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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第18話 『 最大の味方 』



ドナ先生の話から3日後、僕はレスリーさんから食事の招待を受けた。


「後見人の件は別として、お父様が話をしてみたいそうなのよ」


僕もイスターさんやガーベラさんの話を聞いて、何時か会えたらと思っていた。

大陸で最も高名な学者であり、人類最高の頭脳と称される程の人物。


ガーベラさんに仕立てて頂いたスーツに身を纏い、アグワイヤ家の邸宅を訪問した。


「わぁ…」


都市中心部、高台の貴族専用住宅街…そこには豪邸が立ち並んでいる。

アグワイヤ父子の屋敷も決して見劣りしなかった。


使用人さんに案内され、奥の部屋へと通された。


「アキヒト・シロハラです、本日はお招きに預かり光栄です」


「私は当アグワイヤ家当主を務めるレスリー…招待に応じてくれて有難う」


最初の印象は、穏やかで物静かな壮年期の人物。

身長は180㎝近くと、平均より高めであろうか。

その栗色の切り揃えられた頭髪、温厚な表情、柔らかな所作。

前もって聞いていたせいか、何もかもが知的に見えてしまっていた。


「さぁ、お食事にしましょうか」


ドナ先生に薦められ、僕達3人は料理の並んだテーブルに着いた。


「大したもてなしができなくてすまないね」


それがレスリー氏の謙遜なのは明らかだった。




「前からね、娘のディオーナ…ドナから噂は聞いていたんだ。

 担当の勇者候補は、とても勉強熱心で真面目に取り組んでいるとね」

「有難うございます。

 ですが、僕は勇者候補でも手違いで呼び出されたので…」

「私には関係無い。

 どんな立場であれ、学問と真剣に向かい合う人を尊敬しているからね」


噂通りの人だった。


「知人から伺ったのですが、レスリー卿は学術振興に尽力されているそうですね」

「『卿』なんて付けなくて良いよ、気軽に読んで欲しい」

「申し訳ありません、慣れなくて…」

「いや、良いんだ。

 それで学術振興だが、そうだね…微力ながら御手伝いしているよ」


「では、その類で御意見を伺いたいのですが、宜しいでしょうか?」

「相談に乗れることなら、何でも」

「先日、剣の指導担当の神族と魔族の人達から言われたんです。

 僕は5年後の儀式で元の世界へ帰還するつもりでした。

 しかし2人は10年後に引き伸ばさないかと」

「ふむ…なぜそんなことを?」

「この世界の大学への進学と卒業の為です」


先日の2人との会話を、そのままレスリーさんに伝えた。

仮に5年後に帰還しても、元の世界の大学への進学は数年後になるだろう。

それならば、この世界の大学へ進学した方が良い。


これまでの話をレスリーさんは真剣に、料理が冷めるのも気にせず聞いてくれた。


「まだ先の話なのですが、どうしようか迷っていて…」

「それは君次第としか答えようが無いね」


ばっさりと切り捨てられてしまった。


「私が所属する王立ボーエン大学は、大陸の中でも最高学府なんて言われている。

 だから入学希望者は大勢だが、稀に疑問を感じる生徒達も見かけるよ」

「疑問…ですか?」

「学問を深める為でなく、大学への進学それ自体が目的になっているんだ」


この世界でも学歴は、高い社会的地位へ就く為に必要となってくる。


ボーエン王国のみならず、他4国からも人間の若者達が入学を希望している。

その多くは貴族の子弟であり、国の要職に就く為の学歴を求めていた。


「私はね、大学とは学を志す者達が集う場所だと思っている。

 しかし残念ながら、そうでない子達が少なくない。

 大学を経歴に箔を付ける手段と履き違えているんだ。

 そういう子達に限って、異種族に対する差別の目が強い。

 学問を志す者には上も下も無いんだけどね…」


レスリーさんはグラスを置くと、今度は僕に向かって訪ねてきた。


「アキヒト君の人生の目標は大学への進学では無いだろう?」

「はい、そうですが…まだそれ以上は考えてなくて…」


「これは研究者ではなく、未だ若輩ながら年長者としての考えとして聞いて欲しい。

 この世に生を受けた全ての者は、天から使命を与えられている。

 …そんな気がするんだ」

「使命って…レスリーさんみたいな偉い学者になることですか?」

「はは、偉くなんか無いよ、私は単なる一学者に過ぎないからね。

 それで使命の言い方をもう少し変えると…そうだね、適正が近いかな?

 政治家、官僚、商人、職人、軍人、芸術家、学者…。

 他にも多く有ると思うけどね、どの生き方が一番合っているかだ」

「それもまだ、そこまで分からなくて…すみません」

「いや、別に謝ることじゃない。

 だが、これからアキヒト君のするべきことは決まったんじゃないかな?」

「そ、それは…」


「まずは自分が何者か見極めることだ。

 その為には見聞を広めるべきだと私は思う。

 本を読むだけで学べることなどさして多くない。

 多くの土地に訪れて、多くの人々と交流し、多くの経験を積みなさい。

 そうすれば、自分が何者なのか?どの道を選ぶか?何を成すべきなのか?

 何時か、きっと分かるはずだ」


ドナ先生の話にもあったが、今の僕は多くの人と関わりを持つべきかもしれない。


「…レスリーさん、改めて後見人をお願いできないでしょうか?」

「なぜだい?」


「前にドナさんから、僕は学校に通うべきだと言われたんです。

 今の僕は交流も少なく、会話する人も限られています。

 ですから勉強だけでなく、多くの人と知り合うために学校に行きたいんです。

 それに未知の世界ですから、いずれ多くの国へ訪れたいと思っています。

 学校への転入にも海外へ行くにも、保証人が必要だと思います。


 そして何時か、僕は人生の目標を見つけます。

 その目標を成すため、レスリーさんの御力を借りたいのです。


 ですから僕の――


 このアキヒト・シロハラの後見人になって頂けないでしょうか?」



僕は席を立ち上がり、レスリーさんに向かって静かに首を垂れた。


「…承知した。

 アグワイヤ家当主、レスリー・アグワイヤ。

 今、この瞬間よりアキヒト・シロハラの後見を引き受けよう」

「あ、有難うございます!」

「これから私は、君の父代わりだ。

 困ったことが有れば何でも相談に乗るから、遠慮なく頼って欲しい」

「はい、その時はお願いします!」


しかしとても立派で人なのに、自分が手違い勇者候補なのが本当に申し訳無かった。

こういった人物こそ、本物の勇者候補の先輩達に相応しいのに。


「これからは更に一生懸命、勉学に励みます!」

「…アキヒト君は亜人種を見たことがあるかい?」


突然の話題切り替えに僕は戸惑った。


「い、いえ…この世界に来てからは一度も…」

「そうだね、この城塞都市の街中で亜人を見かけるのは稀だ。

 おそらく大学以外では滅多に見かけることは無いだろう。

 君はね、是非一度彼等と会ってみるべきだ」

「…そうですか?」

「私はそう思う。

 これは常日頃から多くの人達に言い続けているんだけどね。

 南方出身の留学生達には、見習うべき所が非常に多いんだよ」


亜人達は人間より遥かに身体的に優れている。

ボーエン大学には竜人、虎人、狼人等、多くの亜人留学生が滞在している。

彼等は巨躯であり、身長2メートルを越える者も珍しくない。

南方の故郷では多くの魔獣と死闘を繰り返してきた種族の末裔達である。

一度武器を持てば、戦場においては一騎当千の活躍であろう。

何よりも強靭な身体を、何よりも戦いでの強さを誇りとしてきた。


その彼等が今では最も学問に熱心であると、レスリーさんは語る。


何度も講演で訪れたレスリーさんは、南方の実情に詳しい。

道路整備もされておらず、建物は粗末な木造が多く、社会整備は皆無に等しい。

神族、魔族、人間の社会に比べて余りにも文明は遅れている。


だが、それを理解しているからこそ、彼等は熱心なのだと。

亜人留学生達は母国の、種族の未来を背負っているという自覚に溢れている。

だからこそ、我々人間から多くを学ぼうと必死である。

巨大な彼等が小柄な我々人間に教えを請い、武骨に頭を下げている。

命より大切な種族の誇りを捨ててでも、学を修めようとしている。


彼等は人間社会へ学びに遠方からやってきたかもしれない。

だが我等人間こそが、彼等の学問に対するひたむさを学ぶべきだと。

おそらく500年前の大戦から文明を復興させた先人達も同じなのだろう。

今は平和で豊かな時代となったが、だからこそ忘れてはならない。


「彼等は志を持ち、明確な目的を持って学びに来ている。

 まさしくそれは今の君に足りない所じゃないかな?」


「はい…返す言葉も有りません」


「勉学に励むのは大変良いことのように見える。

 努力は非常に結構なことだ。

 だが努力する時は常に目標を意識しなさい。


 たとえどんなに頑張っても、どんなに努力しても…。

 行先も定めずに進んで目的地に辿り着けるとは限らないからね。


 その為には一度立ち止まるのも…」


「――お父様」


そこで、同じくテーブルに着いていたドナ先生が言葉を遮った。


「その辺りで一度中断なさってはどうです?

 こういった話になると、お父様は止まらないから…」


「そ、そうだな…堅い話ばかりじゃ疲れてしまうか。

 さぁ、今日は折角御馳走を用意したんだし、アキヒト君も遠慮無く」


テーブルマナーを学んでいて本当に良かったと思える。

食事作法だけでなく、挨拶、接し方、話し方、普段の所作。

ガーベラさんには今度会った時に改めてお礼を言わないと。



「ところでだ…私の娘は案内人の義務を十分に果たしているかい?」


「はい、ドナせんせ…ドナさんは、しっかり面倒を見てくれています」


「はは、普段は先生呼ばわりかね…?」


その呼び方は初耳で面白かったらしく、レスリーさんは笑っていた。


「それはアキヒトが勝手に呼んでいるだけよ」


「だって、教えてくれる人には先生って呼ばないと…」


そんな僕とドナ先生のやり取りを見て、更にレスリーさんは笑った。


「アキヒト君、これからもドナのことを宜しく頼むよ」


「いえ、お世話になってるのは僕で…」


「妻を亡くしてから男手一つで育ててきたからね…。

 たまに育て方を間違えたんじゃないかって、不安なんだ」


「そんなのお父様の杞憂よ。

 この歳で研究成果を出して名声まで得て、私の何処が間違ってると言うの?」


「それが全部間違ってるんだよ…」


レスリーさんは溜息をつくと、顔を手で覆った。


「お前くらいの年齢の女の子なら、

 甘いお菓子を食べたいとか、新しい服が欲しいとか、舞踏会へ行きたいとか…。

 なのにお前ときたら、

 難しい論文を読みたいとか、新しい器材が欲しいとか、学会へ行きたいとか…」


「あ…あはは…」


娘を持つ父親の心中を察して、僕には乾いた笑いしか出なかった。


「わ、私だって服くらい気を遣ってるわよ!」


「全部他人任せじゃないか…。

 その日に何を着るかまで女中達に選ばせて…買い物に行けば全て店に選ばせて…」


「こ、これでもアヤよりはマシよ!」


酷い暴言を聞いた気がしたけど、早めに忘れよう。


「そう…ドナが普通の女の子になれるかどうかは、アヤちゃん次第だ。

 あの子が最後の希望なんだが…」


「ちょ!ちょっと、お父様!

 今の発言って冗談よね!?この場を和ませるための他愛無い冗談よね!?」


見ても聞いてもいけない父親の苦悩を知ってしまった。


「…見ての通りだよ。

 だからアキヒト君にはドナを宜しく頼みたいんだ。

 せめて、もう少し女の子らしくなるように…お願いするよ」


「世話してるのは私よ!」


「同年代の友達がアヤちゃんくらいしか居なくてね…。

 このまま成長したら…亡き妻に申し訳が立たなくて…」


「お父様!」


余りにもレスリーさんの表情が重かったので、フォローを入れることにした。


「そ、それは…レスリーさんの心配しすぎだと思います。

 ドナさんは十分に女の子らしいですから」


「では聞くが、ドナの何処が女の子らしいと?

 髪を整えるのも服の身嗜みもアクセサリー選びも全て女中任せだ」


こっちの世界に来て、僕は一番頭をフル回転させた。


「い、いつも丁寧に勉強を教えてくれます!」


「そこは性別に関係無いと思うが?」



ドナ先生が凄い目つきで僕を睨んでいた。


この僕のフォローの出来次第で、明日からの授業の明暗が分かれるだろう。

しかし不可能だ、無いモノを出せと言われても出せっこない。

これまで数ヶ月過ごしたけど、何一つドナ先生の女の子らしさが思い浮かばない。

だが、何も言わなければ今後の生活にまで大きな支障が出る…気がする。


だから…苦し紛れにでっち上げることにした。



「そ…そういえば…以前、図書館でお菓子作りの本を読んでましたよ」


「なに…!それは本当かね!?

 どんなお菓子の本を読んでいたんだ!?」


凄い勢いでレスリーさんは食いついてきた。


「よくは見てなかったんですが…その……焼き菓子…だったかな?」


「ほぉ…焼き菓子作りか。

 うむ、女の子らしくてとても良いじゃないか…!」


とっさに思いついた嘘だが、レスリーさんは上機嫌だった。


「それでドナ、いつ作るんだ?」


「え…えぇっと、それは少し興味が有って読んでいただけだから…。

 まだ、いつ作るかまでは…勉学や研究の方で今は忙しいし…」


「そんなことは後回しでいい!

 明日にでも作ってくれないか!?」


学術振興で大陸中から尊敬される人物が、勉学や研究を『そんなこと』って…。

するとドナ先生が僕の方を見て、目で助けを求めていた。


「…あ、そうだ!

 明日から暫くですね…ドナさんに集中して教えてもらう約束が有りまして…」


「そ、そうなのよ!

 アキヒトからどうしてもって頼まれて!」


「そうか…なら仕方ないが、いつまでだね?」


「え、えぇっと…明日と明後日…です」


「では、三日後に作って貰おうか。私も予定を開けておくよ」


「お父様、無理にお仕事を休んで頂かなくても…」


「娘が初めて手料理をするんだ、何を置いても駆けつけるさ」


先までの暗い面持ちから打って変わり、レスリーさんはとても嬉しそうだった。

そんな喜びに満ちた顔を見ると、今さら嘘でしたなんて言えない。


「どうやら私の目は曇っていたようだ…。

 父なのに娘のことを何一つ分かっていなかったよ」


いえ、レスリーさんの分析は正確無比です。

ごめんなさい、本当にごめんなさい…!

せめて心の中ではと、僕は全力でレスリーさんに謝っていた。


「これなら亡き妻も安心してくれる」


謝る人が増えた。


「そうだ、折角だからアキヒト君にも御馳走してあげなさい」


「え!?ぼ、僕は…その……」


「これから君は家族同然だからね、是非来て欲しい」


「は…はい…」


こういうのを藪蛇と言うのだろうか。

余計なフォローを入れるんじゃなかったと後悔した。





大陸歴996年6月


ボーエン王国子爵レスリー・アグワイヤは、勇者候補アキヒト・シロハラの後見人となる。

この日以降、彼は文字通り父親代わりとなってアキヒトに助力を惜しまなかった。

アキヒトも公私共に絶大な信頼をレスリーに寄せるようになる。


大陸で最も苦労することになったが、最も報われた人物としても知られる。



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