表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
17/134

第16話 『 挨拶と親交 』



大陸平原同盟。

地理的に神族と魔族に挟まれた、人間達の国々の政治及び経済共同体である。


前話で述べたが経済発展により、人間社会の地位は大きく向上した。

人間主導の大陸平原同盟の意向を、神族と魔族も無視できない時代が訪れた。

神聖法国と魔導王朝では、厳密には交戦状態が続いている。

そこで同盟領内での戦闘禁止を主軸とした交戦法規が提示された。

当初は神聖法国と魔導王朝、双方の内部から反発の声が上がった。

しかし反対派には古きイデオロギーしか存在し得ない。

人間は脆弱という、300年前の観念に縛られたままであった。


この時初めて神族と魔族は、人間に対し経済面で完全に屈服した事を悟る。


大陸歴826年、大陸平原同盟領内における不戦協定成立。

当時の時点で神族と魔族の武力衝突の頻度は皆無に等しかった。

実質的には有名無実な協定であろう。

だが、それでも人間主導の協定に両種族が従ったのは歴史的な事実である。

この協定の施行により社会不安は払拭され、更なる産業の発展を促した。

嘗ての戦地は開拓が進み、大穀倉地帯へと変貌していく。

神聖法国と魔導王朝は交戦の機会を失い、軍事力の存在意義が低下。


稀に発生する辺境や他国との紛争に出兵するのみとなった。



平原同盟は大陸中央という地理上、様々な民族、種族が集うことで知られる。


神族と魔族も政治、商売、学問と目的は違えど多くの者達が訪れ滞在する。

そして滞在中、例外無く厳命されるのが不戦協定である。


だが大戦から既に数百年経過しており、実際の戦闘に携わった者は稀である。

世代も交代し、個人的レベルの怨恨は遙か昔に過ぎ去っていた。

そのために同盟領内での、神族と魔族の衝突はゼロに等しい。


仮に街中で顔を合わせても相互不干渉が暗黙の了解となっていた。




ボーエン王国練兵場。

現在、この敷地内に魔導王朝教導騎士団と神聖法国聖導騎士団が滞在している。

その両騎士団の拠となる建物は意図的に離されていた。

不戦協定が有効とはいえ、余計な摩擦やトラブルを未然に防ぐためである。


しかしその日、魔導王朝の領域へ神聖法国の青年騎士が堂々と入ってきた。

1階のロビーには当然だが黒衣の魔導王朝の者達ばかり。

そこへ白衣の法国騎士が入り込めば、自然に魔導王朝の者達から視線を集めた。

しかし当の青年騎士は全く臆することなく、受付カウンターへ向かった。


「悪い、少し聞きたいんだが良いかな」

「はい…何の御用でしょう?」


魔導王朝所属の事務官が怪訝な顔で対応した。


「教導騎士団のガーベラって女を呼び出してくれるか?」


聞き耳を立てていた者達の顔が一斉に青年騎士へと向いた。


「…ガーベラ様は今、騎士団の会合中でお忙しいのですが」

「そうか、じゃあ練兵場で待ってると伝えてくれ」

「か、畏まりました。

 お名前を伺って宜しいですか?」


「俺は神聖法国騎士、イスター・アンデルだ」


やはり微塵も臆することなく、堂々と敵地で名乗りを上げていた。


「ところで、もう一つ聞きたいんだが…」

「は…はい…何でしょうか」


「君の名前は?

 今日の仕事の後、時間は空いてる?」




30分後、イスターは誰も居ない練兵場の隅で立っていた。


アキヒトの鍛錬専用の場所である。

近くに立てかけてあった木剣を手に取り、何気なく片手で振り回していた。


そこへ黒衣に身を包んだ、魔導王朝の女性騎士が姿を現した。


「私を呼び出したのは貴様か?」

「そうだ、俺はイスター・アンデル。お前がガーベラ…だな?」


向かい合う2人を、遠巻きに白衣の騎士達と黒衣の騎士達が見ていた。


「用件が有るなら手短に願おうか。

 我ら2人、こうして話など要らぬ誤解を産むのでな」

「礼を言いたかったんだ。

 アキヒトに立派な服を仕立てて、高い飯を御馳走してくれたと聞いたんで」

「…はぁ?何を言ってるのだ。

 貴様に、礼を言われる筋合いなぞ無い」

「そうだな、俺にとってアキヒトは担当の勇者候補に過ぎん。

 法国の所属でも無いし、お前に何か礼を言う筋合いなんて無いだろうな」

「何を言いたいのだ、貴様は?」


「今のは話のキッカケだ、これからが本題だ」


ガーベラもまた、傍に立てかけてあった木剣を手に取った。


「いつか腹を割って話をしたいと思っていたんだ。

 同じ勇者候補である、アキヒトの指導担当としてな」

「ふむ…」

「しかし興味が無いなら…話をするまでも無いならここでお開きだ。

 わざわざ時間を取らせて悪かったな」

「…良いだろう、話を聞いてやる」


振り回していたイスターの木剣が止まった。


「…正直に言うぜ。

 俺がアキヒトに剣を教え始めたのに大した意味は無ぇよ。


 元々、今回の勇者召喚の儀は気に食わなくてな。

 鍛錬の仕事もサボって飲みに行こうと思ってたくらいだ。

 しかし一度くらい、勇者候補サマの顔を拝んでやろうと思ってな…。

 その時、ここに一人で一生懸命に剣を振ってたのがアキヒトだ。


 神獣の加護も無いし、誰からも期待されていない。

 こんな別の世界に呼び出されて、しかも一人きりだ。

 しかし不貞腐れずに頑張ってるのを見ていてな…。


 それから面倒を見てやってるってわけだ」


「貴様がアキヒトに指導する理由は承知した。

 だが、それが一体何だと言うんだ?」


「お前はどうなんだよ」


木剣の切っ先をガーベラへ突きつけた。


「アイツは力も無い、平凡な人間だ。

 それは指導しているお前もよく分かっているだろう。

 なのになぜ、アキヒトの担当を続けているんだ?」


イスターの持った木剣に力が…目つきが険しくなっていた。


「…そうだな、貴様も腹を割った以上、私も話してやろう。


 一つ目はこの世界の住人としての責任だ。

 手違いで呼び出してしまった以上、せめて鍛えてやらねばな。

 誰も相手にせぬから、私が指導してやっているのだ。


 二つ目は…そう、この世界の住人としての借りだな。

 貴様も知っての通り、アキヒトはこの世界の精霊を助けてくれた。

 神獣の加護を受ける機会まで捨ててまでな…。

 そんなお人好し、捨てておけんよ」


「で、三つ目は?」


「決まっておろう、アキヒトと一緒は居心地が悪くないからだ。

 才も力も無いかもしれんが、努力を惜しまない姿勢は嫌いじゃない。

 不本意だが、その点に関しては貴様と同意見だ」


「その通りだ…アイツは誰からも期待されていないのに頑張っている」


「私は期待しているぞ」

「それを言うなら俺もだ」


するとイスターの表情が和らぎ、剣先から力が抜けた。


「悪かったな、何か企んでいるかと疑っていた」

「まぁ、良い…貴様の懸念も理解できぬ訳ではないからな」

「最近アキヒトの周りで変な奴を見つけてな…少し神経質になっていた」

「手違いだが勇者候補だ、どんな連中が近づいても不思議は無い…」


「なら、更に腹を割って話してみようか。

 神聖法国騎士としてではなく、イスター個人としての話を聞いてくれ」

「良かろう…。

 魔導王朝騎士としてではなく、ガーベラ個人として話を聞いてやる」



「なぜ、アキヒトは頑張っていると思う?」



余りにも素朴な質問に、ガーベラは言葉を詰まらせた。


「どうした?」

「それは…この場で即答できる程、簡単な質問では無いな」

「なぜ、そんな難しい顔になるんだ?

 アキヒトは次の召喚までの5年間を無駄にしたくないからと言っている。

 その言葉は嘘だとでも言うのか?」

「いいや、それも嘘では無いだろう。

 だが、そればかりで頑張っているのでは有るまい…」

「じゃあ、なぜ必死に…たとえ一人でも頑張ろうとしているんだ?」

「貴様も大体の予想はついているだろう」

「それをお前の口から聞きたい」

「腹を割るといったのは貴様の方だろうが」


何かしら言い返そうとしていたが、イスターは大きく息を吐いた。

そして青い空を見上げながら口を開いた。


「俺は思うんだがな…。

 アキヒトは居場所を作りたいんじゃないかって…自分の居場所を」


イスターの言葉にガーベラは否定もせず、耳を傾け続けた。


「誰から期待されてなくても、それでも頑張って認めて貰おうと…。

 自分が居られる場所を作ろうと…俺はそんな風に感じる」


「…私も、あの頑張りは少し普通と違うのを感じていた。

 栄誉を目指すでも無く、富を欲するでも無く、嫉妬でも怨恨でも無い。

 ましてや勇者候補の誇りでも無く…この世界を守るためでも無く…。


 あれはひたすら……そう、ひたすら…。

 もっと大切な物を…何かを欲して…一心に、何かを望んで…」


「アキヒトは何を望んでいるんだ…?」


イスターの問い掛けに、ガーベラは首を僅かに横に振った。

既に答えは出ており、言葉にするまでも無かった。


「貴様は元の世界の話を聞いたことがあるか?」


「そうだな…あまり話してくれないな」


「私が思うにだ…元の世界にも居場所が無かったのかもしれん。

 だからこそ、この世界で居場所を作ろうと…そう感じる時も有る」


「それは有り得るな…。

 産まれも育ちも悪くは無いが、家族には恵まれず…か」

「うむ…自分の家の中でさえ、孤独だったかもしれん…」


人も疎らな練兵場に、初夏の強くなった日差しが降り注ぐ。

見上げれば、2人の頭上には青い空が広がっていた。



「アイツも分かってないな、世界はこんなに広いのに」


「フフ…アキヒトは下を向いてばかりだからな、困ったものだ」



2人を遠巻きに眺めていた双方の騎士団達は安堵していた。

仮に乱闘にでもなれば協定違反で厳罰は免れない。

しかし遠くから伺う限り、2人の間に争う気配は無い。


そう胸を撫で下ろした時だった。


「俺はな、時期が来たらアキヒトを本国へ連れ帰るつもりだ」

「…なに?」


「俺も国に帰れば、それなりの身分だからな。

 信頼できる仲間は大歓迎だ。

 それでアイツに言ってやりたいんだ、お前は必要な人材だって。

 神聖法国で居場所を作れば…」


「戯言は止せ、アキヒトは私が魔導王朝へ連れて帰る。

 私も本国に帰れば騎士団長の身だ。

 頭は悪くないからな、将来は私の回りの仕事を手伝って貰う。

 是非、魔導王朝の一員として…」


「事務員が欲しいなら、本国で募集かければいいだろ」

「貴様こそ、飲み仲間が欲しいなら本国で探せば良かろう」


両者の間に火花が散った。


「…よし、交換条件だ。

 他の勇者候補の中から好きなのを連れて行け。

 ただし、アキヒトは神聖法国が貰う」


「貴様にそんな権限無いだろうが!


 …ならば、こうしてやろう。

 他の勇者候補全員、まとめて連れて行くが良い。

 だが、アキヒトは魔導王朝が迎える」


「お前にだってそんな権限無いだろ!」


双方の騎士団達も、2人の周囲の空気が変わったのに勘付いた。


「この俺が、こんだけ腰を低くして頼んでるんだぞ!?」


「高慢な態度で何を言う!


 この私が頭を下げているのに、頼みを聞けぬと言うのか!?」


「いつ頭を下げやがった!」


2人が怒声を浴びせ始めると、見ていた騎士団達も身構え始めた。


しかし、暫くすると怒声も止み――


「俺は退かねぇ」

「私も退くつもりは無い」


静寂……そして



――ガンッ!!



イスターとガーベラの木剣が衝突、周囲に鈍い音が響き渡った。



ガンッ!ガッ!ガンッ!!



練兵場から両者の姿が消えた。

常人には眼にも止まらぬ速さで木剣を打ち合い、衝撃音が後を追った。


「やめろ、イスター!」

「お止め下さい!ガーベラ様!」


慌てて双方の騎士団達が制止しようと、2人で駆け寄った。


――バキィッッ…!


数十合打ち合っただけだが、両者の間で木剣は耐え切れず砕け散った。


「誰でもいい!剣を貸せ!」


「誰ぞ、私の剣を持て!」


双方の騎士団達はそれぞれ2人を囲んで宥めようとした。

だが、両者の闘気が容易に止まる気配は無かった。


「慌てんなよ、大したことじゃ無ぇ…。

 これはほんの『挨拶』だ」


「その通りだ、狼狽えるな…。

 『挨拶』代わりで、ほんの少しじゃれ合っただけだ」


2人の睨み合いは止まらない。


「今日は邪魔が入ったが、何時か2人きりで会わねえか?

 そこでじっくり『親交』を深めるためにな…!」


「折角の御招きだ、喜んで応じてやろうぞ。

 次は誰にも邪魔されず、『親交』を深めてやろう…!」



両者共に傷も無く、物損は木剣2本のみ。

目撃した騎士達はイスターやガーベラの身近な者達ばかり。


その為、互いに口裏合わせして他者の目をやり過ごし…。



この日の事件は何の問題にもならず終わった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ