数万規模に膨れ上がった。
そして諸国から族長達に率いられた部族軍が移動を始めた。
中心都市ドラクータに一旦集結し、編成が済むと全ての軍が西へと向けられた。
南方諸侯連合軍、総兵力40万以上。
緊急の動員令であり、本来なら倍以上の人員が可能であったが今回は仕方なかった。
彼等が向かう先は魔導王朝軍と虎人族が睨み合う地。
南方戦線タール平原である。
次回 第51話 『 敵は何処に 』