第22話 『 不屈の少年 』
「すまない、ドナ」
「ゴメンなさい、ドナ先生…」
「申し訳有りません、全ての原因は私に有ります」
ビエー子爵との会見後、自宅で僕達3人はドナ先生に頭を下げていた。
アグワイヤ家の大切な資産である銀鉱山を、ティアさんの交換条件として譲渡してしまった。
だが、当のドナ先生は平然としていた。
「不甲斐ない父ですまない。
お前には僅かな財産しか遺してやれそうにない…」
「良いのよ、お父様…。
私は紙とペンと…お父様さえ居れば他には何も要らないから」
ティアさんに対しても態度は変わらなかった。
「ティア先輩も気にする必要無いわ。
私、銀鉱山よりティア先輩が居てくれる方がずっと嬉しいもの。
これから私達、本当に家族なんだし…宜しくお願いね」
「有難う御座います…」
「――で、アキヒト」
突然、ドナ先生の口調が変わった。
「私からの命令よ、これからも普段通りにしなさい」
「…なぜですか?」
「今回の件で責任を感じて、無理に頑張る必要無いわよ」
「そ、そんな!?
僕が…僕にもっと力さえ有れば、こんなことに…!」
「そんなこと分かってるわよ、アキヒトが無力なことくらい。
けどね、貴方は貴方のままで良いの。
焦らずに…一つ一つ、今まで通り積み上げなさい。
そうすれば、いつかきっと努力が実を結ぶわ」
「け、けど…」
「聞きなさい!」
テーブルを勢いよく叩き、ドナ先生は声を荒げた。
「今回の鉱山喪失、私にだって責任が有るのよ!?
だってアキヒトを選んで、案内人を引き受けたのは私だもの!
だから自分ばかり責めるのは止めなさい!」
気合に押し切られ、僕は何も言い返せない。
更にレスリーさんから続けて注意を促された。
「アキヒトくん、今は辛抱するんだ。
長い人生、誰しも耐えねばならない時期が有る。
歯を食いしばっても我慢しなくてはならない時がね…。
だからドナの言う通り、これからも普段通りにしなさい」
2人の言葉が正しいのは僕にも分かっていた。
今、ここで取り乱しても仕方ないことを。
だが、感情は抑えきれなかった。
レスリーさんが資産を失う原因になった自分が許せなかった。
神獣召喚の儀式を断った件と同様に、鉱山の件が知れ渡るのも一瞬だった。
「アキヒト殿、少し良いかな?」
練兵場に来ると、儀式で見かけた神官の方に呼び止められた。
「君は自分の立場を理解しているのかね…」
他の勇者候補達に巻き込まれた人間。
これは完全に事故であり、申し訳なく思っている。
だからこの世界での生命と生活を保障するのは当然である。
だが、その僕の行動が原因で多くの人々が迷惑を被っている…と。
「決めるのは君個人の自由だが、神獣召喚の何が不満が?
それさえ受け入れれば多くの方が喜ばれたろうに…」
「申し訳有りません…シロを…この精霊を見捨てられなくて…」
「レスリー子爵に甘えすぎじゃないかね…。
精霊一匹のために、子爵は大切な資産を手放す羽目になったのだよ?」
事実であり、何も言い訳ができなかった。
「君の剣の指南を務める2人も同じだよ」
「え…」
「神聖法国騎士のイスター殿と魔導王朝騎士のガーベラ殿。
君の指南を担当しため、2人の立場が危うくなっているのだ」
今回の勇者候補への指導という名目の母国勧誘。
法国と王朝も、それ以外に騎士達の能力査定が目的とされていた。
「神聖法国では近々新しい騎士団を結成すると聞く。
その騎士団長選任の評価材料として、勇者候補召喚に目をつけたのだよ」
勇者候補の指導にあたる法国騎士達は、全員が騎士団長候補だった。
担当の勇者候補の資質如何で、彼等の眼の良し悪しが査定される。
「君の担当となったイスター殿への評価…想像できないかね?」
今のままでは騎士団長の見込みは絶望的だと。
寧ろ、何の才能も無い子供と遊んでいると風当たりが強くなっている。
「ガーベラ殿にしても同じだよ…」
魔導王朝からの若手騎士で編成された教導騎士団。
彼等もまた、上層部から高く評価されるべく勇者候補の指導にあたった。
僕の担当をすることで、当然だが騎士団中で評価は最低だと。
「君は手違いで召喚された身だ。
だから我々は5年後の儀式では責任以て送り返そう。
しかし彼等には何の責任も無かった。
君の面倒を見る理由など何も無く、それは全て好意に他ならない。
そんな彼等の好意に対し、君は一体何を報いたのだ…?」
何も言い返せなかった。
この神官の人の言葉に対し、僕は何一つ反論できなかった。
「どうしたんだ?
今日は特にしけたツラしてんじゃねえか」
練兵場でイスターさんが木剣を持って待っていた。
「イスターさん…今からでも僕の担当を外れて頂いて構わないですよ?」
「…なに?」
「これ以上、僕に付き合って頂いても…」
「俺もレスリー卿の話は聞いてるよ。
落ち込むのは分かるが、それと俺の担当は関係無いだろ」
「いえ、そうじゃなく…新しい騎士団長選抜のことです」
「…聞いたのか」
「僕なんかを鍛えても…気持ちは嬉しいのですが、イスターさんが…」
「いや、俺こそ黙っていて悪かった。
話す必要も無いと思っていたんだがな…」
「謝るのは僕の方です。
このままじゃ、イスターさんは騎士団長に…」
「良いんだよ、最初からなるつもりは無ぇから」
落ち込んでいる僕の肩を、イスターさんが強く叩いてくれた。
「もっと早くに言うべきだったな。
俺が今回この仕事に来てるのは叔父貴に対する義理だ」
「え、それって」
「叔父貴はな、法国の中ではかなりのお偉いさんなんだよ。
それで、いつか俺も同じお偉いさんにしたいらしくてな…。
その前準備として騎士団長にさせたがってる、という訳さ」
「それじゃ、なおさら僕なんかより他の人を!」
「だから言ったろ、俺にそんなつもりは無ぇって。
騎士団長のポストなんて全然興味無ぇよ。
あんな窮屈なモノはな、やりたい奴がやれば良いんだ。
ただ、叔父貴にはガキの頃から世話になって断れなくてな…。
その顔を立てるため、俺はここに来てるんだよ」
「そういう事情ですか…。
なるほど、僕の担当になったのも納得で…ッ!!」
木剣で軽くだけど頭を叩かれた。
「良い機会だから教えてやる…。
当初の予定ではな、騎士団の勤務時間中はサボるつもりだった。
ここなら叔父貴の目も届かないからな…。
大学の講義はともかく、騎士団の仕事なんてやってられっかよ」
「え…じゃあ、なんで…ッ!!」
また叩かれた。
「まだ分かんねえのか?
俺はな、お前の顔が見たいから今も騎士団してんだよ」
イスターさんが白い歯を見せながら笑った。
「やるじゃねえか、アキヒト!
お前、神獣召喚の儀式を断ったんだってな!?
さっすが俺の弟分なだけはあるぜ!
このイスター様が褒めてやるよ!」
余りにも意外な突然の賞賛に、僕は言葉を失った。
「他の誰がお前をけなしてもな、俺だけは知っているぜ?
眼の前の美味しい餌に食いつかず、お前は友達を守ったんだ!
お前はシロの一番の友達…!
いや、友達じゃねぇな…ダチ公だ!」
「だ、ダチ公…?」
「そう、ダチ公だ!
友達の中の友達が親友!
親友の中の親友がダチ公!
生きる時も死ぬ時も一緒がダチ公だ!」
今も右肩でシロは光り輝いていた。
「胸を張れ、アキヒト!
お前の選んだ道は間違っちゃいねぇよ!
いや、むしろ誇れ!
巨大な神獣よりも小さなダチ公を選んだ自分を誇れよ!」
上辺だけの慰めでもお世辞でもなく、イスターさんは本心から褒めてくれた。
沈んでいた僕の背中を叩いて元気付けてくれた。
後日、ガーベラさんにも同じ質問をしてみた。
「フフ…私の評価なら気にする必要は無い」
「しかし、それでは他の教導騎士団の人達に比べて…」
「そうだな…この際、お前にも説明しておこう。
ここに来る前、私は王朝の南方戦線に配属されていた。
そこで騎士団長を任されていたがな…。
少々都合の良くないことが有って、今の教導騎士団へ回された」
「何か…失敗でも?」
「馬鹿者、逆だ。
戦功を立てすぎて他の者達から妬まれたのだよ。
それで大公殿下が気を遣って下さってな、ここに配属を命じられた。
私はまだ若いからな。
戦功よりも今は学を積んで、この地で見聞を広めよとの仰せだ」
「なるほど…。
評価を気にする必要無いから僕を選んで……ッ!」
誰かと同じように、木剣で頭を軽く叩かれた。
「ソレとコレとは話が別だ。
私は評価云々の理由でアキヒトの担当になった訳では無いぞ」
「え…」
「前にも言ったであろう?
お前を選んだ理由は別に有るのだ、いつか話してやる」
「そういえば、そうでしたね…」
「だがな、今は私からも褒めておこう…。
よく神獣召喚の儀を断ったな!」
ガーベラさんはとても嬉しそうに笑っていた。
「安易に力を得ようとせず、友達のシロを守った心意気…!
お前を選んだ私の目に狂いは無かったな!」
「で、ですが…!」
「フフ…くだらん中傷なぞ、気にするな。
私は純粋な魔族として、お前の人間らしい所を尊敬している。
人間とは我等に比べ身体的には遥かに脆弱だ。
しかし逆境には決して挫けず、一歩一歩進む強さを持っている。
今のお前がまさにソレだ」
「し、しかし…ッ!」
また木剣で叩かれた。
「レスリー卿の銀鉱山の件なら私の耳にも入っている。
ティアと引き換えに盗られたらしいな」
「…はい」
「どうすれば良いか教えてやろうか?」
「え?」
「今のお前に、どうすれば銀鉱山を失った償いができるか?
それを教えてやろうと言うのだ」
「な、なんですか!?
僕はどうすれば良いんです!?」
「胸を張れ!」
ガーベラさんは、僕の背中を強く叩いてくれた。
「つまらん中傷を気にせず、胸を張って自分を誇れ!
今までとやることは変わらん!
勉学も鍛錬も同じだ!
だが下は向くな!
常に顔を上げて前を見続けろ!」
「そんな…そんなことで」
「レスリー卿はお前に投資されたのだ。
なのに当のお前がソレでは、レスリー卿も報われまい。
それとも何か?
下を向いて沈んでいれば、鉱山が戻ってくるとでも言うのか?」
「いえ…」
「少なくともお前は、銀鉱山一つ分の人物にならねばならんのだ!
その責任は決して軽くない!
お前はレスリー卿から受けた投資の重さを常に感じねばならん!
だが、その重さに耐えつつも顔を上げろ!
歯を食いしばってでも前に進め!」
そして僕の前に木剣が差し出された。
「これからは決して下を向かないと…!
常に前を向いて歩くと誓えるなら剣を取れ!
それが無理なら立ち去れ!
お前との付き合いも今日限りだ!」
「ガーベラさん…」
「どうした!
お前は鉱山を取り戻したくないのか!?
レスリー卿に報いたいと思わないのか…!?」
「……いいえ!」
僕は木剣を握りしめ、ガーベラさんから取り上げた。
「もう一度言う、二度と下を向くな!」
「はい!」
「胸を張れ!空を見上げろ!」
「はい!」
「…よし、その顔だ」
ガーベラさんは満足げに微笑むと、僕の肩に手を置いた。
「それが男の顔だ、忘れるな」
木剣を握りしめる手に力が入った。
「…お前は見ていて飽きないな」
「え?」
「会った頃からアキヒトは下を向いてばかりだった。
それが最近になって、ようやく前を見始めたと思ったのだがな…。
また今回の件で下を向き始めていた。
そして今はまた顔を上げて…上や下に忙しいことだな」
「すみません…」
「良いさ、それこそ人間らしい。
直ぐには無理でも、少しづつ成し遂げて行けば良いのだ」
その日以降も勉学と鍛錬が続いた。
傍目からすれば、僕のやってることは変わらないだろう。
図書館で勉強して練兵場で剣の鍛錬。
だが、一つだけ変わったことが有った。
" 下を向くな! ”
それからも度々、中傷はあったが歯を食いしばって耐えた。
下を向きそうになっても堪えて、前を向き直して……。
僕の視界に世界が広がり始めていた。