プロローグ 『 少年と光 』
陽が昇れば緑の草原
少年は世界の広さを知る
陽が沈めば星々の海原
少年は宇宙の大きさを知る
瞳を閉じれば遠い日の夢
世界よりも宇宙よりも広く大きく
少年の夢は何処までも続く
「…?」
少年が最初に気付いたのは3日程前であった。
小学校への通学路途上。
自宅を出てしばらくしての曲がり角。
視線を感じて振り向くと、何かがブロック塀の影に隠れた。
最初は気の所為だと思っていた。
だが、何度も続けば少年の疑問も確信に変わる。
確実に何かが存在し、自分の様子を遠くから見ていた。
そして、それが普通の人間でも無いことを。
小学校への通学路にある物陰だけじゃない。
ある時は2階教室の窓際から。
ある時は電柱の頂きから。
ある時は木々の枝の隙間から。
それは人間では簡単には昇れない高い所に。
そして、とても隠れやすい小さな身体らしかった。
それが更に何日か続いた、とある日の夕方。
いつものように小学校からの帰り道の途中だった。
秋も深まり陽は既に傾いており、吹き抜ける風は冷たい。
ランドセルを背負った少年の影が長く伸びる。
自宅近くの公園の前を通りかかった時、また視線を感じた。
「ん?」
振り向いた瞬間、その何かは素早く太い鉄棒の影に隠れた。
そして、その時になって少年は気付いた。
陽が傾いて辺りが薄暗い中…『それ』が光り輝いていることに。
不思議に怖いとは感じなかった。
「ねぇ、そこにいるんでしょ?」
既に自分以外は誰も居なくなった公園の中、少年は近寄った。
鉄棒の影から光が漏れている。
明らかに何かが身を潜めていた。
「…見つかったか」
姿を現したのは光の玉。
テニスボール程の球体が白く光を発していた。
「ふぁ……え?…な、何なの?」
「悪かったな、驚かせるつもりは無かったんだ」
光の玉は言葉を発しながら宙を浮いていた。
すると少年の目線と同じ高さにまで上がり、話を続けた。
「すごい、喋ってる…!ロボット!?オバケなの!?」
「ロボットでもオバケでもねえよ…」
「じゃ、何なの!?」
初めて目にする光の玉に、興奮気味の少年から質問が矢継ぎ早に飛んだ。
「俺は俺としか説明できねえよ。
だが…そうだな、回りからは『シロ』と呼ばれていた」
「シロ…?」
「そう、それが俺の名前だった」
「ふぅん…シロって言うんだ…」
興味が尽きない少年は、更に光の玉をまじまじと眺めていた。
「最近、付きまとっていて悪かったな。
実はそれには理由がだな…お前に用事が有るんだよ」
「ぼくに?」
すると光の玉の近くの空間が裂け…暗闇から白いマフラーが姿を現した。
「これをお前に渡しにやってきたんだ」
白いマフラーもまた宙を浮き、少年の前に差し出された。
「俺にとってはな、生命より大切なモノなんだよ。
良かったら貰ってやってくれないか?」
「これを…?」
少年が手を伸ばすと、手の平の上に乗せられた。
不思議な光の玉からの贈り物。
何か変わった所は無いかと見てみるが、特に目立つ点は無い。
前に誰かが使っていたらしい。
しかし丁寧に扱われ洗濯されていたせいか、真っ白で清潔感があった。
「…?」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ただ一つ、変わった点は生地に大きな丸の刺繍が5つ。
それ以外は何の代わり映えも無い、真っ白な手編みのマフラーだった。
「それで頼みが有るんだがな…。
試しに今、それを首に巻いてみてくれないか?」
「ぼくが…これを?」
「そう、お前がだ」
日が落ちかけ、辺りは冷え込んでいた。
少年はマフラーを広げて伸ばし、自分の首に巻き付けた。
「…これで良いかな?」
「…」
「ねぇ…?」
光の玉が言葉を忘れ、マフラーを巻きつけた少年に見入っていた。
突然黙り込んでしまった光の玉に少年は戸惑う。
だが、暫くすると再び言葉を発した。
「あ…あぁ、悪かったな。
だが、わざわざこんな遠くまで来た甲斐が有ったよ」
「それは別に良いけど…」
すると光の玉は少年から離れていった。
「――じゃあな」
「え…もう行っちゃうの?」
「用事は済んだ。
これ以上、ここにいる理由も無いからな」
素っ気無く言い放つと、光の玉が宙に浮きながら遠ざかっていく。
街灯の届かない暗闇の中へ向かっていった。
「…そうだ、一応聞いておくか」
光の玉が宙で止まり、少年に。
「オマエ、名前は何て言うんだ?」
「ぼく?」
「そう、オマエの名前だ。良かったら聞かせてくれ」
白いマフラーを首に巻いた少年。
目を輝かせながら、光の玉に向けてハッキリと名乗った。
「ぼくの名前は…!」
次回より本編開始