第11話 『 神族的な英才教育 』
僕達が召喚された地域には、明確な四季が存在する。
シロが過去へ旅立ってから瞬く間に1ヶ月が過ぎ去った。
道端には青々とした草花が生い茂り、王都は初夏を迎えようとしていた。
「せいっ…!はぁっ…!」
あの夜から僕は、更に力を入れて稽古に励んでいた。
先輩達に比べたら木剣を振るだけの単調な作業かもしれない。
だが、それでも僕なりに体力は付いてきた。
以前よりは腕回りも太くなった気がする。
「前から変に思ってたんだが…どうしたんだ、お前」
その日の指導担当のイスターさんが首を傾げていた。
「最初の頃に比べて妙に気合が入ってるな。
何か有ったのか?」
「あ、はい…」
実はイスターさんとガーベラさんにはシロのことを余り話してなかった。
随分前から普通に会話できていたが、2人の前では伏せていた。
ドナ先生の話では、シロは何かの精霊で通した方が都合が良いらしい。
会話が可能どころか高度な知識まで併せ持つ存在。
何かしらの火種になる可能性を配慮して、以前から口止めされていた。
だが、そのシロが過去に旅立ってから1ヶ月が経過していた。
余りにも長過ぎる催眠逆行に嫌な予感が頭から離れない。
だから僕は、それを忘れる為にも鍛錬に集中しようとしていた。
「えっとですね…。
今までイスターさんには話してなかったのですが…」
この人は信頼できるし、話しても良いと思った。
今までお世話になっていて、隠し事をしているのは正直心苦しかった。
それで今までの経緯を。
シロが話をできるようになり、記憶を取り戻すため逆行するまでを説明した。
「…なるほど、そんなことが有ったのか。
それで今だにシロは戻ってこないと」
「はい、今もここにいるんですけどね…」
シロは今も僕の右肩で、ぼんやりと光を灯している。
「寂しいですけど、それじゃシロが帰ってきた時に笑われますからね。
だから、こうして鍛錬や勉強を頑張ろうと思うんですよ!」
汗ばんだ額を袖で拭い、僕は素振りを続けた。
少しでも強くなりたかった。
シロの存在が足手まといにならないくらいの力が欲しかった。
「…今日の鍛錬はそこまでだ」
「え?まだ時間は全然残ってますけど…」
「別の鍛錬だ、出かけるから着替えてこい!」
強引に木剣を取り上げられると、僕は普段着に着替えさせられた。
突然の鍛錬中止だったが、指導担当の命令では仕方ない。
「あれ…練兵場では無いんですか?」
「当たり前だ!別の鍛錬と言ったろ!?」
敷地入り口の門番に敬礼されて外へ。
イスターさんの後ろに付いて、僕は人通りの多い中へ歩いていった。
「あのー…方向は合ってるんですか?」
「俺が間違えるわけ無いだろ。
つべこべ言わず、黙ってついてこい!」
そこはまだ僕が歩いたことも無い街の通り。
見るからに派手な色彩の看板のお店が立ち並んでいた。
別の世界の文化だけど、どんなお店なのかは僕にも大体想像がつく。
そしてイスターさんは1軒の店の前で立ち止まった。
辺りに負けないくらい、派手な装飾が目立つ看板と店構え。
その扉を開けて、イスターさんの後ろについて僕も入っていった。
「すみませ~ん、まだ開店まで時間が…」
「そうか、やっぱ早かったか」
「あ…イスターさんじゃないですか!
久しぶりですね、今までどうしてたんです!」
「悪い、悪い。最近、仕事が忙しくてな」
「なら、今日はゆっくりしていってくださいよ!
直ぐに席を用意しますから!」
ウェイターの人に案内され、僕達は一番良さそうな席に座った。
ゆったりとしたソファーに豪奢なテーブル。
席からは広々とした店内を眺めることができた。
すると、奥から薄衣のお姉さん達が慌てて駆け出してきた。
「イスター!今までどうしたのよ!」
「うそ!本当に来てる!」
5人のお姉さん達が先を争って、イスターさんの隣の取り合いを始めた。
瞬く間に綺麗な女の人達に囲まれ、歓声が店内に響き渡る。
どうやら常連で馴染みらしく、しかも店の女性達から人気があるようだ。
その光景を少し離れたソファーから呆然と眺めていた。
「みんな、俺の所に来てくれるのは嬉しいんだがな…。
今日は弟分を連れてきたんだ、ソイツを可愛がってやってくれないか?」
「…え!?ぼ、僕は良いですよ!」
急いで手を振って遠慮しようとしたが、速攻で女性2人に左右を陣取られた。
「あら、よく見れば可愛い子じゃない!」
「こういうお店は初めて?」
「え…!えっと、僕は…!」
慌てふためく姿が、また女の人達の気を引いたらしい。
左右の人達が必要以上に身体を近づけ、僕は完全に挟まれてしまった。
「ソイツはな、将来俺の下で働くことになってるんだ!
ひ弱に見えるが立派なエリート候補なんだぜ!?」
「な…!イスターさん!?」
「そうなんだ…なら、一杯サービスしないとね!」
嘘を完全に真に受けてしまい、女の人達が身体を摺り寄せてきた。
「そうだアキヒト、上官命令だ!」
「あ…はい!」
「この子達を楽しませろ!」
「え…えぇ!?」
「場を盛り上げるんだよ、芸なら教えてやったろ!」
「げ、芸ってなんですか!」
「仕方ねぇな~、手本を見せてやるよ!」
するとイスターさんは右手を前にかざした。
口元で小さな声で詠唱し…掌が光ると炎が上がった。
「綺麗…また新作?」
「おう、そろそろ夏だからな…季節の花を用意してきた!」
掌から上がった炎は花の形状を成していた。
茎から葉、そして蕾と花びら。
平面ではなく幅、奥行き、高さ…立体的なフレームの形状の花だった。
「さぁ、次はお前の番だ!」
「…ぼ、僕もですか!?」
「当たり前だろ!さぁ、みんな!注目してやってくれ!!」
女の人達の視線が一斉に僕へ向けられた。
「え、えぇっと…それじゃ…」
場の勢いと雰囲気に流され、仕方無く僕も右手を前にかざした。
詠唱の呪文は忘れていない。
ただ、僕の場合は…普通の人以下なので…。
詠唱が終わり、掌へ皆の視線が向けられ――小さな火が灯った。
「可愛い~!」
「こういうの私、弱いの~!」
何か受けたらしく、左右から抱きつかれてしまった。
「へへ、やるじゃねえかアキヒト!」
「そ、それは…そうじゃなくて!」
「よし、飲み物と行くか!俺はいつものを頼む!」
僕からの抗議を完全に無視しつつ、イスターさんは注文していた。
「言っておきますけど…僕、お酒は駄目ですからね?」
「今日は無礼講だ、俺が許す!」
「そ、そうじゃなくて!
僕はまだ未成年だから…子供だから駄目なんですよ!
法律とかで禁止されてないんですか!」
「この国じゃ、違法でも何でも無いぞ」
「え…そうなんですか?」
「違法では無いが、普通は子供に酒なんか飲ませないな」
「やっぱり駄目じゃないですか!」
そんなやり取りをしてると、テーブルの上にグラスが置かれた。
中には当然、波々とアルコールらしき飲み物。
「この子にはカラーアミルクよ」
「え、これ…ミルクなんですか?」
「そうよ、ミルクのジュースみたいなものね」
女の人からの説明ではジュースっぽいが…どう見てもコーヒー牛乳だった。
「お前もグラスを持て、乾杯だ!」
僕もグラスを持つと、見よう見まねでグラスとグラスを合わせた。
「さぁ、せめて一口は飲むのが礼儀だぞ?」
「わ…分かりましたよ…」
観念して恐る恐るグラスの端に口を寄せて…口の中へ含んでみた。
「…お、美味しいですね」
「そうだろ」
「は、はい、甘くて…」
普通のコーヒー牛乳よりも何ていうか、濃いというか味わい深いというか…。
「出されたモノは全部食って飲むのが礼儀だ!
今日は、その一杯だけでも飲み干せ!」
「は、はい…これくらいなら」
美味しいし、とても飲みやすかった。
だが…甘い中にも苦味が……それに、何だか身体が熱くなってきて…。
「イスター、この子って大丈夫?
これ、口当たりは良いけど、それなりに強いわよ?」
「……!」
思わず吹き出しそうになった。
「や、やっぱり…!これってお酒じゃないですか!」
「殆んど飲み干してるじゃねぇか!
よし、コイツが飲めそうなのをジャンジャン持ってきてくれ!」
このお店で2時間くらい居座った後、終わりかと思ったら次の店へ。
そこでも2時間くらい飲んでから、また次の店へ。
女の人達から囲まれながら延々とお酒を飲んで騒いで…。
4軒目を回ったところで僕は記憶を失った。
「あ…う…」
「おう、気付いたか」
僕はソファで横になっていた。
テーブル向かい側には、1人でお酒を嗜むイスターさんの姿。
「酒は本当に初めてみたいだから、こんなモンか。
まだまだこれから鍛えてやらないとな」
「はは…」
乾いた笑いしか出なかった。
まだ中学生なのに、繁華街をハシゴして倒れるまで飲み歩いて…。
元の世界の日本だったら警察に補導され、親を呼び出され、学校に連絡され…。
酷い自己嫌悪に陥った。
「ほら、それでも飲め」
「それは?」
「水だ、ただの水。酒は一滴も入ってない」
グラスの液体を口に含めば、確かに普通の水。
お酒ばかりで気分が悪くなっていた自分には、とても有難かった。
「…今は女の人達、居ないんですか?」
「お前がぶっ倒れたからな、席を外して貰った」
店内の別のテーブルでは、他のお客さんと女の人達が騒いでいた。
ここには僕とイスターさんの2人しかいない。
「…大人ってのはな、こうやって溜まったモノを吐き出すんだよ」
グラスのお酒に口を付けながら、イスターさんは話してくれた。
「仕事、家庭、人間関係…世の中、嫌なモノだらけだ。
しかし大人は簡単に逃げ出せない。
だから、こんな盛り場で日頃の鬱憤を晴らすんだ」
「はい…」
「…アキヒト、お前はどうなんだ?」
「何がですか」
「最近のお前、無理してるように感じてはいたんだ。
シロが戻ってこないことの不安や焦り…。
それを忘れるため、最近は余計に頑張っていたんじゃないのか?」
…その通りだった。
何もしないと嫌な考えばかり浮かんでしまう。
だから僕は剣の鍛錬や学問に、前より真剣に向き合っていた。
「それは間違ってる。
そんなんじゃ、お前、いつかは潰れちまうぞ」
「いえ、そんなことは…」
「強引に不安や焦りを内側へ抑え込んでいるだけだ。
余り溜め込むといつか爆発するぞ…」
「じゃあ…どうすれば?」
「簡単だ、外に発散するんだよ」
イスターさんはグラスを揺らし、ガラス越しのお酒を眺めていた。
「シロのことが心配じゃないのか?」
「それは…当然です」
「もう戻ってこないかもって不安だろ?」
「…はい」
「じゃあ、思い切り泣けば良いじゃないか。
とても不安で、心が押し潰れそうなら…。
そんな自分の中のモノを思い切り外に出せばいい」
そしてグラスを置き、僕の方を見つめた。
「大人ってのはな、泣きたくても泣けないから大人なんだ。
子供はな、泣きたい時にいつでも泣けるから子供なんだよ。
そしてお前はまだ子供だ。
多少、大人のつもりかもしれないが、まだまだ子供だ。
子供が1人泣いたところで、誰も気にしねぇよ…」
何か安心して肩の荷が降りた気がした。
同時に、目元に涙が浮かんできた。
「大人なら、こんな店で酒を飲めば気は晴れるんだが…。
お前にはまだ早かったな」
「ぅ…」
一旦、溢れ出した涙は止まらなかった。
1時間の催眠逆行で遡れる過去は1000年前らしい。
逆行前、シロは自分ならもっと早く遡れると言った。
だが、既に1ヶ月が過ぎようとしている。
1日が24時間だから、今も逆行しているとしたら…。
それよりも失敗した可能性が非常に高い。
これだけ時間が経過して、戻ってこないなら結論は一つ。
アヤ姉もドナ先生もハッキリと口にはしないが。
つまり今、僕の右肩にいるシロは生きた屍なのだ。
もう二度と目覚めることは無いだろう。
けれど…けれども僕は信じていた。
きっと、シロは帰ってくると。
僕は必ず待っていると約束した。
シロは必ず帰ってくると約束した。
そう固く誓ったつもりだが、実際はとても心細かった。
だから僕は、現実から目を逸らして剣と学問に没頭した。
そうすれば一瞬でも忘れられると思ったからだ。
しかし、どれだけ塗り潰そうとも無駄だった。
シロが二度と戻ってこないという不安は隠し切れなかった。
「今まで溜めていたモノを全部吐き出せ。
一つ残らず吐き出して、スッキリすれば落ち着くさ…」
お酒の所為もあるが、僕は泣き続けた。
この一ヶ月間、溜め込んでいた不安の感情が一気に流れ出していた。
「かなり遅くなっちまったな…」
「はは、今さらですね」
暫くして僕達は店を出て、自宅への帰り道についていた。
「別に送ってくれなくてもいいですよ」
「馬鹿野郎、最後まで面倒をみる義務が有るんだよ」
「お役目、ご苦労様です」
連れ回した以上、帰宅まで見届ける必要があるらしい。
イスターさんは結構飲んでいたが、酔い潰れるほどでも無かった。
僕は一度寝ていたせいか、酔いから殆んど醒めていた。
繁華街を抜け、人通りも疎らになり辺りは静かになっていた。
「なぁ、アキヒト…。
お前がシロを待ち続けるのを、俺は止めるつもりは無い。
それはお前自身が決めたことだしな」
吹き抜ける風が酔い醒ましに心地良い。
「だがな、待つなら肩の力を抜いて待つべきだ。
でないとシロが帰ってきた時、変な顔を見せることになるぞ」
「はは…確かにそうですね」
「そうさ、常に自然にいようぜ。
自然に待って、自然に出迎えるんだ」
胸の中に溜まっていた大半の不安は、いつの間にか霧散していた。
「イスターさん、たまには良いことを言うんですね」
「いつも良いことしか言わねえよ」
暗くなった夜道に僕達の笑い声が響き渡った。
「あれ…誰かいる?」
日付が変わろうとしていた真夜中。
もう夜更けなのに、僕の自宅には光が灯っていた。
「馬鹿!どこに行ってたのよ!」
扉を開けた瞬間、中からアヤ姉に怒声を浴びせられた。
「ゴ、ゴメンなさい。
少し、その…帰りが遅くなっちゃって…」
「少しどころじゃないわよ!
今、何時だと思ってるの!?」
僕の帰宅が遅いので、何かトラブルでもと心配していたらしい。
それでこんな時間までアヤ姉は待っていた。
「悪かったな、アキヒトは俺が引きずり回してたんだ」
「…どちら様ですか?」
「俺は神聖法国クルタ騎士団員のイスター、アキヒトの剣の師匠だ。
これから、よろしくな」
親指を自分に向け、簡単に自己紹介していた。
「今日は場所を変えて、別の修行をしてたんだ。
それで、つい夢中になって時間が経つのを忘れちまってな…」
「そう…それなら良いんですけど…。
イスターさん…でしたね?
剣の鍛錬も大切ですけど、しっかり時間も守って貰わないと――」
お説教の向きをイスターさんに向け…突然、アヤ姉が口元を覆った。
「……飲んでましたね?」
怒気を含んだ一言に、僕とイスターさんは息を呑んだ。
「いや、だから…別の修行だ。
剣も良いが、そろそろアキヒトだって酒を飲めるように…」
「下手な言い訳は止めて貰えませんか、お酒なんてまだ早いです!
アキヒトも駄目でしょ!?
なぜノコノコと、ついて行っちゃったの!」
「え、それは…その…つい…」
家の入口で、アヤ姉からのお説教が始まった。
僕とイスターさんは言い訳できず、ひたすら頭を下げるしか無かった。
「アヤさん、ご近所に迷惑でしょうからその辺りでどうです?
お食事の用意もできましたから…」
中を見ると、ティアさんがテーブルに夜食を用意してくれた。
日付は既に変わっており、普通は寝静まる時間帯。
さすがにアヤ姉も、これ以上は続けられなかった。
「さぁ、そちらの方もご一緒に」
「おっ!ありがてぇ!」
イスターさんは素早く中へ入ると席に着き、スプーンを手に取った。
テーブルのお皿には野菜を煮込んだスープ。
イスターさんに続いて、僕も口の中へ運んだ。
「あ…美味しいです!」
「2人とも、御口に合って良かったです」
全体的にさっぱりして…トマトに似た赤い野菜の酸味が利いていた。
「これは丁度良かったな」
「何がです?」
「入ってる野菜な、二日酔い止めばかりなんだよ」
さすがイスターさん、そういうお酒に関する知識は豊かだった。
「これなら朝には酒も抜けてる、ありがとうよ!」
「いえ、大したものではありませんよ。
それから寝床も用意しておきましたので、今夜は泊っていってください」
二階には僕の寝室以外にも部屋が余っており、そこに用意してくれていた。
「すみません、ティアさん…」
「いえ、お気になさらず。
それでは私、片付けがありますのでごゆっくり」
そう言うとティアさんは台所へ行き、鍋やお皿を洗い始めた。
「あら、ホントだ…美味しい…」
「もしかしてアヤ姉、食べてなかったの?」
「えぇ、そうよ。誰かさんを待っていたせいでね」
「…ゴメンなさい」
就寝前だけど、暖かく柔らかな味わいのスープはとても美味しかった。
しかしアヤ姉とスープを堪能している途中、イスターさんの様子がおかしいのに気付いた。
スプーンを持った手を止め、台所のティアさんの方へ視線が釘づけになっている。
「どうしました?」
「何でもねえよ」
「言っておきますけど、ティアさんはダメですよ」
「…はぁ?」
「ティアさんは美人で魅力的だから無理も無いですが、
イスターさんみたいな遊び人とは…」
「馬鹿野郎!
俺のどこが遊び人なんだ!?」
今の発言が本気なのか冗談なのか、僕には分からない。
「…少し気になっただけだ」
「何がです?」
「飯が美味すぎるんだよ」
僕とアヤ姉も手を止めてスープを眺めた。
お互いに顔を見合わせたが、その言葉の意味が分からなかった。
「じゃあ、私はティア先輩を送っていくから。
アンタ達はさっさと寝なさいよ!」
家の前には、エルミート家御用達の馬車が留めてあった。
夜も遅く女の子の独り歩きは危険だと、アヤ姉はティアさんを連れて帰った。
わざわざ家まで送っていってくれるらしい。
「やっと、うるさいのが消えたな」
「えぇ…」
「飲み直すぞ」
「お酒なんて無いですよ!大人しく寝てください!」
イスターさんは冗談だと笑っていたが、お酒が有れば絶対飲んでただろう。
「じゃあ、寝るか。
俺も明日は朝から団本部に顔を出すんでな…」
「あの…イスターさん」
二階に昇り、寝室に入ろうとしたイスターさんを呼び止めた。
「今夜は有難うございます、おかげで気が楽になりました」
そんな僕の言葉に少し戸惑ったようだが、直ぐに笑みを浮かべた。
「…大したことじゃねぇよ。
それよりもう、思いつめた顔をすんじゃねぇぞ」
「はい!」
「またあんな顔しやがったら、今度は朝までコースだからな?」
扉の前にて二人で笑った後、僕も自分の寝床へ入った。
枕元のシロは未だに黙ったままだけど、僕に不安は無かった。
必ず帰ってくると…そう信じて、瞼を閉じ……久しぶりに心地良い眠りに就いた。