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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第27話 『 出現 』


神聖法国と魔導王朝が騒がしくなって10日が過ぎた頃。

勇者候補達の為に式典が催されることが決まった。

場所は最初に召喚された時の大聖堂。


勇者候補から外れた僕は対象外だったが、見に行くことにした。


「そう…そうね、アキヒトの先輩達だし。

 それじゃ一緒に行こっか。」


アヤ姉に同行をお願いすると最初は意外な顔になっていた。

勇者候補から脱落した僕が式典を覗きに行くのは、場違いな気がしたから。

列席者がとても多いらしいから、どうしても人目につくだろう。

密かに影で何か言われるかもしれない。


しかし先輩達の晴れ舞台なら見なければいけないと思った。

ちっぽけな僕でも、同じ世界からの出身者として祝福したい。


男としては情けないけど、こういう時にアヤ姉が一緒だと心強かった。



式典当日。

勢揃いしたのは、礼服に身を包んだ凛々しい出で立ちの先輩達。

大聖堂祭壇前には司教様や神官の方々。

周囲にはボーエン王国高官や貴族、富裕層、案内人の少女達が列席していた。


僕は身体を小さくしながら、遠くから先輩達を見ていた。


「本日は未来の勇者の方々へ、相応しい武具を授けたく存じます…!」


司教様の言葉に列席者の中からざわめきが上がった。

今回の式典内容は事前に知らされておらず、驚いた人達は多かった。


そして司教様の所へ、綺羅びやかな箱や包みを神官の人達が運んできた。

その箱の一つが開けられ、中から眩い光を放つ剣が姿を現す。


「此方へ…」

「ハッ!」


勇者候補達の最前列にいた大泉さんが歩み出ると、司教様の前で跪いた。


「これなるは王国秘蔵、パラスの神々の加護を得た神剣で御座います。

 これを以て、世の邪悪を祓わんことを…!」


司教様から恭しく受け取ると、神剣が輝きを増した。

金銀の装飾が惜しげなく散りばめられた鞘と柄。

大泉さんが鞘から僅かに抜くと、眩しいばかりの刀身が姿を覗かせた。


その神々しい有様に、列席者の中から感嘆の声が上がった。


続いて他の勇者候補の先輩達にも秘蔵の武具が授けられていく。


遠い地の果てに住むと伝えられる小人達が作った剣

300年前に実在した高名な錬金術師が産み出した短剣

王国成立前に遺跡から発掘されたとされる不敗の刀剣

古代の英雄が強大な魔獣を退治したとされる湾曲刀

最強の神獣である龍さえ貫いたと伝えられる巨大な槍


「わぁ…」


次々と授けられる武具に、僕は人目も忘れて見入ってしまっていた。


「本日、この瞬間より貴方がたは勇者候補ではありません!


 正真正銘の勇者で御座います!」


伝説の武具を授けられた先輩達に、今度は司教様達が恭しく頭を下げた。

式典に参加していた列席者から割れんばかりの歓声が上がる。


先輩達は鞘から抜くと、刀身を振り上げて周囲に見せつけた。

大聖堂を照らす100の刀身の輝きに、列席者の誰もが目を奪われていた。



事の発端は神聖法国と魔導王朝で同時に起きた異変だった。


パラス神聖法国では神々の彫像が血の涙を流した。

ヴリタラ魔導王朝では宗主が臣下に参集を命じた。


この異変の指し示す意味は唯一つ、大いなる災厄の前触れであると。

当初は混乱を避けるため規制が敷かれたが、知れ渡るのに時間はかからなかった。


事態を重く見た大陸平原同盟首脳部は、勇者候補達に装備授与の決定を下した。

これまで人間が秘蔵してきた数々の伝説級の武具。


これらを式典を催して大々的に授与することで、人々の高揚を図っていた。

如何なる脅威であろうと恐れることは何も無い。


我等には光り輝く勇者達が控えている…と。



今の先輩達はまさしく勇者…英雄と言って良いかもしれない。

多くの人々から崇められる様は、僕と同じ人間だとは思えない。


そして、ふと思いがよぎる。


あの時、先輩達の勧めに応じれば、僕もあそこに居たのではないかと。

勇者となって、僕にも凄い武器を貰えたのではないかと。


この世界の多くの人達から同じように、崇められていたのではないか…と。


「ははは…」


自分も未練がましいな、と自然に乾いた笑いが出た。


今までの選択に何の後悔も無い。

シロの生命を優先した自分は正しかったと胸を張って言える。


けれども正直な気持ちとして、先輩達が羨ましかった。


同時に何の武器も与えられない自分が、寂しく悲しく思えた。




「凄かったわね…」


式典からの帰り道、アヤ姉は会場の余韻に浸っていた。

勇者の先輩達に良い印象の無いアヤ姉も、あの演出には大きく心が動かされていた。


「そうだね…うん、凄かった」


対して僕は落ち込んでいた。

先輩達があれだけ凄いのに…とても格好いいのに、僕には何も無かったのだから。


「…当ててあげようか?」

「何を?」

「アキヒトも武器、欲しかったんでしょ?」

「いや、それは…」


顔に出ていたらしい。

アヤ姉には僕の考えなんて、何もかもお見通しのようだった。


「…うん、正直に言うと先輩達が羨ましかったよ。

 僕には相応しくないとは思うけど…相応しくないと分かっているけどね。

 あんな凄い武器、男なら誰だって欲しいよ…」


自嘲しようとするけど、悲しくて惨めでそれすらもできなかった。

自然に落ち込んでしまい、言葉も少なくなってしまう。


「仕方ないわね…私が一つ、用意してあげるわよ」


「…え?」


「この世に一つしかない、アキヒトだけの装備をね」


「アヤ姉、剣を作ったりできるの?」


「馬鹿、そんなことできるわけないでしょ」


「じゃ、じゃあ…」


「どんな神剣より、どんな伝説の武器よりも良い物を作ってあげるわよ!」


沈んだ僕を励まそうとアヤ姉は胸を叩き、精一杯微笑みかけてくれた。


「だから元気出しなさい!

 いつまでも暗い顔してたら、作ってあげないわよ!?」


「う、うん!」


今まで、どれだけアヤ姉に助けられただろうか。

僕には何もないなんて考えは、完全に間違っていたと思い知らされる。


伝説の剣なんかより、アヤ姉の心遣いの方が余程大切だった。




「…悪いな、アキヒト」


しかし、そんな僕以上に右肩のシロは落ち込んでいた。

そういえば式典の最中から、ずっと無言で黙り込んでいたのに気付く。


「なんでシロが謝るの?」

「俺を助けたから、お前は勇者になれなかったんだろ?

 しかも武器だって何も貰えなかったし…。

 すまない、俺なんかのために…」

「…あ!いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ!

 シロは全然悪くないから!」


慌てて慰めたけれど、シロはシロで責任を感じているように見えた。


「…いや、考えを変えるか。

 俺のダチ公に『勇者』なんて肩書は安すぎるぜ!」


責任を感じているように見えたのは、本当に見せかけだったらしい。


「あ、あのね、シロ…僕は別に勇者になんて…」

「安心しろ、アキヒト!

 勇者なんてありきたりの肩書、お前には似合わねえよ!

 第一だな、『勇者』と言ってもこの大陸だけで100人いるんだぜ?

 お前の世界にだって『勇者』の一人や二人いるんだろ?

 そんな何処にでも転がってるような肩書、俺達の方から願い下げだぜ!」

「は…はは…」


どう考えたら、そんな思考に辿り着くんだろう…。


「アヤが装備を作るって言うなら、俺は肩書を作ってやるよ!」

「シロが…?」

「そうさ!

 どんな世界を探し回っても一つしかない!

 お前だけの、お前だけに許された肩書だ!


 『勇者アキヒト』なんて霞むような呼び名を考えてやる!


 そうだな、『英雄アキヒト』や『賢者アキヒト』も平凡だし…。

 もっと凄いハッタリが効いたのを…。

 畜生、俺としたことが、なかなか良いのが思い浮かばないな…!」


「あ…はは……ありがとうね、シロ。

 とても嬉しいよ」


「お、おい!

 なんだよ、もっと嬉しがれよ!

 アヤの時と反応が違いすぎるだろ!」


「だから嬉しいってば」


「アキヒト!てめえ!」


式典の帰り道、さっきまでの重い空気が今はもう無かった。


シロは不満げに愚痴を零していたが、すっかり元気を取り戻していた。

そんなシロを見て、僕とアヤ姉からは自然に笑みが零れる。


3人で明るく騒ぎながら、僕達は家路についていた。






大陸歴996年8月28日


平原同盟が定める標準時刻22時未明と記録されている。


何時もと代わり映えのない満月の夜。

一日が終わり、誰もが寝静まろうとしていた夜更け過ぎだった。


「…ん?」


通行人が一人、二人…。

夜空を見上げると立ち止まっていく。

立ち止まった人々を見て、他の人々も同様に夜空を見上げ…。


「…おい!」

「み、見てみろよ!」

「外に出ろ!」


ざわめきは途端に大きくなり、家々からも人々が飛び出して空を見上げた。

城塞都市が…いや、大陸全土の各地で観測された。



誰もが見慣れた白く輝く満月



その隣にもう一つの月


白い満月とは対称的な――光も刺さない漆黒の月が浮かんでいた



「あれって…もしかして…」


見上げる人々の声が震えている。

この世界の住人なら誰もが知っている予言。


そう…250年前、数多くの大事件を予知した人物。


彼が最期に予言した世界の危機。



それから全世界、多くの人に知れ渡った予言の呼称は――




「キャアア!」


その時、城塞都市全域から悲鳴が上がった。


表に出た者達の多くが、膝をついて己の神に祈り始めた。


地面に尻もちを付き、呆然とした者もいる。


頭上の光景に、大半の者が声を出すこともできない。



漆黒の月で何かが蠢いていた


立ち上がり…動き…屈み込み…伸ばし…


人々の肉眼でも見える程の巨大な影




漆黒の月には何かが棲んでいた


次回 第28話『 大陸激震 』

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