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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第106話 『 逃げよ 逃げよ 全ての街から逃げよ(1/5)(前編) 』



ボーエン王国城塞都市。

練兵場では連日、パラス神聖法国の法皇直属騎士団の演習が続けられていた。


「せやぁ!!」


300名以上の大所帯の中、最も鍛錬に打ち込んでいたのは騎士団長のイスターだった。

稽古相手を務める副団長ノーカとの差はまだまだ大きく開いている。

だが演習におけるイスターの気迫には、流石と称賛する声も多い。

当初は騎士団長の座で浮ついていた本人も、遂に法国騎士として自覚が出てきたと。

新入りの騎士団員や法国の関係者は、イスターの変貌をそう捉えていた。


しかし元使徒達や馴染みの騎士団員達はそう思わない。

彼等はその変貌を訝しげに眺めていた。

現にイスターの木剣を受け止める副団長ノーカも、間近で冷ややかに目にしていた。



「イスター、面会希望だ」


鍛錬の最中、昔馴染みの騎士団員の1人が来客を告げた。


「うるせぇ!今は立て込んでんだ!」


「いや、そうなんだが…」


「分かんねぇのか!?用件なら後にしろ!」


「――連れてこい」


それまで打ち合っていたノーカが一歩下がり木剣を引いた。


「い、今は鍛錬中だろうが!」


「良いから、そちらの用件を先に済ませておけ。

 終わるまで待っていてやる」


ノーカが目配せすると、団員は一礼し急いで面会希望者を呼びに行った。


「なんの積もりだ、ノーカ様よぉ…!?」


「坊や…お前は…」


「はぁ!?なんだ!」


「…いや、何でも無い」


苛立ちを隠せないイスターと、その様を何時しか苦々しく眺めていたノーカ。

手持ち無沙汰で木剣を振り回していると、先程の騎士団員が少女を1人連れてきた。


「なんだ、お嬢さんかよ」


「あ…あの、すみません。

 今はお忙しかったみたいで…」


意外にも面会客は、恩師レスリーの娘のディオーナだった。

始めて見る荒々しいイスターに驚きと戸惑いを隠せず、その言葉は恐縮していた。


「お…お久しぶりですね、イスターさん。

 騎士団長に就任されたみたいで、おめでとうございます。

 最近、アキヒトの家に来られないので、今日はこちらに…」


「ったく…わざわざそんなこと言うために来たのかよ?

 用件済んだなら、さっさと帰ってくれ。

 こっちは忙しいんだ!」


その言い草に憤りを感じたのか、連れてきた傍の騎士団員の目つきが鋭くなった。


「そ、それが…。

 イスターさんにお願いがあって来たんです」


「ん?」


「実は、近いうちにアキヒトが社会勉強で南へ旅に出かけるんですけど…。

 父様も私も学術振興の用事があって同伴できないんです。

 ですから、お目付け役でイスターさんに……お願いできない……かなって…」


ディオーナの声のトーンが徐々に小さくなっていた。

自身も愚かな願いだと自覚してか、最後まで言葉にできなくなっていた。


「…あのなぁ、お嬢さん……今の俺は以前とは違うんだ。

 賢いアンタなら、そのくらい分かってんだろ?」


「……はい」


「今の俺はパラス神聖法国の騎士団長なんだぜ。

 そんな使い走りみたいな真似ができると思ってんのか…?


 俺をなんだと思ってやがんだ!?」


「す、すみません!お邪魔しました!」


同年代より更に体躯の小柄なディオーナ。

怒鳴りつけられれば何度も頭を下げて謝り、逃げるように背中を向けて駆け出して行った。


鍛錬の最中、何時の間にか横目で眺めていた騎士団員達が振るっていた木剣を止めていた。

40人以上に昇るイスターの昔馴染みの男達の目つきが険しくなっていた。


誰の指図と合図があるでもなく、彼等は騎士団長の元へ集まってきた。


「…なんだよ、今のは」


「何がだ」


「何がだじゃねぇ!

 あんな女の子に、テメェは何八つ当たりしてんだよ!?」


「そんなことより今は鍛錬中だぞ!

 お前達も戻って再開しろ!」


「あぁ、鍛錬してやるさ!

 お前があの子を追いかけて何度も謝って許して貰えた後でならな!」


「お前ら!騎士団長の命令が聞けねぇのか!」


「騎士団長サマがそんなに偉いのかよ!」


1人が手にしていた木剣を地面に叩きつける。

続いて、2人、3人…全員が叩きつけるまで時間はかからなかった。


「やってられるか!」


イスターの制止も聞かず、顔馴染みの騎士達が練兵場を後にしていた。

全員が怒りの余り、元使徒達の言葉にさえ耳を貸そうとしない。


「…良いのか?」


「放っておきゃいいんだ、あんな連中!

 それより続きだ!」


木剣を持ち直し、再び副団長ノーカに向けて構えの姿勢を執る。

しかしノーカも他の元使徒達も釈然としない面持である。


イスターの脇目も振らない過酷な鍛錬は、いつ休むともなく延々と続いた。




一方、ディオーナは練兵場の門をくぐり、弱々しい足取りで帰途に就いていた。

普段はアキヒトに対して厳しい表情を崩さないが、やはり年頃の少女である。


イスターから怒号を浴びせられれば、衝撃は決して小さくない。

そもそも客観的に見て、如何に自分が愚かであったのかを思い知らされる。

彼の言葉の通り、騎士団長職にアキヒトのお目付け役を頼むのは間違っている。

それでもイスターなら何とかしてくれるんじゃないかと思ってしまった。

あの陽気な法国騎士ならと、期待してしまった。

しかし、それは自分の我儘に他ならない。


イスターを怒らせてしまった自身の言動の迂闊さに、ディオーナは自然に涙ぐんでいた。


「…アグワイヤのお嬢さん、待ってくれ」


背後から声をかけてきたのは、先程の応対してくれた騎士団員。

更にイスターの鍛錬を放棄した者達が続いていた。


「さ、さっきはすみません!」


「いや、良いんだ…お嬢さんは悪くねぇよ。

 寧ろ謝るのはこっち、悪いのはアンタに八つ当たり仕掛けたアイツだ。

 最近、よく分からんが余裕を無くしちまったんだよ…」



昔馴染みの彼等だからこそ、今のイスターの異常には気付いていた。

当然、鍛錬相手を務める元使徒達にも。


現在のイスターには精神的余裕は皆無で有り、今の彼は焦りの塊であった。

何をするにも目が血走っている。

騎士団長の自覚とか、そもそもそんな地位で己を見失う男では無い。

どんな死地にあっても冗談と笑いを欠かさなかった男が、今ではその両方を失っている。


「イスターさん、何かあったんですか?」


「分からねぇ…俺達が聞いても何も話してくれねぇんだ。

 あの野郎、自分1人だけ苦労してんだって顔しやがって…ムカつくぜ」


練兵場の方へ…姿は見えないがイスターの方角へ向かって忌々しく呟いた。


「だからよ、お嬢さんは何も気にしなくて良いぜ。

 それよりアイツが馬鹿なこと言っちまって本当にすまなかったな」


「あ…有難うございます。

 けど、それなら私よりもイスターさんの方が大変なのでは?」


「心配なら要らねぇよ、アイツなら自分で何とかするさ。

 それで駄目なら俺達が何とかしてやるさ!」


男達が一斉に陽気に笑えば、自然にディオーナにも笑みが戻ってきた。


「それよりお嬢さん、お詫びに何か御馳走させてくれ!」


「え…お詫びなんて良いですよ、私は…」


「いや、今のは嘘だ。

 実は俺達、甘い物が好きなんだが野郎ばっかじゃ店に入れねぇんだ。

 入れねぇこと無いけど入りづれぇんだよな。

 けど、お嬢さんと同伴なら堂々と入店できるって寸法よ」


「…良いんですか?今も勤務中なのに」


「構いやしねぇよ。

 可愛い女の子の悲しみを癒すのも騎士団の務めさ。

 どうせだ、一番高い店にするか…おい、誰か良い所を知らないか?」


「いえ!普通のところで、安いお店で結構ですから!」


「良いさ、支払いの請求は騎士団に回すからな。

 俺達の財布じゃねぇし」


話をしていて、この男達がイスターの友人であるのをディオーナは強く感じた。

彼の落ち度や欠点を、何だかんだと文句言いながらフォローしている。


彼等は全力で、自分を慰めようとしてくれているのが分かった。


「…で、アキヒト兵団長との仲はどうなんだ?」


「え…えぇ!?」


「おい、やめろ!そんなことを道端で聞くんじゃねぇよ!」


1人がディオーナに質問を投げ掛けると、他の男達が厳しい口調で制した。


「何だよ、これくらい別に良いだろうが」


「馬鹿野郎!そういうのはな、店の中に入ってからじっくり聞くもんだろうが!

 一番美味しい話題は時と場所を考えて振れ!」


「…わ、悪ぃ。俺としたことが…本当にスマン。

 お嬢さんも悪かったな、店に入ったらアキヒトとの将来設計を聞かせてくれ」


「なっ…!?え!?

 わ、私は…!」


騎士団員達にからかわれて顔を赤面しつつ、ディオーナ達一行は街へ繰り出していった。




「…本日はここまでだ」


夕陽が指し、練兵場が赤く染まると副団長ノーカが騎士団員達に終わりを命じた。

多くが丸1日の鍛錬で疲れ切って、満足に立てない者さえいる。

だが、ただ1人だけそれでも木剣を手放さない者がいた。


「坊や、お前もそこまでにしておけ」


「いや、俺はまだ動ける。もう少し続けていく…」


「休むべき時は休め。

 疲れが残っては、明日の鍛錬にも響くであろう」


「俺のことは気にしないでくれ、アンタ等だけ先に休んでくれればいい」


辺りが暗くなってきても、イスターの気迫は決して緩まない。

土埃と汗まみれになりながらも、虚空にその木剣を全速で振り回していた。


しかし、そんなイスターをノーカも他の元使徒達も険しい面持で見ていた。

完全に自分を見失い、足元すら見えてない状態では誰も賛同できない。


「坊や、あまり無理をしても結果は…」


「…ノーカ様よぉ」


振り回していた木剣を虚空で止めると、重々しい口調で言葉を紡ぎ始めた。


「その坊やっての、そろそろ止めてくんねぇか?

 これでも今の俺は騎士団長なんだぜ…!?」


「お前…」


「俺は…!俺は坊やじゃねぇ!」



ノーカ達には、もう掛ける言葉が無かった。


他の騎士団員達にも指示を下し、その日の鍛錬が終了したことを告げる。

練兵場から騎士達が引き揚げれば、広々とした空間にはイスター1人残された。



…完全に陽が落ち、辺りが暗闇に包まれても木剣の空を切る音は止まらない。


汗は乾き、肌の表面に白い塩が張り付いても鍛錬は終わらない。

気力体力の限界を越えても、イスターは木剣を手放そうとしない。


「チッ…!」


腹立たしく舌打ちする鍛錬に、何の意味が無いのをイスターも自覚している。


それでも止めないのはガーベラ・イーバーが原因であった。



「アイツと俺、何が違うってんだ…!」



ガーベラは一足早く騎士団長に就任していたが、自身とは互角だと思っていた。

一度戦ったこともあり、剣の腕前に関しても彼女とは同等。

多少の差はあれど、イスターはガーベラと同等の存在だと認識していた。


だが先日、ガーベラは自身のガースト級大型機動兵器を使いこなしつつあった。

今はまだ鉤爪一本だが、イスターの眼前で操作していた。


「なんで俺だけ…!」


現在、ノーカを初めとする8名はほぼ完全にガーストを支配下に置きつつある。

彼女達の場合は、数百年に及ぶ法国の術式が知覚融合と酷似した点が大きい。

更に武人としての素養も高く、長期間の鍛錬もあってシロも驚く程の融合を果たした。

だから使徒達に先んじられるのは仕方ないと思うこともできる。

だが、同等だと思っていたガーベラに先を越されたとなれば話は別である。


彼女はガーストを支配下に収めつつある。

いずれノーカ達と同じ境地に到達するのは時間の問題であろう。


しかし、今の自分には何の進展も無い。

シロは特別の計らいでイスターに最高の大型機動兵器を委譲してくれた。

おそらくはガーベラ以上の兵種なのであろう。


なのに自分は全くソレを活かすことができない。



「…ちくしょう!」


苛立ちの余り地面へ力任せに木剣を叩きつけ、衝撃で粉々に砕け散った。


剣先が消滅した木剣を放り投げ、イスターはその場に胡坐をかいて座り込んでしまった。


「ちくしょう…俺は……俺は……!」


地面に拳を叩きつけ、情けない自分を罵っていた。


更に、昼間よりは頭が冷えた今だからこそ振り返ることができる。


常に女性の味方だと公言していた自分が、ディオーナに酷い暴言を放ってしまった。

今になって心にもない言葉を吐いた自身も情けなく思う。

腹立たしいのは未熟な自分が原因なのに、少女に八つ当たりをしてしまった。


「くっ…!」


地面に叩きつける拳を止めた。


「情けねぇ…」


静寂が広々とした練兵場を包み込む。

イスターは項垂れながら、時々呟くだけであった。


彼の中で渦巻くのはガーベラに対する劣等感、ディオーナに対する後ろめたさ。


「ちくしょう……」


誰も居なくなった暗闇の練兵場…


一人静かに己の情けなさを噛みしめていた…





「――無粋なことよ」


突然発せられた声。

慌ててイスターが顔を上げると、手に届く距離に1人の若い男が立っていた。



「昨今の法国騎士は風情が乏しいと見受ける…。


 今宵の素晴らしさを解せぬとは……誠に残念な輩よ…」



男は魔導王朝独特の黒地と金縁装束の高官服を身に纏っていた。

そして、腰には今まで見たことも無い程の長い剣。


呆気に取られるイスターとは対称的に、男は悠然と佇み…。



満天の夜空を厳かに見上げ…


我が物の如く光景を愉しんでいた…




「こんなにも月は美しいというのに――」




次回 第106話 『 逃げよ 逃げよ 全ての街から逃げよ(1/5)(後編) 』

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