第24話 『 大陸動揺 』
大陸歴996年8月15日午後
ヴリタラ魔導王朝宮廷タンクーラ大広間に王朝の高官達が集結していた。
文武百官、その先頭には8名の姿が見えた。
「これで全員揃ったか…」
イナト筆頭大公
銀の眼鏡が印象的な穏やかな風貌の人物。
宗主ヴリタラは滅多に政治の表舞台に姿を見せないため、実質的には最高権力者と噂される。
広い見識と柔軟な思考を併せ持ち、政治経済軍事全ての運営を総括。
他7大公を始め全ての臣下からの信頼も厚く、故に『筆頭大公』と称される。
500年前の大戦では宗主ヴリタラから全幅の信頼を寄せられ、全軍の運営を担った。
経済基盤の脆弱だった当時の魔導王朝が戦闘を持続できたのは彼の手腕に依る所が大きい。
宗主ヴリタラとは最も古い知己であり、名実共に魔導王朝の最重鎮である。
「で、一体何が起こったのだ?」
キシーナ大公
スラリとした体型で目鼻の整った美形の人物。
王朝全土の都市計画を担うと同時に、イナト筆頭大公に次ぐ存在として知られる。
通常は本分である都市建設を総括するが、筆頭大公が多忙な場合は自ら補佐に回る。
政治経済と各方面に渡って手腕に長けると同時に、武人として勇名を馳せる。
前大戦でも総大将ヴリタラに次ぐ存在として神聖法国将兵に恐れられた。
その外見から王朝民から慕われ、特に女性層からの人気が高い。
イナト筆頭大公が片腕と頼む人物である。
「さてな。自分も王都に戻ってきたばかりだ」
イアラ大公
人懐こく温和な表情が印象的な人物。
王朝全土の福祉関連を総括し、民の生活を安んじる慈悲深い大公として有名。
大戦直後、数多くの難民や孤児の生命が救われたのはこの人物の尽力が大きい。
当時、社会的な弱者であった生活困窮者や戦病者を受け入れる体制を整えさせた。
それ故に、この大公を慕って魔導王朝入りする人間達も少なくない。
神聖法国のアコン山脈要塞建設の厳しい労役とは対称的な政策で非常に評価が高い。
王朝民の多くから慕われる人物である。
「昨日、最新情勢を見直したが特に目立ったことは…」
ラーキ大公
背が低く童顔のため、他大公より若く見られる人物。
王朝の商業を総括すると同時に、外交を一手に担う手腕家として非常に有名。
814年に王朝は通貨崩壊を起こしたが、その原因として彼の不在が挙げられる。
当時は神聖法国と平原同盟との外交に奔走し、大公自身は王朝本土から遠く離れていた。
仮に大公が健在ならば、人間達に遅れを取ることは無かったであろう。
父祖の代からガーベラの直接の主に当たり、スジャーンと同様に親代わりと言える。
幼い風貌のため初対面では度々軽んじられるが、切れ者として他国に知れ渡っている。
「何も無いなら一刻も早く帰らせてくれ」
カーリュ大公
恰幅の良い体型で線の細い目が印象的な人物。
王朝の発展の為、各産業の関連技術研究を推進する大公として内外に知られる。
保守的な姿勢の多い高官の中にあって、非常に柔軟な思考を持つ。
たとえ相手が他種族であろうと平等に接し、冷静に意見交換ができることで有名。
大公の中では躍進した人間種族を最も評価し、積極的な親交を推奨している。
特にボーエン大学在中のレスリー教授とは親交が深く、彼を高く評価している。
王朝領内の大学及び研究機関を総括する立場である。
「何かの手違いでしたじゃすまねえぞ…!」
グーニ大公
鍛えられた肉体の目つきの険しい、非常に血気盛んな人物。
8大公の中では一番の武闘派であり、好んで常に戦場に身を置いている。
現在、魔導王朝は南方戦線にて虎人族と対峙し、その全軍総司令を務める。
好戦的な人物として知られるが、情に厚く将兵からの信頼は高い。
先日、ラーキ大公の一存で騎士団一つを戦線から退かせた事に憤っている。
その騎士団長こそがガーベラであり、彼自身も重宝し期待していた。
南方のみならず、今はヴリタラに代わって王朝軍を総括している。
「まぁまぁ、落ち着けって…」
ヤミザ大公
黒縁眼鏡が印象的な、覇気の無い疲れた表情の人物。
王朝内では道路、水道といったインフラ事業を総括する立場として知られる。
民の生活に最も深く関わる職務であり、実際に王朝民に耳を傾ける機会は多い。
また大公同士での衝突が有った場合、常に間に割って仲裁に入る存在として有名。
8人の大公制が500年以上続いたのは、彼の人物の功績だと囁く者は多い。
大公や文武百官に関する人事間の折衝で常に多くの者達から面会を求められている。
決して表で目立つ存在では無いが、王朝の基盤と目される人物である。
「…」
ショウ大公
終始不機嫌な表情で無言で立ち尽くす人物。
王朝内の文化及び芸術振興を総括する立場として、一応は認識されている。
だが、実際は他7大公に任せきりで王朝運営には何も寄与していない。
他7名と古い付き合いで、一緒に行動していたから8大公になれたと噂される。
実はグーニ大公と同様の武闘派であり、前大戦では共に神族と戦ったことで有名。
そういった経緯により本来なら軍を総括する立場だったが、本人は第一線から下がった。
戦いから芸術方面に関心が移ったため、宗主ヴリタラと今も会話の多い人物である。
「皆様、ご静粛に!宗主陛下のご入場です!」
高級文官の一声と共に、全ての者達が正面玉座に向かって恭しく首を垂れた。
カーテンから乾いた足音と共に現れたのは漆黒のマントを纏った初老の人物。
頭髪に白が混じるが身長は2mを越え、引き締まった強靭な体躯。
そして姿を見せただけで息が詰まる錯覚を起こす存在感。
玉座に腰を下ろし、悠然と眼下の臣下達を見渡す。
暫くして右手を上げて、8大公以下全ての臣下はようやく顔を上げた。
ヴリタラ魔導王朝宗主ヴリタラ
魔導王朝に自らの名を冠する、まさに王朝を体現した最高実力者。
歴史の表舞台に姿を現したのは600年前。
8人の実力者達を従え、当時群雄達が割拠していた魔族領内を統一。
自らを頂点としたヴリタラ魔導王朝建国を宣言した。
同時に大陸制覇に乗り出し、最大敵対勢力であるパラス神聖法国と開戦。
兵力で優る神聖法国軍を敗走させ、その圧倒的な強さから魔王と呼称される。
アコン山脈の要害さえ無ければ神聖法国の存続は無かったと言われる。
臆病な神族に興味を失ったか、以後は戦いからも政務からも遠ざかっていた。
現在まで腹心の大公達に王朝の運営を任せ、王宮の奥で描画に執心していた。
前回、ヴリタラが参集令を下したのは神聖法国との決戦時。
すなわち今回は500年来の参集である。
参集したのは8大公、32省庁長官、17騎士団長、15将軍、文武百官300名余
緊急事態に備え、王都から遠く離れた任地に配備された長距離転移魔法陣。
膨大な魔法力とコストが必要な為、グーニ大公等の限られた高官だけが王都帰還に利用。
これが一斉に利用されたのは魔導王朝成立以来初めてとなる。
それ以外の高官達を除き、王都圏内全ての要人がこの場に集結していた。
イナト筆頭大公が一歩前に出て口を開いた。
「宗主様の御健勝、臣下を代表してお慶び申し上げます」
「…うむ」
「此度は急なお召しでしたが、如何なる御要件で御座いましょう?」
大広間が静寂に。
宗主ヴリタラの一言一句に臣下達の全神経が注がれた。
「…遠くない日、大いなる災厄が訪れる。
皆の者、心して備えよ」
余りにも簡潔な言葉に、先頭のイナト筆頭大公も呆気に取られた。
「災厄とは何で御座いましょう?」
「分からぬ」
「そ、それは…」
「何か巨大な災厄が近づいておる…間違いない」
事態を飲み込めない高官達も、隣り合った者同士で顔を合わせた。
500年来の緊急参集には数多くの憶測が飛び回っていた。
そのどれもが王朝の存続に関わる重大事件であると。
しかし全体の情勢に詳しい者程、首を傾げていた。
現在は南方戦線での衝突が続いているものの、それ以外は極平穏である。
災厄の気配など微塵も確認されない。
ゆえに、大広間に集まった者達の大半が困惑した。
そして少なくない者達が、言葉にはしないが心の中で密かに呟く。
" 宗主様は呆けられたのでは…? "
この400年、描画に執心であったのは誰もが知っていた。
" 嘗ては魔王と畏れられた御方も…泰平の世で衰えになったか… "
「し、失礼します!」
突然、大扉が開くと慌ただしく官僚の一人が駆け込んできた。
「無礼者!御前であるぞ!」
「緊急時によりご容赦を!
本日未明、パラス神聖法国全将兵に対し大動員令が下りました!」
余りにも唐突な報告に、大広間に居並んだ高官達は言葉を失った。
「本日正午時点で確認された兵員規模は80万以上!
現在も情報収集中ですが、まだ増える見込みかと…!」
「ば、馬鹿な!誤報では無いのか!?」
「現時点にて、神聖法国領内73箇所から魔導通信で連絡が入っております!
また、民間からも同様の報告が…!
誤報の可能性は極めて低いかと!」
他国の情勢に最も明るいラーキ大公が絶句していた。
今回の参集命令が知らされると同時に、この1ヶ月の報告内容を見返していた。
大陸平原同盟、パラス神聖法国、南方諸侯連合。
それこそ民間レベルの些細な情報まで幾度となく確認を繰り返した。
しかし何度見返しても不審な点は見当たらない。
パラス神聖法国上層部についても同様で、変わった動きは無かった。
非公式だが、官僚レベルでは神聖法国との意見交換が百年前から行われていた。
少なくとも今の情勢で開戦など有り得ない。
お互いが開戦のデメリットを十分に承知しているのだから。
仮に兵を挙げれば、敵対勢力と大陸平原同盟が手を組むであろう。
そんな分かりきった展開で、誰が開戦を望むだろうか。
しかし今、神聖法国が戦いを起こそうとしている。
魔導王朝と平原同盟を敵に回してまでも。
――ここで恐るべき状況が頭をよぎる
秘密裏に大陸平原同盟とパラス神聖法国の間で軍事同盟が結ばれていた?
魔導王朝の感知しない場所で開戦の準備が着々と進んでいた?
そして今、機は熟し…勝利を確信した神族と人間達が攻勢に出た…?
「王朝全域に戦闘態勢を敷け!今すぐだ!」
思案に暮れるラーキ大公を尻目に、グーニ大公から矢継ぎ早に指示が飛んだ。
王朝軍事省高官、各将軍、各騎士団長が敬礼し、一斉に動いた。
「南方戦線から主力を引き揚げる!
文句は無いな!?」
イナト筆頭大公が頷いて了承した。
そもそも虎人族との主戦場である広大な草原地帯に固執する理由は無い。
王朝民生活圏からも遠く離れ、特に目立つ資源も軍事的要害も存在しない。
これは実戦演習であり、魔導王朝軍将兵の訓練が目的であったのだから。
ならば兵員を必要以上に割く理由も無かった。
次いで各省庁の高官達が各大公の下に集い、善後策の協議を始めた。
神聖法国との開戦を全く想定していなかった訳でも無い。
それでも国家の一大事であり、誰もが真剣に対策を講じ始めていた。
「――これでは無い」
宗主ヴリタラの重々しい呟きに、騒然としていた広間が一瞬で静まり返った。
「宗主様、何か…?」
「神族など小事…災厄と呼ぶには程遠い」
イナト筆頭大公の問い掛けに対する宗主ヴリタラの返答。
大広間に集った高官達は再び困惑し、協議を続けることもできない。
「……」
その時、ヴリタラがおもむろに顔を上げて大扉の方を向いた。
続いて8大公も何かを察知して大扉の方へと。
同様に居並んでいた将軍、騎士団長等の視線も同じ方向へ。
次の瞬間、大扉が開いて姿を現したのは異形の人影だった。
身長230センチに達する巨躯。
身体中を覆う緑の硬い鱗に、口元から覗くのは白く鋭い牙。
折り畳まれても尚、圧倒的な存在感を放つ巨大な翼。
床のカーペットに伸びる巨大な尾。
亜人の中でも特に強大な身体能力で知られる竜人である。
「会議中、失礼する!
我は竜人セナ族、飛竜頭のシンナと申す!
大巫女シーダン様の使いとして此処に参った!」
「衛兵っ!衛兵はどうした!」
「ご安心召されよ!彼等なら向こうで寝ておる!
魔導王朝の作法には疎い田舎者ゆえ、無礼はお許し願いたい!」
竜人の中でも特に選ばれた強者なのであろう。
王宮警護の任に就いた精鋭達を難無く無力化していた。
ヴリタラを始めとする魔導王朝高官を前に、気後れする素振りは全く見せない。
現在、魔導王朝と虎人族は南方にて交戦状態にある。
その虎人族と竜人族は同じ南方諸侯連合に属しており、間接的だが敵対関係に近い。
しかし単身で乗り込む豪胆な振る舞いに、竜人としての自信が伺い知れる。
「戦いに来たのでは無い!
宗主陛下にシーダン様からの親書を持参した!」
玉座に腰掛けたままのヴリタラは、目配せして指示を送る。
文官の一人が竜人に歩み寄り、親書を預かろうとした。
「無用だ!
直接手渡すよう仰せつかっておる!」
王朝のしきたりを無視した振る舞いに、屈強な騎士団長達から殺気が放たれた。
「…構わぬ」
宗主ヴリタラの言葉に、騎士団長達も従うしかない。
巨躯の竜人は高官達の間を堂々と抜けると壇上へと昇り、玉座の前で膝を着いた。
「これに御座いまする…!」
眼の前に差し出された紙片をヴリタラは無言で受け取り、広げると内容を目で追った。
時間にして僅か数秒。
その表情には全く変化が無く…傍に控えていた文官に紙片を向けた。
「読み上げよ」
「…かしこまりました」
文官が一歩前に出て恭しく受け取ると、紙片を開いた。
”逃げよ”
”逃げよ”
”全ての街から忽然と逃げよ”
”祈れ”
”祈れ”
”全ての神に祈りを捧げよ”
”影で姿を隠し”
”穴で身を潜め”
”底で息を殺せ”
”我々に残されし道は唯一つ”
「わ、我々に…の、残されしすべは…た…ただ、ひ、一つ…」
読み上げるにつれ、文官の言葉が途切れ途切れになり肩を震わせていた。
最後の一行を残して言葉が止まり、その顔色は青ざめていた。
「…貸してみよ」
イナト筆頭大公が事の重大性を悟り、文官から紙片を取り上げた。
紙片を広げ、上から目で追っていく。
そしてその最後の一行に、筆頭大公さえも言葉を失った。
”我々に残されし道は唯一つ”
”世の滅絶に安寧の慈悲を懇願するのみ”




