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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦 パラス神聖法国攻略
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第96話 『 イスター坊やの願いは叶う 』



大陸歴997年4月20日

パラス神聖法国の聖都パラパレスにて新法皇の就任式が開催された。

前神聖法皇ドリーゴ辞任により、枢機卿のトーク・アンデルが新たな法皇の座に就いた。

就任式では新たに選出された枢機卿20名と共に、新たな法議院体制が敷かれた。


新回廊開通により、パラス神聖法国は新たな対応を迅速に迫られていた。

政治、経済、軍事の全てが旧態依然の概念で固まっていた旧法皇ドリーゴでは荷が重かった。

他国家と新たな関係を構築するには、トークが提唱してきた開放路線が必要不可欠である。

その為、異例の早さで就任式が決定した。


「パラス教の全ての信徒に祝福を!

 この世界の全ての住まう者達にも祝福が有らんことを!」


サバラス神殿前に集まった数十万の信徒達に新法皇トークが宣言した。

パラス神聖法国のみならず大陸全体の繁栄と平和を誓った。

式典には法国内各都市、大陸平原同盟、南方諸国の代表が出席していた。

非公式ながら魔導王朝の高官達にも席が設けられていた。


神聖法国のみならず、大陸全土に新たな時代が訪れようとしていた。




このサバラス神殿の式典を遠く群衆の外から眺めている男の人がいた。

歓声を浴びる新法皇トークを見て、深くフードを被った口元が緩んだ。


「もっと近くで見てきたらどうです?」


「いや、ここで良いんだ。

 これ以上近づいたら…俺には眩しすぎる光景だからな…」


新法皇トーク主導の新たな体制により、神聖法国も変わっていくだろう。

以前とは異なり、イスターさんが思い描いていた理想に近い形に。



「悪いな、アキヒト…デカい借りが出来た」


式典を見届けると、イスターさんと僕は神殿から遠く離れた噴水の広場に来ていた。

まだ式典の真っ最中であり、聖都パラパレスの人々の大半は神殿に押し掛けている。

その為、普段なら賑わう晴天の広場も今は人影が疎らだった。


「借りだなんて止してくださいよ。

 ですが、もし僕のお願いを聞いてくれるのでしたら…。

 もう一度、法国騎士に復帰してくれませんか?」


「それだけは無理だ、何ていうのかな…俺の中の火が消えちまったんだよ」


「そんなのイスターさんらしくないですよ。

 もっと威張り散らして、女の子に声をかけて、真っ昼間からお酒を飲んで…」


「…済まない、アキヒト。

 お前の頼みなら何でも聞いてやりたいが、本当に無理なんだ。

 借りた分はいつか、必ず別の形で返させてもらう」


「イスターさんの目標だった使徒の方達は無事なんですよ?

 ですから、また頑張って目指せば良いじゃないですか」


「いや、あの人達はもう俺の目標じゃねぇよ。

 使徒の任から解かれたからな、今は特別な力も無い普通の神族の女に過ぎねぇ…」


「じゃあ…僕がやったことは…」


「すまん、言い方が悪かった。

 別にアキヒトを責めてるつもりは無いんだ。

 寧ろ、お前には礼を言わなくちゃな…あの女達を自由にしてくれて感謝するよ。

 これから本人達は生きたいように生きていく…それが何よりの幸せだろうな」


言葉では祝福していたけど、今のイスターさんは寂しい目をしていた。

子供の頃からの憧れだった使徒の人達は、もう何処にも居ないのだから。


「俺は旅に出る、しばらくお別れだ」


「それ、本気ですか…?」


「こうして叔父貴の就任式も見届けたしな、後は上手くやってくれるだろ。

 俺にはもう、神聖法国に何も思い残すことは無ぇよ。

 今日、お前達に会ったのは酒の約束のためだ」


そう、聖都パラパレス攻略前にシロと約束を交わしていた。


「俺との約束を忘れずに来てくれたんだな」


「お前達との約束だけは絶対に破れねぇよ。

 これで借りを返せるなんて全く思ってねぇが、今日は俺が奢ってやる」


「いや、奢るのは俺達だ。

 今日はお前の記念すべき門出の日だからな!」


「門出…何の話だ?」


他に人気の無い噴水広場…見覚えのある人達が僕達に近づいてきた。

イスターさんの表情が驚きに変わっていく。


「聖都に来ていたのなら顔くらい出せ、水臭いでは無いか」


「アンタ達は…」


兵団とも戦い、聖都パラパレスの守護を務めていた8人の女性達だった。


「我等は力を無くしたのでな、先程トーク坊やから正式に使徒を解任されたよ。

 これで全員、晴れて自由の身だ」


「そうか…良かったじゃねぇか。

 これで何処にでも行けるし、何でもできるんだろ」


「あぁ、そうさ。

 我々は何処にでも行けるし、何でもできる」


「そうだ…俺からの餞別だ、これからの足しにしてくれ」


イスターさんは懐から硬貨の入った袋を取り出すと、元大使徒ノーカさんへ放り投げた。


「これは?」


「中には1億1千万ソラが入ってる。

 アンタ達8人、700年分の給料としちゃ少なすぎるがな。

 元は神聖法国が出した金だ、遠慮なく貰ってくれて構わないぜ。

 折角自由になれたんだ、それで人生やり直してくれ」


「フフ…イスター坊やは分かっておらんようだな」


「あん?」


一度は受け取った袋がイスターさんに投げ返された。


「我々は自由になったのだぞ?

 だから、それを受け取るも受け取らぬも自由だ」


「そりゃそうだけどよ…」


「それに今の我等は神聖法国の騎士だ、それなりに給与も出ておる」


「…なんだって?」


その言葉に、元使徒の8人を驚いた顔で見ていた。


「なんで…なんで法国騎士を続けるんだよ。

 今のアンタ達は自由の身で…何処にでも行けるんだぞ?」


「そうさ、自由の身だから法国騎士を望み、トーク坊やが了承してくれた。

 何も問題は無かろう?」


「馬鹿野郎!なんで…!?」


「そこの盟友殿から聞いたんだよ、お前の願いをな。

 法国騎士になって、我々8人と肩を並べたいのだろ?」


イスターさんを始め、全員の視線が右肩のシロに向けられた。


「悪いな、必要なので話をさせて貰った」


「シロ…てめぇ!」


「落ち着いて聞けよ、イスター…この女達の持っていた使徒の力は完全に失われた。

 女神像も復元しておいたが、術式の機能まで再現していない。

 だからもう、二度と使徒は産み出されねぇよ」


「そういう問題じゃねぇだろ!」


「やれやれ…何を意気がっておるのか…」


そこへ全身が大きな白いローブで覆われた壮年の男性が姿を現す。

周囲には護衛の完全武装した法国騎士が5名。

8人の女性は地に膝を付いて畏まった。


「叔父貴…どうして…」


トーク枢機卿…いや、トーク法皇がお忍びで広場に足を運んでくれた。


「男が滅多矢鱈に大声など張り上げるものでは無い。

 だからお前は未熟なのだ…」


「そ、そんなことより…!なんで女達が騎士を続けているんだよ!」


「この御方達からの、たっての希望でな。

 市井に戻られた後の生活も全て保障すると申し上げたのだが…。

 それよりも騎士として、新設される騎士団員の御身分を望まれたのだ」


「その騎士団って…」


「パラス神聖法国、神聖法皇トーク・アンデルが命ずる…。


 イスター・アンデルを法皇直属騎士団長に任ずる…見事、務めを果たしてみせよ」


「じょ…冗談は止めてくれよ。

 今の俺は出奔した身だ、そんな資格無ぇよ」


「そんな小事など、資格の有無に関係有るまい」


「けどよ…」


「今は私がパラス神聖法国の法皇だ、誰にも文句は言わせん…」


やり取りを見ていた女の人達は、地面に膝を付いたまま笑みを零していた。


「お…俺はな!戦場に出てくる女が嫌いなんだよ!

 これまでは使徒の力が有ったからまだ分かるが、今は普通の神族なんだぜ?

 力も無い奴が騎士務めなんて…俺は認めねぇよ…!」


「フフ…我々が力不足と申すか…」


8人が自信に満ちた笑みを浮かべていた。


「怒るのも無理はない、イスター坊やはまだ知らぬからな」


「何がだ?」


「今の我等はな、使徒以上の力を得ているのだ。

 いや、あの時とは比べ物にならぬ…魔導王朝のヴリタラにさえ勝利できる自信があるぞ」


「まさか…また…」


「いや、魔法の術式の類では無い。

 今の我等は場所に縛られることも無く、何かの制約に縛られることも無い」


「…どう見ても普通の騎士と変わらねぇぞ」


立ち上がった8人を観察するが、ヴリタラ以上の強さなど微塵も感じなかった。


「そうか…分からぬか。やはりイスターは修行不足だな。

 トーク坊やは我等の力に気付いていたぞ」


 バチッ…


電気が弾けるような…放電の音が広場に響いた。


「あのなぁ、イスター……この女達は俺の予想以上だったよ」


 バチバチッ…


放電の音を混じえながらシロの説明が始まった。


「な…これって、まさか…」


「そうさ…提案した俺が驚くのも間抜けだが…。

 まさかこれだけ困難な兵種を、ここまで簡単に使いこなすとはな…」


噴水広場上空で放電が始まり…視界が歪むと、巨大な存在が姿を現した。


「我等の新しい力だ…ふむ、悪くない」


大使徒ノーカが腕を組み、満足げに洩らした。

8体のガースト級大型機動兵器が使徒達の背後上空に浮かんでいた。


「こ…これが……」


流石のイスターも驚くしか無かった。

強大な大型機動兵器さえ自在に操る元使徒達の力量に。


「ちなみにサービスで少し仕様を変えておいたぜ」


通常のガースト達とは異なり、全身の色彩は白色で各部が金色に変更されている。


「どうだ、イスター坊や…これでも我々は力不足かな?」


「あぁ…!これじゃ、ますます俺は騎士団長になんかなれねぇよ!」


憤ると、イスターさんは腰に差していた剣を石畳に叩きつけた。


「アンタ達は強い!

 使徒を辞めた今でも使徒以上に強い!

 しかし俺は…!今の俺はアンタ達と肩を並べる資格なんか無ぇんだ!」


8人の使徒達は今も神々しく、美しく…そして強かった。

けれども、この時のイスターさんは余りにも無力で…使徒の人達に比べて脆弱だった


「悪ぃ、叔父貴…俺には……やっぱり俺には団長の…騎士の資格なんて…」


イスターさんが肩を落とし、地に膝を付けていた。

無力な自分を呪い、無力な自分を誰よりも自覚していた。


「イスター、そろそろお前にも礼をしたいと思っていたんだ」


しかし、シロは知っていた。


「お前にはアキヒトがとても世話になった。

 そして、これからもアキヒトの力になってくれるんだろ?

 だから俺から礼をさせてくれよ」


「な、何をだよ…」


「願いを叶えてやるって言ってんだよ」


「願いって……っ!」



トーク法皇が顔を上げ、今は僕も気配を察知できて視線を向けた。


そしてイスターさんも…同じ空を見上げていた。


「ほう…あれから本当に酒を絶って鍛え直していたようだな」


「あぁ、今なら俺にも分かるよ。

 叔父貴に何が見えていたのか…何を感じていたのか…」


放電現象の後、視界が歪み…9体目の大型機動兵器が聖都パラパレス上空に姿を現す。


全身が白地で金色の装飾が成された色彩の法国軍仕様機。



最強のガースト級兵種が新騎士団長の眼前に巨大な姿態を見せた。



「イスター・アンデル!

 やっぱりお前のことは嫌いじゃないぜ!

 コイツは俺達から新騎士団長の就任祝いだ!遠慮なく受け取ってくれ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


決戦兵種候補


戦場指揮用大型機動兵器 "ガースト・リーダー"級(法国軍仕様)



全高約100メートル 全長約180メートル


ガースト級大型機動兵器の中で、特に戦功に秀でた個体が改修された兵種。

基本兵装は通常ガーストと差異は無く、粒子反応炉出力が10%上昇するのみである。

その最たる特徴は、頭部に備え付けられた角状の通信用アンテナであろう。

この兵種は最前線での指揮を主任務とし、統率能力を見込まれた個体とも言える。


一定以上の能力を有したガースト級大型機動兵器には、例外無く一つの特徴が観られる。

それは特殊な戦術能力であり、希少なガースト級の中でも特に希少な存在なのである。

過酷な戦場で幾多の強敵と戦い、生還の末に発現していく能力。

その有無で、集合意志体達は"決戦兵種"と呼称する。


今回、イスター・アンデルに譲渡されたのは非常に高い素養を見込まれていた個体である。

ガースト・リーダー級の中でも特に戦闘力が高く、特殊な能力が発現しつつあった。

現時点では魔導王朝宗主ヴリタラに譲渡したタイラン・ガーストに戦闘力では一歩譲る。

しかし潜在能力では遥かに優り、いずれは決戦兵種に昇格する個体である。


シロは外観を法国軍仕様にすると同時に、更に破格の第一種決戦兵装を付加していた。

アキヒトの恩師であればこその特別な計らいである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



大陸歴997年4月


イスター・アンデルは8人の使徒と旧友達を束ねる新騎士団長へと就任した。

この日以降、過酷な鍛錬が始まり、彼は知覚融合を成し遂げていく。


「コイツが…俺の……」


いずれは星さえ容易く砕く大型機動兵器。


今は未熟だが、主人たる新騎士団長と視線を交わしていた。



この時のイスターは知る由もない


2年後に迫った光の兵種と死闘を繰り広げる運命など



次回 第1部完結

第97話 『 アキヒト、聞いてくれ…お前達が"黒い月"と呼ぶあの星は―― 』

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