第98話 『 唯一の悔い(前編) 』
この日、私はボーエン州の郊外へ訪れていた。
バスを降りると、都会の喧騒から離れたのどかな田園風景が広がっている。
事前に知らされていた住所まで歩いて15分。
渡されていた地図を頼りに、額の汗を拭いながら目的の場所へ歩き出す。
辺りは民家も疎らで、余り人ともすれ違うことは無かった。
勤め先のビルが立ち並び、多くの人で賑わう街並みとは対称的な光景が続く。
「次の休暇はのんびり、こんな所に来ても良いな…」
途中、付近の住民らしい中年の女性とすれ違ったので声を掛けてみた。
「すみません、こちらの御名前の方を御存じでしょうか?」
「えぇっと…あぁ、あそこの御屋敷に住んでおられる先生ですね」
女性が指差した高台の方には、高い塀に囲まれた大きな家屋が幾つも見える。
その一つが私の目的の場所に違い無かった。
「今日は用事が有って会いに来たのですが、お話されたことが?」
「とても気さくな良い御方ですよ。
勉強で分からない所が有れば、誰にでも教えて頂けるような…。
私の娘も以前、お世話になりましたから」
目的の人物が周辺の住民からも好かれているのが伺える。
大陸でも有数の資産家なのに…そんな所を鼻にかける人物でも無さそうだ。
高台を昇り、巨大な門構えの大邸宅の前に到着した。
この周辺は元貴族や王族、実業家や政治家の邸宅が並んでいる。
だが、私が訪れた屋敷は今まで目にしたどれよりも大きかった。
しかし、それも当然であろう。
この家の前当主は旧ボーエン王国で1番の資産家として広く知れ渡っていた。
同時に大脳生理学の権威として数多くの研究成果を遺している。
一説には旧大陸平原同盟全国家の5%の財を前当主が保有していたとも。
後を継いだ現当主は誰もが知る粒子学の祖となった人物である。
本人は現在も粒子学の権威であり、生き証人であり、現代文明発展の立役者でもある。
彼女の存在が我々の生活を数百年発展させたと言っても過言では無いだろう。
私は大陸中央新聞の駆け出し記者、マイク・ジョーダ。
今日は莫大な資産家の現当主であり、粒子学の権威である女史にインタビューするために来た。
「お客様をお連れしました…」
執事の人に案内され、私は一室へと通された。
家名に恥じぬ内装だが、それよりも今は待ち受けていた人物にしか興味が無い。
目的の人物の第一印象は上品な老婦人だった。
とても物柔らかな表情の…穏やかな人物に見えた。
しかし今はブロンド髪の小さな女の子に何かをせがまれて、少し困ったお顔をされていた。
「お婆様、ここを…ここだけ教えてよ…!」
「駄目よ、ほら…今はお客様が見えているでしょ?」
「お願い、ここだけ!」
おそらくは女史の孫娘さんであろう…年齢は10歳くらいだろうか。
「私なら待たせて頂くので構いません。そちらのご用件を先にお済ませ下さい」
「有難う!ほら、お婆様!」
「全くもう…すみませんね…」
少女が持っていた書籍…その表紙タイトルを見て、私は驚かされた。
『 粒子学の応用Ⅱ 』
私の専攻とは違う分野だが、おそらく大学生以上の学力が必要とされる書籍であろう。
しかし、手にしているのはどう見ても10歳程度の少女。
女史の家系は才媛揃いとの噂は聞いていたが、それは本当らしい。
「勉強も良いけど、女の子なら料理や裁縫の一つも覚えなさい」
「嫌よ、勉強して良い成績を出して、研究して良い成果を出して何の問題が有るの?」
「それが全て問題なのよ…」
思わず私まで苦笑いしてしまった。
5分後、孫娘さんはまだ質問が有ったらしいが、渋々といった体で席を外してくれた。
「申し訳ありませんね、お待たせしてしまって…」
「いえ、全然構いませんよ。寧ろ、貴重な光景を拝見させて頂いて光栄です」
「恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね。
それで…本日は取材に来られたと伺っておりますが?」
「はい、取材申し込みを受けて頂き有難う御座います。
今年は女史の生誕70年を記念しまして、本社の紙面で特集を組む予定なのです」
「私如きにそのような企画をして頂けるとは光栄ですわ…。
しかし、私は今まで他の方々から何度も取材を受けております。
特に新しくお話できることは残っておりませんので、失望なさるかもしれませんが…」
「いえ、今回は少し変わった取材を考えてきたんですよ」
「変わった…ですか?」
「はい、今更申し上げるまでも有りませんが、貴女は社会的に大きく成功されています。
莫大な資産家の当主と同時に、粒子学の開祖としてその名は世界中に知れ渡っています。
そして今はお子さんやお孫さんに囲まれて御幸せな老後を過ごされています。
それで、これは大変失礼な質問かと重々承知しているのですが…。
そんな女史に失敗談が有れば是非お聞かせ願いたいのです」
「失敗談ですか…ふふ、変わった取材ですね」
「はい、女史の成功談はこれまで数多くの紙面や書籍に記されています。
ですから失敗談は逆に新鮮かと思いまして。
もし、何か面白いお話が有ればお聞きしたいのですが…」
「そう…ですね…」
最初に上司に提案した時は、意外な顔をされたが直ぐに笑って取材の許可を出してくれた。
多くの同業者が、この女史に取材し、既に多くの記事になっている。
だから我が社は変わった切り口で取材してみようと…そう、私は考えてみたのだ。
「…では、探したい物が有りますので少しお待ちいただけます?」
「はい、構いません」
すると女史は呼び鈴を鳴らして執事を呼んだ。
「私は少し席を外します…この御方にお茶を淹れて差し上げなさい」
「畏まりました、御主人様」
一礼すると女史は奥の部屋へと入っていった。
執事が淹れてくれた紅茶は香り高く、安物の茶葉では無いのが私にも分かった。
お茶請けに出されたクッキーは…少し固めに焼かれていた。
お手製らしく市販品に比べると少し食べづらいが、私は全然構わなかった。
15分程すると、再び女史が姿を現した。
「…お待たせしましたね」
「いえ、全然構いませんので…それで何をお探しされていたのです?」
「これを御覧ください…」
女史が見せてくれたのは一枚の写真。
写っているのは少年と少女の2人…年齢は中等部くらいの子達であろうか。
少年は黒髪で黒尽くめの服、首に白いマフラーを巻いている。
私には見たことも無い服装で…この中央平原区では無い、法国区か王朝区の物だろうか。
少女はウェーブのかかった長いブロンドの髪が印象的な可愛らしい子だった。
少年はカメラに向かって元気に笑っている。
なのに隣の少女は何か気に入らないのか、不貞腐れている様子で他所の方を向いていた。
「お孫さんでしょうか?」
「その写っている少年が…アキヒトですわ」
「あぁ、女史にも親族に"アキヒト"が居られますか。
私の父の世代にも多いですよ」
この大陸で"アキヒト"という名を付けられた人物は数多い。
父の幼い頃、小等部のクラスに2~3人は"アキヒト"の名前の少年がいたと話を聞いている。
「いえ、その少年は本物のアキヒトです…兵団長の…。
隣に写っている女の子が私ですわ…」
私は驚き、改めて目を凝らして写真を見た。
「…ご冗談ですよね?
写真技術が実用化されてから、まだ20年程しか経過していません。
しかし、兵団長のアキヒトと言えば…」
「その写真は、彼が元の世界から持ち込んだ機器で撮影したのです。
画像のデータはあれ以来、ずっと残っていましてね…。
15年程前に業者に委託して現像したんです」
「そ、それが本当なら…いえ、女史の仰ることなら真実なのでしょう…!
これは歴史的な大発見ですよ!?
まさか、あの兵団長の写真が現存するなんて…!」
手が震えるのも仕方なかった。
誰もが知る、900年代末期に別世界から召喚された兵団長アキヒト。
その活躍は数え切れない程の書籍となって出版され、私も幾度となく読んだ覚えがある。
伝説の魔王ヴリタラや8人の使徒達との戦いは誰もが知っている。
何より大陸歴999年の大災厄…"黒い月"と戦い、世界を救った少年なのだから。
「今まで誰にも見せたことは有りませんでしたから…。
記者さんにお見せするのは特別です。
なぜなら、それは私にとって大切な思い出の…宝物なのですから…」
「そういえば当時、女史は兵団長アキヒトと親交が有ったと聞いております。
確か"案内人"という制度で、彼のお世話をなされていたと…。
そして亡き父君が後見を引き受けられていたとも…」
「はい、仰る通りですわ。
お父様に後見人をお願いしたのも私ですし…この世界の勉強を教えたりもしました。
それで…お話を元に戻しますが、私の失敗談と申しましょうか…。
私は人生で一つだけ大きな悔いを残しております。
その悔いこそが、兵団長アキヒト絡みなのです…」
明日の一面は決まった。
思わぬスクープを手に入れ、私の記者魂に火が点いていた。
「差し支えなければ…是非お聞かせ願いたいのですが…」
メモを懐から取り出し、ペンを持つと全神経を女史に注いだ。
これから彼女が話してくれる一言一句を聞き逃す訳にはいかない。
写真を手に持ち…女史は遠い日を思い出しながら言葉に紡ぎ始めた…。
「はい…それは忘れもしない、今から55年前…。
大陸歴997年5月のことでしたわ…」
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第4戦 機械仕掛けの軍団編(後に内容捕捉)
『 M.C.攻略 』
敵戦力構成
指導者 ?
?
総兵力 ?
難易度
☆☆☆☆☆
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次回 第99話 『 アキヒトは泣いて懇願する 』




