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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第1戦後から第2戦 までの日常及び経緯
37/134

第36話 『 新騎士団長候補イスター 』


ボーエン王国城塞都市区パラス大教会。

一帯のパラス教信者の信仰対象のみならず神聖法国の政治的な拠点でもある。

その敷地内の司祭館、一室にて対談が成されていた。


居並んだのは地区司教、司教補佐5名、尚書官4名、クルタ騎士団長と副団長。


向かい合うのは若い青年騎士、その背後に同僚の騎士が2名。


「先程知らせが届いたよ。

 君の新騎士団長候補失格の上申は、法都到着間際に取り消された。

 引き続き、君は勇者勧誘の任に就いて貰う…。」


責任者の地区司教が疲れた口調で青年騎士に告げた。


ガンッ!


クルタ騎士団長のバール・レイマンが歯軋りをしながらテーブルを殴りつけた。


「貴様、分かっているだろうな!?

 これはパラス神聖法国の存続に関わる問題なのだぞ!」


「ハイ!承知しております!」


イスター・アンデルが直立不動の姿勢で受け応えた。


「ようやく厄介払いできたと一息つけておったものを…!

 貴様の悪運の強さには呆れて物も言えんわ!

 なぜこんな男にばかり加護を…パラスの神々も気紛れすぎる!」



クルタ騎士団の任務である勇者候補選定とパラス神聖法国への勧誘。


今年の春に召喚された別世界からの勇者候補達。

騎士団員は指導の名目で彼等へ接触し、その資質を見極め勧誘工作を進めていた。


だが、馬鹿が一人いた。


任務初日に寝坊して遅刻し、勇者候補達から失笑をかった。

しかも目を付けたのは、勇者候補達の巻き添えで召喚された平凡な少年。

少年が神獣の儀で召喚したのは瀕死の精霊。

練兵場の隅で素振りしていたのが目に入ったらしい。

それから他の100名には目もくれず、その少年の面倒ばかり見ていた。


魔族達も勇者候補達の指導が始まり、勧誘合戦も同時に始まった。

素養の優れた勇者候補を巡って懐柔が進む。

しかし魔族達も同様に条件を突き出し天秤の逆転が何度も続く。

姿の見えぬ魔族達の勧誘の戦いは、剣を使わないが苛烈を極めていた。


だが、一方で馬鹿は少年を繁華街に連れ出していた。

建前的には少年も勇者候補に含まれるが、遊んでいるのは明白だった。


『イスター!マジメにやらんか!』


しかし聞く耳など持ち合わせていやしない。

その都度、馬鹿の素行を報告し騎士団からの解任を訴えていた。

本人自身もそれは承知しており、そもそも退団は覚悟の上の行動である

騎士団長としては一刻も早く邪魔者は消し去りたかった。


だが、その都度叔父の枢機卿から取りなされた。

甥であるイスターを推挙された枢機卿の手前、処分は持ち越しとされた。


しかし少年の素行は決して良くなく、同時にイスターの評価も下がっていった。

案内人に固執するあまり、後見人の資産や財産を失う原因となった。

"黒い月"出現後に不謹慎にも魔獣騒ぎを起こしてしまった。


数々の失態の積み重ねで評価も下がり、遂にイスターの解任が決定となる。


勇者選任と勧誘の任務成果は、騎士団長選任の評価へと繋がっていた。

よってこの瞬間、団長候補除外も正式に決まった。


クルタ騎士団から解任され、新騎士団長候補からも除外。

ようやく肩の荷が降りたと思いきや、巨大な魔獣集団出現の報が入る。

魔獣は凄まじい強さを誇り、咆哮で山を一つ吹き飛ばした。


我々法国騎士団でも敵わない脅威の出現かと思いきや…。

巨大な魔獣の集団を率いる人物の詳細を聞かされて愕然とした。


「こんな奴に…こんな奴にパラス神聖法国の命運が託されるとは…!」


魔獣の集団…『 敗残兵団 』を率いていたのはイスター担当の少年だった。

現在、兵団の全指揮権を握っていると伝えられる。


間の悪い事に、先日の魔獣騒ぎで少年1行と法国騎士団員が口論してしまった。

事情が事情であり仕方ないが、騎士達は少年を手酷く罵ってしまった。

神聖法国に対する印象は最悪と考えて間違い無いだろう。


これより間違いなく大陸平原同盟とヴリタラ魔導王朝が少年に接触するだろう。

両勢力は自陣営に引き入れるべく、あらゆる手段を講じるに違いない。

そのために一刻も早く関係を修復せねばならない。

速やかに神聖法国からも接触せねばならないが適任者が居ない。

騎士団員は誰一人として少年と面識が無かった。

団員全ては他の勇者100名の指導担当に就いていたのだから。


いや、適任者が一人だけ居た。


クルタ騎士団中、イスターだけが少年と親交を深めていた。


その為、急いで騎士団解任と団長候補除外の取消が通達された。



「イスター君、事は重大だ。

 あの少年が率いる魔獣の集団…そう、敗残兵団という名前だったかな?

 仮に我々と敵対した場合、どれだけの驚異と成り得るか…」


騎士団によって確認された魔獣は47匹。

最も小さな魔獣でさえ2m以上の巨体であり、その戦闘力は侮れない。

最初の魔獣騒ぎで、その強さを騎士団員達はその身で思い知らされていた。

人間の衛兵20名の剣を一瞬で払い落とした手練。

続いて神族と魔族の騎士、計10名以上が一斉に攻撃したが相手にならなかった。

騎士達の身体能力を遥かに越えた動きで翻弄していた。

あの魔獣に戦意は無かったため、衛兵にも騎士団員に被害は無かった。


だが、戦場で出会っていたら?


おそらくあの魔獣は兵団の中でも最下級の戦力なのであろう。

1匹と対抗するだけでも、どれだけの法国騎士戦力が必要とされるのか。

その魔獣が37匹確認されている。


しかし戦力はそれだけに留まらない。

他にも10m以上の巨体の魔獣が2種7基、報告されている。

詳細は不明だが2m超の魔獣と同様、それ以上の戦闘力を秘めているだろう。


そして最大脅威が巨大な魔獣。

全高100mの巨体は対峙しただけで戦意を喪失させるに十分である。

だが、その真の脅威は謎の咆哮だった。

魔獣が咆哮すると眩しい光を発し、ケート山岳部の一画を一瞬で消し去った。

巨大な爆発と共に山岳は消滅、その振動は10km離れた場所でも確認されている。

最初の報告は虚偽だと疑われたが、山岳画像が魔道具で伝送されると言葉を失った。

咆哮のみならず、4本の鉤爪状の腕は攻撃手段と考えて間違いない。

他にも力を秘めている可能性は非常に高い。


仮に少年と完全に関係が決裂し、明確に敵対した場合。

あの兵団と対抗するのに神聖法国はどれだけの戦力を必要とするのか?

最終的に勝利したとしても損害は計り知れない。

特にあの巨獣の咆哮はパラス神聖法国その物を脅かしていた。



そこで最悪の状態が想定される。


万が一…万が一にも少年がヴリタラ魔導王朝に身を寄せたら?

勝機を確信した魔導王朝が再侵攻し、少年の兵団も戦列に加わっていたとしたら?

アコン山脈の大要塞『法国の盾』に大挙として押し寄せるであろう。

そこでだ…。

500年前の魔導王朝の軍勢さえも防いだ要害だが、あの咆哮が向けられたら?

もしパラス神聖法国全土を守護してきた『法国の盾』が破壊されたら…?


遂に魔導王朝全軍がアコン山脈の要害を突破し、その先に有るのは――



「ゆえにだ、第一に何としても少年との関係を修復したい。

 今後の為にも彼とは恒久的な友好関係を構築せねばならん…。

 

 そして可能ならば少年を神聖法国の一員として迎えたい…。


 …いや、迎えねばならんのだ」


少年と兵団が魔導王朝側の陣営に付けば最大の脅威となろう。

しかし神聖法国側の陣営に付いてくれるなら、今後の主導権を得ることができる。


500年前の決戦で神聖法国は魔導王朝に敗北した。

いや、宗主ヴリタラの個の強さに敗退したと言っても過言ではない。

軍勢は魔導王朝軍を圧倒しており、誰もが勝利を確信していた。

それを覆し神聖法国を窮地に追いやった力こそが、"魔王"と呼ばれる所以である。

以来、ヴリタラを恐れた神聖法国はアコン山脈から前に進めなかった。


だが、少年の兵団が神聖法国軍の戦列に加わるなら状況は異なってくる。

あの巨大な魔獣ならば魔王ヴリタラにも対抗し得るのでは?

麾下の魔獣達も非常に力強い味方となってくれるだろう。


一度は困難と挫折したパラス神聖法国による大陸統一も現実味を帯びてくる。



そう、少年の意志一つで大陸の情勢は大きく変わる。


そして少年がどう動くかは、イスターの働き次第であった。



「今回の命令は本国法議院から最重要案件として通達されている。

 更に法皇猊下までが直々に君の名宛てに、激励の御言葉をかけて下さっている」


「ハッ!光栄であります!」


「君の叔父上、トーク枢機卿は非常に見識の深い人物だ。

 内外で高い名声を得ており、次期法王の噂さえ囁かれる程のな。


 ただ一つ、君を勇者選定の任務へ強引に就けたのを疑問に思う者は多かった。

 あれ程公明正大な人物が身内贔屓をするのかとな。

 私を含めて、この場の大半の者が同じ想いだったであろう…。


 だが、枢機卿の先見性は正しかったようだ。

 もしも君が今回の任に就いてなかったら…想像するだけで身震いがするよ」


「ハッ!叔父であるトーク枢機卿の期待に応えたく存じます!」


「よって法議院より君への正式な通達だ。


 イスター・アンデル…君を新設される騎士団長の第一候補とする!」


「ハッ!身に余る光栄です!」


「勇者選定の任務で最も重要な立ち位置に至ったのは君だからな。

 今は第一候補だが、君ならばいずれ正式な騎士団長となろう」


「ハッ!有難うございます!」


「ところで、件の少年…アキヒトの心情はどうなのだ。

 我等神聖法国、平原同盟、魔導王朝…どこに心を寄せておる…?」


「現在は平原同盟…

 というよりは、後見人であるレスリー・アグワイヤ氏の意向に沿っています。

 氏は神族、魔族、人間と分け隔てなく接しております。

 ですからアキヒト少年も、同様に極めて中立的な価値観の持ち主です」


「なるほど…それなら直ぐに我らと敵対することは無さそうだが…」


「失礼、少し発言して宜しいか?」


そこで司教補佐の一人が手を挙げた。


「何だね?」


「そのアキヒト少年を指導している魔族側の担当ですが…

 ガーベラ・イーバーとの知らせが届いております」


司教達からざわめきの声が上がった。


「確か、南方戦線で勲功を上げた…」


「そうです、南方戦線で多大な戦果を上げた元騎士団長です。

 現在は教導騎士団の一騎士ですが、本国へ帰れば再び騎士団長に任命されるでしょう。

 調べたところ、相当な切れ者だそうです。

 南方戦線では戦果を上げ過ぎて同僚から疎まれたために外されたとか…。

 

 他に魔族側の騎士が少年と接触している気配は有りません。

 ですから間違いなく彼女が中心となって少年へ交渉を試みるでしょう…。


 …魔導王朝へ引き入れるために」


「何という…!」


一同が暗い面持にへと変わった。


「更に詳しく調べましたが…ガーベラは私的にも少年と接触しております。

 富裕層向けの仕立て屋で礼服を用意させ、魔導王朝の宮廷作法を学ばせていたと。

 また高級官僚用の店で共に食事をしていたとも…。

 ボーエン王国在住の魔導王朝全権大使との面会も済ませているそうです」


「さ…流石、南方戦線で名を馳せた切れ者の騎士団長だな。

 すでにそこまで少年を取り込んでいたとは…。


 それでイスター君はどうなのだ?

 少年と私的な交流は無いのか?」


「ハッ!繁華街へ一緒に飲みに行きました!」


一同の暗い面持が更に暗さを増した。


「他に誰か居なかったのか!」

「誰か、あの少年と面識のある者は!?」


「ざ、残念ながら…」


司教補佐達から非難の声が上がるが、騎士団長は首を横に振るしか無かった。


「ご安心を!これも作戦の一つであります!」


「き…聞こうか」


「彼はまだ13歳の少年、砕けた雰囲気の店の方が親交を深めやすいかと!

 本音も出しやすい状況を選択した次第です!

 事実、彼とは忌憚無い意見交換が可能となりました!」


「ふむ…」


「余りにも厳粛な環境では心の壁を作りやすいかと!

 その点に関しては、むしろ私の方が一歩親交を進めていると判断しております!」


「そこまで考えていたのなら、私から何も言うことは無い。

 いや、君に全てを委ねるしか無いのだ…。」


ボーエン王国在住の司教達から重い溜息が零れた。


「ハッ!拝命致します!

 ですが、その前にお聞きしたい事があります!」


「言ってみたまえ」


「本国より同僚の騎士達を招聘したいのですが許可願えないでしょうか!?

 これからの任務に必要だと存じます!」


「これは最重要任務だ、君が必要と判断するなら許可せねばなるまい。

 人員の選抜に関しては一任しよう」


「ハッ!有難うございます!

 それからもう一点!

 少年を神聖法国へ迎え入れるにあたり、条件は如何しましょう!?」


「条件とは?」


「平原同盟、魔導王朝、共に相応の地位、富、領土等で少年を懐柔するかと!

 私も親交を深めておりますが、交渉材料無しでは流石に難しいかと存じます!

 法国からはどの程度の条件を提示致しましょうか!?」


「ふむ…。

 その件に関しては、今この場にいる我々の一存では決められぬ。

 本国とも十分に協議せねばならん…。

 まずは少年と接触し、前回からの関係修復に当たってほしい。

 交渉条件に関しては追って通達する」


「ハッ!了解致しました!」


「しかし…最近の君の噂は芳しくないものばかりだった。

 それが今になって、法国騎士としての自覚が出てきたようだな。

 "900年代最後の神童"が、母国の危機に際して目を覚ましたのなら喜ばしいことだ。

 辛抱強く目をかけておられたトーク枢機卿もお喜びであろう。

 アンデル一族の秘蔵っ子の手腕に期待する」


「ハッ!パラス神聖法国の栄光のために!」


一同は一礼し、会合は終わりを迎えた。




「…おい、なんか変なモノでも食ったのか?」

「お前、本当にイスターなのか?」


退室後、通路を歩いていると背後で同伴していた騎士2人が訝しげに訪ねた。


「馬鹿だな、お前ら…あんなの出まかせに決まってんだろ。

 何が悲しくて国のために頑張らなくちゃいけないんのだよ?」


「だよな…」

「だと思ったよ…」


「お偉いさん方の覚えさえ良ければ、やれることも増えるからな。

 まずは本国からダチ公連中、全員呼び出さないと…。

 それに編成と配置を考えないとな…装備もできる限り良いのを…」


「どうしたんだ、お前」


騎士達の疑問は拭えなかった。


「何がだよ?」


「なんでお前、そんなに気合入ってるんだ?」

「まさかと思うが、本当に愛国心に目覚めたんじゃないだろうな?」


「可愛い弟分を守ってやるためだよ」


敗残兵団の名声は山賊討伐達成により大陸全土へと伝わった。

それに釣られてアキヒトの周りには胡散臭い連中が集まってくるであろう。

勧誘の名目なら堂々と人手を集め、周辺を警護しやすい。


「アイツ、すげぇよ…まさかエルミート家の当主に認めさせるとはな。

 惚れた女のために山賊一つブッ潰すなんて、さすが俺が見込んだだけはある。

 今度会ったら褒めてやらねぇとな…」



イスター自身、アキヒトを神聖法国へ引き抜くつもりは全く無い。

だが上層部の意向に従い、勧誘のポーズを続けるつもりではあった。

その為には、第一にアキヒトが法国へ友好的である事を報告せねばならない。

先日の魔獣騒ぎでの口論から関係は修復していると。

そうして神聖法国へ引き抜ける見込みが高いように思わせる必要が有る。


時間は必要だがアキヒトは神聖法国へ身を寄せるだろう、と。



さもなければパラス神聖法国は、もう一つの手段を講じる可能性が非常に高い。

アキヒトが魔導王朝へ身を寄せるのを黙って見ている筈が無い。



この日以降、イスターは公私に渡って奔走する


神聖法国上層部にアキヒト暗殺の選択肢を採らせないために



次回 第37話 『 教導騎士団報告会議 』

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