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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第28話 『 大陸激震 』


ヴリタラ魔導王朝宮廷タンクーラ大広間


宗主ヴリタラと8人の大公達、そして参集した王朝の高官達の表情は重い。

設置された巨大な魔導スクリーンに、一同の視線が注がれていた。


「これが昨夜記録された映像です…」


浮かび上がったのは、白い月と漆黒の月。


スクリーン前の王朝天文官の合図により、漆黒の月の映像部分が拡大された。



「これまでの観測結果より、以下の内容が確認されております。

 直径は約3100km、離心率0.032、公転周期は月と同一…。


 最も注目すべきは、この天体の均衡座標です。

 現時点で該当天体の質量は不明ですが、ある程度の予測は可能です。

 しかしその予測範囲では本星、月との座標関係での均衡は絶対に有りえません。

 つまり我々の住むこの本星と、今までの月。

 それに加えて新たな天体で構成される三角形状の位置関係。

 重力場、遠心力、予測範囲質量、距離から計算した結果…

 本来ならあの天体は、既存の月と引かれ合って衝突している筈なのです。

 ですが現実として今も均衡し、安定した公転軌道を続けています。

 計算上、決して有り得ない現象です。


 ですから、そこで一つの仮説が立てられます…」


魔導王朝内では第一人者たる王朝天文官が、大広間に集った高官達に告げた。



「おそらくあの天体は…"黒い月"は人工物かと…」



居並んだ者達は息を呑んで、声を出すこともできない。


「おそらくは何らかの力で軌道修正を続けているのでしょう。

 でなければ今の状況は有り得ません」


続いて、更にスクリーン上で漆黒の天体が拡大された。

拡大されたのは黒い影から盛り上がった一部。


「次は黒い月で観測された巨大な影です。

 現時点では何も分かっていません。

 一体どのような姿、形をしているのか…我々には予測さえ不可能です。

 ですが、体長は最低でも1200km以上と観測されております。

 体高は最低でも200km以上の…おそらくは巨大な生物です…」


次にスクリーンが切り替わると、大陸西部の地図に切り替わった。

魔導王朝版図が映し出され、そこに影が重ねられた。


広大な魔導王朝の大部分が黒く塗り潰される。


「仮に地上へ降下した場合、王朝全土面積の2割以上が覆われると予測されます。

 四肢の存在も予測されますが、その直径は100km以上に達するかと。

 重力下により動きは鈍重と予測されますが、対する有効な攻撃手段は何も…。

 この生物が歩いただけで魔導王朝の壊滅は免れません。


 いえ、そればかりか大陸全土が崩壊…世界は沈み…我々の世界は……。」


スクリーンを前に、王朝天文官はそれ以上言葉が続かない。

説明が終わると肩を落とし、力無く項垂れた。


天文官と同様に、大公を始めとする魔導王朝高官達も無言だった。

誰もが沈痛な面持ちで、スクリーンの映像を前に立ち尽くすしか無かった。



その時、沈黙を破って大広間の正面扉が突然開かれた。


「…失礼します!

 緊急事態によりご容赦を!」


「何事か!

 今以上の緊急事態が有るとでも言うのか!?」


苛立ちを隠せないグーニ大公が、駆け込んできた官僚を叱りつけた。


「そ、それが…!

 大陸平原同盟リトア王国の北岸より約30km離れた海洋上空において、

 巨大な浮遊物体が確認されました!」


「何…?」


「先程、映像が届きましたのでご確認ください!」


情報媒体となる小型水晶。

広間中央に設置された投影機に取り付けられると、スクリーン画像が切り替わった。


「…なんだ?

 なんなのだ、これは一体!」


映し出されたのは晴天時の青空。

だが、その画像中央に細く長い円筒状の何かが存在した。


「本日、北部駐留の部隊が航空装備換装して偵察を試みました。

 浮遊物体はおよそ3000m上空で停止、現在は動く気配は無いとのこと。

 不可視の障壁により、浮遊物体から約100mまでしか接近不可能だそうです。」


魔導王朝の精鋭航空装備隊が強行偵察を実行。

見えない壁により、それ以上の接近は不可能だったが目視で細部が確認された。


「目視で全長は約2000m、直径は約150mと推測。

 画像では分かりませんが、側面部に開口部らしき形状が多数確認されております。

 円筒両端部には、装甲らしき壁面と板形状の物体が接続されている模様。


 現在は北部駐留2個中隊が監視中、指示を仰ぎたいと連絡が入っております」



出現時期から考え、間違い無く漆黒の月と何らかの関わりを持つであろう。


漆黒の月の出現、蠢く巨大な影、北洋の浮遊物体。


未だ詳細は不明だが、この世界に何かが起きようとしているのは間違い無かった。



大広間に居並んだ高官達の多くが、己の不明を恥じていた。


"宗主様は間違っておられなかった"


先日の緊急参集。

この平和なご時世に突然何事かと。

宗主ヴリタラは500年の泰平で惚けられたかと…心中では呆れていた。

聞けば400年以上描画にご執心であり、政務から遠ざかっているという。

前大戦では周辺諸国から"魔王"と畏れられた宗主様も、すっかり衰えてしまったと。

当時の見る影は何処にも無く、遂に惚けられたかと囁かれていた。


だが、惚けていたのは高官達の方であったのを悟る。

泰平の世に有って衰えてしまったのは我々の方だったと。


宗主ヴリタラは500年を泰平を経て今も、紛れもなく"魔王"であった。



「…失礼します、火急の連絡が入りました」


次に扉が開かれると、王朝外務省の官僚が姿を現した。

外交関係総括のラーキ大公の下へ歩み寄ると、彼は紙面を読み上げた。


「先程、大陸平原同盟より首脳会談の申し入れがなされました。

 表面上は平原同盟主催ですが、実際は神聖法国側の意図が大きいかと…。

 主題は我等王朝との停戦協定の締結…。

 そして神、人、魔、3種族から成る対"黒い月"軍事同盟案の協議です。」


居並んだ高官達からざわめきが上がる。


「軍事同盟は、あくまで大陸平原同盟からの提案となっております。

 ですが此方で調査しました所、神族側から人間達への工作が確認されました。


 つまり実質的には、神聖法国から我等に対する軍事同盟の申し入れかと…」


僅か半月前まで、誰がこのような事態を予測したであろうか。

現在は休戦状態とはいえ、永らく宿敵であった神族。

その神族から停戦協定どころか、同盟の申し入れまでなされるとは。


「この会談に際し、神聖法国側からは枢機卿の列席が確定しております」


法皇を頂点とする政治体制。

パラス神聖法国では、その神聖法皇に次ぐ要人として知られる。


「ふむ…ならば私が出向かねばなるまい」

「ラーキ大公が自ら…?」

「他の者には任せておけん…。

 会談日時と場所の調整、人員の選出を急がせよ」


漆黒の月の出現に際し、大陸の主要国家が大きく動き始めていた。

長きに渡った500年の平穏は終焉を迎える。


あらゆる国家、あらゆる種族が新たな時代の到来を予感していた。







リトア王国


大陸平原同盟では北部を領有する王政国家。

北海に大きく面した海洋国家であり、非常に漁業が盛んな国として知られる。

付近の海域は東西の海流が衝突し、大陸でも有数の好漁場となっていた。

その為に毎年、大量の海産物が諸地域へと輸送される。


しかし今は、正体不明の浮遊物体出現で最も注目される地域となっていた。

湾岸には平原同盟のみならず、神聖法国、魔導王朝からも兵員が到来。

海洋上空の浮遊物に対する監視態勢が敷かれていた。



「…ん?」


リトア王国から南下する荷馬車隊の御者が、遠くで跳ねる何かに気付いた。

視界には広大な草原と遥か遠方にそびえる山岳地帯。

この日の朝、引き揚げたばかりの海産物を満載し、隣接都市へと向かっていた。


旧時代に比べ、現在の荷馬車の輸送速度は劇的に向上している。

馬車製造技術の進歩、魔法技術を応用した馬の身体強化、道路インフラの整備。

天候地形等、好条件ならば最高速度40㎞にも達する。


だが荷馬車と並行して進む、遠方の『ソレ』の速度は遥かに凌駕していた。


「は、はぁ…!?」


馬車から身を乗り出し、御者は目を凝らして見た。


体高3mにも達する何かが草原を飛び跳ねて疾走していた。

身体下部から伸びた巨大で太い節足。

地面を蹴り上げるたびに舞い上がる土煙が、荷馬車からでも視認できた。

一度の跳躍で数百メートルも前に。

上部に伸びるのは触覚らしき4本の長大な器官。

ダークイエローの本体前部には巨大な二つの複眼が見えた。


1キロ先を並行して走っていたが、視界から消え去るのに時間はかからなかった。


この荷馬車の御者以外にも、多くの人々に目撃されていた。

そして不思議なことに人口密集地帯を迂回しながら進んでいた。

進行方向が交差した商隊もあったが、『ソレ』は大きく避けていった。

途中、不思議なことに『ソレ』が人々に何かしらの危害を加えることは無かった。


余りにも移動が速すぎたため、連絡が届くのは通過してからであった。

そして連絡が拡散されるにつれ、各都市でも警戒態勢が敷かれる。

兵士や騎士にも続々と魔獣出現の報が知らされた。


しかし他には目もくれず、『ソレ』は疾走を続ける。



謎の生物はボーエン王国を目指していた。



次回 第29話 『 ダニー 』

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