第97話 『 アキヒト、聞いてくれ…お前達が"黒い月"と呼ぶあの星は―― 』
大陸歴997年4月
トーク法皇の就任式から帰ってくると、ボーエン王国の王城へと呼び出された。
案内されると、例の応接室で大陸平原同盟首脳陣5人との会談が始まった。
「本当によくやってくれた…!」
マーダさん以外、他4人の首脳陣は表情も口調も明るかった。
今回の兵団の戦いで、パラス神聖法国の侵略行為を防ぐことができた。
平原同盟諸都市は多大なの被害を覚悟していたが、それが全て杞憂に終わった。
被害が無いのは何よりだが、新回廊開通が多くの利益を産み出そうとしている。
中央平原産の小麦を始めとする多くの物品が、神聖法国に輸出が可能となった。
この新回廊誕生により平原同盟産業に巨大な市場が産まれたのである。
「アキヒトよ…なぜ、新しい回廊を作ろうと思ったのだ?」
マーク同盟の盟主マーダさんから問い掛けられた。
「商会の皆さんから旧回廊を可能な限り犠牲を出さず突破するよう頼まれたからです。
あと、ラーセン商会のケーダさんから物流の話を前に聞きまして…。
神聖法国と平原同盟を往来できるようにすれば商会の利益にもなるかと…。
それなら新しく回廊を作れば良いのではと判断したんです」
「成るほど、子供らしい考えだな」
「はい、同じことをグラン会長からも言われました」
「だが、発想の方向性自体は悪くない。
足らない知識の肉付けはマーク同盟の付属中等部でやれば良かろう…」
「い、いえ…僕はまだ進路は決めては…」
「分かっておる、魔導王朝宗主ヴリタラとの特訓も間近に迫っているしな。
中等部への編入は、それからにすれば良い」
どうも、この人の頭の中では確定事項らしい。
「それから、魔導王朝側も法国との開戦の可能性は遠ざかっているね…」
カターニ首相が王朝の近況を教えてくれた。
新回廊開通により、魔導王朝領内の産業にとっても新たな市場が産まれた。
神聖法国向けの需要が一気に高まり、生産が追い付かないという。
神族と魔族の対立という構図も、大陸空前の好景気の前には潰えようとしていた。
この段階に至って、神聖法国との開戦など非現実的であろう。
嫌でも経済的な結びつきが深まる流れは誰にも止められなかった。
世界はこれから1本化していく。
けれども、大きな問題が立ちはだかっていた。
「あとは"黒い月"との決戦を如何に切り抜けるか…」
ジーマ王の重い言葉に他の首脳陣達も頷いた。
「アキヒト、シロ…神聖法国攻略に続き、君達の力を頼らねばならん」
「はいっ!」
「何度も言うが、必要なことが有れば何でも遠慮なく言って欲しい。
我々、大陸平原同盟は君達の兵団への協力を惜しまない」
「それじゃ、早速」
「お気遣いは嬉しいですが、今は何も必要なことは有りませんので!」
シロが分かり易い注文をしかけたので、僕は素早く言葉を遮った。
「なんだよ!別に良いだろうが!」
「そういうシロの言動が兵団の価値を下げているんだよ!」
「まぁ、なんだ…。
どちらにしろ、"黒い月"との戦いには君らの力が必要不可欠だ。
こ、今後の活躍に期待する…」
ジーマ王が呆れているのが分かった。
首脳陣の人達の前で口喧嘩すれば当然の反応だった…後で反省しよう。
ただ、今回の会談を含めて僕はシロの反応の不自然さを感じていた。
「"黒い月"打倒に向けて一層の努力と精進をして欲しい!」
この会談だけじゃない。
これまで"黒い月"の話題が出ると、決まってシロは黙り込んでしまった。
この世界に召喚されて以来、僕は多くの戦いを繰り広げてきた。
ケート山賊討伐、ヴリタラ魔導王朝攻略、パラス神聖法国攻略…。
これらの戦いを通じて、僕はシロの能力と保有する兵力を間近で見せられた。
果たしてシロは何者なのか?
そもそも、どれだけの兵力が他に温存されてるのかも知らない。
以前、シロは記憶を取り戻した時に、少しだけ昔話をしてくれた。
とても大きな戦いが有ったと。
その戦いに負けたとだけ話してくれた。
あまり話したくないらしく、詳しい内容は何も教えてくれない。
しかし僕には見当がついていた。
シロが隠している"黒い月"の真実が何かを。
それは4月最後の夜だった。
家事を全て終えてティアさんも帰っていき、自宅には僕とシロのみ。
寝室の窓から光り輝く月と"黒い月"が見えていた。
静かな夜更けの就寝前…ふと、僕は問い掛けてみた。
「ねぇ、シロ」
「なんだ?」
「ひょっとしてさ…あの"黒い月"の正体を知ってるんじゃないの?」
「…どうだろうな」
シロの反応が鈍い。
「僕さ、見当がついてるんだ。"黒い月"の正体が何なのか…」
「…分かるのか?」
「うん、僕の考えに間違いは無いと思うんだ」
「そうか…アキヒトにはバレてるのか…」
「分かるよ、ダチ公だから!遠い昔にさ…シロが負けた相手だよね?」
「…なに?」
「だからさ、あの黒い月とシロの兵団が戦って負けたんでしょ?」
そう、シロを負かした強大な敵…それが黒い月の正体に間違いなかった。
シロが復活して記憶を取り戻したから黒い月も出現して、雌雄を決するために…。
「何言ってんだ、お前。
あの程度の戦力を敵呼ばわりなんて小せぇことを言うなよ」
予想外の言葉に僕は固まってしまった。
「じゃ…じゃあ…」
「アキヒト、聞いてくれ…お前達が"黒い月"と呼ぶあの星は――兵団の一部なんだよ」
「え」
再び僕の頭の中の思考回路が止まってしまった。
「……い、意味がよく分からないんだけど」
「だから、お前達が大騒ぎして"黒い月"呼ばわりしているあの天体だろ?
あれ、単なる拠点要塞だぞ。しかも一番小さいヤツだ」
僕は窓から夜空を見上げた。
今も漆黒の月が遥か彼方に…遠い遠い場所に浮かんでいた
「じょ…冗談じゃなくて?」
「冗談じゃねぇよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第三種拠点要塞兵器 "衛星核"級
直径3100km
要塞兵器としては規模が小さく、主に惑星攻略時に軌道上へ投入される兵種である。
尚、シロが在住する惑星軌道上へ呼び寄せる際、周辺天体への影響を考慮され改修されている。
その一つが重力影響であり、そのために第三種分類の中でも最小の要塞が選ばれた。
元々は通常天体であったが、内部が改造され多くのプラント等が設置されている。
小規模だが生産拠点の一つであり、大型機動兵器ならば常に500基以上が生育されている。
戦略拠点として常時3000万基以上の各種機動兵器が駐留。
周辺宙域に展開する機動要塞兵種が300基以上、揚陸艇が1200基以上。
第三種全方位二層型電磁反応障壁により、第四種以下の粒子砲の90%を無効化する。
表面上にも武装は施されているが、戦闘は拠点防衛用機動兵器に一任される場合が多い。
小規模ながら推力機関が備わっており、軌道上の相対座標位置での停止が可能である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そ、それなら…2年後の"黒い月"との決戦は…!?」
「迷信に決まってんだろ」
「それが本当なら…もう戦う必要は無くて…うん、とても良いことなんだけど…」
「そうでも無ぇんだよ…」
安心しかけた僕の横で、シロの様子がおかしいことに気付く。
「どうしたの?まだ何か問題でも有るの?」
「いや、アレが兵団の一部だと知られたら…アヤが怒るかなって」
思い切り僕の顔が引きつった。
「え…そんなことを言ってもね…ははは…。
アレが本当に兵団の戦力かなんて…誰にも証明できないし…。
そ、そうだよ!シロの言葉が本当だなんて分からないから…!」
「分かった、証明してやるよ」
「え…ちょっと!」
突然、黒い月の表面で何かが起き上がるのが見えた。
とてつもなく巨大な影なのが分かる。
すると地表に向かって……僕達に向かって手を振り始めた。
"キャアアアア!!!"
遠くから悲鳴が上がった。
"黒い月の巨獣が動き出したぞ!"
"恐ろしい…!地上に降りてくるつもりだ!"
"終わりだ…この世の終わりだ!"
寝静まっていた深夜の城塞都市は一瞬で大混乱に陥った。
このボーエン王国だけでは無い。
おそらくは平原同盟全都市で、魔導王朝でも、神聖法国でも、南方諸国でも…。
世界中で同様の悲鳴が上がっているのだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第三種拠点防衛用小型機動兵器 "チルマー"級 & "キュリー"級
"チルマー"級 全長1300km、全高450km
"キュリー"級 全長2500km、直径100km
最小規模ながら拠点防衛用機動兵器である。
2ユニットで一つの粒子砲となり、砲塔を"チルマー"級、粒子充填を"キュリー"級が担当する。
4足歩行可能なチルマー級ユニットが拠点表面を移動、その四肢と体躯で発射角度を修正。
長大なチュリー級ユニットの開口部で周辺宙域全体に存在する膨大な粒子を吸入。
チルマー級体内直径50kmの粒子反応炉を活性化し、衛星間粒子砲全開照射を可能とする。
分類は第三種でも極めて威力は低く、衛星規模の天体を消滅させる程度に留まる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「な?」
「"な"じゃないよ!いきなり大惨事じゃないか!」
「いや、それもそうなんだけどよ…。
やっぱりアヤにバレたらマズいかな?
"黒い月"が兵団の戦力の一つだって知られたら…アキヒトはどう思う?」
僕は蒼ざめた…鏡を見れば顔面が蒼白になっていただろう。
しかし今は何も答えず…僕は無言でベッドに上がり…布団の中に潜り込んだ。
「お、おい!」
「し、知らない!
もうシロなんかダチ公でも何でも無いから!
勝手にアヤ姉に知らせて、勝手に一人で怒られれば良いんだ!
僕は何も知らなかったんだから!」
「なんだよソレ!あれもお前の兵団の一部なんだぞ!」
「神聖法国の時も一緒に謝って貰って、ようやく許して貰えたのに!
今のアヤ姉にそんなこと打ち明けたら殺されるよ!」
「…間違いないな。アヤの奴、どれだけ怒るか…想像もつかねぇ…」
「うわぁぁぁ!」
隠し通せる自信が無かった。
アヤ姉は鋭いから僕の微妙な言動の変化を決して見逃さないだろう。
「マズい…とっても、とっても…とってもマズいよ!」
こんな事実を知らされて、平然と顔を合わせられる自信が無い。
明日の朝、果たしてどんな顔をして会えば良いのか。
「アヤ姉こわい!アヤ姉こわい!アヤ姉こわいぃぃ…!」
この日の僕は夜遅くまで布団の中で耳を塞ぎ…。
全力で現実から目を背けるしか無かった…。
―――――――――――――――――――――――――――
敗残兵団戦史(捕捉)
備考
大陸歴997年1月に勃発した神聖法国との戦闘終了後、シロは元使徒達と接触した。
事情を説明し、了承した8人にはガースト級大型機動兵器が譲渡された。
使徒の力の経路と知覚融合は感覚的に似ているらしく、彼女達は易々と己の力をした。
更に法国軍仕様の改修が施されたガースト・リーダーをイスター・アンデルに譲渡。
これで魔導王朝と神聖法国の軍事バランスは均等の関係となった。
大陸歴997年4月30日
第3戦 " パラス神聖法国攻略 " 状況終了
―――――――――――――――――――――――――――
「…と、こうしてパラス神聖法国との戦いは終わったのさ」
「ふぅん…アキヒトさん、強くなってたんだね」
「戦いと言ってもそれまでは育成目的の演習だったからな、強くなってくれなきゃ困るぜ」
少年の前でテーブルに置いてあった缶ビールが浮き上がった。
目に見えない力でプルタブが曲がり、シロの光の中へビールが注がれていく。
「美味ぇ~!キンキンに冷えたビールは最高だぜ!」
「それ一本だけだよ、他のはお父さんに残しておかないと」
「分かってる、独り占めしちゃ悪いからな」
「けどさぁ、これで戦いは終わっちゃうよ?
ほら、あれ…」
少年が振り返った先にはハンガーに吊らされた白いマフラー。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「1回目が山賊、2回目が魔導王朝、3回目が神聖法国。
じゃあさ、4回目と5回目は何と戦ったの?
もう…大陸には他に戦う相手なんて残ってないんじゃ…」
「4戦目の敵勢力は"M.C."だった」
「え…エム…シー?」
「機械仕掛けの軍団さ。
これまでの演習とは全く違う、アキヒトにとっては初めての実戦だった」
その時、台所で洗い物をしていた母親から声が上がる。
「お風呂湧いてるわよ!早く入ってきなさい!」
「はーい!」
「続きは風呂の後だな」
「うん!」
少年は元気よく返事をすると、バスルームの方へ歩いていった。
リビングのテーブルに一人残されたシロ。
ビールを飲みながら白いマフラーを懐かしく眺めていた。
「"M.C."か…」
刺繍された4つ目の丸印。
誰がどういった経緯で縫ってくれたのか、今でもシロは鮮明に覚えている。
「俺もかなり鈍いが…お前も相当鈍かったな…。
結局、最期の最期まで気付いてやれなかったんだから…」
集合意思体は誰ともなく呟いた。
「あの女…お前に惚れていたんだぜ…?
そんなの傍で見てりゃ、俺でさえ分かったのによ…」
敵勢力名 敵司令塔
第一部 演習編
第1戦 ケート山賊 山賊頭目
第2戦 ヴリタラ魔導王朝 宗主 ヴリタラ
第3戦 パラス神聖法国 神聖法皇 ドリーゴ
第二部 実戦編
第4戦 M.C. 指導者 ?
第5戦 ? ?
第三部 決戦編
(不明)
第一部 了
次回 " 機械仕掛けの軍団 "編に続く