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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第1戦後から第2戦 までの日常及び経緯
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第39話 『 2000万ソラの代価(後編) 』


しかし僕達は何とかして2000万ソラを工面しないといけない。

この世界では討伐依頼以外で、兵団に稼げそうな仕事は無いだろうか?


途方に暮れていると、ガーベラさんが手を上げた。


「私から良いか?」


「はい、何でしょうか」


僕が返事すると徐に指を3本伸ばして、背後に指示を下した。


ガチャッ


同伴の王朝騎士の人がテーブルの上に硬貨の入った袋を置いた。


「3000万ソラだ、金利としても破格であろう。

 それを持って早々に立ち去るが良い」


「ガ、ガーベラさん、それは!」


「先日、お前を侮辱した王朝騎士がいたそうだな。

 大公殿下から丁重にお詫びするよう仰せつかっておる。

 気にするな、はした金だ」


ガチャッ


今度はイスターさんに同伴してた法国騎士の人が硬貨の入った袋を置いた。


「4000万ソラだ。

 遠慮せず持っていけよ」


「イスターさんまで!」


「ウチの騎士がお前に暴言吐いたそうだな?

 これは詫び料の一部だ、大した金額じゃねぇよ」


そして王朝騎士の出した袋に視線を落とすと鼻で笑った。


「おいおい、金落としてんぞ?

 はした金でも拾っておけよ」


イスターさんが勝ち誇っていると、ガーベラさんが指を2本伸ばした。


ガチャッ


「合わせて5000万ソラだ。

 先程ははした金で済まなかったな」


そして法国騎士の出した袋に視線を落とすと鼻で笑った。


「確かに大した金額ではないな…。

 だが、その謙虚さは嫌いでないぞ?」


ガーベラさんが勝ち誇っていると、今度はイスターさんが指を3本。


ガチャッ


「合計7000万ソラ!

 王朝騎士サマは、とっとと帰んな!」


ガチャッ


「合わせて9000万ソラ!

 法国騎士風情の出る幕では無いわ!」



ガチャッ


ガチャッ



「クッ…!」


「フフ…!」


イスターさんは歯軋りをして悔しがり、ガーベラさんは胸を張って勝ち誇っていた。

神聖法国側が出した金額は合計1億1000万ソラ、魔導王朝側は合計1億2000万ソラ。


「はは…は…」


テーブルの上に積み上げられた金貨の袋の山を見て乾いた笑いが出た。


「ある所にはあるんだね…」

「持ってる奴は持ってるんだな…」


手持ちが無くなり、魔導王朝側に軍配が上がったかと思われた。

しかしイスターさんは神聖法国の紋章入りの剣を取り出すとテーブルの上に置いた。


「これは法王猊下から直々に賜った代物だ!

 足りない分は後で届ける!

 今はコイツを持っていってくれ!」


対してガーベラさんは肩の魔導王朝の階級章を剥がすとテーブルの上に置いた。


「これは宗主様から騎士団長を拝命した時に頂いた魔導王朝騎士の誇り!

 不足分は後で必ず支払ってやろう!

 今はこれを持って行くが良い!」



ケーダさんの前に置かれた神聖法国の剣と魔導王朝の階級章。


しかし、どちらも取ろうとしなかった。


「ボクはアキヒトに貸したのであって神聖法国と魔導王朝には関係有りません。

 ですから受け取る道理も有りません。


 しかしアキヒトはどうする?」


「え…何がです?」


「神聖法国と魔導王朝。

 どちらも君にならお金を貸してくれるんじゃないかな?」


イスターさんとガーベラさんを交互に見れば目が血走っていた。


「ボクが君なら、ここは双方の顔を立てて1000万ソラづつ借りるのが妥当かな。

 でないと、どちらかに恥をかかせることになるからね」


「いえ、考えるまでもありません。

 神聖法国からも魔導王朝からも借りるつもりは有りませんよ…。

 僕が必ずケーダさんにお金はお返ししますから」


「へぇ…」


「しかし、さっきも言いましたが今は手持ちが全然無いんです。

 ですから待ってもらえないでしょうか?」


「それなら良いんだよ、返して貰うつもりなんて無いから」


「え…?」


意外な言葉に僕達は眼を丸くした。


「それにね、ボクは2000万ソラである物を既に手に入れているよ。

 それが何なのか分かるかい?」


「僕からですか?」


「そう、アキヒトから貰っている」


そう言われても僕には何のことか分からなかった。

返答に困っていると、背後から言葉が出た。


「もしかしてそれは"縁"では?」


「さすがはレスリー子爵様、ご明答です」


するとケーダさんは、とても楽しそうに話し始めた。


「現にボクは、今こうして君と話をしている。

 これは千金に値する機会だ。

 その証に集まった顔触れをもう一度見てくれ。

 これだけの人々と知己を得たのなら2000万ソラなんて安すぎるよ」


「そ…そうなんでしょうか?

 僕にはよく分からないのですが…」


「疑問かい?」


「はい…僕との縁にそんな価値が有るとは思えないのですが」


「はは、アキヒトは何を見ていたんだい?

 たった今、目の前でボクからその"縁"を買い取ろうとしてたじゃないか」


その言葉に、イスターさんとガーベラさんが同時に表情を険しくした。


「アキヒトも分かっただろう…?

 パラス神聖法国もヴリタラ魔導王朝も…!

 君との"縁"…つまり特別な繋がりを喉から手が出るほど欲しがっている!


 それこそ2000万ソラなんて、はした金だし大した金額でも無いさ!」


険しい表情の2人とは対称的に、ケーダさんはとても楽しそうに笑っていた。


「仮にだよ、この場に大陸平原同盟の関係者が…。

 エルミート家の公爵様でも姿を見せていたら、もっと凄かったんじゃないかな。

 10億でも20億でも…城塞都市全ての金貨をかき集めて持ってきたと思うよ。


 令嬢様も、そう思われませんか?」


話を振られたアヤ姉も何も言えないでいた。


「…すみません、今ひとつ実感が湧かなくて」


「良いさ、今日はそれも含めて話をしに来たんだ。

 さっきも言った通り、お金を返して貰うのが目的で来たんじゃないから」


「え、それじゃ!」


「うん、今日は君と兵団について話をしたいと思って来た。

 お金のことなら気にしなくて良いよ」


「いえ、お金の話を先に済ませておきましょう。

 あの時のケーダさんは僕にあげるなんて一言も言ってません。

 僕も貰ったつもりはありませんから、いつか必ずお返しすると約束します。

 借りたお金に関しては、それで良いでしょうか?」


「そうか…分かったよ、特に返済期限は決めないし利子も付けない。

 アキヒトの懐が暖かくなった時に返してもらおう」


「有難うございます。

 それで、僕と兵団の話をされたいとのことですが…」


「そうだね…まずはボクからも山賊討伐のお礼を言わせて貰うよ。

 ウチの商会からも既に使いが来てるけど、本当に助かったからね。


 けどね、ここからが本題の一つだが、君の兵団はこれからどうするつもりだい?」


「どう…と言いますと?」


「可能なら今の状態のままで居て欲しいね」


そういえば…山賊討伐以来、大半の兵団はそのまま何の命令も出して無かった。


「シロ、兵団は今何処にいるの?」


「ケート山賊の元砦周辺に駐留させている。

 あの辺は街から遠く離れているからな、誰の迷惑にもならなくて丁度いい」


「そうなんだ、商会としてはあそこに駐留してくれると助かるよ。

 ケート付近の交易路は大陸で最も安全になったからね。

 しかし、いつまでもあの場所に留まっている訳じゃないんだよね?

 もし君らが別の場所に移動したら、また別の山賊が住み着く可能性も有る。

 だから対策も立てるため今後の予定を聞きたいんだ」


「そう言われましても…特に予定は無いです。

 山賊討伐の依頼が有れば、そちらに兵団を向かわせるつもりでしたけど」


「じゃあ、予定が無いのならボクが依頼しても構わないんだね?」


「え…ケーダさんがですか?」


「正確にはラーセン商会からの依頼だね。

 重要な荷物の運搬なんかには是非護衛を依頼したいと思ってる。

 ただ、問題は報酬金額だね。

 その辺りを勉強して貰うと有り難いよ」


「良いですよ、ケーダさんには預け金を借りたりしましたから。

 その御礼の意味も込めて普通の護衛よりもお安くしておきます」


突然ケーダさんの笑みが止まった。

言葉にできない無言の圧力が僕に迫ってきた。


「アキヒト…"報酬金額を勉強する"の意味が分かってないようだね」


「はい、ですから可能な限り金額を安くしようと」


「安くすれば良いと思っているのかい?」


その問いにはある種の威圧が込められていた。


「アキヒト…これは大切なことだからよく覚えておいて欲しい。

 商いに携わる者なら、常に市場を意識しなければならない」


「は、はい…」


「この場合の市場とは、護衛の市場だ。

 大陸も安全な場所ばかりじゃないからね、荷馬車に護衛を付けるのも珍しくない。

 だから多くの都市にはそれを生業としている護衛達が大勢住んでいる。

 そして、彼等には彼等の値段…相場が決められている」


大陸平原同盟の都市間でも多くの荷馬車が行き来している。

それを狙った賊の類は決して少なくない。


「言うまでもなく君らの兵団は強い。

 山賊や盗賊の類なら絶対に近寄ろうとしないだろうね。

 そんな兵団の護衛料金が安くなってしまったら、既存の護衛達はどうなる?」


「あ…」


「何かしらの価格を不当に吊り上げるのは、当然だけど悪質だ。

 しかしね、余りに安くしすぎるのも悪質だとボクは思うよ。

 なぜならどちらも市場を混乱、下手したら破壊してしまうからね。


 例えば何かを仕入れるのに安ければ良い、なんて欲深な人は商売に向いてないね。

 常にボク達は市場を…いや、社会全体のことを考えて商いをしなくてはならない。

 そんな目先のことしか考えない人達ばかりになったら、その社会は長くないかな。


 だから君には勉強して欲しいのさ。

 君達の兵団が護衛として市場に出回っても、誰もが納得するような値段をね」


その時、僕の隣に立っていたアヤ姉がケーダさんに向かって一礼した。


「誠に申し訳ありません。

 本来なら私共が指導すべきことですのに、お手を煩わせてしまいまして」


「いや、全然構わないさ」


「…オマエ、なかなか良いこと言うじゃないか」


そしてシロもケーダさんに向かって口を開いた。


「俺としても兵団を安売りして欲しくなかったからな。

 しかし高すぎると依頼されそうにないし…価格設定が難しいところだ」


「そう、だから勉強なんだね」


なるほど…と色々と考えさせられた。


「すみません、ケーダさん。

 僕はまだまだ価格だけじゃなく、色々と勉強不足です。

 次までにもっともっと学んでおきます…」


「期待してるよ、アキヒト。

 君はとても強大な兵団を率いているけどね、それ頼みの人間になって欲しくない。

 これからも長い付き合いをお願いしたいからね」


「それは分からないですよ。

 だって僕は5年後…いえ、4年と4ヶ月後には元の世界に帰るかもしれませんから」


「…それは本当なのかい?」


「もしかしたら、こちらの大学へ進学するため更に5年延期するかもしれません。

 その後に帰ることになるかと…」



「アキヒトは本気でそんなこと考えているのかい?」



ケーダさんは真剣な眼差しで僕に問いかけてきた。


「…はい、そのつもりですが」


「じゃあ、それまでの5年…もしかしたら10年を無駄に捨てると?」


「す、捨てるなんて言い方はおかしいですよ。

 こちらの世界でも決して時間を無駄にせず過ごしていますから。

 剣の鍛錬もしてますし、勉学も…!」


「知己は無駄にならないのかい?」


それもまた意外な言葉だった。


「君の言う通り、鍛えた身体や学んで得た知識は持って帰ることができるだろう。

 だが、こうして知り合った人達との縁はどうなるんだい?

 君はこれからも多くの人と知り合い、縁を作っていくだろう。

 それらを全て捨てても、元の世界に帰りたいのかい?」


「それは…」


「そうだね、君にだって元の世界に愛着は有るだろう。

 家族も残してあるだろうし、友達だっているだろうからね。

 そちらを優先するのなら仕方ないが、この世界の縁も忘れて欲しくない。

 ここに集まってくれた人達を見てごらん。

 私からすれば、別れるのにとても惜しい人達だと思うよ」


そうして返答に窮していると、見かねたのかレスリーさんが助けてくれた。


「ケーダさん、それはアキヒト君が決めることだ。

 我々が干渉すべきことじゃない。

 確かに居なくなれば寂しくなるだろうが、その時が来れば笑って見送るつもりだよ。

 彼が捨てるわけじゃないし、我々が捨てられるわけでもない。

 どんな人とだろうと何時か別れは訪れる。

 得てして人生とは、そういう物じゃないかね?」


「…失礼しました、子爵様。

 なぜか彼には色々と助言したくなりましてね…」


「ふふ…♪」


するとレスリーさんに謝罪しているケーダさんの横で、シーベルさんが楽しげに笑っていた。


「アキヒト、なぜ兄さんがこんな言葉並べるか分かる?」


「え…」


「簡単簡単、帰って欲しくないだけ。

 偉そうなこと言ってるけど本音はソレよ」


「っ…!ベル!余計なことを…!」


「さてさて」


ケーダさんから怒られそうになったけど、微笑みながら流してた。


「では、最後にもう一つ。

 ケーダさんにお聞きしたいのですが、仮に僕がこの世界に居残ったとします。

 その場合、僕に何を期待されているのですか?

 やはり兵団の力でしょうか」


「兵団の力じゃなく…兵団の力の使い方かな?」


「それは山賊を討伐したり、ということですか?」


「それもあるけど、意味が少し違うかな。

 君の兵団は国すら簡単に滅ぼせる力を持っている。

 しかし君は、そんなことができるようには思えない。

 強大で強力な兵団を、誰よりも心優しい君がどう使っていくのか…とても興味深いよ」


それからしばらくしてケーダさん達は帰って行った。


「じゃね♪」


とても疲れたけど、帰り際のシーベルさんの笑みが一服の清涼剤だった。



「…有名な人だったんですか?」


「当たり前よ!

 ラーセン商会の超有望株じゃないの!?

 若干20歳で番頭を任せられたから誰でも知ってるわよ!」


いつも怒ってるアヤ姉がいつも以上に怒ってた。


「凄い嗅覚の持ち主だとは聞いているわね。

 少しでも金儲けの気配が有れば、誰よりも早く現れるとか。

 今回に限って言えば、その嗅覚の噂も疑わしいけど…」


ドナ先生が訝しげに僕とシロを見てた。


「アイツ、あんまり良い噂が無いんだよ。

 時には強引な手口を使って利益出してるとか…競争相手を潰したりとかな」

「アキヒトも気を付けるのだぞ。

 魔導王朝はラーセン商会支店が多く、同時に良からぬ風聞も多い」


イスターさんとガーベラさんもケーダさんには警戒している様子だった。



「とにかく、2000万ソラの返済を待ってもらえたのは僥倖だ」


「はい、助かりました。

 今日は本当に長い一日でしたね…」


「いや…アキヒト君、まだ全部話が終わった訳では無いが」


「…え?」


「なぜ2000万ソラも借りたことを黙っていたんだい?」


レスリーさんの疲れ切った顔で僕に問いかけた。

同時にアヤ姉もドナ先生も…凄い剣幕で僕を睨み付けていた。


「え、えっと…それは……今まで忙しくて…忘れていたんです…」


「忘れたで済むと思ってんの!?」

「他には何も借りてないでしょうね!?」


お説教は夕飯の直前まで終わることなく続いた。



この日、僕はラーセン商会の番頭ケーダ・ラーセンさんと正式に挨拶を交わした。

レスリーさんの銀鉱山、屋敷に続いて2000万ソラもの負債を背負う。


果たして敗残兵団の家計が黒字に変わる日は到来するのだろうか。


次回 第40話 『 儚き夢 』

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