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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第110話 『 " 少女の好意はもう終わったのか " 』



イスター・アンデルはガーベラ・イーバーと対等の付き合いだと思っている。


神族と魔族という違いはあるものの、家柄、実力、地位、功績と甲乙つけがたい2人である。

素行の悪さ等の不評な点を自覚してもいるが、概ね互角と認識している。


だが、そんなイスターにもガーベラより遥かに勝っている面がある。



「それでさ、ジョンさんって名前の人に助けて貰ったんだよ」


その日の夜も、イスターはアキヒトの家の食卓を囲む一人となっていた。


「助けて貰った…?もしかして試験結果が悪かったのか?」


「うん…何とか『可』を合格できた…しかもギリギリで」


「何でだよ!?ガースト1基使えば試験なんて余裕だろ!」


「そうなんだけどね…自分の力で合格してみたくなって……」


「じゃあ、同伴人数が足りないのはどうすんだよ?

 『可』だと1人しか認められないんだろ?

 連れて行くのがアヤとティアなら、1人分足りないじゃないか」


アキヒトとシロが何かしら言い合ってるが、イスターの耳には入らない。

同じ食卓を囲んでいるのはアキヒト、シロの他にガーベラと珍しく居合わせたアヤ。

そしてレスリーとディオーナの親子である。


「うん、だからジョンさんが自分の同伴の枠を譲ってくれたんだよ。

 あの人、自分は1人だから構わないって」


「赤の他人に助けてもらったのかよ、情けねぇな」


「ごめん…」


「私なら旅費くらい自力で用意するわよ?」


「だ、大丈夫だよ…アヤ姉もティアさんの費用も僕が何とかするから」


「え!本当に私も連れて行って貰えるのですか!?」


配膳中で料理を並べていたティアが、驚いた顔でアキヒトの方を見ていた。


「は、はい…あまりお金が無くて快適では無いかもしれませんが…」


「嬉しいです、アキヒトさん…!」


「あ、ちょっと……えっと……」


「ティア先輩、近いですよ?」


満面の笑みでアキヒトに顔を近づけるティアに、渋い顔をしてアヤが釘を差していた。

アキヒトの家の食卓としては、極々普通の光景かもしれない。


だが、同席していたガーベラが1つだけ違うことに気付いた。


「どうしたのだ、貴様」


「…あん?」


「だから、どうしたのだと聞いている」


「どうもしねぇよ」


問われても、イスターのパンを千切る指と咀嚼する顎の動きは止まらない。

普段は陽気で巫山戯た男なのに、なぜか今は談笑にも加わらず黙々としている。


「まぁ、良い…」


そこまで気にすることでも無いとガーベラも食事を再開した。


本人は不本意だが、イスターとの付き合いも長くなっている。

だから、ある程度はどんな人物が分かっているつもりだった。


けれども実際は、まだイスターという人物の深さを知るほどでは無かった。




――翌朝、王国立大学正門前


普段通り、多くの学生達が正門を抜けて講堂へと歩いていく光景が見られた。

その中に一人だけ小柄な少女が混じっている。

一見して周囲と年が離れているのも分かるが、大半の学生達は彼女が何者か知っている。

だから今更視線を集める程でも無いのだが、その日の彼女は心無しか面持ちが重い。


自然、下を向いているディオーナの前に一人の男が立ち塞がった。


「よっ、暗い顔してどうしたんだ?」


「あ、イスターさん…おはようございます」


「あぁ、お嬢さんもおはようだ。

 で、そんなに沈んだ顔して何かあったのか?」


「いえ、別に…私はいつも通りですよ」


その言葉通りを裏付けるか、ディオーナはにっこりと微笑んで見せた。


「そうか…なら良いんだが、今日はお嬢さんに頼みがあってな…。

 だから、こんな朝から待ってたんだよ」


「私にですか?」


「そうさ、以前俺はお嬢さんの頼みを聞いたんだ。

 だから今度はお嬢さんが俺の頼みを聞くべきだと思わないか?」


「それは…私にできることでしたら…」


「大したことじゃねぇよ。

 一緒に南方旅行へ付き合って欲しいだけだ」


「………え?」


イスターからの突然の誘いに、流石のディオーナも一瞬思考が停止した。


「なぁに、俺が誘うんだから旅費なら心配しないでくれ。

 なんたって騎士団長なんだし、それなりにお高く俸給も出ているんだぜ?

 お嬢さん一人分くらい、余裕で――」


「ま、待ってください!

 なぜ南方旅行に行かなくてはならないんですか!?

 私は魔導王朝で開催されるシンポジウムに出席する予定が入っていて…!」


「そんなの断っちまえば良いだろ」


「簡単に言わないでください!

 お父様と一緒に、カーリュ大公殿下からの御指名で招かれているんですから!」


「なら簡単だ、アキヒトを理由に出せば断れるんじゃないか?」


再びディオーナの言葉が止まった。


「な、なぜ…アキヒトを……」


「アイツのお目付け役が俺一人だけじゃ不安でな。

 だからお嬢さんも一緒に来て、アイツが何かやらかさないか近くで監視を…な?」


ディオーナもまた勘の鋭い少女である。

いい加減な口調のイスターだが、その真意が何なのか感じ取りつつあった。


「イスターさん、もしかして…。

 私一人だけ南方へ行けなくて寂しいだろうと思って…だから誘ってくれたんですか?」


今度はイスターが言葉を詰まらせる番であった。


「お心遣い有難う御座います…ですが、私には必要ありませんよ。

 南方も楽しいかもしれませんけど、魔導王朝のシンポジウムも楽しみにしてます。

 お父様と同行しますし、他にも大勢の高名な方々とお会いできるのですから…」


「やめちまえよ、そんなモン」


掃き捨てるように騎士団長は言葉を放った。


「御大層な会合の、お偉い連中と会うのなんてな、年取ってからでも遅くねぇよ。

 それよりお嬢さんはな、年相応に楽しむべきだと思うぜ?

 偶には勉強も研究も忘れて、全く知らない土地に行くのも良いじゃねぇか!

 大人になったら行けない場所に今のうちに行くんだよ!

 エルミートのお嬢さん、ティア、それからアキヒトと一緒にみんなでな…!」


「アヤとは馴染みの友人だし、ティア先輩も……。

 けど、アキヒトは一緒に旅行で楽しむような…そんな仲じゃないです」


「いつも楽しそうにおしゃべりしてるのにか?」


「社交辞令…ですよ。

 確かに以前はアキヒトの努力に好感を持っていた時期もあります。

 だからこそ、私はお父様を後見人として紹介もしました。

 しかし、今は違います」


「じゃあ、何だよ…。

 この前、俺にアキヒトの南方旅行に同伴してくれって頼んできたよな?

 それが好意じゃ無ければ、何だと言うんだ?」


「そんなの決まっています…案内人としての義務です」


「義務…?

 わざわざ俺に頼みに来たってのも、案内人の義務だからって言うのかよ?」


「…それ以外に何があるんですか」


それだけ言って失礼します、と軽く会釈してイスターの横を通り抜けていった。

歩き去っていくディオーナの姿を振り返って追えない。


少女の頑なな拒絶に、イスターはそれ以上踏み込むことができなかった。



「ったく…素直じゃないぜ…」


ディオーナ一人だけが別行動は寂しいだろうから誘った…というのは建前である。

間違ってはいないが、完全に正しいとも言えない。


最近の食卓でイスターだけはディオーナの変化に気付いていた。


アキヒトとアヤ、ティアが南方旅行の話で盛り上がっている時。

一方のディオーナは黙々と食事をしている。

さも興味が無さそうに見えるが、イスターは彼女の細かな仕草を見逃さなかった。


時折…ほんの僅か、一瞬だがアキヒトの方を見ていた。


父親と並ぶ才媛として期待されるが、やはり年頃の少女なのだとイスターは思う。

周囲の機体に応えるため、若き研究者という人物像を作り上げてしまった。

そして偉大な父の名に恥じぬよう、自らを戒めているのだろう。


「俺が何を言っても無駄か…」


似合わない溜息をつくと、イスターは正門を抜けて騎士団詰所へと足を向けた。


本来なら自分が声をかけるべきではないと分かっていた。

ディオーナに向かって南方行を誘うのは、アキヒトが一番適しているとも。


密かに好意を抱いているアキヒトに誘われれば、ディオーナも首を縦に振るのでは…と。


本人は全力で否定するかもしれないが、傍で見ているイスターには明白であった。

その点に関しては同年代だが、ガーベラよりも遥かに敏いと言える。

しかし、当のアキヒトにはソレに気付く素振りが全くない。

だからといって、イスターがディオーナの気持ちを代弁すべき問題でも無い。

矢張り、アキヒト本人が自力で悟るべきであろう。


結局、この日イスターには何もできなかった。

彼なりに手を尽くしたが、ディオーナの意志を変えるには至らなかった。



以降、各々は南方行きの準備を進めた。

アキヒトは護衛団での鍛錬の日課を欠かす事無く続け、出立2日前に合格を言い渡された。

アヤも父親のトリスから強引に了承を取り付けて旅の支度を進めていた。

ティアは上機嫌で、自身とアキヒトの着替えや日用品を鞄に収めている。

イスターとガーベラは騎士団員に事情を説明しつつ、引き継ぎを済ませていた。


その話で盛り上がる食卓で、ディオーナは1人言葉少なでいた。

そんな少女の気持ちに全く気付かないアキヒトに、イスターは内心腹立たしくもあった。


「本当にどうしたのだ、オマエは」


「あ?何がだ」


「苛立っているように見える」


「俺はいつも通りだ」


周囲の心には兎も角、イスターの機微には敏いガーベラだった。


「最近のオマエ、少し変だぞ?

 何か抱えていることがあれば話すが良い」


「何だよ、俺の心配してくれてんのか?」


「隣から不穏な気配を漂わされては、折角の食事の味が落ちるのだ」


「俺よりメシの味の方が大切かよ…」


「当然であろう、ティアの手料理の味を落とすような真似は絶対に許さぬ」


この女は色気より食い気が優先なんだな、と内心思いつつも口にはしなかった。



「そうだ、アキヒト君…これを持って行きなさい」


食事を終えると、レスリーはテーブルの上に一枚の書簡を置いた。


「これは…?」


「紹介状だよ。

 ドラクータに立ち寄るのなら、私の名を出して竜人族の長に見せると良い。

 南方滞在中、色々と便宜を図ってくれると思うから」


「す、すみません…こんなことまで…」


「いや、本当は私自身が同行せねばならないのに…謝るのは私の方だよ」


「レスリーさんが謝ることなんて何も無いですよ。

 いつもお世話になりっぱなしで…」


「その代わりとは言わないんだがね、1つお願いして良いかい?」


「何です?レスリーさんからお願いされたら断れないですよ」


「娘も…ドナも一緒に連れて行ってやって欲しいんだ」


それまで1人、沈黙を保っていたディオーナに視線が注がれた。


「お、お父様…なんで…?」


「お前だって久しぶりに休みを取るべきだろう。

 アキヒト君と一緒に南方へ遊びに行ってくると良い」


「な、何を仰っているの?

 魔導王朝のシンポジウムがあるのに…カーリュ大公殿下からの御招待だって…」


「大公殿下には私からお詫びしておくよ。

 シンポジウムの件でお前が心配することは何も無いから」


「でも…お父様……」


流石は父親であり、娘の気持ちをよく理解している。

よし来た!…と、イスターがレスリーの後押しをしようとした、その時だった。


「レスリー先生、横から口を挟んで申し訳ありませんが…。

 カーリュ大公殿下はディオーナ嬢の存在を決して軽く見てはおられません。

 世界の未来を背負う才媛の1人として、王朝の高官の方々も交流を望んでおられ――」


「お前は喋んな」


「…え、何だと?」


「お前は喋んなと言ったんだよ。

 大事な時に、くだらねぇ口出ししやがって…」


「く、くだらないだと…!?

 魔導王朝の大公殿下主催の学術交流がくだらないと申すか!」


「なんでオマエは肝心な時に頭が回らねぇんだよ!」


イスターとガーベラの口喧嘩を他所に、レスリーが今一度問い掛けた。


「…で、どうだろう、アキヒト君。

 ドナも一緒に連れて行ってやってくれないかな」


「え…ですが……」


返答に窮して本人の方に目を向けるが、慌ててディオーナは俯いてしまった。


イスターには分かる。

テーブルの下…膝の上で小さく手を握りしめる少女の心情など、分からぬ訳が無い。

今、ディオーナの中では二つの感情が渦巻いているのだろう。

南方に行きたい自分と、魔導王朝への責任を帯びた自分。


不安定に揺らいだ天秤は、アキヒトの言葉一つでどちらにでも傾く。


「…ドナ先生はどうなんですか?」


「え…」


「ドナ先生も…南方に行きたいのでしたら…」


違うだろ!…とイスターは心の中で叫ばずにはいられなかった。

一緒に行こうって言うべきだろ!…とイスターは心の中で猛烈に抗議した。


「わ…私は…」


「そうですよね、魔導王朝で研究の発表があるのに遊びに行くのは。

 ドナ先生、最近はずっと発表の準備もしてたのに、いきなり中断なんて…」


思わず紅茶の入ったカップをアキヒトの顔面に投げつけそうになった。


「うむ、その通りだ。

 そもそも我々とて南方へ遊びに行くのでは無い、皆使命を背負っている。

 同様にディオーナ嬢も並々ならぬ発表への意欲をお持ちだ」


思わずカップのソーサーでガーベラの脳天を叩き割りそうになった。


「……はい、カーリュ大公殿下からの御招待を無碍に断れませんから」


「そうかね…なら仕方ない」


残念そうに言うと、レスリーはそれ以上何も口に出せなかった。


レスリーもまた同じ考えなのが、イスター1人には分かった。

おそらくはディオーナの心情を気遣って、一緒に行かせてやりたかったのだろう。

年相応の少女らしく、研究のことは忘れて遊んで欲しかったのだ。



「ったくよぉ…テメェには失望したぜ…」


「はぁ!?本当に、最近のオマエは一体何なのだ!?」


結局、この日のイスターの真意をガーベラが理解することは無かった。




そして、出立の日の朝。


城塞都市南部に、リンツ商会が設けた数多くの巨大なテントが立ち並んでいた。

周辺には千台近い荷駄隊が集結しており、大半には積み荷が満載されている。


夜明け前から大勢の商会の者達や護衛が集結し、出立の準備を進めていた。


その少し離れた場所で、レスリーとディオーナがアキヒト達を見送ろうとしていた。


「気を付けて行ってくるんだよ?」


「はい!」


レスリーからの気遣いに、アキヒトは大きな声で返事をした。

学生服でリュックサックを背負い、巨大な鞄を手にぶら下げた格好である。


「アキヒトさん、重くないですか?荷物なら私が持ちますから…」


「大丈夫です、このくらい軽いですよ!」


ティアの鞄を強引に手に持って、鍛えた力をアピールしていた。


「…まぁ、良いんだけどね」


自分の荷物は持ってくれないアキヒトに、アヤが少々不満げな声を洩らしていた。


見送りに際し、レスリーの横にいたディオーナは矢張り言葉が少ない。

すると出立の間際、アキヒトが近寄って前に立った。


「そうだ、ドナ先生!」


「…え、な、何よ」


不意に声をかけられ、驚いたディオーナの声が僅かに上擦った。


「これからの研究に役立つかもしれませんので、これを渡しておきます」


ポケットから取り出したのは、元の世界から持ってきた携帯端末だった。


「前にも見せた僕の世界の道具です。

 今は動きませんが、ドナ先生なら動かせるかもしれませんから」


「あ、そう…ありがと…」


「では、行ってきます!」


最後に大きな声で挨拶すると、一行はリンツ商会のテントの方へと歩いて行った。


「…良かったのかい?」


「当たり前よ、お父様」


アキヒト達の姿が見えなくなると、ディオーナは携帯端末を握りしめて背を向けた。


本当は誘ってくれるかもと、淡い期待を抱いていた。

自分の手を握って引っ張ってくれたら、自然に足も向いたであろう。

しかし現実の自分の手には、冷たい未知の道具が一つ。

最後の最後まで、アキヒトはディオーナが研究にしか興味の無い少女だと…。


本当の彼女の気持ちを知らずに旅立ってしまった。



「………ばか」


か細い呟きは、隣で歩いていた父親の耳にさえ届きはしなかった。





*********************************



この日、運命は大きく2つに分岐していた。


仮にアキヒトが南方へと誘えば、渋々といった体でディオーナも同伴したであろう。

これまでとは異なり、少しは素直になれたかもしれない。

アキヒトもまた、ディオーナの気持ちに気付けたかもしれないだろう。


しかし、その時代に生きた優秀な学者の一人として記録されるのみである。

或いは兵団長アキヒトの案内人として歴史に名を刻む程度であったろう。



だが、ディオーナは南へと向かわずに東へ…魔導王朝への道を歩み始めた。



この先に待ち受ける4つの事象は、今後の彼女の人生に大きく影響を与える。


1つ目は、一生消え去ることは無い、アキヒトに対する後悔の念


2つ目は、歴史的な大発見によって、父母を遥かに越える名声


3つ目は、兄との出会い


4つ目が、" M.C."




ディオーナ・アグワイヤは『 赤 』の少女なのである。




次回 第111話 『 南方出立 』

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