第1話 『 僕の召喚と俺の召喚 』
この日、都庁大ホールに数千もの人々が押し寄せていた。
国内のテレビ局や新聞社を始め、各国の報道機関。
壇上には各省庁代表者から都知事自らの列席。
そして100名の有望な少年達が整列していた。
これは毎年1月に国が開催する式典。
昨年の1年間に渡って学業成績や運動記録に関し、
目覚ましい功績を成し遂げた高校生に対する表彰の場である。
しかし実際は単純な学業成績や運動能力のみでなく、
人の上に立つ人間性やリーダーシップも重視されると囁かれた。
事実、この場に集った少年達は知性、体力のみならず、
ある種のカリスマ性をも備えていた。
古くは、歴代受賞者から閣僚経験者も名を連ねている。
まさに、この国の次期指導者と呼ぶに相応しい若者達であった。
「はい、こちらは10番です!
次は…はい、こちらの順番でお願いします!」
この時、僕はボランティアで列整理の仕事をしていた。
僕の名は『城原秋人』、中学1年生で13歳。
成績は中の…上としておこう。
今日は担任の先生からの頼みで、この表彰式の運営に関わっていた。
(大役を任せて悪いな、城原。)
先生が僕に頼むのも無理は無い気がした。
僕は特に勉強ができるタイプでは無い。
ただ、自分で言うのも何だが、それなりに生活態度は良かった。
これまで問題も起こさず、先生に対しても従順な態度を保っていた。
しかも背は低く、愛想は良かったので頼みやすかったのだろう。
(その代わり、1日働くだけの見返りは十分にあるぞ。)
伝統と格式の高い式典である。
ボランティアとして参加するだけでも、内申書で大きく評価されるらしい。
少なからず高校受験でプラス材料になると、先生は力説していた。
「はい、こちらは…この列ですね」
手持ちのノートPCで座席案内をしながら、背の高い受賞者達を見ていた。
その一人一人が既に高校生離れした貫禄と存在感を備えている。
多分、この中の誰もが生徒会長もしくは生徒会役員の経験者であろう。
部活に所属すれば間違いなく主将だろうか。
そして将来は、この国の中枢に入り込んでいける人達なのだろう。
「――え」
その時、突然壇上が光り始めた。
正確には受賞者100人の周辺床下が、である。
「な、何だ、これ…今年は何かの演出か?」
一人が首を傾げたが、特にこれといった音も振動も無かった。
辺り一面が光に包まれ――収まると、僕達の回りには見慣れない光景が広がっていた。
幾何学的な円形模様が描かれた石畳。
綺羅びやかなステンドグラスと花模様装飾の壁面。
辺りには、僕達を囲むように居並んだ見慣れない服装の人々。
そして一段高い祭壇には、赤地に金の刺繍が施された祭服に身を包んだ人物。
「ようこそ、異世界の方々よ…。
私はパラス教の司教、レプレスと申します」
司教を名乗る人物は壇上から降りると、少年達に向かって恭しく頭を垂れた。
「突然のことで驚きでしょう…。
しかし、まずはご安心頂きたい…我々に、貴方がたを害する気はありません」
「――こ、これは一体、何が起きたのでしょうか?」
最初に声を上げたのは、この100人の中でも特に秀でた人物だった。
「我々は、都庁で開催される式典に出席していた筈です。
これは…夢でも無さそうですし、説明をお願いできませんか?」
突然の事態にもかかわらず、一歩前に出たのは『大泉純一』
一族から総理経験者を2名輩出した、名家中の名家。
彼自身も全国模試では首位をキープし、インターハイに出場経験も有り。
更に多くの人を惹き付ける才能までも併せ持ち、未来の指導者とも噂されていた。
「元より、そのつもりです。
異世界の方々、こちらへ御足労お願い致します」
周囲には真紅のマントに銀の甲冑に身を包んだ騎士達。
司教と同様に頭を垂れると、教会内の一室へと案内してくれた。
「お口に合えば良いのですが…」
101名が通されたのはテーブルの並んだ礼拝堂だった。
そして一人一人の前には、ティーカップが湯気を立てている。
恐る恐る口を付けると、紅茶によく似た風味が鼻孔をくすぐる。
元の世界よりも、渋みが少なめで甘みが強く感じられた。
「ご馳走になります。
…ですが、説明の方も宜しくお願いします」
殆んどの者達は理解不能な状況の為、口に付けようとすらしない。
すると意を決した司教が、淡々と説明を始めた。
ここは僕達が居た世界とは別の世界。
この世界の広大な大陸には主に神族、魔族、我々人間の3勢力が存在する。
昔は大陸の至る場所で争いが絶えなかったが、500年前に収束。
それ以来、平和な時代を迎えた。
しかし、ことの起こりは250年前。
大陸北部で神族、魔族にも名を轟かせていた予言者がいたという。
その超常的な能力により、数多くの天災や国家規模の大事件を予知していた。
中でも最も有名なのは、大陸歴999年に訪れる『黒い月』の予言である。
「今は大陸歴996年3月…予言まで残り3年を切っています」
「その『黒い月』が現れたら、どうなるのですか?」
「この世界が破滅する程の大災厄が訪れると…。
その回避のため、異世界から貴方がたをお呼びしたのです!」
そこで司教をはじめ、礼拝堂内に詰めかけた者達が一斉に頭を下げた。
" どうか、我々をお助けください! "
礼拝堂内部のみならず、扉の外の者達まで懇願していた。
重々しい空気の中だったが、最初に口を開いたのは大泉さんだった。
「申し訳ありませんが、我々にも自分達の生活が有ります。
それにこの世界の事情に対し、我々が不用意に干渉すべきでは無いかと…。
お力になれなくて心苦しいのですが、元の世界に返して貰えないですか?」
「…直ぐには不可能です」
司教の返事を耳にして、一堂にざわめきが生じた。
「この召喚の儀は、特定の星の配置で無ければ作動しません。
次に星の配置の条件が整うのは、5年後になります…」
「何ですか、それは!」
声を荒げて立ち上がったのは、『立本周太郎』さんだった。
この人も大泉さんに負けず劣らずの名家出身。
一族から政財界の要人を輩出し、自身も将来を有望視されていた。
「結局私達には、他に選択肢が無いってことじゃないですか!
無理矢理呼び出して、無理矢理承諾させて…!
それが貴方達のやり方なんですか!?」
「お怒りは御尤もでございます!
しかし…しかし、我々には他に手立てが無いのです!」
老人に深々と頭を下げられれば、流石に怒声を浴びせづらい。
「召喚の機会は5年に1度だけ、しかも限られた空間でした!
ですから貴方がた、大勢の才能を一度にお呼びできたのは、まさしく奇跡…!
これも神のお導きかと存じます…! 」
結局それ以上は何も言えず、全員が顔を見合わせた。
現実として元の世界に帰る手段が無い以上、決断を迫られていた。
「…あの~、すみません」
重々しい空気の中、僕は手を上げると司教さんに向かって説明した。
「悪いんですけど…僕は、ここにいる方々とは違うんです。
自分は単なる設営スタッフでして…」
「――あぁっ!?」
今更だが、僕の存在に気付いた受賞者の方々が驚いて声を上げていた。
この司教様の目的は100人の将来有望な先輩達であろう。
つまり僕は…この人達のオマケだった。
「そうか…君は、この方々の近くに居たから一緒に…」
「司教様、せめて彼だけでも元の世界に返してあげられませんか?
彼は無関係で完全に巻き添えなのですから…」
「いえ、それは先も申しました通り不可能なのです。
ですが、5年後には必ず元の世界へお返しすると約束します…」
「あはは…」
憐れみの視線の中、僕は力無く笑うしか無かった。
受賞者の一人が掛け合ってくれたが、矢張り帰れそうになかった。
しかし帰れないのは他の人も一緒だし、直ぐに笑うのを止めた。
僕ばかりが我儘を言える訳も無く、今は押し黙るしか無かった。
「しかし、決して失望されるばかりでは有りません。
貴方がたは特別な力を授かる機会に恵まれたのですから」
異世界出身の人間は、この世界の住人に比べて運動能力、知能共に優れているという。
そして更に力を増すべく神獣を召喚し、融合も可能であると。
「融合…!?我々に人間を止めろと仰るのですか!?」
「いえ、融合と申しましても霊的に神獣と繋がるだけです。
目的は様々な加護を得るためで、融合後も生活は今までと変わりません」
「それでは、加護とは何です?」
「それは召喚した神獣によって異なります。
剣技が増すことも有れば、魔力が増大することも有り得ます…。
どちらにしろ、来るべき日の為に必要な儀式なのです」
再び司教達に促され、僕達は最初に召喚された大聖堂の広間へ足を向けた。
「…この人達は?」
「貴方がたに期待を抱いている者達です…!」
一般的な総合体育館程の広さを持つ大聖堂に、多くの者達が新たに集っていた。
先程目にしたのは司教様や神官、武装した騎士達だった。
しかし今は、礼服に身を包んだ貴族らしき人々が居並んでいる。
「おい、なんだあの子達は?」
先輩の一人が、目配せした方向には大勢の女の子達。
多くの子達は着飾り、まるで今から舞踏会にでも向かうような気配を感じさせる。
おそらくは列席する貴族らしき人々の子女なのだろう。
「皆様、こちらを御覧ください」
司教様が指差す先の床には、10の魔法陣が書かれていた。
半分は直径2メートル程だが、もう半分は10メートル以上の巨大な魔法陣だ。
小さい円と大きな円が対となる5組が用意されていた。
「この小さい方の魔法陣の真中に、貴方がたがお立ち下さい。
儀式により、大きい方の魔法陣から対となる神獣が召喚されます。
さぁ…どなたから始めましょうか?」
とは言え、躊躇して直ぐに一歩を踏み出す人は居なかった。
「これは様々な事情により、滅多に行えない儀式なのです。
記録では最後に行われたのは330年程前…。
これは、とてつもない栄誉だとお考え下さい…!」
司教様の言葉に反応し、最初に前に出たのは大泉さんだった。
「ここに立っているだけで良いのですか?」
「はい、これから神獣を呼び出しますので敬意と決意をお示し下さい。
認められれば、貴方との間で契約が成されます…」
そして司教と神官達の詠唱が始まった。
「神よ…偉大なるパラスの神よ…今ここに――…」
しばらくすると、大泉さんの足元の魔法陣が光り始めた。
神聖文字と円陣から眩しい光が立ち上り、天へと高く昇っていく…。
同時に対となる巨大な魔法陣にも光が灯った。
円柱状の巨大な光が、広大な大聖堂を眩しく照らす。
「――呼び出したまえ!」
司教様の詠唱が止めば、巨大な光が徐々に霧散して消えていく。
「な…なんだよ、これって!?」
先輩の一人が驚いて声を上げたのも無理は無かった。
光の中から現れた巨大な生き物。
黄金色の鱗に覆われた身体。
腕と足には鋭い爪を持ち、口元には鋭い牙。
巨大な羽と太く長い尾。
眩しく輝く龍が現れていた。
「おぉ…!まさか、黄金龍がお出で下さるとは!」
「この目で見る日が来ようとは…!」
大聖堂に集った人々から、感嘆の声が上がる。
「は…はじめまして、私は大泉純一と申します!」
全高10メートルの巨大な龍だが、大泉さんに怯む様子は無かった。
「若輩であり、自身が未熟とは十分に心得ています!
しかしどうか世界を災厄から守るべく…!
その大いなる力を、私にお貸し願えないでしょうか!?」
大泉さんの言葉に、黄金龍は直ぐに言葉を返さなかった。
黄金龍は大泉さんの決意に満ちた瞳を見返し…そして口を開いた。
『…よかろう。お主は、この我と契約を結ぶに足る人物である…!』
その言葉の瞬間、大泉さんの身体もまた黄金色の光を発した。
「す、凄い…!力が…!!」
『これよりお主の生命が尽きるまで、我は共にある。』
黄金龍から巨大な力が大泉さんの身体へと流れていった。
そして暫くすると黄金色の光も止まり、以前と変わらぬ大泉さんの姿があった。
『用命の際は、我を呼ぶが良い…。』
最後に言い終えると、黄金龍の巨体が光を残して消えていった。
「お、おい!大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫さ…それより凄いぞ…!こんな感じ、産まれて初めてだ…!」
大泉さんは興奮し、その声と手が震えていた。
黄金龍の加護により、常人とはかけ離れた運動能力と知能を…。
そして神獣の頂点に相応しい輝きを――英雄たる魅力が備わっていた。
「お…俺もだ!」
「俺だって!」
大泉さんの様子から本物だと察した途端、先輩達は先を争って魔法陣に入った。
そして次々に神獣が召喚される都度、人々は感嘆した。
巨大な角を有する勇敢な一角獣。
白き翼を備えた巨大な天馬。
大聖堂の天井まで届く巨人。
治癒を司る水の大精霊。
何もかも燃やし尽くす火の魔神。
10本の腕と5つの顔の闘神。
総ての叡智を併せ持つ五色の羽を持つ鳥。
中でも立本さんが白銀龍を召喚した時の歓声は、一際大きかった。
「龍の召喚は400年前に一度成功しただけだぞ!?
しかもその当時、契約は失敗した!」
「それが5人、しかも最上位龍種とは…!こ、これなら…!」
大泉さんと立本さんを含む、龍と契約を交わした5人には羨望の視線が集まった。
召喚の儀式が終わるまでも無く、『龍の騎士隊』と囁かれていた。
契約を交わした人達は、その契約相手たる神獣によって加護は異なっていた。
体力、知力、魔法力、治癒力、飛行力、速力…。
千差万別だが、先輩達はそれぞれが何かしらの大きな力を身に付けていた。
「…残るは君一人だね」
先輩達全員の召喚と契約が完了すると、司教様が僕に声をかけてきた。
「え…いえ、僕はあの人達とは違うので…!」
「折角の機会だ、君も神獣と契約すると良い…これは二度と無い機会だよ?」
同席していた神官様も、僕に魔法陣へ入るよう勧めてくれた。
…確かに先輩達を見ていて羨ましいと思う。
血統からして違い、いずれは間違い無く頂点に昇りつめる人達だろう。
僕なんかじゃ、到底太刀打ちできない。
しかし…しかし、そんな僕も強力な神獣と契約を結ぶことができたら…?
大泉さんや立本さんのように、神々しい龍と契約を結べたら…!?
拳を握りしめ、僕も魔法陣に入った。
「で、では、お願いします…!」
最初の召喚が始まって2時間以上が経過していた。
5人単位で進められた儀式も終盤だ。
最後となった僕にも期待に満ちた視線が向けられる。
お互いの魔法陣が光に包まれ――呪文の詠唱が止むと、光が霧散していった。
「…え」
全く予想外の光景に、先輩達も観衆も言葉を失っていた。
「何も無い…?」
巨大な魔法陣には何も残されていない。
これまで100回の召喚後、例外無く神獣が勇姿を見せたというのに。
「失敗…?」
「いや、呼び出しには成功した筈だが…」
司教様や神官様達も顔を見合わせるが、状況が理解できない。
「あ…」
その時、僕は巨大な魔法陣の中心の何かに気付いた。
近寄って屈み込んでみると…そこには小さな光が灯っていた。
「え…これは……」
おそるおそる手を伸ばしてみるが、熱は感じない。
床に描かれた魔法陣の中心に、小さな光が召喚されていた。