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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦後から第4戦 までの日常及び経緯
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第99話 『 アキヒトは泣いて懇願する 』


この世界に召喚されて以来、僕は何度も危機的な状況に陥った。

ヴリタラ魔導王朝に攻め込んで大公の方々や宗主陛下と戦った。

パラス神聖法国に攻め込んで8人の使徒の方々とも戦った。


その都度ギリギリで何とか切り抜けてきたが、今回ばかりはもう駄目かもしれない。


「…入るわよ?」


「うん…」


アヤ姉がノックして寝室のドアを開かれる。

僕はベッドの上で布団の中に潜り込んだまま、顔を出さないでいた。


「ティア先輩からまだ朝を食べてないって聞いたわよ。

 どうしかしたの…?」


「う、うん…ちょっと食欲が無くて…」



昨夜、僕はシロから"黒い月"の正体が兵団の一部だと知らされた。

今までに世界中があの"黒い月"で大騒ぎし、今も大勢の人達に迷惑を掛けている。

もしもここでアヤ姉に知られたらどれだけ怒られるか…想像もしたくない。


だから僕は仮病を使うことにした。

体調がおかしいことにすれば、多少不審な言動でも怪しまれないだろう。



「…もしかして昨夜の"黒い月"のこと?」


冗談ではなく心臓が止まりそうになった。


「そうね…私は見てなかったけど、魔獣がまた動き出したとか…。

 あんなのと戦うのなら、不安になっても仕方ないわね…」


「う、うん…」


危うくバレたかと思い、冷汗が出た。


「えぇ…本当に……アキヒトだって怖い物くらい有るだろうし…」


うん、僕にだって怖い物はある。

特に今、僕の背中で僕に話しかけている人物以上に怖い存在なんてこの世に無い。


「…けどね、昨夜は偉い人達が大勢動いて大変だったらしいわよ?」


とてつもなく嫌な予感がした。


「大陸平原同盟の首脳陣が緊急で会合を開いているらしいわ。

 予言よりも早く"黒い月"との戦いが始まるかもしれないと想定されてね。

 昨夜の魔獣の動きは、地上に降りてくる前兆じゃないかって…」


兵団の証明をさせるために手を振らせたなんて口が裂けても言えない。


「聞いた話では、今も話し合いの真っ最中らしいわよ?

 首脳陣の皆様だけでなく専門家の方々も交えて不眠不休で…」


ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!


「魔導王朝や神聖法国の方にも打診して、近い時期に話し合いが開かれるとか…」


やめて!もうそんな話はやめて!お願いだから!


「街の方でもね、城塞都市から人気の無い田舎に引っ越そうって動きが…」


うわぁぁぁぁ!


「…アキヒト?」


ベッドが軽く軋んだ…アヤ姉が腰を降ろしたみたいだ。


「怖いかもしれないけど…今は貴方の兵団に頼るしかないのよ。

 だから、お願い…元気を出して…」


僕は本気で布団にしがみつき、全力を込めて手を離さないようにした。


「…震えてるの?」


誇張でなく僕の身体は思い切り震えていた。

この世の恐怖の権化が背後にまで迫っていたのだから当然だ。


「ねぇ、私に…何かできることは無いかな…?

 アキヒトばかりに…こんな怖い想いをさせて…だから、私にも…」


「じゃあ…今は1人に…1人にして欲しいんだけど…」


「アキヒト…」


声まで震えていた。

これ以上はボロが出そうで怖いから、僕は何も喋らずに布団の中に隠れ続けた。


「…その辺にしとけよ」


ベッドの傍で見ていたシロが的確なフォローを出してくれた。


「昨晩のアレを見てからずっとこうなんだ。

 アキヒトの気持ちも考えてやれよ…今はそっとしてやってくれねぇか…?」


「そう…そうね…」


布団の上にアヤ姉が手を静かに置いて撫で始めた…ようだ。


「今度ね、気晴らしで何処かに出掛けない?

 今まで忙しかったけど、少しくらいなら遊んでも…」


僕を慰めてくれる口調はとても優しい…優しすぎて逆に謝りたかった。


「私ね、アキヒトが自力で起き上がるのを信じてるから…」


立ち上がってベッドが軽くなり、ドアの閉まる音が聞こえた。

それから数分、一階でティアさんと何か話をした後、家の扉の閉まる音も聞こえた。


「…出て行ったぞ」


「どうすれば!?」


アヤ姉の気配が消えると、コンマ1秒で僕は自力で起き上がっていた。


「こんな手、何時までも使えないだろうし…何か考えないと…」


「アヤの奴、あぁ見えて細かい所に気が付くからな。

 今のお前じゃバレるのは時間の問題だぞ」


「他人事じゃないよ!シロも何か考えてよ!

 あの"黒い月"のことが知られたら僕達2人ともアヤ姉に殺されるよ!」


「考えるって何をだよ…しばらくは仮病作戦で誤魔化すしか…」


「病気でもないのに病気のフリをするのも無理があるし…。

 上手く誤魔化す方法は……そうだ!」


立ち上がると速攻で寝間着を脱いで、普段着の学生服に着替えた。

1階へ駆け足で降ると、ティアさんが律儀に朝食を残してくれていた。


「お食事を用意して…」


「すみません!急用です!」


ティアさんも意外に鋭い所のある人だ。

長話すると何処からボロが出るか分からないので、僕は逃げるように家を出た。


「何処に行くんだよ…?」


「こういう時、一番頼りになりそうな人だよ!」


朝食抜きだけど、全く空腹は感じなかった。

僕は全速力でボーエン王立図書館の方へと駆けて行った。



「何か用?」


目当ての人物は…ドナ先生は閲覧室で積み上げられた本の山と格闘していた。

しかし、僕を見つめる視線はとても冷たい…。


「え…えっとですね、ドナ先生に相談したいことが…」


「忙しいの、他を当たって」


僕のことなんか全く気に掛ける素振りも見せず、再び書籍の方へ視線を落とした。


「そ、そんなことを言わずに!お願いですよ!」


「うるさいわね!

 あの件、私はまだ許した訳じゃないのよ!?」


そう…ドナ先生はシロのお椀発言の件で今もご立腹だった。

あれからというもの、食事の時も僕達とは視線を合わせようとしない。


「そこを…そこを何とかお願いじまずぅ…!」


今の僕は形振り構っていられない。

図書館の床に膝を付くと土下座して、泣きながら手を付いて頭を下げてお願いした。


「ちょ…!や、やめなさいよ!」


「だっでぇ…だっで、ドナ先生じがぁ…!

 ドナ先生じが助げでぐれる人がいないんでず…お願いじまずぅ…!」


涙ながらの懇願に、ドナ先生も驚いて後ろに引いていた…身体も心も。


「わ、分かったから!話だけは聞いてあげるわよ!」


「ぞれじゃあ、駄目なんでずぅ…!」


「え…何がよ…」


「助げでぐれるって言っでぐだざい…!お願い、ドナ先生~!」


額を床に擦りつけて…何度も何度も擦り付けてお願いした。

ドナ先生も情けない姿に呆れた表情を浮かべていたが、息を吐くと観念した様子を見せた。


「…分かったわ。助けてあげるわよ」


「あ…有難うございまずぅ!」


「けどね、そこまでのお願いをするからには、それなりの大きな用件でしょうね…?

 もしもくだらなくてつまらない、小さな話だったら引っ叩くわよ!」


「え…そんなに小さくも無いような…少しは大きな話かと…」


「小さい話だと思うのなら、回れ右して出て行きなさい!」


「いえ…大きな話…でして…」


「じゃあ、何なのよ?」


ドナ先生は椅子に座って両腕を組みながら、土下座する僕を見下ろしていた。

僕は決心すると、小声ながら…説明を始めた。


「実は…空に浮かんでいる"黒い月"は…アレも兵団の一つなんです…」


表情に変化は無かった。


「ゴメン…もう一度言ってくれる?」


「ですから…あの"黒い月"も兵団なんです…」


「…」


「……ドナ先生?」


「今なら怒らないわ…冗談なら冗談と言って、直ぐに出て行きなさい」


「本当なんですよ!」


僕は立ち上がって、疑心暗鬼のドナ先生に全力で訴えかけた。


「信じてください!アレも兵団の…デカい兵種の一つなんです!」


「違うぞ、アレは兵種じゃなく拠点要塞だ。

 それにあの程度の規模でデカいなんて言われたら困るぜ…。

 言っただろ、あれは最小の…一番小さい奴だと…」


「シロは黙っていてよ!」


それでもドナ先生の表情に変化は無い。


「か…仮にその話が本当だとして、証明できるの?」


「それがですね…昨日の夜、シロから教えられた時に僕も信じられなくて…。

 そうしたらシロが証拠を見せてやるって…巨大機動兵器に…。

 "黒い月"の上の巨大な魔獣に手を振らせたんです…」


するとドナ先生は目頭を抑えると、下を向いて俯いてしまった。


「も…もう一度確認するわ…本当の…本当に冗談じゃないのね?」


「お前も嘘だと思うのか?

 なら、もう一度手を振らせてみるぜ」


「やめなさい!」


テーブルを思い切り叩き、案の定…無茶苦茶怒っていた。


「話が大きすぎるわよ!

 私にどうしろって言うのよ!?」


「そこを何とか…相談に乗って…助けてくださいよぉ~」


「いつまでも男が情けない姿を晒してんじゃないわよ!

 そもそも相談に乗るって、何をどうすれば…」


「正直に話すのはやっぱりマズいか?」


「ダメよ」


シロの提案は即座に却下された。


「聞いた噂では、神聖法国と魔導王朝、更に南方諸侯まで交えて会議が開かれるそうよ。

 それだけ緊迫している時期に、そんなことを打ち明けたら…」


「うわぁぁぁぁ!」


図書館の床の上で僕は悶えてのたうち回るしか無かった。


「お父様が知ったら本気で卒倒するかもね」


「うわぁぁぁぁ!」


絨毯の床に何度も頭を打ち付けて僕は記憶が消えないか試してみた。


「アヤが聞いたら…」


「ぃ…!」


意識するまでもなく全ての動作が一瞬で止まった。

そして身体全てが…四肢の全てが再び恐怖で震え始めた。


「今は黙っておくのが賢明ね…ほとぼりが冷めた時に打ち明けなさい。

 その時は私も一緒に謝ってあげるから…」


「本当ですか!?」


顔を上げるとそこには天使に等しい救い主が存在した。

今のドナ先生はサバラス神殿の前庭に設置された女神像よりも神々しく見える。


「えぇ、近い内に魔導王朝でお父様と一緒に講演の予定なのよ。

 かなり大切な会合だから滞在も長くなるわ。

 私も忙しいし、その後くらいまで一度様子を見ましょうか…」


「え…レスリーさんもドナ先生もいなくなるんですか?」


「そうよ、だから今もこうして準備をしてるんじゃないの」


「行かないでくださいよ~!

 何か有ったら僕は誰を頼れば良いんですか~!?」


「男が情けないことを言うんじゃないわよ!」


「そこを何とか~!」


ドナ先生の足元にすがって、僕は何度も頭を下げ続けた。

怒るのを通り越して呆れて果て…疲れ切ったドナ先生から提案がなされた。


「…じゃあ、南方にでも行ってきたら?」


「え…南ですか?

 確か、亜人国家がたくさん有るっていう…」


「そう、南方諸侯連合ね。

 この大陸平原連合とは社会も文化も全然違うから、見聞を広める良い機会よ」


「しかし…突然過ぎませんか?

 いきなり南に行くなんて言い出すのは…」


「じゃあ…そうねぇ…。

 昨晩の"黒い月"を見て怖気づいたから、南方で特訓して心を鍛え直す…としましょうか。

 亜人の種族は荒々しいから修行相手には丁度良いかもね」


「う~ん…怖そうな人達が多そうですね…」


「アヤとどっちが怖いのよ」


「南に行きます!ドナ先生からも是非、レスリーさんに口添えをお願いします!」


「えぇ、私やお父様も暫くは不在で相手できないから行ってきなさい。

 お父様も納得なさるように説明しておくから…」


眼の前が開けていく気がした。

これまで真っ暗闇だった世界に光が差し込んでいくのが分かる。


元気よく立ち上がり、ドナ先生の手を取って力強く握りしめると感謝の言葉を並べた。


「有難うございます!

 ドナ先生、本当に有難うございます!」


これで救われると思えば何もかもが眩しく見える。

今日の朝の憂鬱も今になって思えば全てが嘘のようだ。


「…っと」


「え?」


「その…えっと……」


僕に手を握りしめられたドナ先生は…なぜか頬を赤く染めていた。


「どうしましたか?」


様子を伺おうと、ドナ先生の顔を覗き込むと…間近で顔を真赤にしながら睨みつけられた。


「お…女の子の手に気安く触れるんじゃないわよ!」


「ご、ゴメンなさい!」



最後に怒られたけど、レスリーさんに僕の南方行きを勧めるよう約束してくれた。


大陸歴997年5月1日

この時の僕は南方諸国で待ち受ける運命を何一つ予想できないでいた。


次回 第100話 『 異世界の修学旅行計画 』

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