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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第21話 『 奇貨居くべし 』


僕の神獣再召喚の話は多くの人々に知れ渡っていた。


再び儀式が執り行われ、僕が神獣の加護を得るのを待ち構えている人達もいた。

先輩達と合流した後、僕からも恩恵に預かろうとしたのだろう。


そして再召喚の儀式が無いと知れ渡れば、そんな人達の対応は早かった。



「申し訳ありません…」


僕の自宅でレスリーさん、ドナ先生、アヤ姉が集まった時にティアさんが切り出した。


「ビエー様からのお達しなのです。

 近日中に他の勇者候補の方々の下へ行けと…」


以前、ティアさんは街の小さな慈善病院の御手伝いをしていたという。

病気で伏せった母親も入院しており、その関係で働いていた。


そして勇者召喚の儀式前、ビエー・ブーロイ子爵という人物に目を付けられた。


「病床の母の費用を持つと仰られたのです。

 その代わり、召喚される勇者候補の案内人になれ…と」


そのビエーという人は知らないけど、ティアさんを選んだのは納得だった。

美人だし、気立てが良い人だし、家事は完璧だし…。


…なんだけど、一つ疑問が湧いた。


「案内人は…貴族の娘だけじゃないんですか?」


思わず出た言葉に、レスリーさんは重々しく口を開いた。


「これは貴族階層なら誰でも知っていることなんだが…。

 ティアさんの御父君は、とある非常に高貴な御方なんだよ。

 それが3年前に亡くなられてね…」


元々ティアさんの母親は、その屋敷の女中だったという。

その屋敷の主人との間に産まれた。

最初は父親の庇護も有って普通の貴族の子女として扱われた。

学校へも在学しており、だからこそ「ティア先輩」とアヤ姉達は呼んでいる。


けれども3年前、その父親が亡くなった。

原因は不明で暗殺だったとも囁かれる。


父親の庇護を失った親子は親族達から追い出された。

それからは貧しいながらも平穏な暮らしを送っていた。


そこでビエー子爵がティアさんの身元を引き受けた。

親族に年頃の娘が居なかったらしく、勇者召喚の案内人を探していたのだ。

狙いは明白で、勇者候補の外戚となった後の利権である。


「つまり僕が神獣の加護を受けないから…。

 勇者になれない事が分かったから、他の勇者候補の人達を選べと…?」


ティアさんは無言で頷いた。

普段は微笑みを絶やさない人が、今は沈痛な面持ちで立ち尽くすのみだった。


「レスリーさん、案内人の決まりはどうなのでしょうか。

 こういった場合もティアさんは従う必要が?」



案内人の登録と管理は、召喚の儀式に関わった神官達に委ねられている。

最初に各家が届け出て登録し、次に案内人の少女達が登録される。


どの勇者候補を選ぶかは、彼女達の意志が第一に優先される。

尚、この勇者候補の選択は強制ではない。

該当者が見つからなければ、必ずしも案内人になる必要は無い。

実際は貴族の子女達も立身栄達の伴侶を得るべく、我先にと争っていたが。


但し何らかの理由が有った場合、案内人を連れ戻す権利が認められている。

そもそも案内人とは、勇者候補の為の案内人である。


勇者候補の可能性を失った僕から案内人を外すのは理由として十分だった。


「それでビエー子爵は、これからティアさんをどうすると?」

「どなたか勇者候補様の御屋敷へ、女中として送り込むお積もりです。

 もう案内人の枠は埋まっていますが、それなら可能だと」

「そうか…私も噂には聞いていたがね…」


通常、案内人の割当ては勇者候補1人につき5人。

しかし実際は、様々な形で各家から少女達が送り込まれているという。


それで近づき勇者候補から見初められるのを期待していた。


「…ティアさんの気持ちはどうなんでしょうか?」


どうしても確かめずにはいられなかった。


「僕、これからもティアさんと一緒に居たいです」


「…私もです。

 許されるのであれば、アキヒトさんのお傍に居たいのですが…」


「分かりました、それでは僕が話をしてきます」


真っ先に制したのはレスリーさんだった。


「待ちなさい、君が一人で行っても門前払いされるだけだ」

「そうかもしれませんが…」

「本当にアキヒトは馬鹿ね」


呆れた口調でドナ先生が僕を見ていた。


「仮にも子爵家を尋ねるのよ?

 何の面識も約束も無い人をすんなり通してくれると思う?」

「で、ですが…」

「落ち着きなさいよ。

 何のためにお父様に後見を頼んだのか忘れたの?」


同じ子爵位であり、レスリーさんは社会的な知名度も高い。

それだけの人物ならば無碍に出来ないであろう。


「ビエー子爵には私から訪問の旨を伝えておこう。

 アキヒトくんとティアさんも同伴という形で良いね?」


「すみません、お願いします…」


改めて僕は無力だと思い知らされる。

誰かと会おうにも会えない…本当に何もできない子供でしかない。


勇者候補でも無いのに案内人を要求するなんて、自分勝手な話だと分かっている。

第三者からすれば、僕個人の我儘に過ぎないだろう。


でも僕はティアさんを引き止めたかった。

なぜならこの話の間、とても哀しい眼をしていたから。

ティアさんには、いつまでも笑っていて欲しかったから…それだけだ。



この時、僕はティアさんのことで頭が一杯だった。

だから終始無言のアヤ姉までは気が回らなかった。


ティアさん以上に沈痛な表情のアヤ姉に、その時の僕は気が付かなかった。



その後、レスリーさんから正式に申し入れ、ビエー子爵との面会が成った。

指定された3日後に邸宅へ赴くと、小太りの貴族が待ち構えていた。


「話になりませんな!」


ビエーという人は、甲高い声で僕達の要求を跳ね除けた。


「案内人は勇者候補に付けられる決まりですぞ。

 なぜ勇者候補でもない子供にティアを付ける必要が?」


「彼女自身の意志です。

 今回の案内人制度は少女達の意志を尊重する決まりです。

 当人のティアさんが希望する以上、その意志を汲み取るべきでは?」


「残念ながら案内人の意志よりも当家の方針が優先されます。

 それにティアには金がかかっていましてな…。

 美人で器量も悪くない。

 それを活かして、当家に貢献して貰わねばなりません」



ティアさんの母親は慈善病院から設備の整った病院へと移送されていた。

交換条件である以上、勇者候補の案内人にならなくてはならない。

このビエーさんの言い分は正しい、尤もだ。


しかし…そもそもの話だが、なぜ勇者候補で無ければならないのか?


だから僕は聞いてみた。


「ビエー子爵、一つ伺って宜しいでしょうか?」

「なにかね?」

「子爵の家に貢献さえすれば、勇者候補にこだわる必要も無いのでは?」

「…何が言いたい?」


「この僕に投資という形で、ティアさんを案内人に付けて頂けないでしょうか?」


一瞬だけ間を置くと、ビエーさんは大笑いし始めた。


「ハハハ!!き、君に…投資だと!?

 勇者候補でも無い君に…!じょ、冗談も止めたまえ…!」


「冗談ではありません!

 今は未熟ですが、いつか子爵の家に貢献を…!」


「ハハハ、くだらん!冗談でなければ、尚更止めたまえ!」


神獣の加護さえ無い自分に投資なんて我ながら馬鹿げている。

けれど、これ以外にティアさんを連れ戻す言葉が見つからなかった。


笑いの収まらない子爵に、レスリーさんは真剣な面持ちで口を開いた。


「ビエー子爵、私は彼を見込んで後見人を引き受けました。

 長い目で見て頂ければ、決してブーロイ家に損はさせません」


「レスリー子爵は非常に頭の良い御方と伺っているが、人を見る目は無いようですな。

 そんな子供の何に期待をされてるのやら…」


「彼の人間らしさに期待しております」


レスリーさんは自信に満ちた口調で続けた。


「500年前の大戦から平原に復興を成し遂げたのは、全て我々人間です。

 神族の加護も無い、知も力も無い普通の人間でした。

 才は無いですが一つ一つ地道に積み上げ、いつかは大事を成し遂げる…。


 そんな偉大な先人達と彼が重なって見えるのです」


「ほぅ…」


ビエー子爵も今は笑いが止まっていた。


「レスリー子爵は随分と彼を評価しておられるようで?」

「はい、娘が彼を選んだのは一番の幸運だと思っております」

「ならば、レスリー子爵自身が投資されては如何かな?」

「と、申しますと…」


「簡単なことですよ…。


 アグワイヤ家所有の銀鉱山…それとティアの身柄を交換されませんか?」


「おやめください!」


それまで沈黙を保っていたティアさんが突然叫んだ。


「レスリー様、私のような者のためにそこまでなさる必要は有りません!

 私は大人しくブーロイ家に戻ります…!

 我儘を言って申し訳有りません、ですから…!」


「どうです、レスリー子爵?

 その少年に投資する価値が有るのなら御自身がなされては?

 先程の言葉を訂正されたいのでしたら全然構いませんよ」


しかしレスリーさんは、何も動じる様子は見せず…。

少しだけ何か考えた素振りを見せたが、あっさりと口を開いた。



「分かりました、交換に応じましょう」



僕には…情けないことだけど、すぐに言葉が出なかった。


「…本気で仰られているので?

 少し、冷静になられた方が宜しいのでは…」


「私は冷静ですよ。

 本当に大切な物は何か?それを正確に見極めて返答したつもりです」


この時のレスリーさんは本当に淡々としていた。


「そ…そんな……レスリーさん…」


「アキヒトくん…後でドナには一緒に謝ってくれるかい?

 それだけが心配でね…」


これ以上、僕には何も言えなかった。

僕みたいな無力な子供には、これ以上何もできなかった。



こうしてティアさんはブーロイ家からアグワイヤ家へと籍が移った。

対外的にはレスリーさんの養子として迎えられた。


「レスリー様、今からでも取りやめを…」

「いや、良いんだ。

 それよりこれからもドナと仲良く頼むよ。

 あの子には料理以外にも、色々なことを教えてあげて欲しい」

「…申し訳ありません。本当に…本当に……」

「そう思うなら笑ってくれないか?

 ティアさんが暗い顔だと、皆が心配するからね」



対してビエーさんは上機嫌だった。

いずれはティアさんが勇者候補から見初められ、恩恵を得るつもりだった。

それが今、銀鉱山獲得という形で望みが叶ったのだから。


交渉が終わり、レスリーさんは銀鉱山を失った。

代わりにティアさんが養女としてアグワイヤ家に迎え入れられる。

今日は簡易的な書面が作られ、レスリーさんとビエーさんが署名した。

後日、正式な法的手続きを踏んだ契約が交わされる。


そして全て話が終わり、ビエーさんの家から立ち去ろうとした時だった。


「申し訳ありません、レスリー様。

 ビエー様とお話したいことがあります。

 先に門の前でお待ちになって頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ」

「直ぐに向かいますので、お願いします…」


僕とレスリーさんは先に退室し、邸宅の門の前に来た。


「…すみません、レスリーさん」

「謝る必要は無いよ。

 前にも言った通り私は娘の幸せ以外はどうでも良いんだ。

 君もティアさんも、その娘にとっては大切な人達だからね。

 ならば、何を引き換えにしても助けないといけないさ」


父祖から引き継いだ大切な資産だというのに。

僕の我儘一つの為に、レスリーさんは失ってしまった。


元の原因は僕の無力だ。


僕に力が有ればティアさんは無条件で一緒に居られた。

レスリーさんは何も失わずに済んだ。


今の僕には拳を握りしめる以外、何もできることは無かった。






アキヒトとレスリーが退室した直後


ティアはビエー子爵に向かって深々とお辞儀をした。


「ビエー様、今までお世話になりました。

 今の病院へ搬送して頂いたお蔭で、母も快復に向かっております。

 お医者様によれば、退院できる日も遠くないと」


「フフ、礼を言うのは私の方だよ!

 まさか、お前一人で銀鉱山が手に入るとはな!

 この勇者召喚の儀式で一番利を得たのは、私かもしれん…!」


未だに笑いが止まらない子爵に対し、ティアは静かに顔を上げた。


「この屋敷を出れば、私はブーロイ家ではなくアグワイヤ家中の者となります。

 ですから、その前に伝えねばならないことが有ります…」


「ん、なんだ?」


「レスリー様は非常に寛大な御方です。

 将来、謝罪されるとしたらあの方を通した方が宜しいかと存じます」


「…はぁ?」


「今回はレスリー様自身、無理な要求だと自覚しておられたでしょう。

 母の治療費負担の代わりに私が案内人という契約は、十分に承知されておりました。

 レスリー様も無条件でその契約を覆せるとは思われて無かったはず。

 何らかの代償を御支払になるお覚悟が有ったのでしょう…」


「その代償として銀鉱山を私に差し出し、お前はアグワイヤ家の養女。

 これはお互いが納得した上での取引だ。

 この私がレスリー子爵に何を謝罪する必要が有る?」


「レスリー様にでは有りません。

 同伴されていた少年…アキヒトさんです」


ティアが薄らと笑いを浮かべた。


「あんな勇者になれなかった子供が?

 ティア…お前はもう少し頭が良いと思っていたぞ…」


「さぁ…それはどうでしょうか…」


笑みを崩さない目前の少女に、なぜか子爵は背筋に冷たい物を感じた。


「数年後、アキヒトさんは人智を超越した力を手にしているかもしれません。

 この世界の100人の勇者…。

 いえ、三千世界の勇者、賢者、英雄達が全て結集したとしても…

 アキヒトさん一人には敵わない…かもしれませんね」


ティアの笑みは止まらない。


「そして本日の取引…アキヒトさんの目にはどう映っていたでしょうか?

 レスリー様の足元を見透かしての銀鉱山要求。

 こんな私のような女中一人を餌に、恩人の大切な資産を奪って…。

 ビエー様御自身は高笑いされて勝ち誇られて…。


 この日の出来事、アキヒトさんは決して忘れることは無いでしょう…」


「…負け惜しみか、ティア?

 そんな下らん脅しで、この私が動揺するとでも?」


「そうですね…ふふっ」


「ん…?」


「ふふ…申し訳ありません、つい可笑しくて。

 ビエー様、まだお気付きにならないのですか?」


「フン、まだ何かあるのか?」


「ふふ……ふふふ…」


ティアは口元を抑え、笑いを堪え切れずにいた。




「私達、今日が初対面ですよ?」




一笑に付そうとしたが、ビエー子爵はそれ以上言葉を出せなかった。


「さぁ、ビエー様…思い出して下さいませ。


 私達はいつ、どこで、どうやって知り合ったのでしょうか…?」


「あ…え…?」


「どういった経緯で、私がブーロイ家の養女に…?」


目の前の少女が、自身の養女であるのは分かっている。

母親の治療と引き換えにして勇者候補儀式前に養女として迎え入れたことも。

ブーロイ家中から案内人として送り出したのも。


だがビエー子爵には、その発端や途中経過が思い出せない。


どうやってティアを見出したのか?


どうやって交換条件を基に契約を結んだのか?


どうやって他の勇者候補達へ選び直すよう指示したか?



そもそも…そもそもだ…


ビエー子爵は息を呑んで、ティアを見つめた。



今まで会ったことも見たことも無いのに…


なぜ私は、目の前の少女の顔と名前を知っていた…?



「お会いしてから、いつお気付きになられるかと少し不安でしたが…。

 ふふ、要らぬ心配でしたね」


「ま…お前は…」


言葉にならないビエー子爵を前に、ティアは会釈して背を向けた。


そして扉が閉ざされる退室間際に言葉を残した。



「御家名をお借りした以上、相応の謝礼を用意するつもりでしたのに…。


 銀鉱山一つで満足なさるとは…ふふ、欲の無い御方でしたね」


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