第94話 『 シロの怒り 』
「え…」
影に包まれてアキヒトも見上げると、雲よりも遥か上空に巨大な物体が浮かんでいた。
視界一面、ラーケン大平野の空全てを覆う程の浮遊体。
しかし地上からでも物体の陰影から、巨大な円筒形状なのは分かる。
灰色の表面には無数のハッチ、大量の粒子砲…射出口らしき部位まで見えた。
周囲には…その巨大な物体には小さな艦艇が20基以上も随伴している。
「も、もしかして…あの小さなのがフォレス級…!?」
「そうだ、23基を護衛に就かせている」
アキヒトには全長2㎞を越す艦艇が小舟にしか見えなかった。
「これまで上の方で待機させていたんだけどな、たった今大気圏降下させた。
なりは小さいが、これでも機動要塞なんだぜ?」
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小型機動要塞 "ラーフォ"
全長42000メートル。
10万基単位の機動兵器の輸送と運用を主任務とした移動拠点兵種。
武装は通常粒子砲600門、粒子砲全開照射機構20門、第4種2層電磁障壁を展開可能。
更に前部装甲展開時には第4種口径粒子砲全開照射機構2門を使用可能。
内蔵された3基の巨大な粒子反応炉により稼働している。
戦闘時は、これら自身の兵装と併せて駐留する機動兵器群との連携で攻勢される。
衛星サイズの拠点ならば、この機動要塞1基の戦力で制圧が可能である。
現時点での配備数:不明
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1200もの機体表面ハッチが一斉に開いた。
聖都パラパレスの民にも無数の何かが降りてくるのが分かった。
何千、何万と…城外のラーケン大平野が瞬く間に機動兵器群で埋まっていく。
ドォォン…!
一際巨大な降下音が鳴り響き、振動で平原が大きく揺れた。
ドォォン…!
ドォン…!
黒い大きな塊が巨大な身体を展開し、次々とその姿態を露わにした。
轟音の正体はアパルト級大型機動兵器であった。
ドォォン…!
ドゴォォン!
しかし巨大な降下音は一向に鳴り止まず、振動も止まらない。
身体を起こしたアパルト級達が群を成していた。
「ヒィィ…!」
精鋭の聖都守備軍までもが遂に怯え始めていた。
地表に降下したアパルト級大型機動兵器、210基。
クダニ級を初めとする中小型機動兵器、30万基以上。
文字通り大地を埋め尽くすと進軍を開始し、全兵種が聖都の城壁へと押し寄せる。
「キャアアア!!」
聖都パラパレスの各所から人々の悲鳴が上がった。
都市を囲んでいた城壁の上から、アパルト級が顔を出して中を覗き込んでいる。
210基もの大型機動兵器が聖都パラパレスを包囲し、背後には30万基を控えさせた。
ィィィ…!
その時、上空を超高速で何かが横切った。
数瞬後に聖都パラパレス都市部に突風が発生して、何もかも吹き飛ばしていく。
驚くべき飛翔速度だが、更に目を見張ったのはその長身だった。
前後長数百メートルにも達する長い姿態の魔獣。
先頭には長大なタテガミらしき形状の生えた頭部、最後部には鋭く無機質な尾。
「まるで竜…」
法国民達が気付いた時には、聖都上空に100以上の巨大な魔獣が飛び交っていた。
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空間戦用大型機動兵器 "ドロー"級
全長約900メートル
頭部ユニット、15基の兵装ユニット、尾部ユニットから構成される大型機動兵器。
同じ大型機動兵器に分類されるが、アパルト級と比較して耐弾性能も最大照射出力も低い。
だが、それを補って余りある非常に高い運動性能を有する。
本来は宙域戦用であり、非常に高い展開能力で該当空間を最速で制圧する。
天体降下中は重力遮断機能による出力低下、また大気抵抗により速度が大幅に低下する。
しかし、それでも現在シロが滞在する惑星表面では時速800kmの移動が可能。
また空間戦闘を前提に製造された為、全方位攻撃も可能である。
大型機動兵器の中では最も生産台数の多い兵種の一つである。
アパルト級を地上戦用の代表兵種とすれば、ドロー級は空間戦用の代表兵種と言えよう。
現時点での配備数:不明
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バチッ…!
法皇と枢機卿達の目の前で…アキヒトの背後の空間で幾つもの放電光が発し始めた。
バチチッ…!
バチバチッ…!
背後の空間が歪んで透過率が下がり、巨大な影が姿を現していく。
1体、2体…次々とアキヒトの背後で大型機動兵器の実体化が成されていった。
「ガースト、こんなに!?」
兵団長のアキヒトまでもが驚かされていた。
シロから希少な兵種だと聞かされてはいたが、更に11基も姿を現していたのだから。
使徒8人でさえ、たった1基のガーストに敗れ去った。
合わせて12基もの同兵種が一度に揃えば、法国軍将兵が絶望するには十分である。
「お前ら…足りない頭を働かせて考えてみろ」
シロが神殿前で狼狽する法皇達に向かい、威圧交じりで声を問い掛けた。
「今までおかしいと思わなかったか?
だって、そうだろ?
なぜ、わざわざアコン山脈なんか越える必要があったんだ?
あんな山を削って道を開かなくても、船一隻でこの場所を攻めれば全て終わったんだ。
魔導王朝との戦いだって同じだろ。
ヴリタラや大公達は強かったが、それでもこれっぽっちの戦力すら相手にならねぇよ。
たかだか、この程度の戦力すらな。
けれども去年の戦いで俺が投入した戦力は更に少なく、たったの47基だぜ?
なぜだと思う?
なぜ俺が今まで本気を出さなかったか分かるか?
お前らの貧相な頭脳で想像できるか…?」
口には出さなかったが、アキヒトも前から疑問に思ってはいた。
法国軍との戦いが始まった時、増援で千基以上もの機動兵器が戦場に運搬された。
あの時、運搬したフォレス級を使えばアコン山脈を空から越えることもできた。
それだけでなく、今まで戦力を出さなかったのも不思議だった。
1基しか無いと思っていたアパルト級が、実は7基も存在していた。
しかも今は200基以上も姿を見せている。
それだけでなく、この大平野に30万基もの大群が集結している。
そして、希少なガースト級大型機動兵器が12基も。
けれども今のアキヒトには見当がついていた。
兵団長に近づきつつあるアキヒトならば、シロの考えが分かるようになっていた。
「ケート山賊討伐!ヴリタラ魔導王朝攻略!そしてこのパラス神聖法国攻略!
これまでの戦いはな、全て演習だったんだよ!
全てはアキヒトを成長させるためのな!
俺が本気で戦力を出したら、お前らじゃ勝負にならねぇのが分かったか!?
なんだ…!
まだ分からねぇのか!?」
この世界に勇者候補として召喚された。
瀕死の精霊と契約して人々から嘲笑され、何の期待もされていなかった。
しかし今は世界を変える程の力を手にしつつある。
アキヒトは自身の拳を眺め、力強く握りしめた。
多くの戦いを経て、勇者よりも遥かに強力な兵団長に近づきつつあった。
「サービスだ…少しだけ本気を見せてやるよ!
お前ら如きじゃ勿体無いくらい、取って置きの兵種をな!」
…ガースト級12基が一斉に嗤うのを止めた。
空中で横一列に整列して姿勢を正すと、首を下に降ろして項垂れた。
兵団長の命を受けても残虐な本性を隠さなかった兵種が、今は身体を小さくしていた。
「な…に…?」
同じく、城壁を囲んでいたアパルト級210基の巨体の大群にも異変が生じていた。
全てがガースト級達と同じく首を項垂れ、恐れ畏まる様子を見せていた。
頭上を好き勝手に飛び回っていたドロー級も何時の間にか整列していた。
アキヒトの背後の空間に向かって、横二列で空中静止していた。
全ての機動兵器達から鳴き声が止んだ。
…バチッ
アキヒトの背後で放電現象が始まった。
投入されるのはガースト級12基でさえ恐れる程の凶悪な兵種。
「…もしかして!」
思い出すと、視界右下のユニットリスト表示ディスプレイを覗き込んだ。
No.02 Varum 01 Mirage Mode → Release Start
3億年前…それは司令塔喪失後の撤退戦。
次々と友軍が背後から追撃され白煙を上げていく。
司令塔を失い、過酷な掃討戦で残る戦力は彼等だけとなった。
周囲の空間が味方残骸で埋め尽くされる中、その苛烈な戦線に踏み留まった兵種達がいた。
僅か千基にまで撃ち減らされた機動兵器生成プラント群の無防備な後背を守り通した勇者達。
巨大な力と巨大な力の衝突。
星々が砕け散り、巨大な力場が発生して空間が歪んだ。
高密度大質量天体砲の一撃で数百万基単位の機動兵器群が一瞬で消滅する戦場。
その足元で大型機動兵器が1基奮闘していた。
最上位兵種と比べれば細胞一つにも満たない矮小な戦力。
僅か20万基の友軍と共に、勇敢にも迫りくる中型機動要塞内へ突入した。
秒単位で数百基の味方兵種が沈んでいく状況下、中枢反応炉へと到達。
自らの死を覚悟しての第三種粒子砲全開照射で損壊させ、辛うじて機能停止へと追い込んだ。
その時、漆黒の敵兵種が戦場に到達していた。
強大な戦闘力を有するソレに味方兵種は更に数を減らされていった。
"ギギ…!"
機動要塞を航行不能へ追い込んだ以上の戦果であろう。
この大型機動兵器は、あの漆黒の敵兵種と互角に戦っていた。
連続180時間の戦闘後、両兵種は同時に戦場を全速離脱した。
「猊下…!法皇猊下!降伏を…!降伏なさってください…!」
サバラス神殿へ駆け込んできたのは、法国軍将兵に連れて来られた大使徒ノーカであった。
満身創痍で今も肩を貸して貰い、自力で立つこともできない。
「猊下も、皆様も…!どうか降伏を!」
狼狽して満足に声も出せない法皇と枢機卿達に、停戦を進言していた。
類まれな武人の感性に秀でていた大使徒は存在に気付いていた。
本能が全力で警鐘を鳴らしていた。
魔王ヴリタラが恐れたのも無理は無いであろう。
それ程の強者が聖都パラパレスに出現しようとしていた。
「ひっ…!」
空間から最初に現れたのは血塗られた真紅の色彩の角。
思わず、法皇が低く悲鳴を上げた。
武人とは程遠い文官達にも、只ならぬ気配が聖都全体を覆い尽くしているのが分かる。
実体化したヴァルマー級の巨大な角だけで震え上がらせるに十分であった。
「…そこまでだよ」
「あたっ」
アキヒトが軽くシロを小突くと、ヴァルマー級のミラージュシステム解放を止めさせた。
「なんだよ!」
「冷静になろうよ、自分もシロのこと言えないけど」
「冷静になってられるかよ!
こいつ等には地獄を見せてやらねぇと気が済まねぇ!」
「駄目だよ、これ以上誰かを傷つけたらレスリーさん達が…皆が悲しむから…。
それにイスターさんだって、法国の人に酷いことをして欲しくないだろうし…」
「そ、そうだけどよぉ…」
怒りで暴走したシロを間近で見て、頭に血が昇っていたアキヒトは逆に冷静になれた。
何度も深呼吸をして息を整えていると、シロも頭が冷えていた。
「…仕方ねぇな」
ヴァルマー級は再びミラージュシステムを稼動し、一度は見せた角が透けていき…姿を消した。
No.02 ----- -- ------
他の友軍兵種まで恐怖に陥れた大型機動兵器は待機状態へと移行していた。
「良かったよ…これで誰かの生命を奪っていたら…。
レスリーさんもアヤ姉も…ドナ先生もティアさんも…皆には笑顔で会いたいからね」
「お前がそう言うなら、これ以上俺は何も言えねぇよ…。
だが、俺は冷静だぜ?
使徒達のカラクリも分かったからな」
「カラクリ?」
「嘘だと思うならこの女神像、全部破壊してみろよ」
サバラス神殿の前庭に立ち並ぶ8体の神々しい彫像。
主神パラスに従属する8人の女神達。
700年前、巨大な8つの大理石から彫り出されたと伝えられる。
高さ8メートルにも及び、優美でありながら動的な姿は多くの信徒達を魅了してきた。
パラス教の信仰対象の一つとして大陸中に知れ渡っている。
そしてイスターが教えた8人の使徒達を消滅させる弱点でもある。
「け、けど…!」
「だから安心しろよ、俺だってイスターの気持ちくらい分かるさ。
あの8人を殺したくないんだろ?」
最初は戸惑っていたが、シロの言葉を信じるとアキヒトの目つきが鋭くなった。
「法皇猊下!神聖法国の皆さん!
最初に謝っておきます、ごめんなさい!」
知覚融合していたガーストが身体一つ分前に出て…鉤爪の腕を振り上げた。
「…まさか!止めろ!止めるんだ!」
「破壊しろ!」
我に返った法皇が制止しようとするが、構わずガーストが目に見えぬ早さで振り下ろす。
バキッ…!
一瞬の内に8体の女神像が粉々になり、大理石の破片が緑の前庭に散らばった。
直ぐに眼下へ視線を移し、アキヒトは大使徒ノーカの様子を伺う。
破損しながらも身に纏っていた甲冑や武具が、光となって消失していき…。
「あ…あれ?」
光は失われたが、ノーカ自身の身命に異常は無かった。
一時は死と消失を覚悟していた彼女だが、無事な自分自身の身体に驚いていた。
「な…何をしたのだ!?」
「さっき、術式を解析して書き換えておいた。
お前らの先祖の連中、酷いことしやがるぜ。
女神像、この場所に集まった地脈の力を貯めておくのが目的だったんだろ?
それで戦闘時には対象人物に供給する仕組みだったな。
そこまでは良いが…女神像と女連中の四肢が霊体的に繋がっていた。
どういう意味か分かってんだろ?」
「何がだ…?」
「この女神像はお前ら法国にとっても安全装置だったんじゃねぇか!?
使徒達が裏切った時の為の保険だろうが!」
護衛していた法国騎士達からも疑惑に満ちた視線が法皇達に向けられた。
「場合によっては8人の女全員殺すつもりだったとはな…!
何処までもムカつく奴等だぜ…!」
「じゃあ、シロ…今、使徒の人達が無事なのは?」
「だから、その術式を書き換えておいたんだよ。
他の7人も全員無事な筈だぜ」
「い、いつの間に解析したの!?これって神聖法国の術式だよね!」
「そんなのひと目見りゃ分かるよ。
前に図書館で魔法の本読んで勉強したの忘れたのか?
あのくらい、解析から書き換えまで5秒も掛からねぇよ」
こうしてパラス神聖法国は全ての切り札を失った。
アコン山脈の要害は無力化され、聖都パラパレスを守る使徒達も力を喪失。
その聖都周辺を埋め尽くすのは敗残兵団の強大な機動兵器群。
「うっ…」
神聖法皇がよろめいて膝をついた。
「あのぉ…法皇猊下様」
アキヒトが神殿の階下から、姿勢を正して声を掛けた。
「先程は失礼をして申し訳有りませんでした。
では、改めて僕のお願いを聞いて頂けないでしょうか…?」
「こ…これ以上…何を求めるというのだ…」
呆然とし、満足に声を発することもできない法皇にアキヒトは応えた。
「はい、ですから僕のパラス教の入信を…お認め頂けないでしょうか…?」
「…なに?」
「ですから…入信を…したいのですが…」
法皇が顔を上げると、アキヒトの顔を見て…直ぐ後ろに並んだガースト級が視界に入った。
使徒達さえも全く敵わなかった魔獣が12匹。
更に聖都パラパレスを取り囲む200匹以上の巨大な魔獣。
発せられるのは恐るべき強大な威圧感。
パラス神聖法国最上位たる神聖法皇から発せられる言葉は一つしか無かった。
「…認めよう」
兵団長アキヒトは安堵の息を吐いた。
大陸歴997年3月22日
敗残兵団は聖都パラパレスを攻略、守備軍と使徒8名を撃退。
監禁されていたトーク枢機卿一派が解放されるまで時間は掛からなかった。
同日、パラス神聖法国の大法議院にて外征計画の停止が求められ、直ぐに可決された。
これで神族達のアコン山脈を越えた大陸制覇の野望は潰えた。
新回廊の開通により、法国は政治的にも経済的にも発展の時代を迎え、人々には笑顔が戻った。
…と、うまくは終わらなかった
次回 第95話 『 戦後処理という名の…(3/6) 』