第4話 『 神族の不真面目な騎士 』
翌朝より早速、訓練が始まった。
このボーエン王国練兵場に僕を含む101名が招集され、剣の特訓が始まる。
本来なら王国兵の訓練の場であるが、召喚された勇者のために用意されていた。
整列した僕達の前に、白装束の騎士達と紋章を胸にした豪壮な人物が立っていた。
「私は神聖パラス法国クルタ騎士団長、バール・レイマンである!
この度は君達の指導を受け持つことになった!」
意外にも訓練の教官は、この王国の人達では無かった。
「初日は小手調べだ!
まずは諸君らの腕前を見せてもらおう!」
服装は支給された半袖物とズボン、渡されたのは木剣。
特に何の指導も無いまま、騎士達との模擬戦が開始された。
現代日本の中高生がいきなり戦える訳が無いよ!
…と思っていたのは自分だけだったらしい。
「わぁ…」
先輩達は教官の騎士達と互角以上に渡り合っていた。
素人の僕が見ても分かるくらい剣先が早い。
模擬戦相手の教官の表情に余裕は感じられない。
しかし、幾らなんでもおかしい。
先輩達は全員、身体能力が高かったかもしれないが、今は人間離れしていた。
歴戦の騎士達と互角に渡り合う光景は、凡人の僕には信じられなかった。
「流石だな…これが神獣の加護の力か」
一休みしていた騎士の独り言で、全てを悟った。
先輩達の身体能力は神獣との契約を経て、大幅に上昇しているのだろう。
特に龍と契約を交わした5人の先輩の動きは凄まじい。
時には練習相手の騎士達を剣戟で圧倒していた。
「君にはまだ早かったな。
今は邪魔にならない所で素振りをしていると良い」
一方の僕は練兵場の隅で木剣を振り上げては振り下ろし…素振りをしていた。
横目で先輩達を見ていて、ふと思う。
やはり自分も神獣と契約を交わしていたら、強くなっていたのでは?
あの先輩達程では無いけど、それなりの力を身に着けていたのでは無いかと。
「…いや、そうはいかないね」
右肩の小さな光を見て、自らの考えの間違いを悟った。
というより、自分みたいな人間はどうやっても強くなれない気がした。
弱い存在を見捨てられない…踏み越えていけない者は、決して強くはなれないと。
「コラ!今を何時だと思っている!!」
突如、練兵場に騎士団長の怒声が響き渡り、騎士達も先輩達も剣先を止めた。
「悪いっすね、少し寝過ごしてしまいまして」
「貴様には、騎士団員としての自覚が無いのか!?」
「有っても無くても眠いもんは眠いんですよ」
騎士団の中では比較的若い青年騎士は、全く悪びれる素振りは無かった。
「じゃ、ガキどもの練習を見てやれば良いんですね」
「言葉を慎め!
彼等は神獣との契約を交わした勇者候補なんだぞ!!」
「はいはい、分かってますよ」
他の騎士と同じ装飾の甲冑に身を包んだ若い人だった。
若いと言っても僕達よりは年上で、年齢は20歳くらいだと思うが。
騒ぎが収まると、再び各々は剣の訓練を始めた。
その訓練の中、青年騎士は適当に歩き回っているように見える。
そして僕も再び素振りを始めた。
厳格な騎士団の中にも変わり者が居るんだな、と思う。
という自分も先輩達とは違う変わり者だし、他人をとやかく言えないが。
「おい、お前」
素振り中、その変わり者の青年騎士に、突然声をかけられた。
「あ、はい!」
「なんでお前だけ1人で木剣を振ってるんだ?」
「あ…僕は、あの先輩達は違うんです」
「違うって何が違うんだ?」
「え…ですから、昨日の召喚の時にもお話しましたが…」
「悪いな、昨日のアレはサボってた。
…というのは冗談で、急に熱が出て寝込んでたから知らねぇんだ」
大丈夫なんだろうか、この騎士の人は。
とは思いつつも、昨日の召喚のあらましを簡単に伝えた。
先輩達に巻き込まれ、偶然こちらの世界に呼び出されてしまったことを。
「それでお前だけ神獣の加護が無いから、一人寂しく素振りと」
「はい、そうです」
「…やめとけ」
「え?」
「こんな、くだらん勇者ごっこの茶番に付き合う必要無ぇよ。
大昔の黒い月の予言なんて起こる訳が…」
「やっぱり、そうなんですか?」
僕の返事に反応し、青年騎士が立ち止まった。
「…お前、予言がデタラメとか誰かに聞いたのか?」
「案内役の人が教えてくれました。
黒い月の予言、殆んどの人は信じてないって。
それで、どうして僕達がこの世界に召喚されたのかも…」
「その案内役の名は?」
「アヤさんです。確か、フルネームは『アヤ・エルミート』…」
「はは!なるほど、あのエルミート家のお転婆嬢ちゃんか!」
「お知り合いでした?」
「いや、俺も噂を聞いただけだ。
名家中の名家に、とても頭は良いが跳ねっ返りの娘がいるってな…!」
僕も素振りを止めると、青年騎士は話を聞かせてくれた。
アヤさんの実家のエルミート家は、ボーエン王家内でも指折りの名家であると。
一族は他の同盟国にも広く深く根を張っており、影響力は計り知れない。
その名家に才女が産まれた。
器量も良く、美人であり、将来は王家に嫁ぐとさえ噂されていた。
だが絶望的に破天荒な性格であり、お転婆だった。
屋敷を抜け出しては、平民の子供達と泥だらけになって遊び回っていた。
頭は良いが悪知恵も働き、使用人の目を盗むのが非常に上手かった。
どれだけ厳重に閉じ込めても、必ず外に抜け出したという。
それでも成長すれば少しは大人しくなるだろうと、父親は大目に見ていた。
いずればエルミート家の令嬢としての自覚を持つだろうと。
しかし最近は、外交の仕事に就くと言い出したらしい。
家を出て、色々な国に行ってみたいと。
それで今は父親と真っ向から対立していると。
「家の中でじっと大人しくしてられる性格じゃ無いらしいな」
「あはは…確かに、そうですね」
「それで、噂通り美人なのか?」
「いや、それは…」
「どうなんだ、教えろよ」
「…とても可愛いです」
「そうか、そうか!」
何かおかしかったのか、青年騎士は僕の背中を何度も叩いた。
「しかし惜しいな…確か今は15,6歳くらいだ。
俺の守備範囲は18歳以上だから、あと2,3年は待たないと…」
「いや、あの人は…」
「なんだ、お前も狙ってるのか?」
「え…えぇ!?」
「よし、3年待ってやる」
「な、何がですか?」
「3年以内にお前が落とせたら良し、落とせなかったら俺が口説く!」
「え、それは、その…!」
情けないことに狼狽する僕を見て、この人は笑っていた。
「ははは!冗談だよ、冗談!本気にするな!」
「こ、こんな時に止めてくださいよ…」
しかし、ひと仕切り笑った後、青年騎士は少し真面目な口調になっていた。
「冗談はそれくらいにしてだ…。
予言を信じてないのなら、なぜ剣の訓練なんかするんだ?」
「そうですね…」
「お前の仲間の…あの連中に付き合ってるつもりか?」
「そうでも無いです。
アヤさんに言われたんですよ、5年間を無駄にしないようにって」
僕は再び木剣を振り始めながら、昨夜の話を続けた。
世界の危機は起こらないけど、勉強し身体を鍛えなさいと。
「アヤさんはこの世界の1人として、僕を一人前にする義務が有るって…。
一度呼び出した以上、見放すのは無責任だと言ってくれたんです」
「そういうことか…」
青年騎士は何か納得し、大空を見上げた。
「俺はイスター…『イスター・アンデル』だ。お前の名は?」
「ぼ、僕は城原秋人…アキヒトと呼ばれています!」
「よし、アキヒト…俺が今日から専属で特訓してやる」
「え…えぇ!?」
「なんだ、俺に教えられるのが嫌か?」
「いや、そんな訳じゃ…それより、先輩達に教えた方が良いんじゃ…?」
「教えるつもりなんて、最初から誰も無ぇよ」
イスターさんの言葉の意味が分からなかった。
現実に今、騎士の人達が先輩達の練習相手になっているのに。
「あれは練習や特訓とは違う、つまり品定めだ」
人間の5同盟国主導で始まった召喚の儀式。
名目は『黒い月』へ対抗可能な勇者の召喚だが、本当の狙いは戦力の増強。
神族も魔族も愚かでは無く、その意図は最初から分かっていた。
そこで神族と魔族は勇者候補達の訓練指導を申し出た。
召喚の儀式には様々な思惑が絡んでおり、神族と魔族の意見も無視できなかった。
結局、この訓練指導を条件に儀式は実現した。
そして神族と魔族の訓練指導の目的は一つ、品定め後の自勢力勧誘である。
仮に、自分達を遥かに上回る勇者候補が現れたと仮定しよう。
ならば、是が非でも他勢力に属させる訳にはいかない。
何とでも自勢力に引き込まねばならない。
召喚される勇者候補の資質、どの勢力に属すかで大陸の情勢に変化が生じよう。
500年の歳月を経て、3勢力は危ういバランスの上に成り立っている。
今回の召喚では、その均衡が崩れる可能性が有る。
だが同時に、可能な限り自勢力に有利な形で均衡を崩したい。
「俺が昨日サボって、今日寝坊したのはソレが理由だ。
自分達の揉め事を解決するのに、他人の力を借りようって性根が気に入らねぇ…!」
それまで巫山戯ていたイスターさんの表情が、一気に険しくなっていた。
「俺からも謝っとく!
お前達だって、お前達の生活が有ったろうに…すまねぇな」
「いえ…イスターさんに謝って頂くことでは…」
今回の召喚の儀式、快く思ってない人は意外に多いかもしれない。
その責任を自分のモノとして捉えているからこそ、僕を気遣ってくれるのだろう。
別に見捨てても、誰にも咎められないのに。
アヤさんやイスターさんには、心から感謝しないといけない…。
「ま、それはそれとしてだ。
折角、この世界に来たんだから、楽しむべきことは楽しまないとな!」
いきなり感謝の心が揺らいできた。
するとイスターさんは周囲の騎士達を警戒しながら、小声で囁いた。
「今度、可愛い子が揃ってる店に連れていってやるよ」
「え…えぇ!?」
「なんだ、行ったこと無いのか?」
「いや、僕はまだそういう歳では有りませんし…マズイですよ…」
「構うもんか、騎士団の俺同伴なら顔パスだ」
「そ…そもそも騎士の人が、そんなお店に出入りして大丈夫なんですか?」
「俺は騎士の前に男なんだぞ?
男が女を求めるのは自然の摂理だ。
パラスの神々だって白い歯見せて許してくれるだろうよ!」
そして僕の肩を叩いて、景気付けてくれた。
「だからアキヒトも一つや二つ、この世界で女の子の思い出を作っていけ!」
やはり、この人なりに僕のことを励ましてくれてるのだろう。
今、ハッキリと断言できる。
僕はとても周囲の人々に恵まれていると。
「エルミート家を敵に回すとしても、俺が味方になってやる!」
「あ、はい…え、えぇっ!?」
「障害が大きい程、女は落とし甲斐があるんだぞ?
例えば俺が一番燃えたのは15の時、大神官の娘に声をかけまくってだな…!」
「あ、あはは…」
訓練中に堂々と恋話を始めるのは、少しアレではあったけど。