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第六十五話 すれちがい①

 私が一緒にいたら、先生の寿命が縮んでしまう?

 いや……今この時だって私は、先生の命を蝕んでいるのかも?


 そう思うと体の震えが止まらなかった。

 先生に本当のことを聞きたいのに、足が一歩も前に動かない。


 と、突然、先生の背中がかすんで見えた。次の瞬間、周りの風景が私の目の前から消えた。


 いきなり真っ暗な闇に包まれている!

 死んでから、どうしたらいいのかわからなかったのは溝端君のお母さんだけじゃない。今の私だって同じじゃない?!


 どうしよう。私が成仏しさえすればいいの?

 それは……きっとそうだ。


 でもこれは成仏したって感じじゃない。

 だって、ここは去年の冬にその入り口まで来た時と全然違うもの。

 私、どうしたら……。


 するとまた突然闇から放りだされ、目の前に人工の建物が逆さに?!

 うわ!

 ここ、空中だった!!

 慌てて姿勢を直して地面に降りる。


 でもここって、さっきまでいたコンビニじゃ、ない。灯がほとんど消えた大きな建物の前にはロータリー、向かいの大通り……。


 そうだ! ここは県庁だ!! 小学生の頃、見学に来たことがある!!


 あ……そうか。

 私、無意識に渡瀬さんと話したいって感じたんだわ。だからここに。


 渡瀬さん、確か県庁の近くの職員住宅から通ってるって言ってたっけ。

 こうなったらそれらしい建物を全部回って……。



******************************



「きゃあああっ!!」


『ご、ごめんなさいッ! 渡瀬さん……。』


 勝手に入り込んで確認して回って三十二軒目。

 だって女の人の住んでる部屋って、表札のない家ばっかりなんだもん。人の気配があったお風呂場に直接顔だけ突っ込んだら、渡瀬さんが髪を洗ってるとこだった。


 顔にシャンプーの泡が流れていくまま、まん丸に見開いた目で私を見つめながら、渡瀬さんは二つの胸の大きなふくらみの間を押さえ、荒い呼吸を整えようとしていた。


「び……びっくりしたっ!

 顔上げたらそこにって!

 これ、一番怖いパターンよッ?!」


『ほんとに……ごめんなさい……。』


 瞬きも忘れたまま、渡瀬さんは私に顔を近づけた。


「こんな遅くにどうしたの?

 っていうか、よくここがわかったわね?」


『県庁は知っていたから、気がついたらそこに……。

 それに渡瀬さん、近くの宿舎だって……。

 そう、聞いていたから……。』


「ね、落ち着いて。

 泣いてたらわからないわ?

 ちょっと待ってて、すぐ出るから。」


『いえ、また湯冷めさせちゃいけないし。

 それに、一人で待つの、怖いんです。

 不安で。

 ここで、いいですか?』


「い……いいけど。

 とにかく縁ちゃん、全身出てきてくれる?」


『あ、すみません。』


 その時、自分が顔だけ鏡から出していたことに気がついて、慌てて浴室に入った。


『どうぞ、ごゆっくり……。

 私も、気持ち落ち着けますから……。』


「ん。

 じゃ、遠慮なく、リンスまでするからね。」


『はい。』


 渡瀬さんに言われるまで、泣いていたなんて気がつかなかった。

 渡瀬さんは髪をすすぎ終わると、湯船に身を落ち着けた。(いつもぬるめのお湯に二時間くらい入ってるから平気よ? なんて気を遣わせてしまった。)


 私は湯船の外から正座して向き合いながら、今日のことをかいつまんで話した。


「で。雨守クン、その人にそう言ったんだ。」


『……はい。』


「嘘だとしても、

 そこでそんなこと言ったら縁ちゃんが傷つくだろうって、

 わかりそうなものなのに。

 ……らしくないわね、あのバカ!!」


 渡瀬さんは私から視線を外し、どこかを睨むように吐き捨てた。


 ホントなら足を伸ばして入りたいはずなのに、渡瀬さんは私を方を向いて、体育座りのようにお湯から膝小僧をのぞかせて聞いてくれている。


 今だって、ホントに私のこと、心配してくれてる。

 大好きな人のはずなのに、私のことを思って、雨守先生のこと怒ってる……。


 私、渡瀬さんに甘えまくってるって、迷惑かけてるって、今だってきっと、困らせてるって、わかってるけど。


 雨守先生のこと、相談できる人なんて、他にいないもの。

 ……雨守先生のこと、任せられるのも?


『……渡瀬さん、先生のこと、お願いします。』


「え? なにを言い出すの?」


『聞いてもらって、なんだか落ち着きました。

 幽霊と、生きてる人が一緒にいるって、やっぱり変でしたよ。

 自然じゃないし。』


「あのね、縁ちゃん?」


『先生、渡瀬さんと仲いいし。

 あ!

 二人が結婚して、その赤ちゃんに私が生まれ変わるって、どうですか?

 それならまた皆で一緒にいられるし!』


 名案!って、ひらめいたけど。

 なんでかな?

 可笑しくないのに……笑えてくるよ……。


『あはは。

 なんでそんなことに気がつかなかったのかな。

 それなら今すぐにでも成仏しちゃったほうが


 ザバッ 


 突然渡瀬さんが目の前に立ち上がった。びっくりして見上げると、渡瀬さんは鬼のような怖い目をして私を睨んでいる。そして浴室に渡瀬さんの声が響いた。


「縁ちゃんっ!

 私が赤ちゃん産むって、この私を雨守クンが抱くってことよ?

 雨守クンだって裸になるのよ?

 あなただって見たでしょ?

 あの体で、この体を抱くのよ?

 することしないとできないのよッ?!」


『わかってますよっ!!』


 思わず私も叫び返した。

 わかってる。わかってるよ。でも、そうでも思わないと。


 でも渡瀬さんは容赦してくれなかった。


「あなたの言葉、理屈と空想だけじゃないのッ!

 自分の気持ちも、私の気持ちも二の次で!!

 話聞いてて二人になんだか呆れちゃったわッ!!

 だいたい本気で思ってもいないこと、軽々しく言うんじゃないわよ!!

 今だってまた泣きながら言ってるじゃないのっ!!!」


 ビーンと浴室の空気が震えるほどだった。

 二人とも黙ったままで、渡瀬さんの体から落ちる雫の音だけが響いた。


『……ごめんなさい。』


「謝ればいいってもんじゃないッ!」


 渡瀬さんはまだ鬼の形相だった。


『ごめんなさい。』


 これは、本当にそう感じての言葉。すると、少ししてふうっとため息が、目を伏せた私の頭の上に聞こえた。


「とりあえず、許す。

 でも、もし本当に縁ちゃんと一緒にいて寿命が縮むものだとして。

 私が雨守クンだったら、別に気にせず一緒にいると思うわよ?」


『え?』


 顔を上げると、もう渡瀬さんはいつもどおり、優しい顔を向けていてくれた。しゃがんでまた湯船につかりながら渡瀬さんは言う。


「なんだかんだ言って、もう一年近く一緒にいるじゃない。

 その間、雨守クンだって、あれでも随分明るくなったし、

 冗談だって言うようになったし。」


 それは……確かにそうだけど。


「だいたい桜が丘高校で死霊を退治した時、

 自分でも死中に活を見出したみたいなことカッコつけて言ってたじゃない。

 自分の命だって、初めて会った時みたいに軽くみてはいないと思うわ?」

 

『それでも、やっぱり。』 


「人間誰だっていつ死ぬかなんてわからないわ?

 そんなこといつも気にしていられる?

 もしかしたら雨守クンの寿命、

 元々百歳あって縮むのは一年くらいかも知れないじゃない?」


『でも。』


「だいたいそんなに心配だったら、幽霊と一緒にいて寿命が縮むかどうか、

 私に相談するより幻宗さんに聞いてみたほうが早いんじゃないの?」


『幻宗さん?』


 なぜか思いもよらなかった。渡瀬さんはじっと私を見つめたまま続ける。


「それでなにかイイ案あったら聞けばいいじゃない?

 ダメな時はさっきの、

 縁ちゃんが私と雨守クンの子どもに生まれ変わるって案も

 一応残しとく程度で。」


『あの、やっぱりあれは保留に……。』


なんだか恥ずかしくて、恐る恐る呟いた。

すると、渡瀬さんはくすっと笑った。


「もちろん。それでいいわよ。」


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