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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第119話 『 " M.C."の騎士(2/4)後編 』



「……マイスさん……冗談はやめてください」


どう返答して良いか分からず、ようやく出せた言葉であった。


「冗談など申しておりません。

 私は貴女様の騎士になり、力を振るいたい…それが全てです」


「わ…私の家は子爵といえど、平民の人達と変わりません!

 なのに、そんな私が騎士様を召し抱えるなんて…!」


「そこのレスリー先生には申し訳ありませんが…。

 アグワイヤ家の名声や貴族の爵位で判断したのではありません。

 

 私は貴女様を…ディオーナ嬢という人となりを見て、そう思ったのです。


 もし不要だと申されるのでしたら仕方ありません。

 再び騎士になりたいと…そう思う日は2度と来ないでしょう。

 騎士の家に産まれながら、誰よりも騎士を侮蔑していたのが自分ですから…。


 そんな私を…拾って頂けませんか?」


「私は……私は…」


「――すまない、横から良いかな」


どう返答して良いか分からない娘を身かねて、レスリーが会話に入った。


「マイス君、本気なのかい。

 ドナの…ディオーナの騎士になりたいというのは。」


「はい、嘘偽りありません」


「それは母国、パラス神聖法国に対する裏切りとも受け取られかねない。

 そこまで考えての言葉かい?」


「…はい。

 これまでの全てを捨てても、ディオーナ様の騎士になりたいと…」


「やめて!

 私のために全部捨てるなんて…!」


マイスの口上は逆効果だった。

ドナは2本の剣を抱える腕に力を入れ、ますます放そうとしない。


「私はマイスさんに戦って欲しくないし…。

 故郷を捨てて欲しくも…」


「私もディオーナに同感だ。

 これまでのマイス君の人生を否定するような選択は決して採れない。

 軽々しく発言するような内容でも無い」


膝をついたまま、マイスは落胆の色を濃くした。


「…しかし、ディオーナ。

 マイス君の心を少しは尊重すべきでは無いかな?」


「な…何をです?」


「これまで騎士という存在を心の底から侮蔑してきた彼が、だ。

 今、初めて騎士になりたいと切望している。


 本当にマイス君のことを想うのなら、その気持ちを無碍にすべきではないのでは?」


「そうですけど…」


そしてレスリーは次にマイスへ言葉をかけた。


「そもそも君は本当に剣が使えるのかい?

 自暴自棄になって振り回すようなら絶対に私も行かせられないが…」


「ご安心ください、レスリー先生。

 今まで隠していた件は謝罪しますが、私の剣はかのトーク・アンデル譲りです。

 あの程度の刺客相手なら遅れをとることはありません」


「自信はあるんだね」


「はい」


「だが、決して無理はしないと約束して欲しい。

 何よりも自分の身命を大切にすると…そう、ディオーナに誓って欲しいんだ」


「はい…!」


「それで騎士の件だが、今は私達だけの秘密にして良いかな?

 他に誰も聞いていなければ、撤回も可能だからね。

 それから自分の人生を簡単に捨てるような言動は以後慎むべきだ。


 でなければ、私は認められない…」


「申し訳ありませんでした、レスリー先生。

 以後、決して先のような発言はしないとお約束します」


そして今の剣を抱える一人娘の方を見た。


「後はお前が決めるんだよ、ディオーナ」


「お父様…」


「彼を騎士にするかどうか…時間は無いが考えてみなさい」


選択を委ねられたドナは、マイスを前にして言葉に迷う。


「……私、マイスさんに戦って欲しくありません。

 たとえ強くて、自信があっても、そんなの関係ありません」


「そうですか…」


「…ですが、今のマイスさんは騎士になりたいんですよね?


 これまでお辛い経験をされて、軽蔑なさってたのに…。


 これが本当に最初で最後の機会なのでしたら…一つしかありません」


ディオーナは揺れる馬車の中で立ち上がると、屈みこみマイスへ剣を差し出す。



「私だけの騎士じゃありません…。


 困っている全ての人達の騎士になってくれますか…?」



「……謹んで御受け致します」



恭しく2本の剣を受け取った。


「マイスさん、気を付けて…」


「それは止めて欲しいな」


「え?」


馬車の扉を開け、マイスは戦場に臨んだ。



「"兄さん"だろ?」



それだけ言葉を残すと、全速力で走行中の馬車からマイスは飛び降りた。


「え…!?」


レスリーもドナも、目の当たりにすれば驚かざるを得ない。

難無く着地したマイスは、全くバランスを崩すことなく疾走していた。

身体能力に優れた神族と魔族だが、マイスは突出していた。


神聖法国学生服を纏った少年。

彼の金髪が風に舞い、鮮やかな瞳が燃えている。


並行する馬車のドナに向かって余裕の表情でウィンクし、更に加速して前に進んだ。



騎士団と刺客達の交戦は佳境に入っていた。


これまで必死に耐え凌いでいたヨネ団長達だが、肉迫する敵勢に成す術も無い。

使節団の安全と自らの命を引き換えに…そう考え始めていた時だった。


「…ぎゃ!!」


刺客の一騎が、突然バランスを崩して落馬した。


「うわっ!」


「っ!!」


また一騎、また一騎と落馬して荒野を転がっていく。


戸惑う魔導王朝騎士団を他所に、刺客達は徐々に力を削がれていった。


「マイス君なのか!?」


乗り手を失った馬の一頭、ヨネ団長が見れば手綱と鐙が切られていた。


使節団と並行して疾走する刺客の騎馬隊の中を、更に上回る速度で疾走する少年騎士。


マイスが傍を駆け抜けるたびに刺客達は落馬していった。



ヨネ団長が目にした奇跡は他にも一つ。


「うわぁ!!」


別の刺客一団が巨大な突風に吹き飛ばされ、馬ごと転倒していった。

一瞬の内に5名の敵騎馬のみが無力化したのだ。


「これは天意か!?

 皆の者、今が踏ん張り時ぞ!」


僥倖に湧きたつ魔導王朝騎士団。

しかし疾走しつつもマイスだけには見えていた。


「気が利くじゃないか…」


上空で待機中のガースト級大型機動兵器2基。

鉤爪を超高速で空振りし、発生した空圧で衝撃波を発生させていた。


マイスにも、この2基ならば一瞬で刺客達を肉片にできるのが分かる。

しかし今は存在を隠蔽したまま、最低限の干渉のみに留めていた。

護衛対象のレスリーとドナの両名を気遣ってであろう。



「負けてられないな…」


するとマイスの目が刺客の一人を捉えた。


その近くには乗り手を失った騎馬の一頭。


並外れた跳躍力で鞍の上に飛び乗り、直立姿勢で並走する騎馬の刺客を見下ろす。


「――貴方が首魁ですね」


今も騎馬は疾走しているにもかかわらず、マイスは悠然と鞍の上で立ち尽くしていた。

両手には双剣を持ち…驚くべき平衡感覚と言えよう。


世間に知られたマイス・アンデルという人物像から遥かにかけ離れていた。


「チッ…偽物か!」


「いえ、今の僕が本物です」


剣を振るい一閃―――刺客達の頭目の覆面が切れて剥がれかけ、慌てて顔を隠す。


「見られちゃマズい顔でした?」


「クッ…!」


「どうせ、前法王派辺りの騎士団長でしょう。

 こんな所まで人手を寄越して――くだらない」


馬上から冷ややかに見下ろすマイス。


「今すぐ退くなら追いません。

 それとも貴方の首を本国に送って、首実検して貰いましょうか?

 貴方の選択肢は上の連中に叱責されるか、生命も名誉も失うかの二つに一つです。


 僕は同国出身だからといって手加減しませんので」


顔を手で覆っていた頭目だが、歯軋りしつつも手を上げて部下達に合図をした。

すると一斉に刺客の一団が交戦停止し、次々と離脱していった。


「深追いするな!

 今は護衛が最優先だ!」


ヨネ団長の指示の下、魔導王朝騎士団は使節団に追随する。

馬上にてマイスは刺客達が遠くなっていくのを見ながら、溜息を一つこぼした。


「逃げるなら、もっとみっともなく逃げるべきなのに…。

 あんなに統率された動きでは、どこかの騎士団と白状してるも同然なのにね」



約1時間後、使節団一行は宿営予定の街に到着した。


「兄さん!」


マイスに真っ先に抱きついたのはドナだった。


「ははは、砂埃が付いてるから汚れるよ」


「うぅん!そんなの良いから…!」


ドナは抱きついたまま、容易に離れる気配は無かった。



ヨネ団長は使節団全員の安否を確認した後、騎士団員達に状況を報告させた。

刺客達との交戦で深手を追った者達は多かった。

だが、一人も脱落者が出なかったのは不幸中の幸いであろう。



「兄さん…もう危ないことはしないって……」


「それは約束できないね。

 ドナや先生に危険が及んだら、僕は躊躇わず剣を握る」


「そんな…」


「はは、大丈夫さ。

 今みたいな賊なんて滅多に遭遇するものじゃないからね。

 それに、これからは魔導王朝領内だ。

 馬鹿な真似する輩はいないよ」






――そう、誰もが安心していた。


ドナ自身も素直に首を縦に振れなかったが、ここまで来れば安全と分かる。

ヨネ団長は領主に人員を要請し、賊に対する防備を固めていく。

街全体に警備体制が敷かれ、宿泊施設にも人員が割かれた。


千を越える護衛人員を見て、初めてヨネ団長は団員達に休息を命じた。



…その晩、ドナは自室の窓から外を眺めていた。


「………」


既に就寝時間は過ぎていたが、気が昂って眠れない。


賊の襲撃や実戦に触れる初めての機会。

兄と慕うマイスから自分の騎士にとの懇願。


そして瞬く間に賊達を無力化していく光景を目の当たりにした。


「兄さん……」


同類の研究者かと思い、親しみを感じていた優等生。

実際は騎士達を侮蔑しながら、騎士達を遥かに超える実力者。


余りにも多くの出来事が重なった日だった。


マイスはドナの騎士になりたいと言う。

でなければ、永遠に騎士になる機会は訪れないであろうと。


子爵の娘如きが、名門アンデル家の子息を騎士になど論外である。

しかしマイスの境遇を知ってしまえば無碍にも断れない。


「……」


今はどうして良いかも分からず、ただ呆然と夜空を眺めるしかなかった。




「…………ぁ」


―――光が落ちた。


小さな……小さな光が………遠い夜空から落ちていく。


常人ならば気にも留めない光であろう。



だが、ドナには見覚えのある光だった。



考えるよりも早く、ドナは部屋の外へ駆けだした。

階段を降り、1階のフロントが見えた処で、物陰に隠れた。


魔導王朝の兵士達が警護に当たっていた。

賊の再来襲に備えて、24時間体勢で守りを固めている。


「……どうしたんだい?」


背後から声を掛けてきたのはマイスだった。

就寝前だったらしく、パジャマ姿である。


「兄さんこそ、どうして」


「ドナが慌てて部屋から出ていくのが聞こえたんだよ。

 何かあったのかい?」


「…お願い、助けて!

 今すぐ外に出なくちゃいけないの!訳は後で話すから…!」


同じく物陰からフロントを見て、厳重な警備をマイスも確認した。


「お安い御用さ、僕はドナの騎士だからね」


「……待って。それなら頼まないから」


明らかに不機嫌な表情を浮かべていた。


「私は……マイスさんを騎士にするとか…そういうのはズルいです。

 今日の言葉は成り行き上、仕方なく…」


「じゃあ、可愛い妹のお願いを聞くということで。

 …兄としてね」


「はい…!」


ドナの機嫌が良くなると、二人は一度部屋に戻った。

そして自室のベランダに出ると、マイスはドナの身体を抱きかかえた。


「…え!?」


「しっかり掴まって!」


小柄な少女とはいえ、少年は軽々と跳躍を重ねて屋根まで昇っていく。

夜風が吹く中、街の夜景を見下ろす格好になっていた。


「あっちよ、兄さん!」


「分かった!」


やはりマイスの身体能力は群を抜いていた。

ドナを腕の中に抱えながら、建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。


「怖いかい…?」


「うぅん、全然!」


改めてマイスが凄い騎士なのだとドナは痛感する。

そして、改めて騎士の申し出にどう返答するか…思い悩んでもいた。



数分後、二人は街から離れた平原に出ていた。


既にドナはマイスの腕から降りて、自身の足で辺りを探索していた。


「何を探しているんだい?」


「光が見えたの…光が落ちてくるのが見えたの…」


「…流れ星?」


「違う、そうじゃないの…あれは―――!」



月の灯りしかない暗闇の平原。


その漆黒に微かな光が見えた瞬間、ドナは走り出していた。


「待って!」


慌てて後を追いかけたマイスにも見えていた。



ソレは微かだが赤く光っていた…



「え…これは…一体………」


真夜中の平原に赤い光が一つ、地面に落ちていた。


マイスには何なのか見当も付かない。

数多くの文献に目を通してきたが、どの知識にも該当しない存在。


「ダメだ、触っては…!」


「大丈夫、危険は無いから」


制するマイスだったが、ドナは知っていた。


今にも消えそうに弱々しく灯る赤い光。

労わるように掌に乗せると、ドナは間近で眺めた。



あの時…神獣召喚の儀式での光景を思い出す。


一人の少年が呼び出した神獣は、弱々しく光る精霊。

その場にいた多くの人々が失望し、嘲笑していた。

他には龍の召喚に成功した者もいたのに、少年は花か何かの小さな精霊。


しかしドナは、そんな精霊の身を案じた少年の優しさに惹かれた。



『悪いけど、少し良いかしら?』



少年への第一声がソレだった。


思い出せば、案内人を申し出たことに何度後悔したであろう。

親族への義理立てとして案内人になったが、こんなことになろうとは。


実際は後悔よりも楽しさの方が勝っていたが。



「ふふ…」


「…ドナ?」


「ゴメンなさい、少し思い出してしまって」



今、あの時と同じ精霊が掌の上で光っていた。


―――赤い光だが。



「それが何なのか知ってるのかい…?」


「えぇ、知ってるわよ、とても」


光に向かい、ドナは優しく微笑みかけていた。



「この子は―――」





次回 第120話 『 集合意思体 " アカ " 』

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