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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第3話 『 大陸千年史 』

「わぁ…今日からここに住むんだ…」


扉を開ければ、テーブルと椅子、棚やクローゼット。

奥には台所や食器棚が用意されているのが見えた。

見上げると天井には、眩いばかりの灯火。

家具の殆んどは木製で、家屋は頑丈な石造りだった。


選別の後、召喚された者達へ家屋の割り当てが指示された。

破格の待遇で、各人に対し1軒家が贈られた。

期待を籠められた先輩達には、大きな屋敷が用意されたらしい。

特に注目されていた人達は豪華な屋敷と聞いている。

その一方で、僕には普通の民家が割り当てられた。

しかし、当然だが不満は無い。

むしろ衣食住が保証されたのだから喜ぶべきだ。


その住居に僕、アヤさん、ティアさんの3人が訪れていた。


「この天井の光は電気ですか?」

「デンキって何…?この光は魔法力よ」


壁のスイッチでオンオフの切り替えは、電気仕掛けにしか見えなかった。

だがアヤさんの説明によると、街の中心に巨大なクリスタルがあると。

そこから各家庭に様々な恩恵がもたらされている仕組みらしい。


「部屋の灯りも料理の火も、そのクリスタルがあればこそよ」

「じゃあ、水はどうなっているんです?」

「浄水施設が有ってね、そこの動力源もクリスタルよ」


国民からの税金で運営されるクリスタルからの供給システム。

術者によって定期的に魔法力を備蓄され、運用されているという。


大聖堂を出て、初めて見る街並みには驚かされた。

高台から見渡す光景には、多くの石造りの家屋が建ち並んでいた。

道路には多くの人々と馬車が行き来している。

そして外周を覆うのは長く巨大な城壁。

約5キロ四方の空間に城塞都市が形成されていた。


「アキヒトの世界に魔法は無いの?」

「空想の世界には有りますけど、現実には無いですよ」

「じゃあ、夜になったら真っ暗?」

「はい、だから僕達の世界では電気の光が普通です」

「デンキ…魔法とは違うの…?」

「電気とは何かと言いますと…そうだ、これを見て下さい」


唯一の荷物のノートPCを思い出した。

式典の準備で先輩達の列順を確認するために持っていた物だ。

それで召喚の時に、僕と一緒に呼び出されてしまっていた。


説明よりも見てもらうのが早いと思い、電源を入れてみたが…。


「…何も動かないじゃないの」


スイッチを入れても反応せず、画面は暗いまま。


「じゃ…じゃあ、こっちなら…」


ポケットの中に携帯機器が有ったのを思い出し、取り出してみた。

同じくアヤさんの前で電源を入れてみたが…。


「それがどうかしたの?」


やはり動かない。

時間的に、両方ともバッテリーは十分に残っている筈だ。

それが動かない以上、召喚の時に衝撃か何かで壊れてしまったのだろうか。


「…ゴメンなさい」

「良いわよ、別にそんなの。

 それよりティア先輩、食事の支度をお願いできますか?」

「はい、今準備しますから少し待ってくださいね」


返事をするとティアさんが台所へ…冷蔵庫もあるらしく、食材を見繕っていた。

調理器具は一通り揃っているらしく、直ぐに料理できるらしい。


「じゃ、ティア先輩が食事の支度をしている間に…」

「その前に、なぜティア"先輩"と呼ぶんですか?」

「上級生だからよ。その方が呼びやすいから」

「そういえば、皆さんの年齢をまだ聞いてないんですが…」

「私が15歳、ティア先輩が3学年上だったから今は18歳だと思うわ」

「ではドナさんは?」

「私より一つ下だから14歳よ」

「そうですか…僕は13歳だから一番年下ですね」


元々は先輩達の年代に合わせて選ばれた女の子達だ。

だから僕が年齢的に下なのは当然だ。


「お互いの年齢関係を把握した所で…改めて話をしましょうか」


僕とアヤさんはテーブルに着き、向かい合う格好になった。


「大聖堂での説明が有った通り、私はアキヒトの案内人よ。

 だからこの世界の事情を説明し、これから何を成すべきか助言するけど…」


緊張して身構えていた僕に対し、アヤさんは突然息を吐いて力を抜いた。


「…あまり責任感じなくて良いから」

「え…?」

「この世界を救うなんて考える必要が無いってことよ」

「そ、それは…先輩達と違って僕は実力不足だから…。

 最初から戦力外と分かってるから、頑張る必要は無いってことですか?」

「うぅん、そうじゃなくてね。

 本当はこんなこと、案内役の私が言っちゃ駄目なんだけど…。

 まぁ…いずれは知ることになるだろうから、最初に説明しておくわ。

 長い話になるんだけど、食事まで時間が有るしね…」


この世界には一つの広大な大陸が有り、それが世界の全てだという。

主な勢力は神族、魔族、そして人間。

他にも亜人族や魔物、神獣などが生息しているが、大半は3勢力で占められる。


確かな記録として残っているのは千年前。

神族と魔族が世界を二分して、激しい戦いを繰り広げていた。


神族の主な勢力圏は大陸北東部、魔族の主な勢力圏は大陸南西部。

その中央部となる大平原地帯で戦いが続いていた。

なぜ戦いが始まったのか、今となっては原因も分からない。

北東部と南西部で勢力を伸ばしつつあった各々の種族。

ある時、中間地点である大平原で何らかの衝突が起こったのであろう。

以来、動乱の時代であったと歴史書は記されている。


当時、人間は脆弱で神族と魔族に翻弄され続けていた。


同じ人間同士だが神族派と魔族派に分かれて戦い、多くの犠牲者を産み出した。

最も被害を受けたのは神族でも魔族でも無く、人間であろう。

田畑は荒れ住処は焼かれ、飢饉が起これば更に多くの人々が餓えて命を落としたという。


転機が有ったのは600年程前のこと。

魔族内で1人の実力者が台頭した。

他の追随を許さぬ圧倒的な力を背景に、広大な魔族の全権を掌中に収めた。


人々は畏れを成し、その人物を『魔王ヴリタラ』と呼んだ。


ヴリタラは宗主となり、8人の大公と100人の公爵と共に魔導王朝成立を宣言。

一時は劣勢で混乱状態であった魔族も体制が確立され、反攻が始まる。

戦いは苛烈さを増し、双方多くの血が流れた。


大陸歴488年7月、中央平原にて覇権を賭けた一大決戦が始まった。

双方併せて100万以上の兵力が投入されたと伝えられる。

戦いは10日間続き、遂に神軍の一画が崩れる。

東の祖国に向かって退く神軍と、猛烈に追撃する魔軍。

だが神軍は自領土へと続くアコン山脈の回廊を要塞化していた。

南北に高くそびえる山脈から、唯一の進軍経路。

勢いに乗っていた魔軍であったが、天然の要塞を前に進軍が止まった。


大陸歴489年1月、魔王ヴリタラは全軍に撤退を命令。

アコン山脈の守りを崩す見込みも無く、40万以上の将兵の維持も限界であった。


結局、神軍と魔軍の戦いは決着に至らず、双方ともに多くの犠牲を出したのみで終わった。


しかし、本当に悲惨だったのは人間側である。

神軍と魔軍の戦場となった平原は、打ち続く戦乱で荒れ果てていた。

しかも両軍は撤退時に多くの物資を引き上げたため、平原全体が食糧不足に陥った。


けれども人間は強いんだよと、アヤさんは語ってくれた。


荒れ果てた中央平原で農耕が始まった。

河川から水が引かれて灌漑施設が整えられ、食料の生産が再開した。

小麦、ライ麦、豆から始まった耕作に並行して、牧畜業も広まっていった。

戦後50年も経つと、食糧事情は劇的に改善されたと記されている。

冬の訪れのたびに数万単位の餓死者が発生したが、それも昔の話となっていた。

集落は街となり、街は都市へと発展する。


大陸歴600年、ボーエン都市連合がボーエン王国を宣言。

神族でも魔族でも無い、歴史上、人間によって初めて作られた国家である。

続いて大陸歴700年までの間に、以下の4国家が設立された。


トスカー共和国 カール大公国 リトア王国 マーク同盟


そのどれもが人間主導の政治体制である。


そして大陸歴765年に、5国家による同盟関係が結ばれた。

各国家間での領土問題や軋轢解消までに、50年以上の月日を要した。


中央平原の主要5国家の同盟により、今日まで『 大陸平原同盟 』と呼ばれる。


この5大同盟以降、人類の繁栄が始まった。

中央平原の肥沃な大穀倉地帯は、多くの人々の生活を支えている。

各方面の技術も発達し、人々の住居は藁葺き屋根から木造建築へと移行した。

政治体制の確立により新たな貨幣制度が導入され、経済の発展を促す。

農業、鉱山業、毛織物業の発達は、人々の生活を豊かにしていった。


特筆すべきは魔法力の生活利用化であろう。

それまで軍事専門であった魔法力を、一般社会の運用に応用した。

大陸歴830年、トスカー共和国にて初の魔法力備蓄型クリスタルの設置。

都市国家一つの夜の灯りを供給することに成功した。

続いて浄水施設、熱利用への転用。

更に製鉄業や繊維業など、多くの加工業でのエネルギー源とされた。


以降、各国でも教育制度が施行され、大学機関も設立された。

数多くの産業の振興と共に、多くの職人達が産まれた。


人々の生活レベルは上昇し、戦いの無い時代が続いた。



「現在、大陸歴996年。

 とても平和で豊かで恵まれた時代と言えるわね」

「しかし、『黒い月』の脅威が…」

「そんな予言、誰も信じてないわよ」

「…え?」

「今のは言い過ぎね。1万人に1人くらいは信じてる人がいるかも…。

 予言なんて当たる時も有れば外れる時も有るわよ。

 しかし何の前触れも無く月が増えるなんて、常識で考えたら有り得ないわね」

「それって…要するに『黒い月』の予言は起こらないと?」

「そういうこと」


「じゃ…じゃあ、どうして僕達は呼び出されたんですか!?

 『黒い月』の予言を防ぐためだったんじゃ…!」


「だから今、簡単に歴史を説明したのよ」


よく見れば、説明しているアヤさん自身が呆れていた。


「昔は神族と魔族に虐げられていたけど、今は人間も強くなった。

 ここまでは分かるわね?」

「はい、それくらいは…」

「確かに私達、人類の勢力は500年前とは比べ物にならない程大きくなったわ。

 政治的に整備され、経済的にも豊かになった。

 様々な産業が発達し、技術も飛躍的に向上している。

 けれど一つ、どうしても神族や魔族に敵わない分野が有るの」

「それって…もしかして…」


「――そう、戦う力よ」


勢力の拡大と文明の発展により、人類の発言力は大きく増した。

神族及び魔族も経済的には大きく依存しており、無視できない存在となっている。

現実に今では人類が発明した貨幣制度に追随せざるを得ない状況である。


しかし如何に政治的、経済的に発展しても決定打とは成り得ない。

いざ戦闘になった場合、強大な力を持つ神族と魔族には太刀打ちできない。

5同盟国も兵を増やし装備を充実させたが、圧倒的な差を埋めるに至らない。


その時、とある予言が着目された。


『大陸歴999年に黒い月が出現し、世界に危機が訪れる』


世界の危機を救う名目で、異世界から強者を召喚すれば?

更に神獣との契約を交わすことで、神魔に対抗しうる存在となるのでは…?


「ちょ…ちょっと待って下さいよ!

 つまり僕達は、神族や魔族と戦うために呼ばれたのですか!?」

「正確には少し違うわね…。

 強大な相手と有利に交渉を進めるための、謂わば抑止力よ」

「け、けれど…僕達、5年後には元の世界に返してくれるんですよね?

 期間がそれだけじゃ、大して意味は無いと思いますが…」

「えぇ、約束は必ず守られると思うわ。

 司教達も決して嘘は言ってないでしょうよ。

 但し、帰還を希望する人達に限っての話しだけど」

「それ、どういう意味なのですか?」


「アキヒトも今日、お仲間達の顔を見たでしょ。

 強大な力を手に入れて英雄扱いされ、大勢の女の子達に囲まれて…。

 元の世界とどちらが居心地良いかしら?」


5同盟国の貴族や富裕層もまた多くの目論見を抱いていた。

神獣と契約を交わした者は、常人とはかけ離れた存在となる。

いずれは国の重鎮となり、同盟内で高い地位と権限が与えられるであろう。

ならば一族に取り込んでしまえば良い。


一族の子女をあてがい、英雄の血を取り入れれば――


「要するに世界の危機を救ってもらうなんて、召喚する都合の良い言い訳。

 本当の狙いは、一族の繁栄と利権の拡大…それだけよ」


女の子達の本当の仕事は案内役ではなく、5年以内に勇者の心を射止めること。

彼等を恒久的に、この世界に引き止めるために集められた。

彼女達自身も、生涯の伴侶が勇者ならば一族内での地位は安泰であろう。


「はは…言葉が出ないですよ…」


アヤさんの説明には乾いた笑いしか出なかった。


先輩達も元の世界ではモテるだろうが、この世界とは比較にならないだろう。

しかも5年という歳月はとてつもなく大きい。

5年間の空白を経て元の世界へ帰還して、果たして居場所が有るだろうか?

あの競争社会で5年の遅れを取り戻すなんて不可能に近い。


むしろ、この世界に残留を希望する人達が大半を占めるのでは…?


「…あれ?

 事情は理解できましたが、なぜアヤさんは僕を選んだんです?

 そんな理由なら、尚更、僕なんかより…」

「最初からそのつもりが無いからよ」

「え…」

「私の相手は私が決めるの、他人の指図は受けないわ」

「な…なら、どうして儀式に参加したんですか!?」

「親がうるさかったからよ」


納得してしまった。

僕のことを全く異性として意識してないのが、少しだけ悲しくも有ったが。


「おそらくドナも似たような事情よ。

 あの子の父親は立派な人だから、金儲けより娘の幸せを優先するでしょうね。

 けれど、一族全体からの圧力が有ったんじゃないかしら…」


確かにドナさんも他の人と違い、愛想の類は全く感じられなかった。

一刻も早く面倒事を終わらせたい…という心情が態度に滲み出ていた。


「そうなると、あの人は…」


台所では食事の用意に勤しんでいるティアさんの後ろ姿。

そもそも他の人達は着飾っていたのに、なぜこの人だけメイド服なのだろうか。


「それは本人に聞いてみなさい」

「アヤさんは知っているんですよね?」

「私が話すべきことじゃないから…」


デリケートな問題なのだろう。

ティアさんにはティアさんの特別な事情が有るのを伺えた。


「というわけで、問題はアキヒトがどうするかよ」

「え、僕がですか?」

「5年後に戻るか戻らないかはともかく、遊んでちゃ駄目よ。

 明日から鍛錬と勉学に励んで、身体も頭も鍛えなさい!」

「そ、それは助かります…」


ある意味、有難かったかもしれない。


「勝手な都合で呼び出した世界の人間としてね。

 アキヒトを一人前にするのが私の責任と思っているから」

「そうですよ、明日から頑張ってくださいね」


料理を終えたのか、ティアさんがテーブルにお皿を並べ始めた。


「ドナは無関心に見えるけど、勉強で分からない所が有れば教えてくれるわ。

 あの子だって、頼られれば無視はできないと思うから。


 それから…その子ね」


僕の右肩に乗っていた小さな光を指差した。


「その精霊の世話を忘れずにね」


アヤさんとティアさんが眩しい笑顔を見せてくれた。



見知らぬ異世界なのに、元の世界の我が家より暖かい気がした。


先輩達に比べて余りに非力な自分だけど、同じくらい恵まれていると思えた。



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