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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第2話 『 "赤"と"青"と"黒"の3少女 』


「…それは精霊みたいだね」


様子を見に来た神官様の一人が、小さな光の説明してくれた。


「とても小さいし…おそらくは草か花の精霊じゃないかな。

 弱っているし、もう長くは無いだろうね…」


事実、召喚されてから少しづつ光が弱くなってる気がする。


「この子を…助けることはできないんですか?」

「いや、それは…」

「もう駄目なのですか…?」

「結論から言えば助けられる…その精霊と契約を結べばね。

 そうすれば霊的に繋がり、君の生命力が精霊の方に流れるだろう…」

「そ、それじゃ…!」

「但し、一度に契約できるのは一つだけなんだ。

 その精霊と契約するなら、君にはもう…神獣と契約する資格は…」


この召喚の儀式の為、5つの王国から集まった司教様と神官の方々。

多くの難題を数年の月日をかけて解消し、ようやく今回の儀式が実現された。

今、この時を逃せば、神獣と契約する機会はほぼ永久に失われるであろう。


「それより、彼等と契約した神獣達を見ただろう。

 君も同じように契約し…力と知を得ようとは思わないか…?

 今なら召喚のやり直しも可能だ…」

「ぼ、僕も…」


ただでさえ雲の上の存在に等しい先輩達が、更に手の届かぬ場所に到達していた。

しかし再び召喚の儀式をおこない、強力な神獣と契約を結べば…。


こんな僕だって、龍のような神獣と契約すれば…!


「……あ」


見れば、目の前の精霊の光は益々弱くなり…今にも消えそうになっていた。

慈悲深き神官様にさえ見捨てられ、寂しく死を待つしか無い存在。


この世界の全てに見放された孤独な存在かもしれない。


しかし全てに見放されたからこそ、僕だけは見捨てていけない気がした。


「…契約するにはどうすれば?」

「し、しかし…それでは君が…」

「早く!時間が無いんです!」


僕の説得が不可能と悟ったか、神官様は詠唱を始めた。

身体の中の何かが外部に――目の前の光の精霊と繋がったのを感じた。


「これで大丈夫だ…少し経てば、その精霊も回復するよ」

「あ、有難うございます!」


神官様は呆れていたが、僕は精一杯感謝の言葉を述べた。


消えかけていた灯が再び輝きを取り戻し…僕は手の平に小さな光を乗せた。

手の平から直に感じる生命固有の温もり。

死の危険が回避されて安心すると、僕は光を右肩に乗せた。


「落ちないようにね」

「…」


僕が話しかけても、右肩の光は無言のままだった。


「話なんて無理だよ、精霊はそんなに頭も良くないからね」


神官様の言葉の通り、光は一言も発しない。

せめて会話だけでもと思ったが、仕方ないと諦めるしかなかった。



「父さん、母さん…ゴメンなさい…」


思い浮かんだのは家族の顔。


父さんは大企業の役員、母さんは著名な評論家。

5つ年上の姉さんは来年度からおそらく都内の一流大学へと進学するだろう。


父さんと母さんにとっては成績優秀で自慢の娘だ。


しかし家族の中で僕だけが見劣りしていた。

成績も平凡で、スポーツが得意でも無く、何か取り柄がある訳でも無い。


考えてみれば、この儀式は唯一の機会だったかもしれない。

凄い神獣と契約を結べば…姉さんと並べたかもしれない。


「はは…僕って駄目だな」


しかし、右肩の小さな光の精霊を見捨てられなかった。

強くなるには…大きくなるには、些事として切り捨てるのが正解かもしれない。


だが、一方で自分が誇らしく思えた。

また、とても自分らしい生き方だと納得していた。



「――これにて、全ての召喚の儀は完了致しました!

 では、引き続いて勇者の皆様方には世話役を選択して頂きます!」


司教様の言葉と共に、儀式の場に立ち会っていた女の子達が一斉に動き出した。

着飾った数百人の貴族子女が、先輩達の方へ殺到した。


「この世界に来たばかりの皆様方には、何もかも未知かと存じます!

 つまり彼女らは、謂わばこの世界の案内人です!

 皆様の身の回りの世話も担いますので御一人、5名までお選び下さい!」


説明が終わるまでも無く、女の子達は我先とアプローチしていた。


「勇者様、是非私をお側に!」

「先程の召喚の儀、素晴らしかったですわ!」

「私めに案内をお命じ下さいませんか!?」


選りすぐりの女の子ばかり集められていたらしい。

この世界に来たばかりの先輩達の、険しかった警戒の色は薄れてきていた。

というより既に緊張感の無い、締まりのない顔の先輩もいる。


年少の自分だがそれも無理は無いだろうな、と思ってしまう。

先輩達も男だし、こんな可愛い女の子達に群がられたら悪い気もしないだろう。


特に龍と契約を結んだ5人の回りは凄かった。

他の先輩達も凄いが、この人達は神獣からして別格だった。

芸能事務所のタレントに大勢の女性ファンが群がるのとよく似た光景が見られた。



「これも仕方ないよね…」


女の子が先輩達に群がる一方で、僕は1人取り残されていた。

司教様の仰る『勇者の皆様方』に自分が入ってないのは明らかだった。


おそらく、先輩達のオマケで呼び出されたと聞かされていたのだろう。

それに、僕だけ契約したのは神獣でなく精霊らしい光。


――再び家族のことを考えていた。


いつも姉さんに、父さんと母さんは話しかけていた。

出来が良かったから、それは当然だ。

事あるごとに褒められ、家族の皆は笑っていた。


しかし僕は1人だった。


いつも家族から取り残され、会話の輪の外の存在だった。

だから僕は気を遣い、談笑を後にすると1人静かに自分の部屋へ戻っていた。


そんな家庭だから、1人なのは慣れていた。

女の子達に相手にされなくても、特に妬みや悔しさは湧いて来なかった。



それより、これからどうしようか?


先輩達は神獣と契約した以上、この世界を救うための日々が始まるだろう。

しかし僕には不可能だ。

となれば、どこかで大人しく勉強でも…受験勉強をしないと。


説明で司教様は、5年後に元の世界に返してくれると約束してくれた。

ということは…僕の場合、18歳の1月に戻れたとして…1月はセンター試験だよ!


「はは……はぁ」


僕は乾いた笑いと共に、大きく溜息をついた。

大学受験は絶望的…しかし一浪すれば…いや、二浪しても5年分の遅れを取り戻せるとは…。

この世界に教材も無いし、教師なんかが居るわけも無いし…。

となると、僕の大学受験は…進路は…人生は…。


神獣や女の子以上に、そっちの方がショックだった。



「随分がっかりしてるわね」

「はい、かなり…」

「君も女の子達に囲まれたかった?」

「いいえ…それより僕の人生設計に、深刻な危機が…」

「…ジンセイセッケイって何なの?」


俯いていた顔を上げると、そこには背の高い赤い髪の少女が立っていた。


「え、えぇっと…」

「私は『アヤ・エルミート』、よろしくね」

「ぼ、僕は城原秋人です!」

「シロハラアキヒト…なんて呼べば良い?」

「えーっと…回りからは秋人と呼ばれてました」

「じゃ、私もアキヒトって呼ばせて貰うわね」

「はい、それで良いです。それで…アヤさんと呼べば良いですか?」

「アヤで構わないわよ?」

「いえ、呼び捨てはちょっと…」


大きな瞳に小さめの唇、そして赤色の長く綺麗な髪が印象的だった。

話をしてみて明るく、利発的な人なのが分かる。

とても馴染みやすそうだが、年上の人を呼び捨てにするのは抵抗が有った。


「…礼儀正しいみたいね。それで、アキヒトは誰か選んだの?」

「いえ、見ての通り誰も…」

「私じゃ不満?」


目の前の人の言葉が一瞬理解できなかった。


「え…それって、どういう意味で…」

「だ~から~、私が案内役じゃ不満だった?」


顔を近づけてきたので、思わず後ずさりしてしまった。

よく見れば、とても…かなり可愛い女の子だった。


「で、ですが…僕は手違いでやってきたんですよ?

 あそこの先輩達とは違って、僕は…」

「えぇ、分かってるわよ。

 あの連中と違って、凡人なことくらいね」

「え…じゃあ、どうして?」

「個人的な事情よ。

 アキヒトみたいのが召喚されて丁度良かったわ」


この人には他の人とは違い、何かしらの理由が有るらしかった。


「それにね…私としてはあの連中、あまり好かないのよ」

「せ、先輩達がですか?

 あの人達、僕の居た世界ではとても優秀と評価されていたんですよ。

 しかも、今では神獣と契約までしていますし…」

「その神獣が問題なのよ」


アヤさんの口調に、僅かながらトゲが感じられる。


「他者の力を借りて、それを自分の力のように錯覚して…。

 それで舞い上がって良い気になってる連中、私は遠慮したいの」


この人は先輩達を取り巻いている女の子達とは違うようだ。


「で、どうする?選択する権限はアキヒトに有るんだけど」

「…では、アヤさんにお願いして良いですか?

 僕、この世界のことは何も知らないので、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくね」


頭を下げて改めて挨拶すると、微笑んでくれた。


「しかしその『アヤさん』って呼び方、何とかならない?

 余り堅苦しいのは好きじゃないんだけど」

「え…けど、他にどう呼んで良いか…」


そんな僕とアヤさんの話の途中、横から1人の女の子が割って入ってきた。


「悪いけど、少し良いかしら?」


僕より少し背の低い、ブロンドの少女だった。

白金のように薄く透き通った色彩で、軽くカールのかかった金髪。

整った顔立ちと華麗な衣装、散りばめられたガラスや貴金属の装身具。

純日本人の僕からすればお人形さんのように思えた。


「まだ定員の空きは残ってる?」

「は、はい…まだ、こちらのアヤさん1人ですけど…」

「じゃ、私もね」

「え…」


愛想の欠片も無い金髪の少女。

用件が済んだのか、直ぐに背を向けて立ち去ろうとしていた。


「ちょ…!ちょっと、待って下さい!

 僕はその、あそこの先輩達とは…手違いで連れて来られて…!」

「分かってるわよ、巻き込まれたんでしょ?」

「え、あ、はい…その通りなんですが…」

「私もそこのアヤと同じよ、ここには義理で来ただけなんだから」


どうやら、この人はアヤさんと知り合いらしい。

しかも同じく他の女の子とは違って、この儀式に乗り気で無いらしい。


「では、お願いします。僕は城原秋人と言います!」

「私は『ディオーナ・アグワイヤ』…じゃあね」


それだけ言い残すと、少女は素っ気無く離れていった。


「アヤさん、今のは…」

「あの子の言った通り、義理でしょうね。

 くだらない儀式だけど、家の人に言われて仕方無く来たんでしょうね」

「くだらない儀式…なんですか?」

「あ…今のは内緒ね」


口を滑らしたのか、アヤさんは咳払いして誤魔化そうとしていた。


「そ、それよりドナって、凄い才女なのよ?」

「ドナ…ですか?」

「あぁ、ゴメンゴメン。

 本名は『ディオーナ』なんだけど親しい人達は『ドナ』って呼んでるの。

 その方が呼びやすいからね。

 それで勉強で分からない所が有れば、何でも教えてくれるわ」

「え…そんな凄い人が、なぜ僕なんかに?」

「…凄いからじゃないかな」


未だに先輩達に群がる女の子達に、アヤさんは冷めた視線を向けた。


「本当に凄い子なら、力目当てに相手を選ばないんじゃない?

 自分に何も無い程…自信が無い子程、全力で媚びて他人にすがるのよ」

「つまり、アヤさんも?」

「私はドナみたいに、あそこまで頭が良くないけどね…。

 それでも自力で生きていこうと思っているわ」


女の子達に囲まれる先輩達を、全く羨ましくなかったと言えば嘘になる。

しかし今は、このアヤさん1人が傍に居てくれる方が嬉しい気がした。


「そういえばアヤさんって、他の人と衣装が違いますね」

「あぁ、これね」


今のドナさんと見比べても、その違いは明らかだった。

他の女の子達は全力で着飾っているのに、アヤさんの服は非常にシンプルだ。

膝上までのキュロットに、ベストと上着。

よく見れば紋章や装飾も着いていたが、動き易さを重視しているように見えた。


「この方が身軽だしね、ゴテゴテなのは好きじゃないの」


知り合ったばかりだけど、この人の性格が大体掴めてきた。


ドナさんも気乗りしてなかったが、一応身嗜みは整えてきたのだろう。

この大聖堂に集まった子達は、誰もが綺麗な衣装に身を包んでいるというのに…。

アヤさんの他には誰も…と、1人の女の子が目に止まった

黒と白を基調とした、オーソドックスなメイド服。

ある意味目立っている…と思っていたら、僕の方に歩いてきた。


「あの…少し伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」


腰まで届く程の長い黒髪の女性だった。

女の子でなく女性なのは、アヤさんよりも一回り年上で…大人びていたからだ。


「私は『ティア・フロール』と申します。

 宜しければ、私を案内人として…世話役としてお傍に置いて貰えないでしょうか?」

「え、僕がですか?」

「もしや、すでに定員に達しておられました?

 それとも…私では御不満だったでしょうか…」

「いえ、まだ2人ですから定員は大丈夫ですが僕で良かったですか?

 あそこの先輩達の方が、僕なんかより…」

「いいえ、そんな事は御座いません。とてもお優しい方だと思います…」


ティアさんは、とても柔らかな…朗らかな微笑みを見せてくれた。


儀式の時、失敗して小さな精霊が呼び出されたのは見ていた。

しかも精霊は弱っていて、死にかけていたらしい。

再び儀式をおこない、神獣を呼び出す機会は残されていた。

しかし小さな生命を救うため、その少年は唯一の機会を行使した。


「私、そのような方に仕えたいと存じます。

 重ねてお願いします…私を御側に置いて頂けないでしょうか…?」

「いえ、そういうことでしたら…僕の方こそお願いします!

 僕は城原秋人!アキヒトと呼んでください!」

「アキヒト様ですね、畏まりました」

「え、そんな…"様"なんて要らないです、アキヒトで良いです」

「では、せめて"アキヒトさん"と…」

「僕、その呼び方も苦手なので…ちょっと…」

「では、やはり…"アキヒト様"と…」

「う…そ、それでは…すみませんが、"さん"の方でお願いします」

「はい、そう呼ばせて頂きますね…」


アヤさんより背の高いティアさんが、屈み込んで僕の顔を覗き込む。

近付いた顔に慌てながら、この人もとても可愛いな…と。

その優しげな笑みを見せられ、断る理由が無いのを悟った。


「い、いえ…それでお願いします、ティアさん」

「此方こそ宜しくお願いします…アキヒトさん」



会合が終わるまで更に30分を要した。


原因は先輩達の女の子選別だが、最終的には特例が認められる始末だった。

大泉さんを始めとする希望者の殺到した先輩達は10人へと変更。

それでも厳選に厳選を重ねた結果らしく、最後は揉めていたらしい。


後でアヤさんに聞いたのだが、この会合に集った子女は700人以上。

その多くは各王国出身の貴族や富豪の令嬢らしい。


先輩達全員は定員一杯となり、200人以上の女の子達は選別漏れとなった。

結局、定員割れしたのは僕1人のみ。

手違いで召喚された僕の所へ、3人以外に希望する人は居なかった。



こうして3人に支えられながら、僕と相棒の生活が始まった。



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