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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第101話 『 イスター受難の日々(後編) 』


傍から見ていれば滑稽な光景であろう。

仰向けになって見上げる法国騎士団長と、それを見下ろす王朝騎士団長。


「…で、何をしているのだ?」


「見りゃ分かるだろ」


「分からないから聞いている」


「天気が良いから昼寝してんだよ」


「そうなのか?

 私には身体中が痛くて動けないように見えるのだが…」


「分かってんなら聞くなよ!一体、何の用だ!?」


地に倒れ伏したまま、見下ろすガーベラに憎まれ口を返すのが精一杯だった。


今年初めの神聖法国開戦前、イスターは一時出奔した。

目的は当時の法皇ドリーゴ殺害であり、その折にガーベラへ別れの挨拶に訪れていた。

あの悲壮感溢れていたイスターが、今も元気に憎まれ口を叩いている。

一時は今生の別れだとさえ思えていたのに。


普段は厳格なガーベラも、今では自然に笑みがこぼれていた。


「折角、この私自らが祝福に来てやったのに…。

 少しは有り難るべきであろう」


「騎士団長の就任祝いでもしてくれるのか?

 王朝騎士団長のお前が?

 俺とはそんな仲でもなかっただろうが…」


「違う、生還祝いだ」


以前よりガーベラは明らかに柔らかく微笑んでいた。


「よくぞ、生きて還って来たな…。

 また貴様の元気な姿を見ることができて嬉しく思うぞ」


「あ…あぁ…」


「…なんだ?

 私から祝福されるのがそんなに気に入らぬか?」


今のガーベラの祝福が社交辞令でないのはイスターにも分かる。

そこまで自分の身を気遣い生還を喜んでくれているのに、内心では驚いていた。


「いや、何ていうか不思議な感じがしてな。

 俺が無事で何がそんなに嬉しいんだよ…」


「アキヒトの家で、何度も食卓を共にしたからな。

 どんな下らない人物であろうと、見慣れてしまった顔だ。

 いざ、この世から消え去るかもとなれば寂しくもなる。

 それがまた、こうして話ができるのだ…素直に喜んで悪いか?」


「まぁ…悪くは…」


「安心せよ。

 私だって貴様1人の存在を許容する程の器は持ち合わせておる…」


続いて、ガーベラの背後に控えていたスジャーンが口を開いた。


「まずは私からも祝福させて貰おう。

 よくぞ死地から還ってきた…」


「あぁ…こんな無様な恰好で悪いな…」


大の字の状態から微動だにできないが、かといってへりくだるでもない。

情けない態勢からも堂々と受け答えしていた。


「今は大目に見よう。

 幾ら立派に着飾って体裁を整えても、棺桶に横たわってるよりは遥かに良い…」


「そう言ってくれると助かる…」


「それから君からの言伝…我が主君のラーキ大公殿下には確かに伝えた。

 新回廊開通で経済的な結びつきが大きくなった今、法国との対談は願ってもないこと。

 殿下も是非、言葉を交わされたいとの仰せだ」


「…有難うよ」


「但し、大公殿下にお目通りする際には、それなりの作法を心がけて貰わねば困る。

 君も騎士団長に就いた以上、誰よりも自身に厳しくならねばならんぞ?」


「悪ぃ…次は気をつける…」


ガーベラなら兎も角、スジャーンに対しては自分の無様を認めて謝罪するしかなかった。

その時、少し離れた場所で見ていた大使徒ノーカが会話に割って入ってきた。


「魔導王朝の方々と見受けるが…我らの騎士団長に何の用か?」


「――お初に目にかかります」


一歩進み、ガーベラが恭しく一礼した。


「ご質問に答える前に…。

 私は魔導王朝宗主直属騎士団長、ガーベラ・イーバーと申します…どうぞお見知りおきを。

 貴女様は勇名で以て成る神聖法国の使徒殿とお見受けします。

 その御名をお聞かせ願いたいのですが」


「先に名乗り頂くとは感謝致す。

 我は神聖法国の元使徒ノーカ、現在は法皇直属騎士団の副官を務めておる。

 お若いのに対した御仁だ…騎士団長たるに相応しい人物を見受ける。

 しかし、なぜ法国出身の私にそこまで礼を尽くすのか?」


「尊敬すべき武人に礼を尽くすのは当然で御座います。

 たとえ、それが敵国の御方であろうと…」


「私如きをそこまで評して頂けるとは誠に光栄…と、暫し待たれよ…っ!」


ノーカは更に数歩前に進み…片足を振り上げて、思い切りイスターの身体を蹴り上げた。


「…ぎゃっ!」


「いつまで寝ておるのだ!この恥晒しが!!」


放物線を描いて、練兵場の地面に落下して転がり回った。


「し…仕方ねぇだろ!痛くて動けねぇんだよ!」


「情けない…!神聖法国騎士となって数百年!こんな恥ずかしい想いをしたのは初めてだ!

 お前も少しは、この御仁を見習え!」


今度は車に轢かれた蛙の如く、イスターは大の字でうつ伏せの格好になっていた。


「…待てよ。貴殿は先程、ガーベラ・イーバーと名乗られたが…。

 今は亡きヤール・イーバー殿の御息女の…」


「はい…使徒殿が亡き父の名をご存知とは光栄で御座います」


「道理で…。

 御父君の名は遠く離れた聖都パラパレスでも響いておる。

 敵ながら惜しい人物を亡くしたと…一人の武人として喪に服させて貰った…」


「勿体無いお言葉、誠に有難うございます…」


「しかし、だ…ヤール殿は貴殿のような人物を遺してくれた。

 魔導王朝も当面は安泰と見える。

 それに比べて……っ!!」


ノーカはすたすたと歩き…再びイスターの身体を思い切り蹴り上げた。


「がはっ…!…ちょ、調子に乗んなよ!?」


「お前がこの御仁と同じ視界に存在するのが悪いのだ!

 自国の騎士団長と敵国の騎士団長!なぜ同じ騎士団長なのにこうも違うのか!?

 せめて目の届かぬ場所で醜態を晒せ!

 情けない、本当に情けない…!

 神聖法国800年、史上最強の筈の騎士団の団長がこんなヤツとは…!」


元大使徒ノーカが頭を抱えていると、様子に気付いた他の使徒達も集まってきた。


「どうしたのよ……って、王朝騎士?」


「あ…あぁ、この方々が挨拶に参ったのだ。

 そこで転がっている痴れ者の知己らしくてな…」


「お初にお目に掛かります。

 魔導王朝宗主直属騎士団長を務めるガーベラ・イーバーと申します。

 高名を以て成る使徒の方々にお目見えが叶い、光栄で御座います」


魔導王朝流の礼儀作法であるが、完璧な所作に元使徒達も自然に襟を正した。


「丁寧な挨拶、痛み入る。

 我等、元は聖都パラパレス守護の任を受けていた。

 私の名はリトー…今は法皇直属騎士団に所属し……し、失礼……ーーうりゃあ!」


元使徒リトーがスリットから覗く麗しい脚線美で蹴り上げ、再びイスターが放物線を描いた。


「ぐっ…はっ…!!て、てめぇ…!」


「さっさと立ち上がるか、視界から消えろってんのよ!

 アンタの存在が法国騎士の品位を下げまくってんの分かんないの!?」


「る、るせぇ!!」


「ガーベラ殿だったな?

 済まない…パラス神聖法国の騎士を代表して、そこの馬鹿者の無礼を詫びよう…」


「いや、御気になさらずに結構です。

 それに…そこの男の無礼は今に始まったことではありませんので…」


使徒8名から鋭い視線が、今も身動きできないイスターに突き刺さった。


「も…申し訳ないが、普段のコイツの素行を教えて貰えぬか?」


「…大学の講義中、講師の方々の前で堂々と居眠り。

 最前列を陣取り、いびきが煩くて講義の阻害にもなっておりました…。

 昼の明るい時分から繁華街で酒を飲み、女達を侍らせていたのは誰もが存じています。

 他には…」


「ぐぁ!!」


ガーベラの説明途中、背の低い元使徒がすたすたと前に出てイスターを蹴り上げた。


「ア…アンタは…私達がパラパレスで厳かに守護の任に就いている時に…!

 この地で、のうのうと遊んでたってワケ…!?」


「い、いや、それはだな…!」


さすがに言い訳できない。

使徒達からの怒りと軽蔑の視線が、今も地に倒れて起き上がれないイスターに突き刺さる。


「お、俺だけじゃなく他の連中の面倒は良いのかよ!?

 8人全員で俺1人に来なくたって…!」


「全員のびてるわよ」


その背の低い元使徒が背後を振り返ると、騎士団員達は全員倒れて身動き取れずにいた。


「最近の法国騎士は弛んでるわね…。

 まだまだ、こんなのは準備運動にもならないのに…」


「な…!?お、おかしいだろ!

 俺程じゃないが、アイツ等だって…!」


仮にも騎士団員になる以上、全員がある一定以上の腕利きであるのは間違い無い。

それが全く相手にならないのは、流石に異常であろう。


しかしガーベラは、その光景を違和感無く受け止めていた。


「…お前には分からぬのか?

 流石は使徒の御方々だ…シロから譲られた力を使いこなしておられる…」


「え…それって…」


「ほう…ヤール殿の御息女こそ、流石と言わせて頂く」


その時、ノーカが軽く右手を上げると、上空で巨大な空間に歪みが生じた。

…実際に歪んだのではなく、光学的に屈折が生じたのである。

光の波長によるスペクトル変化により、赤青黄…様々な色彩の光を放ち…。


特殊鏡面透過装甲が解除されると、ガースト級大型機動兵器が巨大な姿を現した。


「…さっきから気になっていただのだが、其方の背後にも控えておるな?」


ノーカを始め、全ての元使徒達はガーベラの頭上に気付いていた。


「矢張りお気付きでしたか…」


「これでも神聖法国を何百年も守護してきたのでな、見くびって貰っては困る。

 その程度のこと分からねば使徒の任は務まらぬよ」


元使徒達だけでなく、修行し直したイスターにも分かるようになっていた。

ガーベラの頭上にも自分と同じ機動兵器が控えている。


「使徒の方々には遠く及びませぬが…返礼させて頂く!」


イスターは我が目を疑った。


同じくガーベラの頭上でも空間が歪み、ガースト級大型機動兵器が姿を現し始めた。

光の屈折解除により、徐々に形状が露わになっていき…。


「…ふぅ」


ガーベラが息を吐いた時、鉤爪の腕一本のみだが頭上に浮かんでいた。


「い、今の私では、此処までが…精一杯でして失礼…!

 まだまだ、貴女方のようには…!」


ノーカ側の全身知覚融合とは異なり、ガーベラ側は腕部一つの限定知覚融合である。

しかもノーカは普段通り平然としていたが、ガーベラは既に呼吸が乱れている。

その違いが双方の実力差をそのまま物語っていた。


知覚融合の負担は決して小さくない。

十数秒ほど融合を維持していたが、自らの限界を悟るとガーベラは即座に解除した。


「そ、それで…お前はどうなのだ?」


「……へ?」


肩で息をするガーベラに不意に問い掛けられ、イスターは間抜けな声で返事を発した。


「お前もシロから…機動兵器と呼ぶらしいな……を、譲られたのだろう?

 私にも…お前のが…分かるぞ…」


ガーベラがイスターの頭上を見上げた。

確かに、その虚空には同様に大型機動兵器が控えている。


「情けないが、私には未だこの程度しか扱えぬ…。

 お前は、どの程度まで進んだのだ?」


「そ、そうだな……俺のは…」


息が整ってきたガーベラからの問い掛けに、イスターは返答に詰まった。

シロから譲られて以降、今まで密かに元使徒達の真似を試していた。

頭上の大型機動兵器を自在に操れるよう、人目の付かない場所で練習していた。


だが、何をしても呼び掛けに応えてくれない。


頭上のガースト・リーダーは、主であるイスターに従う素振りを全く見せなかった。

これまで何度も試みたが、自分が扱えないのは仕方ないのではとさえ思い始めていた。

何百年という経歴を有する元使徒達だからこそ可能だと。

今は無理だが、数年単位で修練を積めば自分もいずれは到達できるだろうと…。

半ば諦めかけていた。


だが、その考えが粉々に打ち砕かれていった。


目の前の魔導王朝騎士団長は、自分と同い年であり剣の腕も互角だった。

けれども彼女は鉤爪の腕部一本だけだが、既に使いこなしつつある。

自分と同等と思っていた、魔族の女が…である。


「…どうした、イスター。

 まだ腕一本しか扱えぬ私が、そんなに情けないか?」


しかし当のガーベラは、ノーカに遠く及ばない自分を不甲斐なく感じていた。


「い、いや…そうじゃなくて…」


「何だと言うのだ?」


「――騎士団長殿、そろそろ時間ですぞ」


会話の途中、ガーベラの傍らのスジャーンが咳払いして遮った。


「久々の再会で話が弾むのは分かりますが、本日はまだ政務が控えております。

 イスター殿とのお話は、後日改めてなさるべきかと」


「あ…あぁ、そうでしたね。

 ではな、イスター…またアキヒトの家の食卓で会おうか」


「お、おう…」


一礼して去っていく魔導王朝の一行を見送りながら、イスターにも分かっていた。

スジャーン・アノイが気を利かせてくれたのを。

自分が返答に窮したのを見て、的確にフォローを入れてくれたのだと。


そして、その心遣いに気付いたのはイスターのみで無かった。


「いつまで寝てんの!」


「ぎゃっ!」


またしても蹴飛ばされた。


「分かってんの!?

 今の情けないアンタを、あの魔導王朝高官が庇ってくれたんだよ!?」


「魔族に情けをかけられる法国騎士団長なんて、涙も出ないわよ!」


「今度醜態晒したら只じゃおかないからね!聞いてんの!?」


「あはは!」


好戦的な元使徒達5人に何度も何度も蹴飛ばされ、温厚な元使徒達3人がそれを見ていた。



「ちくしょう…こんな騎士団に入るんじゃなかった…」


「気づくのがおせぇよ…諦めな…」


倒れたままの騎士団員達から後悔の籠もった言葉が漏れ出していた。



この日以降、イスターの騎士団には更に過酷な訓練が待ち受けていたのである。



次回 第102話 『 大陸平原同盟、最大の脅威 』

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