表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
5/134

第4話 『 神族の不真面目な騎士 』

翌朝より早速、訓練が始まった。


このボーエン王国練兵場に僕を含む101名が招集され、剣の特訓が始まる。

本来なら王国兵の訓練の場であるが、召喚された勇者のために用意されていた。


整列した僕達の前に、白装束の騎士達と紋章を胸にした豪壮な人物が立っていた。


「私は神聖パラス法国クルタ騎士団長、バール・レイマンである!

 この度は君達の指導を受け持つことになった!」


意外にも訓練の教官は、この王国の人達では無かった。


「初日は小手調べだ!

 まずは諸君らの腕前を見せてもらおう!」


服装は支給された半袖物とズボン、渡されたのは木剣。

特に何の指導も無いまま、騎士達との模擬戦が開始された。


現代日本の中高生がいきなり戦える訳が無いよ!

…と思っていたのは自分だけだったらしい。


「わぁ…」


先輩達は教官の騎士達と互角以上に渡り合っていた。

素人の僕が見ても分かるくらい剣先が早い。

模擬戦相手の教官の表情に余裕は感じられない。


しかし、幾らなんでもおかしい。

先輩達は全員、身体能力が高かったかもしれないが、今は人間離れしていた。

歴戦の騎士達と互角に渡り合う光景は、凡人の僕には信じられなかった。


「流石だな…これが神獣の加護の力か」


一休みしていた騎士の独り言で、全てを悟った。

先輩達の身体能力は神獣との契約を経て、大幅に上昇しているのだろう。

特に龍と契約を交わした5人の先輩の動きは凄まじい。

時には練習相手の騎士達を剣戟で圧倒していた。


「君にはまだ早かったな。

 今は邪魔にならない所で素振りをしていると良い」


一方の僕は練兵場の隅で木剣を振り上げては振り下ろし…素振りをしていた。


横目で先輩達を見ていて、ふと思う。

やはり自分も神獣と契約を交わしていたら、強くなっていたのでは?

あの先輩達程では無いけど、それなりの力を身に着けていたのでは無いかと。


「…いや、そうはいかないね」


右肩の小さな光を見て、自らの考えの間違いを悟った。

というより、自分みたいな人間はどうやっても強くなれない気がした。


弱い存在を見捨てられない…踏み越えていけない者は、決して強くはなれないと。



「コラ!今を何時だと思っている!!」


突如、練兵場に騎士団長の怒声が響き渡り、騎士達も先輩達も剣先を止めた。


「悪いっすね、少し寝過ごしてしまいまして」

「貴様には、騎士団員としての自覚が無いのか!?」

「有っても無くても眠いもんは眠いんですよ」


騎士団の中では比較的若い青年騎士は、全く悪びれる素振りは無かった。


「じゃ、ガキどもの練習を見てやれば良いんですね」

「言葉を慎め!

 彼等は神獣との契約を交わした勇者候補なんだぞ!!」

「はいはい、分かってますよ」


他の騎士と同じ装飾の甲冑に身を包んだ若い人だった。

若いと言っても僕達よりは年上で、年齢は20歳くらいだと思うが。


騒ぎが収まると、再び各々は剣の訓練を始めた。

その訓練の中、青年騎士は適当に歩き回っているように見える。


そして僕も再び素振りを始めた。

厳格な騎士団の中にも変わり者が居るんだな、と思う。

という自分も先輩達とは違う変わり者だし、他人をとやかく言えないが。



「おい、お前」


素振り中、その変わり者の青年騎士に、突然声をかけられた。


「あ、はい!」

「なんでお前だけ1人で木剣を振ってるんだ?」

「あ…僕は、あの先輩達は違うんです」

「違うって何が違うんだ?」

「え…ですから、昨日の召喚の時にもお話しましたが…」

「悪いな、昨日のアレはサボってた。

 …というのは冗談で、急に熱が出て寝込んでたから知らねぇんだ」


大丈夫なんだろうか、この騎士の人は。


とは思いつつも、昨日の召喚のあらましを簡単に伝えた。

先輩達に巻き込まれ、偶然こちらの世界に呼び出されてしまったことを。


「それでお前だけ神獣の加護が無いから、一人寂しく素振りと」

「はい、そうです」

「…やめとけ」

「え?」

「こんな、くだらん勇者ごっこの茶番に付き合う必要無ぇよ。

 大昔の黒い月の予言なんて起こる訳が…」

「やっぱり、そうなんですか?」


僕の返事に反応し、青年騎士が立ち止まった。


「…お前、予言がデタラメとか誰かに聞いたのか?」

「案内役の人が教えてくれました。

 黒い月の予言、殆んどの人は信じてないって。

 それで、どうして僕達がこの世界に召喚されたのかも…」

「その案内役の名は?」

「アヤさんです。確か、フルネームは『アヤ・エルミート』…」

「はは!なるほど、あのエルミート家のお転婆嬢ちゃんか!」

「お知り合いでした?」

「いや、俺も噂を聞いただけだ。

 名家中の名家に、とても頭は良いが跳ねっ返りの娘がいるってな…!」


僕も素振りを止めると、青年騎士は話を聞かせてくれた。


アヤさんの実家のエルミート家は、ボーエン王家内でも指折りの名家であると。

一族は他の同盟国にも広く深く根を張っており、影響力は計り知れない。

その名家に才女が産まれた。

器量も良く、美人であり、将来は王家に嫁ぐとさえ噂されていた。

だが絶望的に破天荒な性格であり、お転婆だった。

屋敷を抜け出しては、平民の子供達と泥だらけになって遊び回っていた。

頭は良いが悪知恵も働き、使用人の目を盗むのが非常に上手かった。

どれだけ厳重に閉じ込めても、必ず外に抜け出したという。


それでも成長すれば少しは大人しくなるだろうと、父親は大目に見ていた。

いずればエルミート家の令嬢としての自覚を持つだろうと。


しかし最近は、外交の仕事に就くと言い出したらしい。

家を出て、色々な国に行ってみたいと。

それで今は父親と真っ向から対立していると。


「家の中でじっと大人しくしてられる性格じゃ無いらしいな」

「あはは…確かに、そうですね」

「それで、噂通り美人なのか?」

「いや、それは…」

「どうなんだ、教えろよ」

「…とても可愛いです」

「そうか、そうか!」


何かおかしかったのか、青年騎士は僕の背中を何度も叩いた。


「しかし惜しいな…確か今は15,6歳くらいだ。

 俺の守備範囲は18歳以上だから、あと2,3年は待たないと…」

「いや、あの人は…」

「なんだ、お前も狙ってるのか?」

「え…えぇ!?」

「よし、3年待ってやる」

「な、何がですか?」

「3年以内にお前が落とせたら良し、落とせなかったら俺が口説く!」

「え、それは、その…!」


情けないことに狼狽する僕を見て、この人は笑っていた。


「ははは!冗談だよ、冗談!本気にするな!」

「こ、こんな時に止めてくださいよ…」


しかし、ひと仕切り笑った後、青年騎士は少し真面目な口調になっていた。


「冗談はそれくらいにしてだ…。

 予言を信じてないのなら、なぜ剣の訓練なんかするんだ?」

「そうですね…」

「お前の仲間の…あの連中に付き合ってるつもりか?」

「そうでも無いです。

 アヤさんに言われたんですよ、5年間を無駄にしないようにって」


僕は再び木剣を振り始めながら、昨夜の話を続けた。

世界の危機は起こらないけど、勉強し身体を鍛えなさいと。


「アヤさんはこの世界の1人として、僕を一人前にする義務が有るって…。

 一度呼び出した以上、見放すのは無責任だと言ってくれたんです」

「そういうことか…」


青年騎士は何か納得し、大空を見上げた。


「俺はイスター…『イスター・アンデル』だ。お前の名は?」

「ぼ、僕は城原秋人…アキヒトと呼ばれています!」

「よし、アキヒト…俺が今日から専属で特訓してやる」

「え…えぇ!?」

「なんだ、俺に教えられるのが嫌か?」

「いや、そんな訳じゃ…それより、先輩達に教えた方が良いんじゃ…?」

「教えるつもりなんて、最初から誰も無ぇよ」


イスターさんの言葉の意味が分からなかった。

現実に今、騎士の人達が先輩達の練習相手になっているのに。


「あれは練習や特訓とは違う、つまり品定めだ」



人間の5同盟国主導で始まった召喚の儀式。


名目は『黒い月』へ対抗可能な勇者の召喚だが、本当の狙いは戦力の増強。

神族も魔族も愚かでは無く、その意図は最初から分かっていた。

そこで神族と魔族は勇者候補達の訓練指導を申し出た。


召喚の儀式には様々な思惑が絡んでおり、神族と魔族の意見も無視できなかった。

結局、この訓練指導を条件に儀式は実現した。


そして神族と魔族の訓練指導の目的は一つ、品定め後の自勢力勧誘である。


仮に、自分達を遥かに上回る勇者候補が現れたと仮定しよう。

ならば、是が非でも他勢力に属させる訳にはいかない。

何とでも自勢力に引き込まねばならない。

召喚される勇者候補の資質、どの勢力に属すかで大陸の情勢に変化が生じよう。


500年の歳月を経て、3勢力は危ういバランスの上に成り立っている。

今回の召喚では、その均衡が崩れる可能性が有る。

だが同時に、可能な限り自勢力に有利な形で均衡を崩したい。



「俺が昨日サボって、今日寝坊したのはソレが理由だ。

 自分達の揉め事を解決するのに、他人の力を借りようって性根が気に入らねぇ…!」


それまで巫山戯ていたイスターさんの表情が、一気に険しくなっていた。


「俺からも謝っとく!

 お前達だって、お前達の生活が有ったろうに…すまねぇな」

「いえ…イスターさんに謝って頂くことでは…」


今回の召喚の儀式、快く思ってない人は意外に多いかもしれない。

その責任を自分のモノとして捉えているからこそ、僕を気遣ってくれるのだろう。

別に見捨てても、誰にも咎められないのに。

アヤさんやイスターさんには、心から感謝しないといけない…。


「ま、それはそれとしてだ。

 折角、この世界に来たんだから、楽しむべきことは楽しまないとな!」


いきなり感謝の心が揺らいできた。

するとイスターさんは周囲の騎士達を警戒しながら、小声で囁いた。


「今度、可愛い子が揃ってる店に連れていってやるよ」

「え…えぇ!?」

「なんだ、行ったこと無いのか?」

「いや、僕はまだそういう歳では有りませんし…マズイですよ…」

「構うもんか、騎士団の俺同伴なら顔パスだ」

「そ…そもそも騎士の人が、そんなお店に出入りして大丈夫なんですか?」

「俺は騎士の前に男なんだぞ?

 男が女を求めるのは自然の摂理だ。

 パラスの神々だって白い歯見せて許してくれるだろうよ!」


そして僕の肩を叩いて、景気付けてくれた。


「だからアキヒトも一つや二つ、この世界で女の子の思い出を作っていけ!」


やはり、この人なりに僕のことを励ましてくれてるのだろう。

今、ハッキリと断言できる。

僕はとても周囲の人々に恵まれていると。


「エルミート家を敵に回すとしても、俺が味方になってやる!」

「あ、はい…え、えぇっ!?」

「障害が大きい程、女は落とし甲斐があるんだぞ?

 例えば俺が一番燃えたのは15の時、大神官の娘に声をかけまくってだな…!」

「あ、あはは…」



訓練中に堂々と恋話を始めるのは、少しアレではあったけど。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ