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どうやら儚くなったらしい。

 あの後、何とか集めた商品を社長に届けて、全員が帰宅したのは帰宅ラッシュも終わり、年に一度の歌合戦も中盤に差し掛かる頃だった。


 せめて年越しはリビングでカウントダウンしようと、濡れた髪にタオルを巻き付けたまま急いで戻る。充電器に差していた携帯が青く光っていた。


「緊急連絡。ニュースを見ろ」


 SMSで短くそれだけが書かれている。相手は昔の上司である課長だった。

 年の瀬も押し迫り、特番ばかりが流れるチャンネルを回す。


「大事故?」


 ようやく見つけた報道番組を見て、課長が何を言いたかったのか分からず眉をひそめた。どうやら何処かの地方のトンネルで落盤事故があったらしい。運の悪いことに年の瀬、故郷へと帰るラッシュを直撃したらしい。


 めったにテレビに写ることはないのだろう。アナウンサーとしては野暮ったい格好をした記者が、興奮した面持ちで話している。


「……こちら落盤現場からおよそ2キロ先にある、スーパーの屋上からお伝えしております。今は暗くわかりませんが私の背後に、落盤を起こしたトンネルがあります。件のトンネルは複数の路線が使っており、先月定期検査を終え問題がないと報告されたばかりだったとの情報もあります。

 今回事故に遭った路線は、帰省ラッシュで賑わっておりました。発表では乗車率250%。車内は寿司詰め状態でした。

 ……ここで新たな発表がありました。犠牲者は更に増え30人を超えたとの事です。では、身元が判明している犠牲になった方々のお名前をお伝えします」


 沈痛な表情の中にも、興奮を覗かせて記者は続けた。テロップで流れる名前の中に見覚えのある並びを見つけて、まゆはチャンネルを持ったまま硬直した。


「うそ……。高橋 有里? 年も一緒。在住も今住んでいる所。嘘! 先輩!!?」


 慌てて携帯を握り、連絡をくれた課長に電話する。


「課長! 夜分遅くすみません。ニュース見ました。

 嘘ですよね? 同姓同名の別人ですよね!?」


 ワンコールで出た課長の後ろからは幼い少女の声がしていた。自宅で寛いでいたのだろう。課長は暗い声のまま応じた。


「……ついさっき、人事の同期と連絡が取れた。そのニュースで流れているのは、確かに友里だ」


「え……」


「ご家族にもその電車で帰ると連絡があったらしい。有里のご両親が確認をしたそうだ。故郷に持って帰る土産を守るように両手で握りしめたまま逝ったそうだ。即死、らしい」


「そんな……」


「葬儀やその他の事はまだ決まっていない。分かり次第、また連絡をする」


 震える声でそう話すと、課長は電話を切った。まゆは切れた電話を握ったまま、呆然と年末の大惨事を伝え続ける画面を見続けた。











「明けましておめでとうございます」


「あ。うん、おめでとう」


 年末に受けた衝撃を癒せぬまま、仕事始めとなりまゆは出社した。年の瀬のあの事件から今まで以上に懐いた新人が嬉しそうに寄ってきた。


「あれ? 藤堂さん、顔色悪いですよ。お正月に風邪でも引きましたか?」


「何でもないよ。少し疲れているだけ。挨拶してくるね」


 新人さんに心配をかけないように微笑んでまゆは席を立った。上司達は年末に事故死した先輩の話を知っており、何処か沈痛な表情だ。若手や先輩を直接知らない人たちは、普段と変わらない年末年始を過ごした様で、一様に朗らかだ。


「……あー、藤堂君」


「何でしょうか?」


「もう少ししたら、隣の課の課長と一緒に来客の迎えを頼む」


「はい? 何故、私が?」


 古い上司である課長と共に、お客様を迎えるように言われてまゆは首を捻った。


「来客は高橋さんのご両親だ。君は高橋さんに指導を受けただろう。頼むよ。今日は今後の手続きの説明と、高橋君が所属していた支店から届いた私物を受け取りに……な」


「何故、その支店で直接渡さないのですか? 普通はそうですよね」


 通常であれば、私物はまとめて送るか、取りに来てもらう。それをわざわざ本社まで受け取りに来させるなどあり得ないと思いまゆは口を挟んだ。


「高橋君のご両親は、上の本部、副社長室にご案内してくれ」


「は? 私はただの支店所属ですよ? 3階から上の本部の人達が迎えに来れば良いじゃないですかっ!!」


 まゆの勤める会社は少し特殊な形をしていた。ビルの二階までが昔からある◯◯支店。去年まではレンタルだったが、ビルごと去年会社が買い取った。3階から上には、本部機能が移転してきた。そして本店はまだ別の所にある。近々まゆが所属する支店の移転も決まっていた。


 本部の人間が支店に足を踏み入れる事はなく、支店の人間が本部の人間に関わることもなかった。……一部の例外を除くが。


 その一部が、人事や総務にも顔が利く昔の上司である課長と、今回犠牲になった先輩だった。


「……決定事項だ。ほら、課長も迎えに来た。行ってくれ」


 背後を振り返るとそこには顔色の悪い課長がいた。疲れたように片腕を上げ、まゆに合図している。


「課長! いったい」


「うん。藤堂さんが疑問に思うのももっともだ。歩きながら話そう」


 他所行きの口調のまま先に立って歩き始める課長に頷く。一歩後ろを歩く、まゆに並んで歩くように話した所で、何かを悩むように課長は口ごもった。そのまま廊下を歩き、階段を下りきった所で、まゆの耳に決して許せない言葉が届いた。


「……ほら、あの変わり者。ゆりだっけ? あの人死んだらしいよ」


「知ってる。ウワサで聞いた! コネ入社したくせに、デカイ顔して我が物顔で好き勝手してさ。キッツイ店に飛ばされて苦労した上に年末に死ぬ。ホントにバチが当たったんだよね」


 まゆは課長が止める前に声がした給湯室に飛び込んだ。


「何を言っているの?」


「あら、藤堂ちゃん。どうしたの? こんな所で。貴女もあの局が死んだ話を聞いたでしょ。

 大した仕事も出来ない癖に、親の七光りでデカイ顔をしてたあのブスが死んだんですって。ざまぁないわよね」


 もうすぐ定年を迎えるボスザルとアダ名されている女性と、取り巻きがコーヒー片手に笑顔を浮かべていた。


 ――仕事では絶対に先輩には敵わなかったくせに。貴女達が働かない分のフォローも、貴女達が的にした同僚達へのフォローも、みんな、みーんな先輩がやってたのに!!


 仲間を作って数で物申す彼女達を若い人々は嫌っていた。だが上司達へも顔が利く彼女達を敵に回せば潰される。その為に皆唇を噛んで我慢していた。ただひとり、笑いながら突っ込みをいれた先輩を除いて。


 ――――……まゆちゃん、駄目よ。あいつら相手にしても、君のキャリアに傷がつくだけ。どうしても我慢できなくなったら、おばちゃんが相手になってあげるから言いなさい。若者達におばちゃん達の底辺同士の戦い、見せてあげる。


 理不尽な相手に怒りを募らせるまゆ達若手に、苦笑しながらそう宥めていた先輩はもういない。そもそも彼女達とやりあわなければ、先輩があの問題ありの支店に飛ばされることもなかった。今回亡くなることもなかった。


「……何が…………ざまぁないんですか」


 今まで決して逆らわなかったまゆが初めて反論した。それをきょとんを相手は見ている。


「先輩はッ! 高橋先輩はいい人でした。仕事が出来て! 世話焼きで! 人付き合いは苦手だけれど、弱っている人間を見つけると救いの手を差し伸べてくれる人でした!!」


「何を言っているの。あの女は親が政治家でコネで入った馬鹿娘でしょ。仕事が出来るって言ったって、親の力を使ってたんでしょ」


 吐き捨てる様に言い放つ相手に、どう伝えたらいいか分からず、まゆは唇を噛んだ。


「高橋さんはいい人でしたよ。それに例え高橋さんが駄目な人でも、不慮の事故で亡くなった方に対してその言い方はないと思います」


「え、櫻井さん?」


 睨み合う二組の間に、第三者の声が割ってはいった。給湯室の冷蔵庫に飲み物を取りに来た、支店のエースと呼ばれる櫻井だ。


「俺がぺーぺーだった頃、大失敗したことがありました。上司の誰もが関わることを嫌がったのに、高橋さんだけは方々に頭を下げて助けてくれた。口では毒づきながらでしたけど、凄く、もの凄く有り難かった。あのときのフォローが無ければ、俺は今、この職場にいません」


 ペットボトルを取り出しつつ、下から櫻井は睨み付けた。


「あら。そうなの? それはごめんなさいね」


 形勢不利と判断した相手は、そう言うとコーヒーを片付けて逃げていった。出口で課長と目が合い、狼狽した声がしている。


「あの、櫻井さん。ありがとうございました」


「いえいえ、どういたしまして。ようやく文句言えて俺もスッキリした」


 苦笑を交わす二人に、課長の声がかかる。


「おーい、お二人さん。すまんがお客様が到着してしまう。腹も立つだろうが出てきてくれ」


「すみません」


「お客様? 来客のお迎えだったのか。邪魔してごめん」


「高橋さんのご両親が見えられると言うことです」


「なんなら櫻井くんも来るかい?」


 是非ともと同行を申し出た櫻井と一緒に正面玄関に向かった。


「今のが我々がお迎えを命じられた理由さ。あの女性陣とやりあってから、有里は敵が多い。ご両親に文句を言う馬鹿者が出ないようにとの配慮だ」


「あの課長? 高橋先輩のご両親が政治家って」


「ん? 知らないのか? あいつはイヤな目に合うからと自分では決して口にしないからなぁ……。有里のじいさんは国会議員だ。父親も前回の選挙で国会に上がったはずだ。お姉さんは親父さんの後継ぎになって、県の議員のはずだよ」


「え?」


「うわぁ、サラブレッド」


 初めて変わり者の家系を聞いた若者二人は、ドン引きをしている。課長も苦笑しながら「すげぇよなぁ。それで有里はアレだぜ?」と呆れ返っていた。


「ま、そんなわけで経営陣としては、決して粗相がないようにしたいのさ。特に有里があっちに行ってからの話が伝わると不味いって判断らしい」


「あっち?」と疑問を浮かべる櫻井の顔を見上げる。まゆはピンと来て課長に向き直った。


「だから私に先輩の近状を探らせたんですか?」


 まぁそう言うことだなと言葉を濁す相手を、まゆは睨んだ。


「ああ、そんなに怖い顔をしないでくれ。俺も会社員だからな。上の意向には逆らえない。ま、勘弁してくれ」


 困惑が顔に出ている櫻井は後で是非教えてくれと、まゆに呟いた。二人は正面玄関へと足を早め逃げ出した課長を追って、歩き出した。





ここでネタバレ。

変わり者の先輩は異世界転生を果たし、拙作「絶対なる悪辣女王!?違う、私はただの常識人!!」で主人公をしています。今回のお話には関係していないため、タグを付ける予定はありません。


純文学としては邪道ですが、お許しください。

ラスト1話。よろしくお付き合い下さいませ。

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