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第六十六話 すれちがい②

『ぅおっほん!』


 いきなり浴室の外から聞こえた咳払いに、渡瀬さんと二人、びくっとしちゃった。


「その声、まさか幻宗さんッ?!」


 ばちゃんッ!


 慌ててその身を湯船に顎まで沈める渡瀬さん。

 すると、折りたたむタイプのすりガラスのようなドア越しに、後ろ向きの背中を45度右に倒した幻宗さんの姿が。(大きくて頭までは見えないです。)


『なにやら呼ばれた気がしてのう。』


 ふえええッ!


「ちょ、すぐ出ますから……その、あの!

 居間で待ってていただけますッ?」


 渡瀬さんとは反対に、まったく動じた様子もない幻宗さんは低く響く声で答えた。


『あいわかった。』



************************



『なるほど。雨守がのう。』


 パジャマに着替えた渡瀬さんと並んで、ローテーブルを挟んで幻宗さんと向かい合う。

 腕組みをし、胡坐をかいてるようでも幻宗さんの大きな体に、十畳あまりのダイニングキッチンがとても狭く感じられる。


「縁ちゃんもいるところで、そんな無神経なこと言うなんて。

 ちょっと軽率じゃありませんか?」


『うむ。あやつらしく、ない。』


 むっとして口をとがらせる渡瀬さんに、幻宗さんは目を閉じたまま頷いた。私は一番心配していることを尋ねた。


『あの、幻宗さん?

 ホントのところはどうなんですか?

 幽霊と一緒にいたら、人の寿命って……。』


『縮む。』


 ぱっと開いた目をまっすぐ私に向けると、表情も変えずに即答された! ガーンと殴られたように、頭の中が、真っ白になってしまった……。


『だから儂は初めてあやつにうた時、言ったであろう?』


 呆然としていたら、ぎょろっとした目で顔を覗きこまれ、はっとした。


 そうだ……初対面で幻宗さんを怖がった私を、先生が前に立ってかばってくれた時、幻宗さん「お主、自ら背負うておるのか」って。

 ……そういう意味だったんだわ。


 それなら本当に、もう先生のそばにはいられないッ!


 どこに行ったらいいかわからないまま立ち上がった私を、幻宗さんは低い声で呼び止めた。


『聞け、後代。

 儂はあの時お主に肝を潰されたが、それは今も同じじゃ。』


『え?』


『やはり気づいておらなんだか。

 お主の霊力は、この半年余、驚くほど強まっておる。』


 あっ と気がついたように、渡瀬さんは何度も頷きながら。


「そういえば縁ちゃん、話聞いたり会う度に色んなことしてたわよね?

 物を動かせるようになってたり、

 石を砕いたり自由自在に体バラバラにしたり。」


『どうやら出逢った霊どもの能力を、己のものにしていたようじゃのう。』


 言われてみれば。

 あの人にできるのなら私にも。

 そんなふうに感じていた。


『でもそれって、幽霊は願うことなら実現できるって雨守先生が。』


『だが実現できたのは、お主が素直であったからこそじゃ。

 すぐにそれを可能にする幽霊なぞ、それほど多くはない。』


『それは……先生の霊力を私が吸い取っていたからなんじゃ?』


『それはそのとおりじゃ。』


『だったら、やっぱり私がいたらッ。』


『だから落ち着いて聞けと言うに。』


 幻宗さんの目力に押されて、私はまた座り込む。でもまだ不安なまま幻宗さんを見上げた。


『常人なれば、お主の霊力に負けてとうに死んでおるわ。

 が、あやつは違うであろう?

 されど、あやつが生きてきたのは……生き延びてこられたのは、

 それだけが理由ではない。』


『え?』


 私がいたら、先生の寿命が縮んでいくことに変わりはないんじゃないの?

 全然不安がぬぐえない私を幻宗さんは見つめる。


『後代よ。

 お主が雨守の霊力を吸い続けながら、あやつが死にもせぬ理由はただ一つじゃ。

 わからぬか?』


『それは……。』


 なんだろう? そんなこと、考えてもみなかった。

 すると、なぜか幻宗さんは鼻で小さく笑った。


『それはのう、後代。

 お主が雨守を守りたいと、常にそう願っておるからじゃ。

 それはすでに絶対的な守護霊、そのものではあるまいか?』


『私が、先生の守護霊に?!』


 確かに、そうなりたい。そうありたいって願っていたけど!

 すると、幻宗さんはとても穏やかな、優しい目で微笑んだ。


『うむ。

 であるならば、お主に守られているあやつが、

 お主がために寿命が縮むなど、ありえんわ。』


「ほら! やっぱり大丈夫なんじゃない。」


『良かった!』


 渡瀬さんも笑ってくれた。嬉しくて嬉しくて、泣きそうになっちゃった。

 私の早合点だったんだ。でも、だったら、なんで先生はあんな嘘を私についたの?


『だが渡瀬殿が感じたように、あやつにしては不用意な言葉。

 ……のう、後代よ?』


 幻宗さんの目は、また私を射抜くかのように鋭かった。


『なんですか?』


『先日、儂とうてからのち、あやつにおかしな様子はなかったか?』


『え?

 そんな……強いて言えば、ちょっと忘れっぽいことがあったくらいしか……。』


「どんなこと?」


 眉を寄せて渡瀬さんは私の顔を覗き込んだ。


『ちゃんと確認したのに、歯磨き粉を買い忘れたこととか?』


 あれ? でもそういえば、他にもそんな小さなうっかりは最近いくつかあったっけ。


「そんなこと、別にたいしたことじゃ


『いや。』


 言いかけた渡瀬さんの言葉を遮り、幻宗さんの声が響いた。


『あやつ、何かに気を取られておるのやも知れぬ。

 後代には口せぬ、何かが……。』


 え?

 確かに最近……一人で黙り込むことも、多くなっていたかも知れないけど。

 気のせいかなって思ってた。


 すると、渡瀬さんが笑って見せた。


「じゃ、私がそれとなく雨守クンに聞いてみようか?

 縁ちゃんが急にいなくなって心配してるかもしれないし。」


『む?

 渡瀬殿、そう言えば渡瀬殿が着替えておる間、

 「すまほ」なるものがなにやら瞬いておったぞ?』


「え~? 早く言ってくださいよお。」


 幻宗さんに笑いながら、渡瀬さんはスマートフォンを手にする。そして ぱっ とその顔がさらに明るくなった。


「あ。雨守クンからだ! 留守電だわ。」


 すぐに再生する渡瀬さん。

 なんだか嬉しいような、でも黙っていなくなっちゃってバツが悪いような。複雑な気持ちですよ~ぉ。


「ふんふんふん。 

 ふふッ。

 縁ちゃんいなくなって慌てたような声してる。」


 心配させちゃった。困ったな。私の気持ちも知ってるくせに、渡瀬さんはにやにやしてる。


「ん? なに? まあ。

 縁ちゃんこっちにいるようなら、しばらく預かっててって……。」


『どうしたんですか?』


「そこまで言って切れちゃった。なによ、もう!

 かけ直すわね。」


 そう言ってすぐにコールバックする。


「もしもし?

 ちょっと雨守クン?

 あなた縁ちゃんに……って、あの、どちら様?」


 え?

 先生じゃ……ない?


 電話の向こうで誰かがしゃべってる声を、渡瀬さんは瞬きも忘れて呆然と聞いている。

 そして、電話を切ると私をみつめ、呟くように言った。


「雨守クンが……消えちゃった。」


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