第100話 『 異世界の修学旅行計画 』
最近は夜になると僕の自宅にレスリーさんとドナ先生が来るようになっていた。
2人ともティアさんの手料理を一日の楽しみにしている。
なのだけど、今日に限って一人多い。
「アヤ姉…どうしたの?」
「たまにはティア先輩の手料理を食べたいからよ、良いでしょ」
おそらくは今朝の僕の様子が気になっていたのだろう。
心配してくれるのは嬉しいけど…アヤ姉の視線が今の僕には益々キツい。
その食事中、早速ドナ先生がレスリーさんに南方行きの提案をしてくれた。
「…といった訳なんだけど、どうかしら?」
「そうだね…うむ…」
食事の途中だが、手が止まり…即答できず言葉を選んでいるようだった。
「決して遊びに行く訳では無いんです。
それに僕の世界では修学旅行という制度が有りまして、今年行く筈だったんです。
できればその代わりに南方に行きたいと思いまして…」
「修学旅行…それはどんな制度なんだい?」
「文字通り学問を修める旅行です。
様々な土地の史跡や名所を巡って見聞を広めるのが目的なんです。
僕も南方に行って、色々な物を見て回りたいんです」
最近の修学旅行はレジャーランド行きが多いけど…それは伏せておこう。
「…事情は理解できたけど、後見人として許可は出せないね。
アキヒト君は別の世界の人間だし、見知らぬ土地へ行くのなら付添が必要だよ。
特に南方は風習も中央平原とは違うからね、一人では行かせるのは…」
「いえ、大丈夫です!
僕も14歳になりましたし、それくらいの旅は一人で出来ます!
事前に南方の事情についても調べておきますから!」
「しかし…やはりダメだよ、許可出来ない。
私が同伴すれば良いんだけど、3日後から魔導王朝に行くことになっていてね。
帰ってきてから時間を空けるから、それまで待っていて欲しい」
「い、いえ…その…王朝の宗主陛下との特訓の日時も迫っています!
だから僕は自分を鍛え直すためにも南方に行きたいんですよ!
レスリーさん達が帰ってきてからでは間に合いませんから…!」
「鍛え直すって…南方に行って何をするつもりなんだい?」
「えっと…南方の亜人の人達は強いから…特訓の相手をして貰おうかと…」
「無差別に喧嘩を売るような真似をするなら、尚更許可できないよ…」
今の僕にはレスリーさんを説得できるだけの材料が不足していた。
いや、客観的に見なくてもレスリーさんの意見の方が圧倒的に正しい。
「それに昨日の"黒い月"の件もある。
大陸平原同盟から呼び出しが有るかもしれないから今は大人しく…」
「安心しろよ、俺が一緒についていってやるから!」
僕の右肩のシロに皆の視線が集まる…が、全員何も言わず視線を戻した。
「な…なんだよ、お前ら!
俺がアキヒトと一緒なら何も問題無ぇだろうが!」
「問題だらけなんだよ…」
レスリーさんが疲れた様子で額を抑えていた。
このままでは南方行きも絶望的…と諦めかけた時、アヤ姉から声が上がった。
「なんなら私が同伴しますけど…それではダメですか?」
「えぇ!」
驚いてしまい、思わず大声を上げてしまった。
「な…何よ、私と一緒じゃ不満?」
「う、うぅん…そういう訳じゃないけど…ほら、アヤ姉も学校の授業があるでしょ?」
「今期の単位なら十分に足りてるから大丈夫よ。
私、成績はかなり良いんだから」
とても非常に大変マズかった。
そもそもアヤ姉から逃げたくて南方に行きたかったのに…これでは本末転倒だ。
「レスリーさん、南方なら私も何度か行ったことあるから大丈夫ですよ。
種族の風習も把握してますし、族長の方々に知己も多いです。
それに2人が何か問題を起こさないように、私がしっかり見張っておきますから」
「確かにアヤちゃんが付き添ってくれれば問題無さそうだけど…。
父君のトリス公爵が決してお許しにならないと思うが…」
「そ、そうですよ!
トリス公爵様が絶対に許してくれるわけないです!
アヤ姉には案内人をして貰うだけでも申し訳無いのに…!」
「放っておけば良いのよ!あんなの!」
なぜか、父親のトリス公爵の名前が出た途端にアヤ姉が不機嫌になった。
「あ…レスリーさん、今のは失言です…すみません…」
「いや…それは良いんだけど…」
「それに…今朝のアキヒト、変だったんです。
だから南方に行きたいなんて言い出してるんですよ…」
「変って何が有ったんだね?」
「朝食も摂らず、布団から出てこようとしなかったんですよ。
昨晩の…"黒い月"の魔獣を見てから不安になってしまったようで…」
「そうか…そういう事だったのか…」
アヤ姉の説明に、レスリーさんが妙に納得していた。
「アキヒト…内心では戦うのがとても怖くて不安なんだと思います。
ですから今は気分転換も必要かと…。
これまで魔導王朝や神聖法国と戦ってばかりでしたから…。
時には心と身体を十分に休めるべきでは無いでしょうか?」
「それは…うん…」
レスリーさんが反論材料探しに難航しているのが分かる。
おかしい…話がおかしな流れになってきた。
「やはり許可できないね…。
アヤちゃんを信用しない訳じゃないが、まだ歳が歳だし…子供ばかりでの遠出は…」
「いえ、こう見えても年齢以上の働きが出来る自信は有ります!
それに多少治安が悪い場所も有りますが、この2人が護衛代わりなら大丈夫です!
頭は悪いですが、強さに関してだけは信頼できますから!」
「しかし…しかしだね…」
レスリーさん、頑張って下さい!
ここでアヤ姉に押されてはダメです!押し返してください!
「…そうだ、アキヒト君は南方の何処に行くつもりなんだい?」
「え…まだ何も調べてませんので…」
いくら何でもアヤ姉の居ない場所に行きたいとは言えなかった。
「南方諸国の中心で一番大きい竜都ドラクータには行くべきだと思うよ。
あそこは竜人族ばかりでなく、多くの種族が各国から集まっているからね」
「はぁ…そうなんですか…」
「そこに私の知人も住んでいるから、紹介状を書いておくよ。
まずはその人物に会って、案内して貰うと良い。
今から連絡して時間を空けて頂くように頼んでみようか…。
現地では、その人の指示にしっかり従えるかい?」
「は、はい!有難うございます!」
「その人とアヤちゃんがいれば安心だからね」
「…え?」
「どうかしたかい?」
「い、いえ…アヤ姉も一緒に行くんですか?」
「当然だよ、この城塞都市から竜都まで馬車の便は出てるけど、君達だけで行かせられない。
それにあの都はとても大きくて迷いやすいんだ、案内は絶対必用だよ。」
「だ、大丈夫ですよ!僕とシロだけで行けますから!」
「それだけはダメだよ。
私が許しても大陸平原同盟の首脳の方々が、絶対お許しにはならないだろうね。
理由は…分かるよね?」
何をしでかすか分からない…そう、今の僕とシロには信用なんて無かった。
「良かったわね~♪」
レスリーさんから許可が出て、アヤ姉がとても嬉しそうにしている。
なんだけど、僕としては絶対避けたい事態だった。
「…何か気になることでも?」
「だ、だからさ、トリス公爵がこんなの許すわけないよ!
アヤ姉と一緒に旅行だなんて、絶対に無理だから!」
「あんなの無視しなさい!」
それまで嬉々としていた表情が、一瞬で怒りに染まっていた。
「ダメだよ、アヤちゃん…父君のことをそんな風に言うのは感心しないね」
「す、すみません…」
「何にしろ、この旅行が出来るかどうかはトリス公爵の返事次第だね。
私の方からも公爵にはお願いしておくよ。
良いお返事をして頂けるといいのだが…。
そのお許しが出なければ、今回の南方行きの話は無しだからね?」
「はい…それは構いませんが…」
「さて、あの御方をどうやって説き伏せるか…」
そうだ、よくよく考えてみればトリス公爵がお許しを出す筈がない。
大切な一人娘のアヤ姉を僕と一緒に旅行に行かせるなんて、絶対に有り得ない。
南方修学旅行の実現は無理だけど、アヤ姉と一緒という最悪の事態だけは免れそうだ。
「すみません、皆様…お食事が冷めてしまいますが」
折角の食事だったけど、旅行話で中断してしまっていた。
テーブルの傍で給仕をしていたティアさんに苦笑いをされ、僕達は手と口を再び動かす。
「…そうだ。もし旅行に行けるようでしたら、ティアさんも一緒に如何です?」
「私もですか?」
「はい、南方諸国巡りをしようと思っています。
トリス公爵のお許しが出ればの話になりますが…」
「しかし私などが一緒など…」
「大丈夫ですよ、今回は戦いなんて何も無い平和な旅行なんですから。
それに僕達が旅行に出ている間、ティアさんはこの家に一人じゃないですか?」
「私は一人で構いませんが…」
「ダメですよ、ティアさんを一人ぼっちにさせられません!」
おそらく…いや、トリス公爵の許可が絶望的なため、間違い無く僕の南方旅行は無理だろう。
結局は計画止まりの旅行になる可能性が高い。
だが、それでもティアさんだけをのけ者には出来なかった。
レスリーさん達が王朝へ講演を、僕達が南方へ旅行に…一人だけ留守番なんて可哀想だ。
「…アキヒトさん、有難うございます。
私なんかの為にそこまでお気を遣って頂いて…」
「ティアさんは大切な人なんですから当然ですよ」
「南方への旅ですか…楽しみにさせて頂きますね。
私、前から行きたかったんです…」
ティアさんに予想以上の嬉しそうな笑顔をされると、それはそれで困った。
あんなに楽しみにされて、実はダメでした…なんて事は後で言い出しづらい。
「いくらお父様がお願いしても無理よ…」
ため息混じりでドナ先生が言葉を漏らしていた。
「あの公爵様がアヤの旅行を許可するなんて、絶対に有り得ないわ。
案内人を認めて頂くだけでもあれだけ揉めたのに…」
「うん、僕もそう思う…残念だけど…」
「要するに保護者が必要なんでしょ?
それなら私にアテがあるからアキヒト達は旅行の準備を始めなさい」
「え…本当に?」
「えぇ、任せなさい」
ドナ先生にこれだけ自信を持って言い切られると信じない訳にはいかなかった。
その日は就寝前まで、早くも僕は旅行の準備に取り掛かっていた。
準備とは言っても着替えくらいで、他に用意すべき荷物なんてあまり無かったが。
「なぁ、アキヒト」
「なに?」
「今夜のドナ…少し機嫌が悪くなかったか?」
「そうかな?いつもと変わらない気がしたけど」
「そうか…なら良いんだが」
シロがドナ先生を気にかけていたが、その時の僕は南方旅行のことで頭が一杯だった。
改めて南方諸国の書籍を読んでみると、文化や風習が違って興味深い内容が多い。
くだらない理由で始まった旅行案だけど、自然に僕の気持ちは南方へと向いていた。
戦いに行く訳じゃない。
実現しても平和な旅になると…そう僕は信じていた。
次回 第101話 『 イスター受難の日々 』




