表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第2戦 ヴリタラ魔導王朝攻略
49/134

第47話 『 投資の条件 』


大陸西部一帯を勢力圏とするヴリタラ魔導王朝。

朝都を中心にした8公国、46侯国から成る集合国家である。


大陸平原同盟の一つであるトスカー共和国と国境を挟むのはハスナ侯国。

元は乾燥地帯から湿地へと至る地域に点在する小部族共同体であった。

現在は城塞都市が建設され、隣接するトスカー共和国との物資流通が盛んな国家である。


また、パラス神聖法国の逆侵攻を想定した場合の最前線でもあった。

北のルハト侯国と南西のアータ侯国。

両侯国と連携をとり、侵攻する外敵に対して迎撃すべく組織化されていた。


10月4日にボーエン王国在住の全権大使により、敗残兵団の宣戦布告が通達される。

ケート山岳地帯に駐留していた兵団の存在は以前から捕捉されていた。


10月5日、早朝に兵団の西進を斥候が確認。

国境を越えて侵入を確認すると、魔導王朝も迎撃に軍を出撃させた。


ハスナ侯国からドーバ侯爵率いる1万の軍が出撃。

ルハト侯国からシバ侯爵率いる8千の軍が南進。

アータ侯国よりゴラ侯爵率いる8千の軍が東進。


ルハト侯国の東部平原地区で集結し、2万6千の兵力へと膨れ上がった。

構成兵種は重騎兵、重装歩兵、長弓兵、魔導士。

全ての兵が対魔獣用装備で統一されていた。


「あれか…」


総指揮を担当するドーバ侯爵が馬上から砂塵の向こうの影を視認した。

斥候からの連絡が入るよりも早く、その巨大な姿が魔導王朝兵士にも見えていた。


全高100メートルを越す巨獣に、その足元には付き従う数十体の飛び跳ねる魔獣達。

噂には聞いていたが今まで見たことのない異形の姿態だった。


「ひるむな!」


シバ侯爵が将校に鼓舞を促した。

南方戦線で鍛えられた精鋭達も出ていたが、王朝兵が恐れを抱くのも無理はなかろう。


すると兵団が途中で侵攻を停止し、その中から1匹の魔獣だけが進み出てきた。

王朝軍最前列の侯爵3人の前で止まると、中から少年が姿を現した。


「失礼します!この軍の指揮官でしょうか!?」


「うむ、私は宗主陛下よりこの軍を預かりしドーバである!」


「お目にかかり光栄です!

 僕は敗残兵団、兵団長のアキヒト・シロハラです!

 申し訳有りませんが退いて頂けないでしょうか!?」


「それはこちらの台詞だ!

 今すぐ引き返すのなら追いはせぬ!

 若い生命を無駄に散らすでない!」


「それだけは無理です!

 僕は朝都インダラに行かねばなりません!

 恩人であるガーベラさんを助けたいんです!」


「魔導王朝の一員として、貴様の気持ちは嬉しく思う!

 ガーベラ様の助命を願うのは誰とて同じだ!

 その知己に免じて今なら見逃してやろう!

 だが、ここを通す訳にはいかん!

 早々に立ち去るが良い!

 それでも通りたくば、我等と一戦交えてからにせよ!」


「分かりました!

 それでは無理にでも通らせて頂きます!」



ゴゴォ…!


突然、王朝軍の背後の土が盛り上がって、地中から巨大な何かが這い出してきた。

現れたのは体長10メートルにも達するガリー級中型機動兵器が2基。

その数メートルにも及ぶ鋏型両腕を振り回し、無防備な後背から薙ぎ払っていった。


「狼狽えるな!戦闘開始せよ!」


ドーバ侯爵の号令と同時に、敗残兵団も前進して両軍は衝突した。

目にも留まらぬ早さでクダニ級30基以上が疾走し、王朝軍へと斬り込んだ。


バキッ!


クダニ級が鋭い触覚が高速で振り下ろされ、王朝騎士の剣が叩き折られた。


「グッ…!」


痺れる腕を押さえて態勢を整えようとするが、クダニ級は既に他の兵士達へと向かっていた。


バキッ!!


バキバキッ!


「な、何をしているのだ!?」


同じく軍を束ねるゴラ侯爵からも困惑の声が上がる。

縦横無尽に駆け回るクダニ級は、王朝兵士達の所持する武器装備だけを正確に破壊していた。

兵士達には何の危害を加える様子も無い。

素手になれば騎士も兵士も、一旦後方に下がるしか無かった。


「ギャアア!」


突然、後方の魔導士達が悲鳴を上げて倒れた。


バチッ!


次々と火花が発生し、その都度魔導士達が地面へと伏していった。


「あれです!あそこから雷が!」


将官の一人が指さした方向には全高12メートルにも達する巨大な魔獣が5基。

その上部にある砲塔から連続で雷が発射され、王朝兵士達を無力化していた。


「た、態勢を立て直せ!」


「それより侯爵、一番デカいのが来ます!」


兵団の中で最も巨大な1基。

アパルト級大型機動兵器が接近して、王朝軍の陣営に影が降りた。

その口が開き、魔導王朝軍の中心部へと向けられる。


「さ…散開しろ!

 固まるな、広がれ!」


事前に巨大な魔獣の強さは聞いていたし、自分も見ていた。

侯爵自身もケート山岳の方へ赴き、無惨な魔獣の咆哮跡を確認していた。

あの口が開いて咆哮した時、山すら一瞬で吹き飛ばすという。


……ッ!


「うわぁぁぁぁ!」


口内から吐き出されたのは突風であった。

アパルト級の体内に集積された空気を超高圧縮で王朝軍に吹きかけていた。

但し、瞬間風速60メートル。

騎士も兵も馬すらも吹き飛んで陣形は崩れていった。



「なんで、こんなに面倒臭えことを…」


アキヒトの右肩のシロは、戦いが始まってからずっとボヤいていた。


「僕はこの方が良いよ」


「何言ってんだよ、俺達には時間が無いんだぞ?

 あの女の処刑まで7日しか無いってのによ。

 こんな手間のかかる戦い方するより手っ取り早くだな…」


「兵団長命令だよ、無闇に人は傷つけない」


「分かってるよ、仕方ねえな…」


早期警戒クダニにより、魔導王朝軍2万6千人の生体反応は全て確認されていた。

兵団の各機動兵器は誰一人として犠牲者を出さずに無力化を試みていた。





昨日、ラーセン商会支店にてアキヒトとシロは投資を持ち掛けられた。

最初に番頭のケーダは2人に質問した。


『そもそも君達さ、朝都インダラの場所を知ってるの?』


『え…それは…魔導王朝に有るんですよね』


『だからさ、魔導王朝と言ってもとても広いんだよ?

 何処に朝都が有るのか分かってるの?』


『今から調べようとは思ってましたが…』


『そうだね、地図なんかも出回ってるし、誰か知っている人に聞いたら場所は分かるよ。

 けどさ、どの経路を使って朝都まで行くの?

 どうやって侵攻経路を決めるつもりだい?』


何も考えて無かったので、当然2人には答えようが無かった。


『という訳で、ボクから侵攻経路の情報を投資という形で提供しよう。

 朝都インダラまで最短時間で到達できると思うよ。

 ほら、ガーベラ様の処刑まであと8日だし、時間が無いなら必要じゃない?』


『――待てよ』


そこでシロがケーダの提案を制した。


『お前の情報、信用できると思うか?』


『なぜだい?』


『魔導王朝に寝返っているかもしれないだろ。

 例えば、教えられた侵攻経路に沿って馬鹿正直に進んだとしようか。

 朝都インダラどころか、魔導王朝軍の待ち伏せ場所に誘導される可能性も有る。

 お前ら、商人なんだろ?

 利益次第では王朝側についてもおかしくないよな』


『なるほど、確かにそんな考えも無くは無い。

 だが、そうだね…丁度いい、アキヒトに聞いてみようか。

 ボクが君達を手助けする理由は何だと思う?』


『え、僕が答えるんですか?』


『そうさ、これも前に教えた勉強の続きと思って貰いたいね』


『…ガーベラさんを助けて貰いたい為ですか?』


『それは当然さ。

 問題は、なぜ君達に投資してまでガーベラ様を助けたいかってことだよ』


ラーセン商会がガーベラを助けたい理由。

これまで得た知識から、アキヒトはその答えを考え出そうとしていた。


『…ガーベラさんに貸しを作りたいからですか?』


『まぁ、それもあるね。

 ガーベラ様は非常に視野が広く頭の良い御方だ。

 今回の失脚さえ乗り切れば将来間違いなく、王朝内でも重要な地位に就くだろうね。

 そんな人物と今から強い繋がりを作っておくのは大きな利だ。


 もう一つの理由は純粋に世界の平和の為だね。

 あのような人物が要職に就けば、自然に神族と魔族の戦争は遠ざかるから』


『ケーダさんから平和という言葉が出るのは、少し意外でしたね。』


『はは、何を言ってるんだい。

 平和なご時世でなければお金儲けもできないよ。

 確かに戦争を食い物にして大儲けを狙う商人も少なくはないさ。

 だが、少なくともボクは違う。

 戦争を利用しての金儲けはボクの信条とはかけ離れてるんだね。

 社会を疲弊してまで利益を追求するのは紛れもなく"悪"だよ』


『俺達に手を貸す時点で、戦争を金儲けの手段にしてる気もするがな』


シロが全く遠慮することなく横から口を出していた。


『そう、そこなんだ。

 それが投資の条件なんだね』


『なにがだよ?』


『ボクは君達が朝都インダラへ辿り着くよう、その最短経路を投資という形で提供する。

 これから人数を募ってケート山岳から朝都までの経路を考案しよう。

 魔導通信も使って王朝領内の支店とも連絡を取り合い、君達に協力させる。

 当然だけど現地協力者も必要だよね?

 ラーセン商会は全ての力を駆使して君達の朝都インダラ行きを支援しよう。


 但し、この投資の絶対条件は誰一人として犠牲者を出さないことだ』


『おい、待てよ…俺達はこれから戦争に行くんだぞ?

 誰一人として殺すなってことかよ!?』


『分かりました、その条件で宜しければ』


シロは速攻で反発したが、その横でアキヒトはすんなり応じていた。


『アキヒト!』


『やっぱり人殺しはダメだよ、レスリーさんも言ってたしね。

 それに兵団長命令を忘れたの?』


『そうだけどよ…!』


そのやり取りを見て、ケーダが満足気に笑みを見せた。


『アキヒト、これも大切な勉強だから覚えておいて欲しい。

 商いとは流れが有って初めて成立するんだ』


『流れ…お金ですか?』


『お金だけじゃない、人、物、金の3つだ。

 人が居なければ物と金は動かない。

 物が無ければ人は金を使えない。

 金が無ければ人は物を買えない。

 まぁ、例外も有るけど原則はこうだね。


 つまり人を減じれば、それだけ商いの流れが滞る。

 アキヒトも常に流れを意識して欲しいんだ』


『はい…そうですね』


『流れを意識すれば、前回の山賊討伐の損失も少なかったんじゃないかな?

 現に交易路を幾つも破壊したよね。

 あれで商いの流れが少なからず滞ったのを忘れちゃいけないよ』


『…あ!そうでした、ゴメンなさい!』


『過ぎたことは仕方ないけどさ、魔導王朝攻略ではその反省を活かして欲しいんだ。

 常に社会のことを考えて兵団を動かして欲しい。

 加えてパラス神聖法国のことも忘れずにね』


『なぜ、神聖法国が?』


『仮にだ…君達が魔導王朝へ攻め入って大暴れしたとしようか。

 社会は混乱し、大勢の兵員を失い、経済は莫大な損失を被るだろうね。

 そうしてバランスが崩れた時、神聖法国が何かしらの行動を執る可能性は高い…』


アキヒトが兵団で侵攻しても、暫くはパラス神聖法国も静観するだろう。

だが、情勢次第では動くと見て間違いない。


『それに君だってガーベラ様一人を救えば良しって考えじゃないよね?

 一人を救うために大勢の人達を不幸にするのは間違っているよ』


『えぇ、同感です』


『よし、ならば契約内容の確認だ。

 我々ラーセン商会はアキヒトに朝都インダラまでの最短経路情報を提供しよう。

 その代わり一人でも王朝軍に犠牲が出たら即座に契約は破棄される。

 これでどうだい?』


『はい、お願いします!』



その後、ケーダの要望によりクダニ級1基をラーセン商会の支店内一室に配備した。

広々とした部屋には広大な魔導王朝の地図が敷かれていた。

室内には侵攻経路を検討するスタッフ達と王朝内への魔導通信員が集められた。

連絡係となったクダニ級から随時シロに最新情報が伝達される。





交戦開始して3時間後、魔導王朝軍は組織的抵抗が不可能な状況に陥っていた。

大半の兵員は武器を失い、インガム級の電撃弾で行動不能状態である。


「すみません、失礼します!」


少年は頭を下げ、2万6千の兵員を後にして兵団は先へ進んだ。


「くそっ!!」


王朝軍指揮官のドーバが折れた剣の柄を地面に叩きつけた。

犠牲者は皆無だが、武器は無く多くの兵は戦闘不能。


「なんなんだよ、アレは!」


そもそも戦いにならなかった。

小さい魔獣は非常に小回りが効いて早すぎて、その動きが目で追えない。

2本足の魔獣は近づけば謎の電撃の餌食になって行動不能。

地中から現れた魔獣は硬すぎて剣も槍も通らない。

そして巨獣。

あんな物をどうやって撃退すれば良いのか。

魔導士達からの巨大な炎の弾が百発以上も直撃したのに平然としている。

弓など論外。

数百以上の精兵が突撃しても突風一つで吹き飛ばされて戦いにもならない。

武器を次々と折られ、電撃での行動不能者多数。

兵団を追撃する戦力は残されていなかった。


魔獣の集団は迂回し、ハスナ侯国とルハト侯国の間に点在する荒れ地を経由していった。


人々の生活を脅かすことなく、兵団は魔導王朝領奥へと急ぎ進んでいった。


次回 第48話 『 無邪気な協力者 』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ