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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第1戦後から第2戦 までの日常及び経緯
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第37話 『 教導騎士団報告会議 』


ヴリタラ魔導王朝教導騎士団。

騎士団長トリア・ヴァージを筆頭に団員52名で編成されている。

今年の1月より、大陸平原同盟主催で召喚された勇者指導を名目とした騎士団である。

だが真の目的は勇者達の選定と勧誘である。

これまで魔導王朝に有益な人材を見出し、自勢力への懐柔を進めてきた。


9月10日

本来なら9月20日に開催予定の進捗報告会議が、この日に前倒しされた。


騎士団長トリアに帰還命令が下され、急遽朝都インダラへと帰国していた。

到着後、休む間も無く王朝外務省へ出頭すると一室に通されてた。


これまでも死線を潜ってきた歴戦の猛者である。

南方戦線では虎人族に引けを取らぬ勇猛果敢な働きを見せてきた。

だが、その一室に待ち構えていた面々を目にした途端、恐怖で身体が凍りついた。


イナト筆頭大公、キシーナ大公、ラーキ大公、ヤミザ大公


今回の任務総括者であるラーキ大公への報告のみだと思い込んでいた。

だが現実は、他の3大公までもが席に就いていた。

特にイナト筆頭大公は非常に多忙な人物として知られている。

余程の事態で無ければ他大公の総括する領分に踏み込んだりはしない。


4人の魔導王朝重鎮に対し、トリアは一礼して自身の朝都帰還を報告した。

最初に話を切り出したのはラーキ大公だった。


「さて、トリア騎士団長…。

 今回の任務開始以降、毎月送ってくれた報告書は全て目を通している。

 100名の勇者について、各々の素養、人間性…事細かに記してあるな」


トリアより遥かに体格的には小柄な大公。

だが、大公の言葉一つ一つに王朝の騎士団長が戦慄を覚えていた。


「…なぜ報告に無いのだ?」


鼓動が速くなった。


「巨大な魔獣を統率する少年が…なぜ今まで報告の中に入ってなかったのだ?」


「も、申し訳ございません…」


「なぜ謝るのだ…私の言葉の意味が理解できなかったのか?

 なぜ、報告の中に少年の名が記載されてなかったかと聞いておるのだ!」


「待て、すまん!」


ラーキ大公の怒気を制したのはヤミザ大公であった。


「トリアを教導騎士団長に推したのは直接の上役の自分だ。

 だから今回の失態は自分の責任でもある…」


「そのようなことを論じているのでは無い!

 なぜ少年の名が今まで出てこなかったのかと聞いておるのだ!」


「――落ち着け」


キシーナ大公の透き通るような一声が場を制した。


「トリア騎士団長、正直に答えたまえ。

 今は貴様の処罰に拘っている時間など無いのだ」


「も、申し上げます…。

 少年は…報告する意味が無いと判断し……記載しませんでした…」


「なぜ報告する意味が無いと判断した?」


「力も弱く…契約した神獣も瀕死の精霊でして…。

 それよりも他の勇者達の選定と勧誘を優先すべきかと…」


「つまり貴様の目では、少年と精霊の素養を見抜けなかったと言うのだな」


「…返す言葉も御座いません」


するとラーキ大公が再び口を開き始めた。


「トリア騎士団長…これまでの報告書に関して、もう一つ聞きたいことがある」


「…はっ」


「勇者達の情報と並行して、教導騎士団員の功績についても報告していたな。

 その中で1名、不当に低く評価しているように感じたが…心当たりは?」


「いえ、そのような事は…」


「そうか、何も思い当たる所が無いのか…。

 貴様は公明正大で平等に全騎士団員を評価していたと断言するのだな?」


「…はい、決して私情を挟んだりはしておりませぬ」


「そうか――入ってまいれ」


声と共に扉が開き、一人の男が姿を現した。


「この者の話も聞かぬと真実が見えぬ気がしたのでな…わざわざ来てもらった。

 それでガーベラについての報告内容を隣で確認して貰っていたのだが…」


彼は同じ教導騎士団の騎士であり、ガーベラとは親しい同郷の人物である。


「一通り目を通しましたが1点、気になる箇所が」


「申してみよ」


「最初に我々が勇者候補達と対面した時です。

 拝見した報告書には記載されておりませんが…。

 最初に引き合わされた時、勇者候補達の中に件の少年の姿は有りませんでした」


「…何?どういうことだ?」


「司教達の立会の元で、我々と勇者候補達が顔を合わせました。

 その時、ガーベラ様が人数の足りないことに気付かれたのです。

 その場にいた勇者候補達は100人。

 ですが、知らされていた人数は101人。

 その足りなかった1人が…今回の件の少年です」


「な…なんだ、それは?」


思わずヤミザ大公が声を出していた。


「それでガーベラ様が司教殿に不足人数を指摘し…件の少年が姿を現した次第です」


「人間達が少年を隠蔽していたというのか!?

 これは重大な協定違反だぞ!」


珍しく声を荒げたヤミザ大公が、トリア騎士団長を睨みつけた。


「…なぜ報告書の中に無かったのだ?」


「その少年が…力も弱く契約した神獣も瀕死の精霊で…」


「さっきと同じことを申すな!」


怒鳴りつけ、一息つくと横へ向き直った


「ラーキよ、我が配下の失態、重ねてすまぬ!

 これは主である自分の責任でもある…!」


「お前が謝るのでは、これ以上は何も言えぬよ。

 だがトリア騎士団長…一つだけ答えよ。


 もしも最初の対面で少年の存在に気付かねば…どうなっていたと思う?」


「どうなっていたとは、何がで御座いましょうか」


「魔導王朝の未来に決まっておろうが!

 ガーベラが気付かねば、勇者候補の勧誘がそのまま始まっていた!

 間違いなく少年は神族か人間の元へ身を寄せたであろう!

 仮に神族へ少年が力を貸したらどうなったと思う!?

 あの巨大な魔獣が我等に牙を剥くのだぞ!」


ラーキ大公の怒り混じりの問いに、トリア騎士団長は一言も声が出せない。


「ガーベラの存在に感謝するが良い…!

 でなければ貴様を含め、教導騎士団員全てが極刑だったわ!」


「――それは貴様も同じだ」


その時、初めてイナト筆頭大公が口を開いた。


「それはどういう意味だ?」


「この教導騎士団員の選出は貴様も関わったのであろう?

 このトリア騎士団長も含めてだ」


「あぁ…そうだ」


「いや、貴様だけでは無い…私も含めて全員だ。

 魔導王朝全体が勇者召喚を低く評価していたのが根本の原因では無いか?」


ラーキ大公も息を整え、周りを見渡した。


「…それは少し違うな」


「何がだ」


「1人だけだが…ガーベラは事態の重要性に気付いていたと思うぞ」


肘を付きながら、ラーキ大公は話を続けた。


「現在の状況は幸運が重なった上に成り立っている。

 皆も知っての通り、南方の虎人族との戦線でガーベラは十分に働いてくれた。

 いや、十分すぎる程な。

 あれ以上戦果を上げさせては、周りの立場も無いと思い引き揚げさせた…。

 彼女はまだ若い。

 見聞を広めさせる意味も有って、ボーエン王国の任に就かせた。

 そこの大学に就学させながらな。

 だから任務について明言はしなかったが、半分休暇扱いだった。

 勇者勧誘は他の者に任せれば良い、とな。

 今は皆に手柄を分け与えよと…我ながら寝惚けた考えよ。

 私でさえ、それだけ間が抜けていたのに彼女だけは……彼女だけは重要性に気付いていた。

 はは、困ったな。

 何と賞賛して良いか言葉が見つからぬよ…。


 本当に…本当にヤールは良い娘を遺してくれた。

 こんな時まで助けられるとはな…」


「ヤールか…良い男だった。

 魔導王朝史を開いても、あれ程の人材はなかなかおるまい…」


イナト筆頭大公もまた故人を惜しんでいた。


ヤール・イーバー。

ラーキ大公の配下元序列1位。

ガーベラの実父であり、文武両面に長けた人物であった。

生前、魔導王朝に多大な貢献を成し遂げたことは誰もが知っている。

宗主ヴリタラからの覚えも良く、8大公を除いては最も信頼された臣であった。

その死は魔導王朝全体から惜しまれ、ヴリタラでさえ筆を置いて喪に服した程である。


ようやく気を取り直したラーキ大公が視線を向ける。


「トリア騎士団長、先程は声を荒げて済まなかったな。

 今回の失態の原因は我々全体の意識の低さだ…」


「い、いえ!勿体無いお言葉!

 ならば、私からも申し上げなければならない事が御座います…!

 自分は功績争いのため、ガーベラを不当に低く評価しておりました!

 先程の報告書に無かったのも、その一つです!

 少しでも功績を上げようと…!

 彼女を貶めることで差を付けようと考えておりました!

 そんな浅慮が王朝の危機を招いていたとは…!

 この失態、償っても償いきれません!

 規律を守るために、どうかこの首をお刎ね下さい…!」


「そうだな…本来なら、この場で即座に貴様の首を刎ねているところだ。

 だが、今はそれどころでない。

 今、ここで貴様の首を刎ねても現場が混乱するだけだ。

 貴様が本当に王朝の行く末を案じているなら、今後の働きでそれを示してみせよ。

 主のヤミザの前でもあるしな…その首、預けておく」


「必ずや、働きで示してみせます…。

 加えてもう一つ、申し上げなければならない報告がありました。

 これも報告書に記載しませんでしたので厳罰は覚悟の上です」


「なんだ、申してみよ」


「件の少年に目をかけている神族の若い騎士がいます。

 間違い無く少年の神族側の担当でしょう。

 他の神族騎士は他の勇者候補達に専念しておりましたが、

 少年の近くにいたのは、その若い騎士だけでした。

 何度も申し上げましたが、力も神獣の加護も無い平凡な少年です。

 他の神族の騎士達も少年には見向きもしませんでした。

 ですが…なぜかその騎士だけは根気良く剣の指導を続けていたのです」


「それは興味深いな。

 ガーベラと同様に少年の素質を見抜く目を持っているとは。

 キレ者の彼女と対等とはな…」


「これは協定に反する可能性もあり、報告書に記載しませんでしたが…。

 その神族の騎士とガーベラが過去に衝突しています。」


「衝突…何が有ったのだ?」


「練兵場にて何やら口論した後、木剣で戦いを始めました。

 聞いた者の証言によると詳細は不明ですが、おそらくは少年を巡ってと思われます。

 そして両者の力量は互角で有ったと…同時に木剣が砕けたそうです」


「それは益々興味深い…。

 ガーベラは剣の腕前も一流だ。

 彼女と同等のキレ者で剣の腕前も互角…さぞや名のある騎士なのだろう」


「そ、それが…此方で調べた所、その神族騎士について素性が明らかになりました」


「ほう…何者だったのだ?」


「姓名イスター・アンデル。

 パラス神聖法国法議院所属トーク・アンデル枢機卿の甥です。

 "900年代最後の神童"…と申し上げれば皆様にはお分かり頂けるかと」


「…何だと!?」


ラーキ大公のみならず、他の3大公も身を乗り出していた。


生年は970年代。

幼少から文武の才を発揮し、神童と謳われた少年の噂は遠く魔導王朝にまで伝わっていた。

980年代でありながら900年代最後と称された天才児。

そこには今後20年程度では彼を越える神童は表れないだろう意が込められていた。


「いずれは神聖法国を背負って立つだろうと話には聞いていたが…。

 フフッ…なるほど、ガーベラ以外では相手にならぬわ!」


高笑いするラーキ大公の横で、ヤミザ大公が静かに呟いていた。


「神族達も馬鹿では有るまい…。

 重要な事態と理解していればこそ、然るべき人材を差し向けたのであろう。

 なのに我々は…」


「――そう、我々は何も分かっていなかった!

 ガーベラは前面の有能な敵と後方の無能な我等に挟まれ孤軍奮闘していたのだ!

 困った…本当に困ったな!

 彼女には、なんと詫びて何を報いれば良いのか…!

 今の私には思いつかぬぞ!」


ラーキ大公は暫く笑っていたが、収まるとトリア騎士団長に告げた。


「ガーベラに伝えよ。

 今、この瞬間より教導騎士団長の任を命ずるとな。

 貴様は副団長として彼女を補佐せよ!」


「ハッ!畏まりました!」


「それから少年と会見したい。

 日時と場所の設定をするよう加えて申し付けよ」


「た…大公殿下、御自らですか!?」


「ガーベラが必死の想いで繋いでくれた縁だ。

 ここで確実に、最大限に活用できねば私に主の資格などあるまい」



「そ、そういえば…私からも一つお話したいことが」


先程報告書の件で証言したガーベラと親しい騎士が発言を求めた。


「ガーベラ様は剣の修業のみでなく、以前から少年に多くの作法を学ばせておりました」

「…なに?」


「時折ですが剣の鍛錬の代わりに、身なりを整えさせるべく礼服を仕立てさせております。

 更に魔導王朝の宮廷作法、礼儀作法、食事の作法等を学ばせておりました。

 その時の我々には分かりませんでした。

 なぜガーベラ様がそのようなことをなさるのかと…。


 しかし今思えば、大公殿下との会談を見越しての布石だったかも…」


それを耳にした4人の大公達は直ぐに言葉を発しなかった。

イナト筆頭大公が3人に目配せし、全員が頷き返すとトリア副騎士団長に告げた


「大公権限で命を下す。

 ボーエン王国在中の魔導王朝全ての民は、ガーベラの指揮下に入るよう伝えよ」


「そ…それは誠でございますか!?

 ガーベラはまだ序列7位、あの地にはそれ以上の序列の方々が…!」


「最も正確に状況を把握し、最も正確に未来を見据えているのが彼女だ。

 序列にこだわっている場合では無い」



この日、イナト筆頭大公を始めとする4大公の命が下された。


ガーベラ・イーバーには4大公の代理権限が与えられる。

ボーエン王国城塞都市に在住する全ての魔導王朝民が彼女の指揮下へと入っていった。



彼女に課せられた任務は唯一つ


兵団長アキヒトの懐柔である


次回 第38話 『 アキヒト躍進 』

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