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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
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第13話 『 魔族的な英才教育 』



イスターさんと飲み歩いた翌日は、魔族の人達との鍛錬日だった。


いつものように早めに鍛錬場に到着して準備運動。

身体を慣らしながらガーベラさんを待っていた。


「今日も宜しくお願いします!」

「あぁ、始めようか」


木剣を振るい、素振りから型の練習。

普段と変わらない鍛錬だが、ガーベラさんは腑に落ちない様子だった。


「…昨日、何か有ったのか?」

「え…何がです?」

「夕刻、騎士団の方へ問い合わせが有ったのだ。

 エルミート家の令嬢から、お前の所在を知らないか…とな」


昨夜8時頃、魔族の騎士団本部へアヤ姉が訪ねてきたらしい。

目的は僕の鍛錬担当であるガーベラさんだった。


「あの令嬢の話では、お前が夕方から行方が分からなくなっていたと…。

 私なら何か心当たりが有るのではと尋ねられたのだ」


やってしまった…と、思わず手で顔を覆ってしまった。


「…で、昨日は何をしていたのだ?」

「そ、それはですね…」

「何だ?私には言えないことなのか?」


迷惑をかけた以上、怒鳴られるのを覚悟して説明することにした。


「昨日は鍛錬の途中でイスターさんと…神族の先生と街に出て…」


夕方から深夜まで繁華街で飲んでいたのを正直に話した。

それで酔い潰れてしまい、イスターさんに自宅まで送って貰ったと。

そのままイスターさんは泊まり、朝食も途中まで一緒だった事を説明した。


「ご迷惑をおかけして、すみませんでした…」

「いや、それは構わんが、アキヒトに酒はまだ早いであろう?

 その神族は何を考えているのだ…」

「いえ…あの人なりに僕を元気付けてくれたんですよ」


今も僕の右肩で光り輝いているシロ。

昨日のイスターさんと同じく、ガーベラさんにも催眠療法の説明をした。


「最近の僕は無理をしてたらしくて…。

 だから肩の力を抜けって…自然体でシロを待ってやれって…。

 でないとシロを心配させるぞって…そう言ってくれたんです」

「ふむ…」

「もっとも、本心の半分はお酒かもしれませんけどね」


最後は冗談交じりで言ったつもりだが、ガーベラさんの表情は真剣そのものだった。


「…よし、本日の鍛錬は変更だ」

「え…」

「今すぐ着替えて、門の前で待っていろ」


有無を言わせず、ガーベラさんは足早に鍛錬場に背を向け立ち去った。

1人取り残された僕は、仕方なく着替え直して門前へ。

途中、守衛の人に訝しげな目で見られたが、何も言わず通してくれた。



「待たせたな」


姿を表したガーベラさんは、黒を基調とした士官服だった。

普段の騎士兵装とは異なった威厳と迫力。

紋章を型どった金と銀の装飾が、魔導王朝の象徴らしかった。


「ガーベラさん…カッコイイですね」

「フフ…淑女に向けられる褒め言葉として微妙だな」

「じゃあ、凄く似合ってますよ!」

「有難う…だが、お前にもこれくらいはやって貰わないとな」

「…え?」


すると、僕達の前に馬車が止まった。

見るからに街中を走っているのとは異なる、高級感と存在感。

金の装飾が施された黒い馬車は、魔導王朝の士官専用らしかった。


「どこへ行くんですか?」

「服を仕立てにだ…そろそろ礼服の一つも必要であろう」


ゆったりとした乗り心地の馬車が向かった先は、都市の中心部。

僕の住んでる下町とは一変し、道行く人々の身なりが明らかに違っていた。


「この辺りは貴族や土地の有力者が多い」

「そうみたいですね…」

「いずれ、お前にもそういった人種と接して貰うつもりだ」

「そ、それって…」

「着いたぞ」


馬車が停まったのは、見るからにお高そうなお店だった。

下町では決して見られない大理石の建造物。

純白の壁面に、独特のフォント店名というシンプルなデザイン。

ショーウィンドウ越しに見える、様々な礼服。


今の僕とは馴染みの無い世界だった。


扉を抜けると、スーツ姿のスタッフ達が恭しく一礼してきた。


「これはガーベラ様…お越し頂き、誠に有難う御座います」

「うむ、今日は服を新調しに来た」

「かしこまりました…こちらへどうぞ」


スタッフに先導され、僕達は奥へと通された。


「この店は生地も上等で造りも意匠も悪くない」

「はぁ…そうなんですか…」

「お前も一着、見繕って貰うと良い」

「え…!僕もですか!?」

「フフ…男子たるもの、正装の一つくらいは用意すべきだろう。

 なに、支払は気にしなくていい」


ガーベラさんと別れると、スタッフの人達から寸法を測られた。

身長、肩幅、胸回りから胴回り、足のサイズまで。

測定後はお店専属の理容師さんから髪を整えて貰えた。


「あの…ガーベラさんは、よくここを利用してるのですか?」

「はい、ご贔屓にさせて頂いております」

「もしかして…かなり偉い人なんでしょうか?」


その言葉に、スタッフの着付けの手が止まった。


「僕…あまり、あの人のことを知らないんですよ」

「そうでしたか…。

 では、貴方様自らがお聞きになるべきですよ。

 お客様の事情など、私共が軽々しく口にすべきではありませんから」


顧客の情報を容易に明かさないのは、高級店なら当然かもしれない。


以前から思っていたのだが、ガーベラさんは騎士団の中でも階級が高いらしい。

練兵場には騎士団以外にも魔導王朝の人達が多く訪れる。

そういった人達がすれ違いざまに、ガーベラさんへ会釈するのを度々目にした。

しかしガーベラさん自身はとても若い。

おそらくはイスターさんと同年代だろう。



1時間後、僕は漆黒のスーツに身を包んでいた。


上も下も、ネクタイや革靴まで黒で統一されている。

唯一、ジャケットから覗くシャツだけは白だが。

僕が普段着ている学生服も黒だが、間近で見ると生地の違いに気付く。

グレーかかった黒とは違う、紛れもない漆黒だった。


「うむ、なかなか似合ってるな」

「ガーベラさんこそ、いつにも増して綺麗ですよ」

「フフ…世辞が上手いな、お前は」


規律の象徴である士官服から一転してワンピース型のドレスだった。

華やかなレースと、控えめながら光沢のある生地。

首元にはアクセントに煌びやかなネックレス。

何より肩や胸元の白い肌が眩しい。


「ガーベラ様には、情熱的な真紅などお似合いかと存じますが…」

「いや、これで良い。

 余り目立つのは好まんのでな」


スタッフさんの言葉通り、全体は藍色で少し地味な印象を受けた。

ガーベラさん程の美人なら、もっと着飾っても似合いそうなのに…。



「では準備も整ったことだ、本日の鍛錬に入るか」

「え…ここでですか?」

「なに、ここは馴染みの店だから安心しろ。

 それに他にも仕立てを頼んである…それまでの間、利用するだけだ」

「い、いえ、こんな所で剣を振るなんて…」

「愚か者…剣の修業など周りに迷惑では無いか」


店内に陳列しているのはスーツやドレス。

そして各スタッフや職人の人達、そして他のお客さん達。


「本日の鍛錬は礼儀作法だ。

 この店なら環境としては最適だろう」

「え…えぇ!?」

「まずは自然体、直立不動だ。

 顎を引いて、背筋を伸ばし、視線を真っ直ぐ正面に向けろ」

「は、はい!」


こうして有無を言わせる隙も無く、新しい鍛錬が始まった。


「駄目だ…そんな歩き方では恥をかくぞ?

 良いか、常にカカトから地面に着地するよう意識するんだ」

「はい!」

「歩行中、足先は平行にするな。

 少し外に開くよう…決して内股にはなるな」

「はい!!」


身体的には木剣を振っている方が、体力的には必要な筈なのに。

この礼儀作法の鍛錬の方が、遥かにハードな気がした。


「ガーベラ様…お茶が入りましたが如何です?」

「悪いな」


今までのスタッフとは異なる、白い口髭をたくわえた初老の人物だった。


「そうだ…支配人、この少年は私が担当を務める勇者候補のアキヒトだ」

「は、はじめまして!アキヒトと言います!」」


「はじめまして、アキヒト殿。以後、お見知りおきを…」


なぜか、この支配人さんは僕のことを興味深そうに見ていた。


「え、えぇっと…何か?」

「はい…ガーベラ様が担当なさるとは、非常に幸運な方だと思いまして」

「支配人、世辞は不要だ」

「いえ、本当のことで御座います。

 他のどの勇者候補よりも幸運だと…私もあやかりたいものです」


やはり、気のせいじゃなくガーベラさんは他の騎士団員と違うようだ。


「ならば、気付いた点が有れば指摘してやってくれ。

 いずれは魔導王朝の高官の方々とも謁見できるようにな」

「ほぅ…それは責任重大ですな」


ガーベラさんと支配人さんは、にこやかに会話を楽しんでいたが…。


「あのぉ…僕、そんな偉い人達とお会いすることは無いかと…」

「…何を言っている?

 どこで何か有るか分からない、それが人生だ。

 また私の教え子である以上、最低限の所作を身に着けて貰わねば困る」

「その通りで御座います。

 アキヒト殿の所作一つで、師であるガーベラ様の風評が決まるのですから」


この支配人さん、お店の経営に関してはスタッフさんに任せっぱなしらしい。

どちらかと言えば、ガーベラさんとの会話を楽しみに来たらしくて…。

王国随一の仕立て屋さんと魔導王朝騎士から、みっちりと礼儀作法を仕込まれた。



「一日で身に付く事でも無いからな。

 これからは剣の鍛錬と並行して、続けていくか…」

「は…はい…」

「背筋を曲げるな!下を向くな!常に堂々と前を見ろ!」

「は、はい!」


気が付けば、陽は赤く夕暮れ時だった。

支配人さんとスタッフさん達に見送られ、僕達は馬車に乗った。


「今日の鍛錬は疲れましたね…」

「何を言っている、まだ終わってないぞ。

 これからは食事の作法を学ぶ時間だ」

「…え?」

「王朝高官との会食で、恥をかかせる訳にはいかんからな」


どうやら、このまま何処かのお店へ夕食に赴くらしかった。


「すみません、その前に…一度自宅に帰っても良いでしょうか?」

「何か用事でも有るのか?」

「ティアさんが…いつも僕に夕飯を作ってくれる人がいるんです。

 今夜は支度の必要が無いと伝えたくて…」

「ふむ…そうだな、無駄な手間をかけさせるのも心苦しい。

 それにお前の荷物も置いてくると良いだろう」


今の僕は卸したての服に身を包み、手元には普段着が一式。

ガーベラさんの厚意により、夕飯前に自宅へ馬車を寄らせて貰った。



「お帰りなさい、アキヒトさん……ふふ、見違えましたね」


帰って僕の姿を見るなり、ティアさんは面白そうに微笑んでいた。


「はは…こちらのガーベラさんに…今の僕の先生に用意して貰えたんです」

「そうでしたか…。

 私、アキヒトさんの身の回りの世話を勤めているティアと申します」

「うむ、宜しくな」


今夜はガーベラさんと外食で、支度は不要だと伝えた。

そして素早く普段着一式と手荷物を家の中へ運びこみ、急いで馬車へ戻ろうとした。


「かしこまりました、こちらの服の方は洗っておきますね」

「すみません、それでは…!」

「いえ、お待ちになってください」


僕を引き留めると、ティアさんは真っ白なハンカチを取り出した。


「あの…ティアさん?」

「これから大切なお食事会ではありませんか?

 ならば、身なりにも気を付けなくてはなりません」


四角のハンカチを手慣れた動作で何回か折り曲げ…見たことも無い形状になった。

そして、それを僕の胸ポケットに…。


「わぁ…カッコいいです!」

「似合ってますよ、アキヒトさん」


漆黒のスーツに、純白のチーフが映える。

ただ気になったことに、6個の三角形状がチーフで作られていた。


「あの…少し変わった形をしてますね」

「はい、それがこの世界での作法なんです」

「ありがとうございます!それでは行ってきます!」


一秒でもガーベラさんを待たせたくなかったので、急いで馬車に乗った。


「お待たせしてすみません!」

「いや、構わん。では出発してくれ……ン?」

「…どうかしました?」

「いや、何でもない…」


一瞬、ガーベラさんの目線が胸ポケットの方へ向けられた気がした。



…予想していた通りだろうか。


馬車が辿りついたのは、門構えからして立派な庶民お断りのお店だった。

この城塞都市でも高台に造られた豪奢な建物。

中へ入っていく人達は、全てスーツかドレスの正装だった。


ウェイターの深々とした一礼の後、僕達は席へ案内された。


「フフ…無理も無いが、視線を泳がせるな」

「は、はい!」


煌びやかなシャンデリアが店内を柔らかく照らしていた。

店内はブラウンを基調としたシックな造りで、雰囲気に調和した絵画や調度品。

辺りは全面総ガラス張りであり、この城塞都市の街並みが見下ろせた。


「僕、テーブルマナーの必要なお店に入ったこと無くて…」

「私だって滅多に入らんよ、今日は特別だ」


テーブルの上に用意されたナイフとフォーク。

どうやって手に取って良いかさえ、僕には分からない。


「それより…頼りにならなくてすまなかったな」

「え、何がですか?」

「シロのことだ、前々から様子がおかしいとは思っていたのだが…」

「そ、そんな!ガーベラさんに謝って貰うことなんて…!」

「出会ってから4か月、それなりに親交を深めてきたつもりだ。

 お前はお前で、私がどんな人物なのか見測っていたのだろう?

 その上で私では頼りにならないと…そう判断したのだな?」

「いえ、違います!

 その…えっと……ガーベラさんに迷惑かと思って…」

「迷惑だと?」

「こんな僕の話…ガーベラさんにとっては…」


「遠慮は美徳の一つだが、過ぎれば誤解を産むぞ」


話の途中、前菜とスープが運ばれてきた。

初夏の季節の野菜が彩り豊かに盛り付けされ、とても綺麗だった。

スープは透き通った琥珀色で、凝縮された深い香り。


「まぁ、良い。

 それより折角の食事だ、冷めぬうちに頂くとしようか」

「…なぜ僕なんかに教えてくれるんです?」


不意の質問に、ガーベラさんの指が止まった。


「魔族の人達からすれば、僕達は戦力にならないかもしれません。

 特に僕なんて…神獣の加護も無いのに…。

 なのにガーベラさんは、単なる役目以上に僕に優しくしてくれて…」

「…気になるか?」

「はい、とっても」

「ならば、いつか教えてやろう」

「今は駄目なんですか?」

「今のお前は未熟だ…今のお前はな」


そしてガーベラさんは、とても柔らかな笑みを見せてくれた。


「だが、これだけは言っておこう。

 他の勇者候補に比べ、お前は知も勇も劣っているかもしれん。

 それはお前自身が一番よく分かっているだろう。

 だが、それでも努力を怠らないお前の姿勢は嫌いじゃない」

「ガーベラさん…」


「卑屈になるな。

 見込みのない者の指導に時間を割く程、私も暇ではない」


「あ…ありがとうございます!」

「それより、本当に料理が冷めてしまうぞ」

「はい、それはそうなんですが…」

「そうか、食事の作法は知らないのだったな。

 難しいことじゃない、まずは私の真似をすればいい…」


作法の鍛錬とは言っても、そんなに堅苦しいことじゃ無かった。

ナイフやフォーク、スプーンなどの取り方、置き方、持ち方。

本当は細かい決まりがあるんだろうけど、最初だからと大目に見てくれた。


何よりガーベラさんが丁寧に…とても優しく教えてくれた。



格調高い、慣れない雰囲気のお店だけど僕は食事を楽しむことができた。


最後に果物のシャーベットが出されたのだが、

その時にウェイターさんがガーベラさんに小声で耳打ちした。


「お食事中、失礼致します…スジャーン様がお見えになりました」

「そうか、有難う」


たった今、入店してきたのは初老の男性。

身に纏った衣服の魔導王朝紋章から高級官僚なのが直ぐに分かった。


「挨拶せねばな、アキヒトもついて来い」

「お知り合いなのですか?」

「ボーエン王国に駐在する魔導王朝の全権大使、スジャーン・アノイ様だ。

 この地に滞在する、魔導王朝出身者の頂点におわす方なのだが…」

「どうしました?」

「我が家の先代当主…父の古い友人なのだ。

 子供の頃から世話になっていてな、私も頭が上がらぬのだよ」


乾いた笑みを零しながら立ち上がり、僕達は全権大使様の所へ近づいていった。

すると傍にいた護衛らしき黒服の人達に道を阻まれた。


「何用か?」

「イーバー家、現当主ガーベラが挨拶に参ったとスジャーン様に取り次ぎを…」

「ガーベラだと!?」


初老の全権大使さんは素早く反応し、僕らの方へ振り向いていた。


「おぉ、久しぶりだな!」

「はい…スジャーン様の御健勝、お慶び申し上げます」

「堅苦しい挨拶は抜きだ、昔のようにおじさん呼ばわりで構わんよ」

「私も魔導王朝騎士の一員であり、今は当主の座を預かる身ですので…」

「わしが良いと言っておるのだから構わんであろう?

 それに、たまには地位や政務抜きの会話をしないと息が詰まるのでな…。

 昔のよしみだ、しばらく付き合ってくれ」

「お変わりないのですね、スジャーンおじさんは…」


そしてウェイターさんを呼び止め、僕達はスジャーンさんと同席することになった。


「3ヶ月前、大使館へ挨拶に来たきりだったな…寂しいではないか?」

「騎士団の任務が忙しかったのですよ。

 それに、おじさんも政務がご多忙だと伺っております」

「そのことなんだがな…」


スジャーンさんの視線が僕に向けられた。


「彼も勇者候補で、私が担当するアキヒトです」

「お初にお目にかかります、アキヒト・シロハラと申します。

 スジャーン様には以後、お見知りおきを…」


立ち上がって丁寧な一礼。

つい数時間前までの猛鍛錬が、早速活かせる機会が到来した。

すると対抗心を燃やしてであろうか。

表情を引き締めるとスジャーンさんも立ち上がり、直立不動で挨拶を向けてきた。


「お初にお目にかかる。

 私は、偉大なるラーキ大公の序列2位配下にして、

 今は在ボーエン王国全権大使を務めるスジャーン・アノイである。

 未来の勇者アキヒト殿…以後、お見知りおきを」

「お、恐れ入ります…!」


突然の、余りにも堂々とした挨拶に、思わず気が竦んでしまった。


「フフ…おじさんもお人が悪い」

「何を言う、礼には礼を以て返さねばならん。

 彼が精一杯の礼儀を向けてきたのだ、ここで返さねば王朝の名誉に傷がつく」

「お手柔らかにお願いしますよ…。

 そもそもアキヒトに礼儀作法を教えたのは、今日が初めてなのですから」

「指導したのはお前なのか?」

「はい、私ですが…」

「さすがはガーベラだな…。

 今の若い者は面倒臭がって、古い慣習など無視しておる。

 しかし、このような異国の地でも、序列の細かいしきたりまで守るとは感心…。

 本国の者共に見習えと言ってやりたいわ」


するとガーベラさんは僕の方へ振り向き、身なりを凝視した。

そして一瞬だけ何か驚いた顔をしたが、直ぐに普段の表情に戻ってしまった。


「アキヒト殿、そこのガーベラは魔導王朝の若手の中でも一番の有望でな。

 頭も良いし剣の腕も文句無し。

 若いながらも戦功を挙げ、騎士団長も務めるほどだ。

 彼女から多くのことを学んで欲しい!」

「は、はい…!…え?あれ?」

「不満かね?」

「いえ…ガーベラさんが騎士団長って…」

「なんだ、知らなかったのか」

「僕が見た魔導王朝の教導騎士団長は、別の男性でしたが…」

「ははは、今は降格されて騎士団員なんだよ。

 だが任務を終えて本国に戻れば、直ぐにでも団長復帰だ」


見ると、ガーベラさんは俯いて目元を抑えていた。


「おじさん…あまり私の事情を明かして欲しくないのですが…」

「今の彼は魔導王朝の一員だ、何も問題はあるまい」

「いえ、まだアキヒトは勇者候補であって…」

「全権大使の私が認めるのだ、誰にも文句は言わせんよ」


今まで僕はガーベラさんとしか魔導王朝の人と話をしたことが無かった。

だからガーベラさんみたいな厳格な人の集まりのイメージがあったけど、

実際はイスターさんみたいな人も多いかもしれない。


「え、えぇっと…御二人は親しいんですね」

「当然だ、産まれた頃から知っておるからな」

「え…それって…」

「先代の当主からの付き合いだ、今はわしが父代わりだよ」

「スジャーンさんが父代わりって…それじゃ、本当のお父さんは…」


するとガーベラさんが咳払いして話し始めた。


「そういえば、まだ教えてなかったな。

 前当主の父は5年前に亡くなり、今は私が現当主だ」

「それで、そんなにお若いのに当主なんですか…」

「ハハ、さすがに14歳で当主になった時は苦労したがな」

「…え?」


年齢を逆算して、思わず声が出てしまった。


「何だ?言いたいことがあるなら正直に言ってみろ」

「ガーベラさん…今は19歳なんですか?」

「それがどうかしたか」

「いえ、もっと年上の方かと思って…とても威厳が有るから」

「私とて苦労してきたからな。

 当主として責務を果たそうとすれば、威厳の一つも自然に備わる」


そこで笑いながらスジャーンさんが割って入ってきた。


「ははは、前よりはマシになったな。

 もっとも、わしから見ればまだまだだが」

「おじさんと比べられても困ります」

「威厳云々もあるが、わしはもっと他の事を心配しておる」

「…何かご懸念が?」

「うむ、大事な問題がな…。

 だからアキヒト殿に期待しても良いかな?」


突然、話を振られた。


「え、僕が…何の話です?」

「ガーベラはな、立派に見えて足りない所がまだまだ多い。

 だから、アキヒト殿に助けてやって欲しいのだよ」

「僕なんかが、そんな…!」

「父代わりというには、ワシは少々年老いておる。

 まだまだ助けてやりたいが、どうしても老いには勝てん。

 だから今のうちにガーベラの周りを信頼できる人物で固めておきたい。

 ガーベラは有能かもしれんが、一人では無力に等しい。

 魔導王朝の政治中枢では、良くも悪くも数が必要なんだ…」

「僕は…その…僕は……」


――いや、ここで退いては駄目だ。

ついさっき、卑屈になるなと言われたばかりじゃないか。


だから僕は立ち上がり、スジャーンさんへ姿勢を正した。


「僕は…今の僕は未熟です。

 まだ、ガーベラさんの御力にはなれません。

 ですが、いつか…いつかガーベラさんを支えるだけの男になります!」


僕は僕なりに、真剣に決意を表明したつもりだった。


「…フ…フフ……」


…が、ガーベラさんの視点では滑稽に見えたらしい。

そんな僕を見て笑いを堪えていた。


「す…すまないな、アキヒト…。

 決して、お前を馬鹿にしてるわけでは無いのだ」

「あのですね、ガーベラさん…これでも僕は…」

「ゆ、許せ…だがな、私とて、おじさんの心配は承知しているよ。

 だから私なりに、前から人脈作りは始めている。

 若輩だが、派閥の重要性は分かっている……フフ…」


笑いをいつまでも引きずってる様子を見て、少しだけ恨めしそうな顔をしてみた。


「僕では頼りにならなくて、すみませんでしたね…」

「…いや、逆だ」

「え…」


「お前には一番期待してるよ」


「じょ…冗談でしたら止めてください」

「冗談では無い、本心だ。

 今のお前は未熟かもしれんがな、未来はそうと限らん。


 いつかアキヒトは…私の一番の味方になってくれるかもしれないな」


決して嘲笑では無いガーベラさんの笑顔に、思わず萎縮して座り込んでしまった。


「ガーベラさんこそ、お世辞は…」

「私も冗談や世辞では無いと思うな」


スジャーンさんは満足げに笑っていた。


「歳を取れば分かるが、自然に付き合いには損得勘定が付きまとってくる。

 あの人物は自分の立場にとって損か?得か?

 そんな計算をしながら、付き合いを始めたり縁を切ったり…どうしても多くなる。

 そうして得た人脈も間違いなく貴重な財産だ。

 だがね、本当に大切なのは別に有るのではと思う時が多くなったよ。

 自分にとって一番貴重な人間は、損得を越えた次元に存在するのでは…とね」


そうしてガーベラさんの方へ向き直り、更に話を進めた。


「あの男とは…ガーベラの父親とは古い付き合いでね。

 初めて会ったのは騎士団員の頃だ。

 あれからお互い、それなりに地位も上がって権限も増えていった。

 当然、自然に仕事の付き合いも増えていく。

 上官、同期、部下…こうして全権大使にもなれば、それこそ数えきれない程だ。

 表面上は多くの人と親密で友好的に見えるかもしれん。


 だが、本当の意味で友人と呼べたのは一人だけだったよ。


 そして、その一人がこの世に居ない今…私なんて寂しいものさ。


 周りには取り巻きが大勢揃っているのだがね」


初老の全権大使は遠い昔を思い出していたのかもしれない。

そして今の自分を嘲笑っているようにも見えた。


「ガーベラよ…お前はそれなりに人脈を構築しているかもしれん。

 だが、仲間はいるのか?」

「騎士団に仲間なら居ますよ」

「違う、そんな形だけの関係じゃない。

 いざとなれば地位も家柄も名声も財産も…。

 それこそ命までも投げ捨てて自分の気機に駆けつけてくれる…そんな仲間だ」

「残念ながら私には…。

 ですがそのような者、王朝全体を見渡しても滅多におりませんよ」


「お前の父親がそうだったよ」


スジャーンさんはグラスに注がれた食前酒を飲み干した。


「生前、序列1位だったアイツを誰もが認めていた。

 ラーキ大公も全幅の信頼を寄せており、非常に有能で勇敢な男だったよ。

 魔導王朝の中でも有数の人材で、その死は多くの者に惜しまれた。

 しかしワシだけは知っておる。

 奴はとてつもない…魔導王朝の中で一番の大馬鹿だったのをな」

「大…馬鹿ですか?」

「いつだったかな…落ち目のワシを助けに来てくれた。

 周りの連中は全て見捨ておったのにな…。

 誰もが、とばっちりを恐れてワシから離れていった。

 だが、あの馬鹿だけは…そんなことを気にも留めなかったよ」


僕はガーベラさんの父親のことを何も知らない。

けれども、とても信頼された人物だったのは容易に想像できた。


「世の中、かけがえのない友人を持てる者は少ないのであろうな。

 その意味でワシは幸運だったよ。

 本当に良い友人に恵まれたのだからな。

 だからガーベラにも、そんな幸運に恵まれて欲しい。


 いや…すでに恵まれておるかな?」


そうして再び僕に視線が向けられた。


「そ、そんなに…そこまで期待されても、その…困りますが…」

「そうだな、アキヒト殿は他の勇者候補に比べて知や力は劣っている。

 それはワシも役目上、報告を受けているから承知しておるよ。

 しかしガーベラから信頼を得ているでは無いか?」

「信頼…ですか?」

「知は学業で、力は鍛錬で高めることはできる。

 より大きな知、より大きな力を得ようとするほど、その道は険しくなる。

 だが、大きな信頼を得るのは、それ以上に困難だと…ワシは思っているよ」


スジャーンさんは大きく息を吐いた。


「知と力に目が眩んだ者達の…何と浅ましきことか…」


自然に出たその言葉に、本心が滲み出ている気がした。



その後、僕とガーベラさんは一礼して席を立った。

スジャーンさんは別れを惜しんだが、再会を約束してようやく解放してくれた。

そして店を出ると馬車に乗り込み、僕達は帰途に就いた。


「すみません…スジャーンさんのことについて聞いても良いですか?」

「何か気になったか?」

「あの人は僕のことをとても評価して下さっているようですが…。

 最初は食事の席だし、単なる社交辞令かと思ってました。

 けれども途中から、それだけでは無い気がして…なぜ、僕なんかに…」

「そうだな…」


向き直るとガーベラさんは馬車の窓から夜景へ視線を向けた。

この人が考え込むのは珍しいかもしれない。

僕の質問に対し、何か想いを張り巡らしているようだった。


「…今な、お前以外の勇者候補達と交渉段階に入っている。

 その取りまとめを、おじさんが務めているんだ」

「はい、それが…?」


「お前の言う非常に優秀な先輩達がな…相当な曲者なのだよ」


今回の勇者候補争奪。

アキヒト以外の100名は神族、魔族、人間の3勢力から勧誘されている。

彼等は神獣と契約し、大きな力を得た。

その力の見極めも終わり、各勢力は引き入れようと交渉段階へと移っていた。

だが、彼等の要求は目に余り始めていた。


莫大な富、あらゆる権限、末代まで残る名誉…そして爵位


「しゃ…爵位ですか!?」

「爵位を与えられれば、魔導王朝内の領地を封ぜられる。

 おじさんは全権大使であり、今回の交渉の総責任者なのだが…。

 爵位の任命、ましてや領地など、裁量外の条件ばかりで頭を痛めておるのだ」


元々優秀であったが、神獣の加護を受けて完全に増長してしまった。


「私も噂でしか聞いたことは無いのだがな…。

 下衆な要求になると、女の数まで条件に入っていたそうだぞ?

 人間達は5人用意したが、魔導王朝は何人用意できるか、とな」


最初は、この世界を救おうという気概は有ったかもしれない。

だが、黒い月の予言など迷信と知らされた。

その実態を知った途端、彼等は自身の立身栄達以外に関心を無くした。


今では3勢力から提示された条件を、少しでも吊り上げようとしている。


「これは我等に対する罰かもしれんな。

 我等の世界の都合で別の世界から呼び出してしまった…」

「では、僕以外に元の世界へ帰るつもりの人は…」

「一人もおらんよ…」


ガーベラさんも呆れて声が出ないといった感じだった。


「だからスジャーンおじさんがアキヒトを高く評価していたのも当然だ。

 お前の指導担当になった私は幸運だよ」

「先輩達は頭も良くて力も有るのにですか?」

「だから説明したであろう。

 いくら大きな知や力が有ろうと、信頼できない者など誰が味方に欲しがる?」

「は…はい…」

「己の待遇について全く無頓着で関心無いのも問題だがな…

 余りにも執着が強いと人の心は離れていくものだ」


馬車の中、僕は色々と考えさせられていた。

元から遥かに劣っていたが、神獣の加護で、先輩達との差は明らかとなった。

しかし、そんな自分をガーベラさんやスジャーンさんは評価してくれる。


人にとって何が一番大切なのか?

僕は少し思い違いをしていたのかもしれない。



「おかえりなさい、アキヒトさん」

「戻りました…すみません、遅くなって」


自宅に到着すると、ティアさんが出迎えてくれた。


「わざわざ送って頂いて、ありがとうございます」

「いや、これくらい当然だ。

 そうだ…ティアだったな?夜も遅い、お前も送ってやろう」


ガーベラさんからの突然の申し出に驚いてしまった。


「いえ、ガーベラさんに余計な手間は…。

 ティアさんなら僕が送っていくから大丈夫ですよ」

「そうではない、一度話をしてみたくてな」

「話を?」

「そう、女同士の話だ。

 すまないが、2人きりにさせてくれぬか?」

「そういう事でしたら…」


少し不安な気がしたが、無理に断る理由も無かった。


「私なら構いませんので」


ティアさんには全く異存は無さそうだった。


「では、すみません…ティアさんのことをお願いします」

「安心しろ、ではな」


2人が馬車に乗って帰っていくのを見送った。


ガーベラさんが送ってくれるなら何も問題は無いだろう。



イスターさんが言い出したら全力で止めに入ったけど。



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