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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第118話 『 ガーベラ、焦りの旅路(前編) 』

交易都市を出立して2日後。

平原同盟の勢力圏を抜ければ自然にリンツ商会交易隊の空気は変わっていた。

それまでの平穏な旅路から一転し、護衛達が目を光らせ始めている。


「おい、少しは肩の力を抜けよ」


二人きりの馬車、イスターが緊張感の無い顔で窓の外を眺めていた。

一方、ガーベラは別の窓から真剣な表情で外を眺めていた。


「そんなんじゃ賊が出てくる前に疲れちまうぞ」


「フン、何を言っている。

 そういう貴様こそ臨戦態勢を解いたらどうだ」


「へっ…」


確かにとぼけた顔をしながら何時でも剣を抜く気構えはできていた。


しかし気になるのはガーベラの態度の変化である。

旅が始まった当初は意見交換をし、お互いに共感できる点があるのを知った。

お互いが若くして騎士団長を拝命しており、似たような悩みも抱えていた。

敵対国といえど同じ境遇ならば話も合う。


…と、イスターは思っていたが、交易都市を抜けた頃から様子がおかしい。

こうして同じ馬車だから分かるが、ガーベラが異様に苛立っていた。

当初は賊相手に警戒心を強めたのかと思ったが、それも違う気がする。


「やれやれ…」


今は触れずそっとしておくことにした。

下手に刺激すれば賊より遥かに厄介な敵を作りかねないのを知っていた。



交易都市を出立して3日目の夕刻


日が暮れ始めると交易隊は見晴らしの良い平野を野営地に選択した。

賊の襲撃に備え、非戦闘員や荷駄車を中心にして円陣を組む。

周囲を固めるのは護衛や腕に覚えのある者達である。


大型のテントが張られ夕餉の炊煙が立ち上る中、二人の年若い女が円陣から外に出ていた。



ガーベラが先行し、その後を続くのはティアである。

振り返り、野営地から十分に離れたのを確認するとガーベラが口を開いた。


「悪いな、余人抜きで話したいことが二つばかりある。

 もっとも一つ目の想像はできているだろうが…」


野営地に火がともり始める。

賑やかな設営風景を、ガーベラとティアは遠くから眺めていた。


「…セネイ様の仰っていた件ですか?」


「本当にすまない…私からも謝らせてくれ。

 まさかあんなことをティアに言い出していたとはな…」



先日のセネイとティアの面会である。


ガーベラの忠実な副官はティアに魔導王朝への帰参を懇願していた。

そして、もう一人の副官であるスジャーンの後継をも。



「まぁ、あの男の言いたいことも分かる。

 奴は武官としては申し分無いが、文官としては素人同然だ。

 今のうちに信頼できる人材を私の傍につけておきたいのもな。

 しかし、まさかティアに話を持ち掛けるとは…」


「はい、私のような一介の女中にそのようなお話をされても…」


「分かっておらんな」


「…え?」


「私はティアを大切な友人だと…対等の存在だと思っておる。

 そんなお前を部下になどできんよ」


「買い被りですわ、私などにそんな…」


「そろそろ打ち明けてくれぬか?

 お前が何者なのか、な」


野営地の喧噪が遠くに聞こえる。

夜の帳が降り始める中、二人の間に沈黙が生じた。


「事情があり、私の口からお話することはできません。

 ですが、ガーベラ様なら調べはついておられるのでしょう…?」


「…奇妙な縁だな。

 まさか亡き父と親交のあった御方の令嬢だったとは。

 ならばセネイも余計ティアを魔導王朝に迎えたいであろう…」


「忠義に厚い家臣をお持ちになられましたね」


「亡き父に報いようと必死なのだ。

 だからこそ、お前にあのような言動…責めるに責められん。

 だが、もしもだ。


 もしもお前が魔導王朝に帰参する意思を示したなら、だ。

 宗主陛下に奏上して私と同様、直属の地位を推挙する…」


「…御冗談を」


「血統、人格、礼儀作法、聡明さ…非の打ち所が無いと思うが?

 

 それに申したであろう、私は対等の友人だと思っておる。

 ならば対等の地位を用意するのが当然であろう」


「ガーベラ様…お心遣いは大変嬉しいのですが……」


「いや、今のは仮の話だ。

 ティアにその気が無いならば、これ以上無理を申すつもりも無い。


 しかし本当に友人と思ってくれるのなら、だ。


 そろそろ私を"様"付け無しで呼んでくれぬか?」


「そんな…恐れ多いですわ……ガーベラ様を…」


「違う、ガーベラと呼んで欲しいのだ。

 ティアも私を友人と思っているのならな」


「いえ…それでも私は……ガーベラ様を呼び捨てにするなど…」


ガーベラの熱の籠った言葉に、ティアは一歩引いて身を縮めるしか無かった。


「そうか…ダメなのか…」


「はい…申し訳ありませんが…」


「…ならば最後の手段を使うしかあるまい」


「…え?」


突然、ガーベラは襟を正して身なりを整い始めた。

そしてティアの正面に立つと膝をつき…恭しく首を垂れた。


「どうか私めをガーベラとお呼びください……ティア様」


「お!おやめください…!」


普段は穏やかな表情を決して崩さないティアが珍しく狼狽えていた。


「ティア様の亡き父君は先王ですが、私の亡き父は魔導王朝の騎士に過ぎません。

 ならば、こうして膝をつくのが本来の習わしかと…」


「ガーベラ様…!」


「そうではありません。

 私めをガーベラと呼び捨てにするまで、この姿勢は決して崩しません…」


その言葉からガーベラの強い意志を感じていた。

ならば生半可な事では決して曲げぬであろう。


ティアは大きく息を吐いた。


「か…顔を…上げてください……ガー…ベラ…」


「恐れながら聞こえません…もう一度はっきりと大きな声で」


「ですから顔を……上げて……………」


「…はっきりと!」



「か、顔を上げてください!ガーベラ!」



すると勝ち誇った顔をしてガーベラが立ち上がった。


「…怒ったか?」


「呆れています…」


「私は嬉しいぞ。

 ようやくティアが心を開いてくれた……そんな気がしたからな」


「これが用件だったのですか?」


再び溜息をつくティア…だが、間髪入れずに続けた。


「…お前はあとどれだけいられるのだ?」


ティアの言葉が止まる。


「以前、お前はあと3年しかいられないと言っていたな。

 …いずれどこかに行くのであろう?

 我々の知らない別の場所…世界か?」


「…さて」


「私とてそこまで鈍感では無い。

 お前は亡き先王の忘れ形見かもしれぬが、それ以上の何かを秘めている」


「…以前、私がお話した戯言ならばお忘れください。

 他愛もない言葉のお遊びですから…」


「仮にお前が消えたら、私が全力で探すと言ったのを忘れたか?」


再びティアは言葉に詰まる。


「あの言葉は本気だ。

 仮にそうなった場合、私は宗主陛下に奏上して魔導王朝の全兵権をお借りしても良い。

 魔導王朝全軍を投じてお前を探してやる!」


「そんな……ガーベラ様…」


「"様"を付けるなと言ったばかりであろう」


珍しくティアが圧されていた。

ラーセン商会のケーダ相手でさえ終始圧倒していたティアだというのに。


「お前を縛り付ける真似はしたくないがな…

 少しは私を頼ってくれても良いのでは無いか?

 ティアに比べれば限りなく無力かもしれぬが、話を聞くくらいはできるぞ」


「困った人ですね…」


「その時が来たら教えてくれ。

 本当に私を友人だと認めているのならな」


暗くなった虚空を見上げながらティアは思い悩んだ様子を見せる。

そして意を決した表情になると、正面から凛とした声で言った。



「分かりました……ガーベラ」



「約束だぞ、ティア」



傍目からは身分が離れた魔導王朝高官と一介の女中にしか見えない。

しかし二人は間違い無く対等の存在であった。



「…それで?」


「ん?なんだ?」


「話は二つあると言ってましたね。

 もう一つは何ですか?」


「そ、それは――助けて欲しいのだ…」


先まで自信に満ちていたガーベラの顔が蒼ざめていく。


「ど、どうしたのですか!」


「頼む…ティア……お前にしか頼めないことなのだ…」


「大丈夫ですよ、ガーベラ。

 私にできることなら…大切な友人なのですからね」


「おぉ……」


感極まってガーベラがティアの手を握りしめた。



「頼む、ティア!


 私に機動兵器の使い方を教えて欲しいのだ!!」




(後編に続く)

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